HOME - TEXT - MAIN - 底なし沼

◆底なし沼
◆6…(カーサとサガ→星矢)

 座るのに丁度よい高さの岩を見つけて、サガは腰を下ろした。上を見上げると、空の代わりに海面が天蓋となって、青みがかった光が降り注いでくる。ゆらゆらと揺れる海天上を眺めるのは、地上で雲を眺め続けるのと同じくらい、気持ちが落ち着く。
 そのままぼんやりとしていると、突然、元気な後輩が飛びついてきた。
「サガ!」
「…せい、や?」
 思わず腰が浮きかけたのを、なんとかこらえて、サガは後輩の名を口にした。星矢は元気いっぱいの子犬のように、遊んでくれという期待に満ち溢れた目でサガを見上げる。
「珍しいな、サガがこんなにぼ〜っとしてるなんて」
「全くだ…お前が声をかけてくれるまで気づかぬとは」
 失態だ、とサガは苦笑し、星矢の頭を撫でた。
「何か気になることでもあったのか?」
 星矢が問うと、サガは少し顔を赤くした。
「…判っているのだろう?意地が悪いぞ」
「直接聞きたいんだって」
 悪意の全く感じられぬ視線に負けたのか、サガは降参の手を上げて星矢に答えた。
「星矢のことを考えていた。星矢がわたしをからかうから」
「明日のデートのことなら、からかってなんていないぞ」
 星矢はむうという表情で頬を膨らませる。
「…デートではなくて、星の子学園でおこなうハロウィンイベントの準備をするための、買出しだろう?」
「そうかもしれない」
「どちらなのだ」
 眉間に縦皺をつくり、少し怒ったような、困っているような、それでいて美しく気品を崩さぬ顔でサガが星矢に迫る。けれども星矢はニッと笑って躱しただけだった。
「それはサガが自分で考えることだろ?」
「カーサ!」
 非難めいた目でサガが睨んだ。彼には最初からわかっていたことだが、相手は本物の星矢ではなく、この海界を統べる七将軍のひとり・リュムナデスのカーサだ。リュムナデスは相手の心を読み、心の中の大切な人間に化ける能力を持つ。
 しかし、星矢に化けたカーサは、にこにこ笑うだけだった。サガがこの顔に弱い事を熟知しているのだ。言葉遣いも星矢そのままだ。
「サガがこんなに簡単に化けさせてくれるのって珍しいからさ。化けてみれば、いつもと違う姿になるし、近付くまで上の空だし、そんなに明日のデートが気になるのか?」
「デートではない。星矢は冗談めかしてそう言っただけだ」
「ふーーーーん」
 カーサがサガの顔を覗き込む。カーサだと判ってはいるものの、サガからすれば、どう見ても星矢にそうされているようにしか思えない。リュムナデスに遅れをとったことは、戦士としてはたいそう不本意のはずなのに、それでもこの姿相手には怒ることが出来なかった。
 星矢の顔をしたカーサが、サガにとっては太陽にも思える笑顔を見せる。
「沢山買う予定の雑貨を、無料で届けるのには…まあ、確かにサガのアナザーディメンションは便利だもんな」
「そうだ。わたしは配達係にすぎない」
 きっぱりと言い返しながらも、どこかがっかりしたような声のサガを見て、とうとう星矢(に化けたカーサ)は、戦略ではなく本気で笑い出した。大体、自由に心を覗かせてくれるようでいて、コントロールした内面しか見せたがらないサガが、これだけ素を見せてくれていること自体、星矢のサガに対する影響力の凄さを物語っている。
 それほど、サガにとって星矢は特別な相手なのだろう。
「いまから明日のデートの予行演習をしよっか?」
 誘ってみると、サガは虚を突かれたような顔をして口をぱくぱくさせた。


(−2010/10/21−)
◆7…(海界でのカノン)

「朝ごはんにするか?シャワーにするか?それともわたしか」
 たいそうベタな台詞が降ってきたかと思うと、かぶっていた暖かな布団が取り上げられ、カノンは寝ぼけまなこのまましぶしぶ目をあけた。
「…言葉と行動があっていない。もうすこし兄らしく起こせ」
「そうか」
 返事とともに彼はシーツを乱暴に引き上げる。上に横たわっていたカノンはなすすべもなく寝台の下へ転がり落ちた。
「おい…もう少し優しく起こせといったのだ!」
「文句を言うな。きちんとお前の記憶のなかから選んだサガの動作だ」

 ここは海底神殿の仮眠室。寝坊をした海将軍筆頭をたたき起こしているのは、サガの姿をとったカーサだ。
 仕事が忙しく、双児宮へ戻る暇もないときには、ここで簡単な休息をとる。
 しかし、先日カノンを起こそうとした従者がゴールデントライアングルで飛ばされて以降、彼を起こすのはサガの姿をとったカーサの役目となっている。カノンはサガには手を上げないからだ。
「本物のサガであれば、寝坊をするほど疲れたお前を労わり、代わりにわたしが…などと言うのかも知れないが、あいにくとわたしは本物ではなく、なおかつ仕事はまだまだ溜まっている。甘やかすわけにはいかないのだ」
 声色も表情もサガのままに、カーサはシーツを畳んでいる。
 もそもそ起き上がったカノンは、がしがしと頭をかきながらその様子を見た。
「いや、思った以上に、似ているぞ」
 ぼそりと呟いたカノンへ、サガの姿のカーサは「日々精進しているからな」と答えて二コリと笑った。


(−2011/3/25−)カーサガ。拍手でつっこみを下さったaki様へ(>x<)

◆8…(黒サガとカーサ)

 シードラゴン用に用意されている海底神殿の貴賓室で、サガは寛いでいた。珍しく黒髪である。ソファーにゆったりと背を預け、海界の書物に目を通している様子は、神殿の主であるかのような遠慮のなさに見えるが、双児宮であれば寝そべっているところだ。彼なりに一応TPOをわきまえてはいるのだ。
 そのサガが顔を上げて部屋の入り口を見た。
「入っても構わんぞ」
「流石だな、気配は隠していたのだが…」
 扉を開けて姿を見せたのは、サガと同じ顔をした男だった。ただし色違いの。
 カノンではない。写し身のごとく同じ見た目であっても、醸し出される空気が明らかに異なっている。
 『きらきら』という効果表現がぴったりのオーラを身に纏い、微笑みかけてくるその姿は、白サガと呼ばれているもう一人のサガそのものだった。
「わたしに驚かないのか?」
「フン、近しい人間の姿で近づくバケモノの話ならば、カノンやアレを通じて知識を得ている」
 アレというのは、もちろんもう一人の本物の白サガのことだ。
「それに、随分扉の向こうで時間をかけていたようではないか。あれだけ時間があれば、あほうとて気づくわ」
「…時間がかかったのは、お前のせいだとわかっているくせに」
 白サガの姿をとったカーサは、擬態のまま拗ねたように黒サガへ反駁する。
「ああ、時間がかかったわりに期待通りの姿ではなかった」
「当たり前だ!何故1番大切な相手の姿を全裸で思い浮かべるのだ!もう一人とはいえ自分の裸であろう!うっかり読み取ったまま全裸で室内へ突入するところだったわ!化けた身体に服を纏わせるのに時間がかかったのだ!」
「ふむ、怒り方はなかなか似ている」
 どこかサガは機嫌が良さそうだった。本を置いて立ち上がると、カーサの化けた白サガの傍による。そのまま何の予備動作もなく、白サガの法衣をスカートめくりのように手で摘まんで持ち上げたので、思わず白サガは黒サガの頭をはたいた。
「何をする、痴れ者が!」
「下着を履いているのか」
「当たり前だ。そこは実物と違えど無視させてもらった」
「精度の低い擬態だな」
「…お前、わたしの訪れに気づいていて、わざとからかうために心を改竄していただろう」
「改竄とは人聞きの悪い。見せる領域をこちらで設定しただけだ。だが、さすがに海将軍、こちらの小細工には気づいていたか」
「二番目に大切な領域として設定されていたところに、シードラゴンの裸エプロン姿があった時点で普通は気づく!同僚の裸エプロンなど、どんな精神トラップだ!」
「アレはカノンのことをシードラゴンとは呼ばぬぞ」
 駄目だしを押しつつも、黒サガは白サガの頬に手を伸ばし、そっと触れる。
「今からその姿のお前に幻朧魔皇拳をかけても良いか?」
 さも謙虚な姿勢をみせているかのような発言をしだした黒サガへ、カーサはキッパリ「超断る」と素の言葉で返した。


(−2012/3/06−)
◆9…(8の続きで白サガとカーサ)

 南氷洋の宮で執務をこなしていたカーサは、サガが会いに来ているとの従者の連絡を受け、書類を綴る手を止めた。
 さっそく通すように伝えると、間もなく恐縮した様子のサガが扉から顔を覗かせる。
「その、仕事の邪魔をするつもりではなかった。待つと伝えたのだが」
「雑務だから問題ないっすよ。それより何の用で?」
「それこそ雑事なのだが…先だってはもう一人のわたしが迷惑をかけた」
「なんだ、あれですか。あれはお互い様ってやつです」
 黒サガに対してカーサが術を使おうとしたところ、先読みをした黒サガが脳内を改竄して対抗したというだけの話で、そもそもはカーサが先に仕掛けたのだ。カーサからしてみると謝られるのも申し訳ない。
「しかし…見苦しいものをみせてしまい」
「アンタの場合、見苦しくはないんじゃないスか?神の芸術品だそうですし」
 フォローのつもりでそう言うと、サガは真っ赤になって俯いた。逆効果だったようだ。
「い、いつもは履いているのだ…教皇の法衣や一部昔からのキトン着用のときは、下着不要の習慣であるだけで…誤解しないでほしい」
 現代下着をつけぬのは、それが正式な着用法である伝統衣装の場合のみだと主張したいのだろう。確かに特殊な趣味なのかとの誤解はしかけたので、そこはカーサも脳内訂正を行っておく。しかし、別に興味があるわけでもなんでもないのに、うっかり疑問が口からこぼれてしまった。
「じゃあ今は履いてるんですか?」
「カーサ、セクハラだ!」
 サガが顔を赤くしたまま、最近覚えたらしい単語で訴えてくる。
(執務中に下着だの全裸だのの話を持ち込まれている自分のほうが、セクハラされているんじゃなかろうか)
 カーサは冷静に視線でそう訴え返した。


(−2012/3/07−)
◆10…(黄金聖闘士との交流)

カーサ「そんなわけで第1回闘士交流当てもの大会〜」
デスマスク「交流っていうか、お前の幻術修行のために聖域が協力してやる会だろ」
アイオリア「サガが仲介をしているのでなければ、誰が海闘士に協力など」
星矢「俺は楽しみだな。カーサの化け術、卑怯だけど凄いんだぜ!」
カノン「卑怯は余計だ。あとオレも仲介してるぞ」
ムウ「それで一体何をするんですか?」
カーサ「これから各自の心の中にある次期教皇像に化けるんで、どれが誰の心のなかの像か当てるという趣向っす」
シュラ「……えっ」
ミロ「何の意味があるのだそれに」
カーサ「立場による人間像の差異と共通点の探求ってとこですかね。複数の相手の前で同一人物に化けた時、各自の印象がバラバラすぎて実像から離れしまうこともあるんですよ。それを調整しつつ、より多彩な情報で人物像に深みをつける練習といいますかね」
アルデバラン「面白そうじゃないか」
アフロディーテ「優しいなアルデバラン。敵の闘技の完成度を高める手伝いをするというのに」
カノン「海界は聖域と同盟を結んでいるのだ。敵呼ばわりするな」
シャカ「いいのではないかね?その技の精度が上がったからと言って、黄金聖闘士には大切な相手の姿に手加減するような、まっとうな者はいないであろう。なあ女神に手をあげたアイオリアよ」
アイオリア「くっ、お前にまともでない扱いをされたくない!」
ムウ「シャイナに対してといい、黄金の獅子は女性にも容赦なく牙を向けますよね。さすが弟相手に死ねと断罪出来るアイオロスと同じ血を引いているだけのことはありますね」
カミュ「シャカにムウよ。お前たちは、むしろ気に入っている相手にこそ容赦ないのでは…」
星矢「好きな相手は苛めたいってヤツ?」
シャカ「まるで我々が小学生のような言い方はやめたまえ」
デスマスク「でもお前らアイオリアが好きなんだろ。あんま苛めんなよ」
サガ「それより、わたしは皆のアイオロス像に興味がある」
ムウ「サガ。あなた公私混同で海将軍に協力してませんか」
カーサ「では、ちゃっちゃと早速一人目から行くぜ!」
ミロ「うっ、なんだこの眩しさは」
デスマスク「聖衣着用とはいえ、輝きすぎだろ。キラキラしすぎてアイオロスの顔がよく見えねえ」
サガ「あの仁智勇迸る雰囲気、これはわたしのアイオロスに違いない」
カノン「おまえのじゃねえよ、ドサクサに紛れて何ほざいてやがんだ」
アルデバラン「サガに負けぬとも劣らぬ、神のような気品あふれる立ち姿がなんとも」
アイオリア「これが英雄と呼ばれていた兄さん…」
アフロディーテ「完璧なサガの内面を写したようなアイオロスだな」
カーサロス「次に移るぞ」
カミュ「アイオロスの額から血が…!」
デスマスク「体中傷だらけなのに笑顔とか怖エんだけど」
アフロディーテ「笑顔は先ほどのアイオロスよりも柔らかい印象だ」
アイオリア「兄さん!」
シャカ「でかい図体だが此度も14歳のアイオロスではないかね」
星矢「なあなあ、端っこでシュラが心臓を押さえてうずくまってるんだけど」
ミロ「…誰の内面のアイオロスか語るに落ちてるな」
カーサロス「次だ」
カミュ「おや。アイオロスにしては、なにやら腹黒そうにみえるのだが」
ミロ「人の良さそうな笑顔なのに、どことは言えないんだが胡散臭いな」
ムウ「何故そこで私の顔を見るのですかデスマスク」
デスマスク「いや何となく。しかし能天気そうにも見えねえか」
アイオリア「兄さんはこんなんじゃないぞ」
カノン(あー、こいつはオレのイメージかな)
カーサロス「では次に…」
アイオロス「ちょっと待った!」
サガ「アイオロス!?本物か?」
アイオロス「これ、私の海賊版キャラの品評会みたいなのだが!」
シャカ「君にしては的確なたとえだ」
カノン「みたいじゃなくて、そのものだな。いいじゃないか、将来の配下が自分にどんな印象持ってるか判って」
アイオリア「俺のなかの兄さんが1番格好いいと思う。楽しみにしててくれ」
アイオロス「いや、そういうのを競うイベントじゃないだろうアイオリア。そうだ、私ではなく、どうせなら女神を対象にすればどうか。忠誠心を測る為にも」
一同「……」

諸々の思惑と都合により、交流会は中断のままお流れとなった。


(−2012/3/15ー)目がチカチカする
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