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◆海龍の兄 3


 北大西洋を預かるシードラゴン。顔もろくに見せず名すら明かそうとしない彼を、他の海将軍たちは薄々得体の知れないところのある男だとは思っていた。

 聖戦後にポセイドンの神気によって海闘士たちが蘇生をうけた際、海将軍だけはソレントから戦いの顛末と経緯を聞かされたのだが、それによるとシードラゴンの本当の名はカノンと言い、なんと女神の聖闘士として星を守護に持つ身であるという。しかも、海神と女神を争わせることにより漁夫の理を得て、世界征服を成そうという野望を持っていたらしい。
 長年の間、同士と信じて共に海闘士をまとめあげ仲間を集めてきた日々を思うと、海将軍たちは裏切りを怒る前に虚しさを覚えた。そのためか、シードラゴンが再び贖罪の為に皆の前に姿を見せた時、面と向かって罵倒するような真似をする者はいなかった。
 海魔女は『謝るべきは水害の被害を受けた人々にでしょう…しかし、それに関しては私たちも同罪ですので、貴方を責める資格はありませんね』と、表情を見せぬ瞳で告げた。
 それはそうだった。カノンの企みがあったとはいえ、ポセイドンは確かに地上の粛清を望み、海将軍たちはそれに同意して戦ったのだから、カノン一人に責を負わせるような類のものではなかった。
 断罪による死も覚悟して現れたカノンは、皆の虚脱ともいえる視線が逆にこたえていたようだが、言い訳もせずにただ頭を下げた。

 その後はポセイドンにも願い出て、再び海龍としての地位につくことを許されると、カノンは直ぐに海界の復興と水害の酷い地域への援助活動の計画をたて、その指揮をとった。
 ポセイドンも怒るでもなくそれを受け入れ、時折降臨しては復興と援助の手助けをする。
 一般人の死者は戻らないものの、海神の恵みにより水害の被害を受けた地域での土地自体は、災害以前よりも豊かに蘇っていた。難民となっていた被災地の住人たちは故郷へと戻り、基金として提供されたソロ家の寄付金によって生活の建て直しを図ることが出来るようにまでなっている。
 海将軍たちも当初のわだかまりは横に置き、カノンの指揮の下、援助計画に協力していた。各自の地上の民への贖罪意識は当然だが、カノンが聖闘士としての活動にも時間をとられていたため、皆が手伝わないと休む間も無いように見えたためだ。
 被災地への援助活動が軌道にのり、一応の目安がついたあとは海界の復興にも重点が置かれる。その頃には海龍と海将軍たちとの間にあった、目に見えぬ溝も薄まっていた。
 特にスキュラやマーメイドなど、以前からシードラゴンに懐いていた者は、最初から溝などなかったかのようにカノンを許した。

 海界へシードラゴンの兄がやってきたのは、丁度その頃であった。


「うわあ、本当に同じ顔だな!」
「イオ、客人に失礼だぞ…すまんな、ジェミニ」
「構わないよ。君は確かクラーケンのアイザックだったな。私のことはサガと呼んでくれ。聖闘士としてではなく、私人として扱ってくれると嬉しい」
 ソレントにつれてこられた神殿の中にある、会談に使われるような大広間の一角では、海将軍が顔をつき合わせてサガを取り囲んでいた。
 テティスが淹れた紅茶を、海龍の顔をした男が優美にたしなんでいる。
 相手の敵意を削ぐような慈愛溢れる笑顔といい、背後に点描の舞うような優雅な立ち振る舞いといい、当初はシードラゴンと比較してしまい非常に違和感を覚えていたのだが、話してみると彼はシードラゴンと違って非常に人当たりがよく、会話も柔らかな機智に富むもので引き込まれる。
 聖域でのサガの反乱の話は既に周知のものであったため、てっきりシードラゴン二号のような人物像だろうと皆予想していたのだが、目の前の男はそのような大それた野望を持った人間には見えなかった。それどころか、背後に後光がみえるような錯覚に陥るほど優しく穏やかな聖人だった。

「同じ顔でも、お兄さんの方が美人タイプっすね」
 遠慮のないリュムナデスの言葉に苦笑しつつも、気を悪くした様子もなくサガは微笑む。
「ありがとう、褒め言葉として受け取らせてもらうが…私も精神系の技を使うので、先ほどから君が心を覗こうとしているのがくすぐったい。何か見えたろうか?」
「このカーサに心の内を覗かれても動揺もしないとは、豪気な兄さんだな。気に入った」
「何が気に入っただ、このバカ!」
 間髪いれずにリュムナデスが隣のバイアンに殴られている。クリシュナも呆れたような視線をカーサに向けつつ、サガの落ち着きには好意を感じたようだ。
 穏やかな空間だった。海界と聖域の戦いの時点ではサガは死者であったため、直接対峙した関係にないとはいえ、元敵将同士であるということが嘘のように、双子座は海界に馴染んでいた。
 それというのも、ただでさえ人を惹きつける雰囲気を持つサガが、滲み出る好意を隠そうともせずに対するのだ。あまりにも無防備に見えるその姿勢に、最初は作為かと身構えていた海将軍たちも、すっかり素に戻って会話を交わしている。
 中でもテティスやイオが盛り上がったのは、この場に居ない海龍についての話になった時だった。
「シードラゴン様って、聖域ではどんな風にしていらっしゃるんですか?」
「やっぱり、お兄さんの前でもあんなに偉そうなのか」
「そうだな…聖域では流石に神妙にしているが、下手な言動で海界に迷惑をかけたくないこともあるのだろう。私の前では変わりなく偉そうにしているよ。食事は従者が作るが、紅茶だけは私が淹れないと気に食わないみたいでね…いつもあれこれ注文をつけられている」
「あー、判ります。シードラゴン様って味にはうるさいし、いろいろこだわりますよねえ。何でも食べるくせに。私の淹れる紅茶にも注文が煩いんですよ」
「弟が苦労をかけている。アレは気性や好き嫌いの激しいところもあるゆえ、わがままなところも多かろうが、あまり甘やかさないでやってくれ」
「海龍に『甘やかす』なんて言葉を使うのは、お兄さんくらいだと思うぞ」
「そうだろうか。カノンはあれで結構甘えたがりなのだが」
「エエエ!?全然想像できない、そんなシードラゴン!どんな風に甘えるんだろ」
 兄と言っても双子なのだが、イオとテティスに話すサガは微妙にカノンの保護者のような口ぶりである。それに気づいたソレントは見えないようにそっと影で笑いを零していた。
 しかし次に続いたサガの言葉により、海魔女は他将軍とともに笑顔を張り付かせて硬直することになる。

「どんな風にというと…そうだな、今でも夜になると一人で眠れないとかで、一緒の布団に入ってくる…とか?未だに子供のようで困ってしまう」
 それ、子供のようって言うのか?という疑問のもと、広い会議室内がシーンと静まり、動きがとまる。
 その場の海将軍たち(イオとテティス除く)の内心の突っ込みにサガは全く気づかない。それどころか更に皆を凍らせるような発言を続けた。
「あとは、おはようのキスがないと不機嫌になるな。昔からたった二人で生きてきたせいか、あの子は家族との触れ合いに飢えているようでね…膝枕も好きなようだし…」
 いやそれも、家族の触れ合いではないと海将軍たちは思う。
「そういえばカノンは子供の頃から私を教皇にしたがっていて、それが叶わぬとなると、二人で世界征服しようとしきりに言っていた。今思えば私と共に隠れることなく二人で居られる場所が欲しかったのかもしれないな…」
 (((シードラゴンの野望はアンタのせいか!!!!)))
 海将軍たちの心の声が盛大に重なった。
 知りたくもなかった海龍のブラコンぶりに遠い目になったものの、美人な兄の予想を超えた天然ぶりに、逆に皆はカノンに同情した。いろんな意味で。
 それとともに、海将軍でありながら月の半分は聖域に戻っていく時の海龍が、何故あれほど聖域に心を馳せているのかも納得した。この忙しいさなか地上の女神にも忠義を尽くすシードラゴンを見るのは正直面白くなかったのだが、海龍がその際にただ地上へ出るだけでなく聖域に常駐するのは、この兄のためであろうと思われた。
 サガを見ていると、海龍の行為も仕方ないなあと思えてくるのが不思議だった。海龍は地上ではなく、兄の引力に捕まっているのだった。

「サガ、貴方が一番甘やかしているのではないですか?」
 海魔女が呆れたような微苦笑とともに紅茶のお代わりを勧めると、天然有害な海龍の兄は首をかしげ『そうだろうか』と二杯目を受けるべくカップを差し出しす。
「兄弟仲いいんだな。お兄さんも海界にきて暮らせばいいのに。シードラゴンも喜ぶよ」
 サガに負けず劣らず天然なイオが誘うと、双子座は花のほころぶような微笑を見せた。
 それを見た海将軍たちが、半分本気で海龍の兄の引抜きを考えたのは言うまでも無い。




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(−2006/10/22−)

海将軍とサガ。理想の高い海将軍たちとサガは話が合うような気がします。
カノンが海界に帰ってくると、サガがいらん話を沢山吹聴していて、恥ずかしさで居たたまれなくなると良い。どうせすぐに開き直りますが。
カーサはサガの内面をきちんと読んだらサガの暗黒面にびびると思う。

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