連載と同時進行で書いていたため、元ストーリーと繋がらない勝手なパラレル多め。
星矢とのクロスオーバーが混じったりもしますので、苦手な方はご注意下さい。
26.シェスタ / 27.食兄 / 28.顎力 / 29.現在過去混合マーブル/ 30.そんなことまでは
◆シェスタ…双子同居シリーズ
暖かな午後の日差しの中、アスプロスは小さくあくびをした。土地の痩せたカノン島の山肌にすら、あちこちに淡い緑の絨毯が見える。春が来たのだ。風に乗って流れてくる草の匂いと、ぼんやりとした気だるい陽気が、よりいっそうの眠気を誘う。
小屋へ戻ろうかと考えて、アスプロスはその考えをすぐに捨てた。空には青が広がっているというのに、屋根の下で眠るというのも勿体無い。
「デフテロス」
弟を呼ぶと、すぐ目の前の岩の上へ、褐色の肌をした自分の写し身がテレポートしてきた。
「どうしたのだ、アスプロス」
「眠い」
「良い天気だからな」
「ああ、それでお前を呼んだ」
「?」
「枕になれ」
「……??」
「お前の膝を貸せと言っている。横になりたいのだが、この辺りは火山が近くて土地が固い」
そのまま寝ても心地が今ひとつゆえに、枕代わりをしろということだ。
「………」
デフテロスは多少戸惑っている。己が枕扱いされることは、模造品扱いされるのとどう違うのか一生懸命考えている様子である。
アスプロスはそんな弟の戸惑いなど無視して引き寄せ、その場に座らせるとさっさと膝に頭を乗せた。
「兄さん、俺はまだ良いとは返事を、」
「悩んでいる時間に膝を有効活用させろ。俺が起きる頃までには、お前の中で答えも出るだろう?」
弟の困惑になど全く配慮する気のないアスプロスは、さっさと目を閉じて眠りについた。
2010/4/26
◆食兄…双子同居シリーズ
「村人が話しているのを聞いたのだが…」
アスプロスが珍しく逡巡しながらデフテロスへ声をかけた。
「なんだろうか、アスプロス」
「その、お前が鬼扱いされているのは知っていたが、人を食らうとまで囁かれている。無知蒙昧な村人どもはともかく、白銀聖闘士まで同じことを言っていた。ペルセウスなど、聖衣がなければ自分が食われていたかもしれないなどと零していて…」
「それがどうした」
「…本当なのか?」
デフテロスは内心で目を丸くした。自分がどう誤解され恐れられようと今までは放って置いた。避けられることには馴れていたし、カノン島で暮らすのに、余計な交流は鬱陶しかったこともある。
自分を鬼と恐れて誰も近付かないなら好都合だ。
だから、そんな噂をあえて利用していた部分はある。
(アスプロスとて、落ち着いて考えればそのくらい直ぐ思い至るはずなのだが…)
しかしアスプロスの目は思いつめたように真剣だった。
闇の一滴の後遺症なのか、どうもアスプロスの思考はときどき突飛な方向へ突っ走ることがある。デフテロスはそんな事を考えながら兄を見た。
その無言の時間を、アスプロスはさらに誤解した。
「そ、その…時々俺に噛み付くのは、やはりそのせいなのか」
「………」
デフテロスは決して頭の巡りが悪いわけではない。むしろ頭の切れはとても良い。それでも、アスプロスの思考回路が追いかけ切れなくて、目が一瞬テンになった。
アスプロスは重大な決意をしたかのように、デフテロスを真っ直ぐに見た。
「お前がいつからそのような嗜好になったのかは、知らぬし問わん。だが、これからは我慢しろ。誰かを食いたくなったら、その時は俺が代わりにまた噛み付かれてやるから」
「…本当か?」
「嘘は言わん」
デフテロスは黙って顔を近づけた。アスプロスはじっとそのまま動かない。視線はデフテロスにすえたままだ。
真っ直ぐな兄の視線を浴びながら、デフテロスはアスプロスの頬へ軽く噛み付いた。
誤解されたままでも別に構わないと思った。
2010/9/25
◆顎力…双子同居シリーズ
「ちょっと歯をみせてみろ」
突然アスプロスに命じられたデフテロスは、大人しく口を開けた。兄に言われたことは基本的に何でも聞く素直な弟である。理由はどうでもいいのだ。
デフテロスの口元から覗く犬歯は鋭く、アスプロスは指を差し出して、ついとそれを撫でた。
「虫歯もなく綺麗なものだが、普通の歯だな。これが白銀聖衣をも噛み砕くとは」
デフテロスは目を瞬かせた。そういえば以前、押しかけた聖闘士たちを一掃し、邪魔な聖衣の盾を噛み砕いた気がする。あのときの聖闘士たちの根性のなさには怒りが沸いたが(※デフテロスの眼鏡に適う根性の持ち主はほとんどいない)、聖衣のほうは頑張って特殊効果を発動しようとした。敵の石化だ。流石にそれはやっかいなので、遠慮なくさっくり壊し、あとは放置しておいた。アスプロスはその時のことを誰かに聞いたのだろう。
アスプロスは感心したようにデフテロスに笑いかけた。
「小宇宙を使いこなせば、破壊点は腕だろうが脚だろうが指先だろうが関係ないとはいえ、さすがに歯でという発想はなかったな。黄金聖衣をも素手で砕くお前ならば、白銀聖衣の破壊などたやすいことかもしれんが、それにしても大したものだ」
惜しみの無い賞賛を兄から向けられて、デフテロスは言葉に詰まった。どういう反応をすればいいのか迷ったのだ。差別と嫌悪の視線の中で育った彼は、褒められた経験が殆ど無い。それは黄金聖闘士となってからも変わらない。カノン島へ引っ込んでしまったため、島民からも鬼と恐れられるだけの生活だったのだ。
「…アスプロスならもっと簡単に出来る」
しばらくしたあとに返された言葉は、たどたどしい兄賛辞の言葉だった。
賛辞自体については当然のように受け入れるアスプロスも、内容については否定する。
「俺の歯はそこまで丈夫ではない」
「必要なのは小宇宙の使い方だ。歯の丈夫さは関係ない」
「そうかな」
アスプロスはデフテロスの指を手に取り、数本を咥えるようにして、かぷりと噛み付いた。
『俺の口に入るのはこの程度のものだ。ペルセウスの盾など、噛み砕く前に俺の口が裂ける…デフテロス?』
真っ赤になったまま面白いように固まっているデフテロスの耳に、アスプロスの小宇宙通信は全く届いていなかった。
2010/10/16
◆過去現在混合マーブル…LC&無印双子同居設定
「俺も黄金聖衣を任されたとはいえ、ギャラクシアンエクスプロージョンはやはり兄用の技。アスプロスの放つ奥義の破壊力と切れ味は一味も二味も違う。技を放つときの兄の美しさときたら…」
普段はどちらかといえば寡黙なデフテロスだが、兄・アスプロスの話になると止まらない。
カノンは、そんなデフテロスに唖然としていた。
「な、なにい…何のてらいもなく兄を賛美しまくるだと…!?」
カノンもサガを尊敬し、無意識に美化している部分すらあるのだが、サガを目の前にして表に出す態度は逆である。まして、堂々と兄を褒めまくるデフテロスのことは異星人に見えている。
デフテロスの賛辞に対して、アスプロスは当たり前のように受け止めていた。というか、当たり前なのだ。日常会話の一端として、ギリシア珈琲を飲みながら弟の言葉に悠然と頷いている。
そして、そちらに対してはサガが唖然としていた。
「そ、そんな…身内の賛美を訂正も謙遜もなく続けさせるだと…!?」
サガからみると、何の羞恥プレイだろうという状態に見える。確かにアスプロスの実力は凄まじいのかもしれないが、デフテロスを見ていると『そろそろ誰か止めてあげないと』レベルに達しているように思えた。弟の暴走を止めてやるのも兄の務めではないのか。
しかしどことなく羨ましいような気もして、カノンとサガは互いに顔を見合わせ、慌てて視線を逸らした。
2010/11/13
◆そんなことまでは…LC&無印双子同居設定
聖域を一巡りしてきたデフテロスは、ただいまの一言もなく双児宮へと足を踏み入れた。
兄アスプロスが同じように、現在の聖域を視察するため出かけている事は知っている。兄が留守ならば帰参の挨拶は必要なく、必要のない場合には声を発しない習慣が身についていた。
彼は「存在しない人間」として育っており、幼い頃は顔下半分を覆うマスクの着用も義務付けられていた。他人に言葉を発することが許されていなかったのだ。そして、気配を殺して物陰へ潜むのに言葉は邪魔だ。
だから、宮の居住部へ来た途端、彼の帰りを知ったサガが「おかえり」と笑顔を向けてきたことに対して、正直どう対応していいのか返事に困った。
「どうした?鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして」
「……」
こういった場合、どのように返せばいいのだろうかとデフテロスは眉間にしわを寄せた。サガは現双児宮住人であるからして『お邪魔する』がいいのだろうか。しかし、自分とて代は異なれど、双児宮の守護者である自覚はある。サガに入宮の許可を取るつもりはない。
そのまま、自分とアスプロスに割り当てられている右宮のほうへ行こうとすると、さらにサガの声が掛かった。
「デフテロス、まだこちらの世界に馴れぬのは判るが、帰ったときには挨拶くらいするものだ」
デフテロスの眉間の皺がさらに深くなった。ルームシェア(パレスシェアか?)をしているとはいえ、挨拶をする義理などない。しかし、無視をなかったのは、後輩である双子座のサガが…多少アスプロスに似ていたからだ。
「…καλημ?ρα σα?(こんにちは)」
「こういうときは、『ただいま』だ」
デフテロスが返事をしたことで満足したのか、サガは「待っていなさい」の一言で簡易厨房へ行き、しばらくしてティーセットを片手に戻ってきた。デフテロスをソファーへ座らせ、目の前へ置いたカップにハーブティーを注ぐ。カモミールの香りがふわりと漂う。
「デフテロスから見た現代の聖域はどうだったろう?」
そういってにこりと笑うサガを、デフテロスは怪訝な目で見た。
「何が目的だ」
直裁に問うと、サガは目を丸くして、それから微笑んだ。
「それはアフロディーテ…ピスケスから貰ったハーブティーだ。とても美味しいのだが、一人で飲むのもつまらないのでな。話し相手になっては貰えまいか」
デフテロスはじっとサガの目を見てから、呆れたようにカップへ手を伸ばした。嘘を言っているわけでも、意図してのものでもないだろうが、サガは相手から情報を引き出す空間を作ることに長けている。優しく、慈愛を込めて、サガは相手から欲しいものを引き出す。
誠意をもって誠意を引き出す行為は、非難される事柄ではないが、善人相手であっても簡単に気を許さぬ冷静さと、ある種の冷徹さをデフテロスは持っていた。
「サガ、お前はいつもそのようにカノンへ接するのか」
唐突とも思える問いに、サガが首を傾げる。
「そのように、とは?」
「依願の形を取るようで、命令形だ」
今度こそサガは目を丸くした。
「そうだったろうか」
「待っていろと言っておいて、茶まで運んできて、その後に『一緒に飲んでくれるか』はなかろう」
「…それは失礼した」
素直にサガは頭を下げた。デフテロスがカノンに似ているせいか、身内に対するのと同じように接してしまっていた事に気づいたのだろう。似ているからといってデフテロスは弟ではない。申し訳無さそうに言動を改めている。
「そう言われてみると、確かに押し付けがましい言い回しであった。このような物言いだから、カノンはわたしに反発するのかもしれんな」
「そんな事までは知らん」
自分の兄を思い出し、デフテロスは素っ気無く答えた。アスプロスとてデフテロスの意志を無視するようなことは滅多になく、その滅多な出来事がスターヒルでの幻朧魔皇拳であったわけだが、それはそれとして、兄はわりと強引だった。そしてデフテロスは、兄のそういうところも好きだった。
「だが、そのくらい強引な方が好ましいと思う」
デフテロスとしては兄を基準にして褒めたつもりだったのだが、サガはさらに肩を落としている。
「わたしは強引だろうか」
「ああ。もっとも、身内と判じた者に対してだけのようだが…」
ふと、途中で不自然に言葉を止めたデフテロスを、今度はサガが怪訝そうに見た。
「どうしたのだ、デフテロス」
「兄というものは、身内と判じた者には厳しく、強引になるものなのだな」
「一般論にするのはどうかと思うが」
「そして、そうなるのは愛情ゆえのこと」
「…それは、まあ、そうだろう」
「では、アスプロスが俺に強引なのは、愛情ゆえと思ってよいのだな」
サガは一瞬言葉につまり、困ったような顔で答えた。
「そんな事までは、知らぬ」
2010/11/24