連載と同時進行で書いていたため、元ストーリーと繋がらない勝手なパラレル多め。
星矢とのクロスオーバーが混じったりもしますので、苦手な方はご注意下さい。
16.弟を食らう凶星 / 17.朝の至福 / 18.闇夜に一つだけのひかり / 19.白の花冠 / 20.固ゆでたまご
◆弟を食らう凶星…兄視点
デフテロスが何を考えているのか判らなくなったのは、いつからだろう。
聖域に俺たちが見出されると同時に、デフテロスは凶星として仮面を被せられ、存在を禁じられた。
俺は大層怒ったが、弟は何も言わなかった。ずっと黙っていた。幼い子供が二人で生きていくためには理不尽な掟も受け入れるしかなく、次第に光と影の役割分担が当たり前になった。
差別による虐待を受けたときも、デフテロスはただ受け入れていた。俺の教官をしていた男などは特に弟を眼の敵にしていて、隙あらば亡き者にしようとしていたようだが、そんな時ですらデフテロスは黙って相手を睨むだけだった。
そのうちデフテロスは俺にも言葉少なになった。何も言わず、ただ背後からじっと俺を見ている。
俺の影であり2番目であることを、デフテロスは選んだのだろうか。
それは確かに生存すら許されない凶星よりは、二番目のほうがずっといい。栄えある黄金聖闘士の二番目《デフテロス》なら尚更だ。しかし、二番目は二番目でしかない。そんなことを受け入れられるものだろうか。力を持ちながら、一生を誰かの影として過ごして死んでいくなんて、我慢できるものなのだろうか。
デフテロスはこっそりと力を磨き続けている。死に物狂いで邁進し続ける俺と比較しても、ほとんど遜色ないほどに。しかし、影として生きるつもりならば、何の為に力を磨くのだ?
不安が増すにつれ、ますます考えていることが理解できなくなって、視線が疎ましくなる。
どこまでも俺を貫くあの視線。あれは本当に弟の視線なのか。俺の本当の弟はとっくに凶星に飲み込まれてしまっているのではないか。
デフテロスの姿をした凶星が、俺を追い詰める。
月日がたち、もう少しで教皇の座に手が届くというときになって、とある噂が耳に届いた。いわく、教皇は次の教皇として射手座を選んだというものだ。噂の出元は教皇付きの侍女たちからであり、信憑性に関してはほぼ確実といえる。
俺は初めて禁を侵してスターヒルへと登った。代々の教皇しか立ち入りの許されぬ星見の祭壇になら、何か状況を逆転させる情報が隠されているやもしれないと考えたからだ。
デフテロスはそんな場所にまで俺を追ってきた。
聖堂を荒らす俺へ『お前らしくない』だの『やめろ』だの今さら言っている。一体俺らしさとは何だ?何故やめなければならないのだ?影のくせに、弟の声で俺を宥めようとする。
『お前が必死に教皇を目指し続けたのは俺が一番分かってる』
そうだ、この時判ったのだ。やはりこいつは俺の弟なんかじゃない。
本物のデフテロスならば一緒に怒ってくれるはずだ。納得がいかないと疑問を口にしてくれるはずだ。何故この俺が教皇になれないのだと。
目の前のこの男は、俺の努力を分かっていると言った。にも拘らず、教皇の決定に異を唱えるわけでもなく、ただ受け入れる。きっとこいつにとっては、どんなに理不尽なことであろうと関係がないのだ。その理不尽が自分だけでなく他者をも飲み込み、目の前で押し潰そうとしても。
唯々諾々と見ているだけの、我のないただの人形。俺の大事な弟を奪った凶星。
(なんだ、この二番目は誰にでも従順なのか)
ならば俺が今から傀儡にしようとも、何も変わらないということだ。
この手から女神の血の入った小瓶を取り上げた二番目へ、俺は遠慮なく幻朧魔皇拳を撃った。
2010/1/18
◆朝の至福…双子同居シリーズ
デフテロスの朝は早い。毎朝遠くの泉まで水を汲みに行き、ついでに山草なども摘み、水瓶を満たした後は朝食の用意をする。
アスプロスの朝はもっと早かった。過酷な修行は日の昇る前から行われていた為だ。聖闘士となったあともアスプロスは高みを目指して鍛錬をつみ、太陽が天空へ昇りきったころ朝食をとりに戻ってくる。他の訓練生や聖闘士仲間たちと共同の食堂で食べるという方法もあったが、彼は必ず弟の元へと帰ってきた。弟の汲んだ水で手を洗い、弟の用意した朝餉で腹を満たす。それが彼らの日課だった。
戦いが終わり、二人で暮らすようになって、少しだけ変化が生まれた。
アスプロスが無茶に高みを目指そうとしなくなり、朝は弟との時間を優先するようになったのだ。とはいえ朝食を作るのは弟の役目のままで、アスプロスは寝台で寝ながらデフテロスが呼びに来るのを待っている。
以前には考えられなかったような平和な暮らしだが、アスプロスには少しだけ不満があった。
それはデフテロスの起こし方だ。
寝ている兄を起こすのが申し訳ないと思うのか、デフテロスはただじっと寝台脇で兄の目覚めを待つ。アスプロスは直ぐにその気配に気づくのだが(あの強烈な熱視線で目覚めぬはずがない)、出来れば言葉で起こしてほしいと思うのだ。
不満や疑念を内心に押し隠す愚をアスプロスも学んでいる。さっそくデフテロスに思いを伝える事にした。
「デフテロスよ」
「何だろうアスプロス」
「朝は口で起こしてくれないか」
「…いいのか?」
「それが普通だと思うのだが」
「そうか。では明日から遠慮なくそうする」
頷く弟を前にして、気持ちを隠すことなく伝え合うことの出来る幸福をアスプロスは噛み締めていた。
翌朝、アスプロスは頬に触れる弟の口付けによって、光速で飛び起きることとなった。
2010/1/22
◆闇夜に一つだけのひかり…弟視点
この世界と聖闘士たったひとりの命、どちらが大事かと問われたら俺たちに選択肢などない。たとえそれが黄金聖闘士であろうとも。
俺はかつて双子の兄を手に掛けた。兄が謀りごとをもって教皇に拳を向けたからだ。教皇は女神軍のかなめであり、その命は世界に匹敵するほどの重みを持つ。アスプロスはその地位を誰よりも望んでいて、求めすぎていつの間にか歪んでしまった。
兄の野望は防がなければならず、最強と謳われた兄を止めるには、命を奪うしかなかったのだ。
何度考えても、あの時にはそうする以外なかった。たとえあの場で命を永らえたとしても、その後に待ち受けているのは極刑でしかない。誇り高いアスプロスにとってそれは屈辱であろうし、兄が罪人として衆目に晒されることは俺にとっても耐え難い。そんな事になるくらいなら、俺の手で兄の命を終わらせたほうがいい。
その結果、俺の忌むべき通称である「凶星」に「兄殺し」が追加された。
聖戦を真近に控え、黄金聖闘士が反逆したなどという醜聞は伏せられるしかなく、双子座は密かに代替わりをしたことになっている。しかし、真実に完全な蓋をすることは難しく、いつの間にか凶星の弟が兄を殺して成り代わったという勝手な噂が広まった。
聖域から離れた俺にはどうでもいい話だが。
いま俺は、カノン島でひたすら拳と自我を磨きながら生きている。
アスプロスの後を追って死ななかったのは、兄とまた遠からず合間見えるという確信めいた予感があったからだ。それはほとんど絶対と言って良いほどの直感だ。
死者が蘇るには、ハーデスの下僕となるくらいしか手段がない。
兄が冥闘士として、肉体を与えられた悪霊としてこの地上に舞い戻ってくるその日を、俺は願うように待っている。
その時こそ、俺は選択をやりなおすのだ。
世界との秤に乗せるのは、もうアスプロスの命ではない。それは俺が奪い取ってしまった。残るのは魂だけ。兄の魂と世界の二択であれば、許されなくても俺は兄を選ぶ。闘うべき聖戦を放棄せねばならないとしても、俺の誓いは揺るがない。
そうして、奪った命の代わりにこの命を差し出て請うだろう。
アスプロスよ、光であれと。
2010/1/22
◆白の花冠…双子同居シリーズ
一緒にカノン島で暮らすようになったものの、デフテロスとアスプロスの仲は清いままだった。
(寝台まで共有しているというのに、アスプロスは俺に触れようとしない…)
デフテロスとしても別に性急な深い関係を望んでいるわけではないのだが、兄が自分に対して無関心なのではないかと思うと不安がつのる。
いや、無関心ならばまだ構わない。以前のように、知らぬところで嫌われていたら一体どうしたら良いのだろう。
過去にアスプロスから誤解され、捨て駒扱いされたトラウマは、未だにデフテロスへ根深く残っていた。ちなみに、兄弟としては現状が普通であるという思考には至っていない。彼は凶星を持つものとして差別を受けて育っていたため、他人との接触は一切許されておらず、一般的な人間関係における常識に多少疎かったのだ。
彼にとって一番身近な肉親サンプルといえばサーシャとアローンだった。これはこれで普通の兄妹関係ではない。しかし、デフテロスは神頼みとばかり、彼らを参考にすることとした。
(確か女神は花輪をつくり、兄とペガサスへ与えたと聞く)
花の腕輪はアテナの小宇宙を帯び、テンマを死の淵から救ったという。神ならぬ身の小宇宙では花輪にそのような効果を持たせることは適わないだろうが、気持ちくらいは伝わるのではないだろうか。
そんなわけで、デフテロスは望みを託して花輪を作ることにした。カノン島のような火山島では花を見つけること自体大変だったけれども、デフテロスは根気よく探した。アスプロス《白》の名にちなみ、島のあちこちから白い花だけを集め、兄に渡すまで萎れぬように小宇宙で保たせる。
なにぶん初めて作るものゆえに、腕輪サイズに収まるものを作ることが出来ず、完成したのは花冠だった。
それでも大小さまざまな花を集めた花冠は、なかなかに美しい。
完成させた純白の花冠を持ってデフテロスはアスプロスの前に立った。
「受け取れ、アスプロス」
花冠を突きつけられたアスプロスはといえば、平静を装っている様子だが、どこか引き気味のようでもある。デフテロスは挫けそうになったものの、そこはカノン島で2年間鍛えた我で踏みとどまった。無言ながら花冠を受け取った兄の態度に勇気を振り絞り、彼はそのままアスプロスへ想いを告げる。
「俺は兄さんになら、何をされてもいいのだ」
相変わらず言葉の足りない台詞ではあったが、自ら意志を表明し、何かをするということに馴れぬデフテロスにとっては、精一杯の告白だ。そして大博打でもあった。
戦闘では何者をも恐れたことがないというのに、兄の前では拳が震える。
受け取って欲しいのは、デフテロス自身もだ。
しかし、望んだ返答はなかった。
アスプロスは告白を聞いた途端、顔色を変えた。先程までの表情を一転させ、怒っているようにさえ見える。
「デフテロス、二度と今のような言葉を口にするな」
少しして兄の口から吐き出されたのは、そんな否定の言葉。
一瞬で世界が暗くなる。
(否定される事には、慣れているつもりだったのだが)
デフテロスは俯いた。そのまま顔を上げることが出来ない。何でもないように振舞わねばと頭の片隅では考えているのだが、身体が動かない。
(怒るほど、アスプロスは嫌なのだ、俺が)
身体だけではなく、思考もうまく動かないまま、時間だけが流れていく。
そんな様子を不審に思ったのか、アスプロスが表情を少し和らげた。
「デフテロス、お前はもっと自分を大事にしろ」
「…アスプロス」
続けられた言葉は、予想していた言葉と少し異なった。
「お前がたとえ、俺の犠牲になってもいいだの、俺に殺されてもいいだの思ったとしても、俺が嫌だ」
思わずデフテロスは顔を上げ、言い切ったアスプロスを見つめる。
アスプロスは視線を逸らさずに、渡された花冠を被る。
「白い花は死者への手向け…どうせこれも、自分が死んでも構わないという意思表明かなにかだろう?俺にたむけろと渡すのだろう?絶対にごめんだ。だいたいお前には葬式の花など似合わん」
弟をなじる兄は饒舌だった。そして、その内容は全くデフテロスの伝えたいコトとはかけ離れていた。
そうだった、アスプロスは昔からデフテロスの言動を真っ直ぐには受け取らないのだ(半分は闇の一滴のせいで)。どうしていいのか判らず、呆然と見つめるままのデフテロスへ、アスプロスは勘違いをしたままに決め付ける。
「この花は俺が貰う。お前は二度と俺に殺されても良いなどと言うな」
また誤解をうけたというのに、何故か今回は心が痛まなかった。
偉そうに命令口調で言うアスプロスは、思った以上に花冠が似合っていて、デフテロスは兄の勘違いを訂正するのも忘れてその姿に魅入っていた。
2010/1/26
◆固ゆでたまご…双子同居シリーズ
アスプロスは朝食に出された卵を1つ手に取り、しげしげと眺めた。
小宇宙で物質を測れる聖闘士ならば、殻を剥くまでもなくゆで卵だと判る。それも固ゆで卵だ。
(デフテロスはゆで卵が好きだったのだろうか。以前はそうでもなかったように記憶しているのだが…)
カノン島でデフテロスと暮らすようになってから、卵料理といえばゆで卵なのだ。他の料理法を見たことがない。アスプロスもゆで卵を嫌いなわけではないが、こう毎回だと飽きる前に不思議に思う。デフテロスはあれでマメであり、不精ゆえの手抜き料理とも思えない。
じっと卵を見ていると、スープ鍋を運んできたデフテロスが兄に声をかけた。
「卵がどうかしたのか」
「いや、その…たまには半熟卵が食べたいかなと…」
思ったままに希望を述べると、デフテロスは困った顔になった。
「いつも村で卵を調達したあとには、火山内の近道を抜けてくるのだが、溶岩の中を通ると小宇宙で保護していても卵が固くなってしまってな…」
「ああ、それでゆで卵になっているのか」
「だがアスプロスが半熟卵を望むのなら、明日から溶岩地帯は3分以内で走りぬける」
「!!」
「もしそれでも固ゆでになってしまうようだったら、火山を吹き飛ばしてでも絶対に兄さんのもとへ半熟で届けてみせるから」
その目に本気を見たアスプロスは、慌てて弟を宥めた。
「い、いや、そこまで半熟に拘っているわけではない。ただデフテロスよ、卵に限らず茹だりそうな食材を持つときには、溶岩の中を通らずとも、次元移動を使えば良いのではないだろうか」
「!!!」
今度はデフテロスが驚いたような顔でアスプロスを見る。
「こんな近距離に次元移動を使うという発想はなかった」
「…いや、普通の発想だと思うが…」
「さすが兄さんは思考回路が柔軟だな」
きらきらした目で兄を讃えだしたデフテロスを前にして、アスプロスは自分のせいで弟が火山を吹き飛ばすことにならなくて良かったと、内心で胸をなでおろした。
2010/1/26