JUNKには、ブログなどで勢いのままに書きなぐった小ネタが5話ずつ格納されています。
たまにこっそり加筆したり訂正したり。↑OLD↓NEW
◆たまご…(星矢と双子と朝食)
「お邪魔しま〜す!」
元気な挨拶とともに双児宮に駆け込んできたのは、青銅聖闘士の星矢だった。片手には編みカゴを下げ、その中には卵がこんもりと入っている。
テーブルについていたサガとカノンは、朝食の手を止めて若い侵入者の方を見た。
今日のサガは黒髪だったが、星矢は気にも留めず近寄ると、そのカゴをテーブルの脇へ置いた。
「いやあ、十二宮へ行くと言ったら姉さんが持ってけって言うからさ」
星矢の姉は聖戦後もロドリオ村で暮らしている。聖域に近いその村は信仰心の篤い者が多く、身寄りのない姉弟にとっては、日本に戻るよりも生活していくのに向いていた。
ロドリオ村の人間は、聖域への敬意と親近感からよく野菜や果物などの生産物を差し入れてくれるが、星華の場合は弟が世話になっている礼という意味合いの方が大きいだろう。
あの勢いで走ってきてよく卵が割れなかったものだ…と妙な感心しているカノンの隣で、黒サガはその卵を1つ指で摘んで手に取った。それはまだ温かく、今朝産んだばかりであるものだと判る。
「懐かしいな。昔はこれでよく小宇宙の鍛錬をさせられた」
珍しく黒サガが述懐したので、星矢は目を丸くした。
「サガでも修行したんだ?」
「鍛えずに聖闘士になる者などおらん」
淡々と答えると、黒サガは星矢の目の前で軽く手の中の卵に小宇宙を集めた。
それは氷河やカミュが冷気を高めているのに似ていたが、彼らの力が物質の運動を抑えるのとは逆に、黒サガは原子に働きかけて卵を熱しているのだった。
「ただ熱すれば良いというわけではない。やみくもに熱しては、レンジに入れた卵と同じで簡単に爆発してしまう。半熟になる温度と凝固状態を確認しながら小宇宙の量を調節する必要があるのだ。殻の内部のたんぱく質を測れるようになれば、人体を視る時にそれを応用出来る」
総合的な小宇宙のコントロールを高めるのに丁度良い方法だったのだろう…そう言いながら小宇宙を込めたのは一瞬で、黒サガはすぐにその卵を星矢のほうに放る。
慌ててそれを受け止めると、それはすっかりゆで卵と化していた。
黒サガは星矢へ椅子を勧めた。
「お前も朝食はまだだろう。食っていくと良い」
「ええっ、いいの?」
ちらりとカノンの方を見ると、仕方ないという顔で肩をすくめたので了承の証だと椅子に腰を下ろす。
黒サガはその間にも卵を手に取り、自分と弟の分も卵を温めた。卓上にはパンとサラダとスープが並ぶだけの質素なメニューだったが、それにゆで卵が追加される。
「茹でてないけど、これゆで卵って言うのかな…それにしても黒サガに手料理作ってもらえるなんて今日はついてる!」
星矢が卵の殻を剥きながら、にこにこ嬉しそうに言うと、テーブルの向かい側でカノンが『ブフォ』と派手な音を立ててスープを噴出した。咳き込みながら「手料理…?」と呟き、黒サガに睨まれている。
成長期の食欲で卓上の朝食をたいらげた星矢は、礼を言うと双児宮を後にした。
その後、星矢が十二宮の先々で黒サガに卵料理を作ってもらったと自慢したために、アイオロスやシュラやデスマスク(彼だけは純粋に『サガに作れるような卵料理などあるのか』という料理上の興味による)がサガの元へ押しかけた。
黒サガは彼らにはレンジ加熱状態を保った卵を持たせたので、各自の宮は殻を剥いた瞬間爆発した卵で大層な被害が出た。
2007/5/9
◆アキラル…(双子VSアイオロス13年前パラレル)
アイオロスの目の前で、女神を殺そうとしていた教皇がゆっくりと顔を上げた。
拳圧で飛ばされた仮面が派手な音を立てて床を滑っていく。
黄金の短剣を片手にアイオロスを見つめたその顔は、どこか壊れた人形のように場違いな微笑を見せた。
「な…お前は、サガ!?」
口の中がカラカラに乾いていた。数日前に姿を消した親友が、こんな場所で教皇の姿をしている。そして女神を殺そうとしている。
瞬時に彼は理解した。本物の教皇は、おそらくもうこの世にいない。
女神を抱いた腕に、無意識に力が篭った。今生の女神はいまだ赤子。たった今サガの振り上げた剣の下から救い上げたばかりだ。
黄金聖闘士の最高峰の力を持つシオンが消えて、サガが敵として相対するのならば、聖域に頼れる相手はいない。アイオロスがこうして駆けつけて庇わねば、アテナもシオンの後を追っていたのだ。
ゾッと背筋がそそけ立った。
「何故だ!こんなことを君がどうして、」
友であったはずのサガは、記憶にあるように神のような笑みを浮かべたまま、けれどもアイオロスの視線を通り越してその後ろを見ている。
そうして、その場の緊張感とは裏腹にゆったりと言葉を発した。
「すまない、気づかれてしまった」
それが自分に向けられたもので無いことは、すぐに判った。
背後に誰かがいる。サガはその誰かに話しかけている。
このような至近距離まで、黄金聖闘士である自分に気取られず気配を殺せる存在がいることに驚愕が走り、それが敵であることに絶望が走る。
いや、自分はその小宇宙に気づかなかったのではない。
その事に気づいたアイオロスは眩暈を覚えた。背後の小宇宙は、目の前のサガとまったく同一のものだった。だから一人しか居ないかのように錯覚させられていたのだ。
「構わないさ。そいつも始末するつもりだったんだ。手間が省けていい」
声のする方を咄嗟に目で追う。最悪の予想通り、そこにもサガがいた。正確にはサガと同じ顔の誰かだ。六感を超えた何かが、それはサガではないと告げていた。
その男はちらりとアイオロスを見ると鼻で笑った。
「女神を引き渡すのなら、命だけは助けてやってもいいぜ?」
「ふざけるな!君は誰だ、サガに一体何をしたんだ!」
「人聞きが悪いな。オレは兄さんの心に眠っていた願望を引き出してやっただけだ」
男は攻撃的な小宇宙を高めていく。周囲にはサガによる結界が張られていて、神官も侍従たちも教皇宮での異変に気づく様子は無い。
「カノン、私が殺そうか?」
食卓で塩を取ろうかと聞くごとくに、サガが尋ねる。
サガの弟はカノンと言うらしい。弟の存在をサガは1度も話してはくれなかった。
カノンと呼ばれた男は口元を歪めて笑ったが、サガのその申し出は却下した。
「兄さんは教皇なのだから、オレが指示する以外のことは、何もしなくていい」
アイオロスはギリ…と歯を噛みしめた。
このような場でなかったら、友の教皇姿をどれだけ喜んだことだろう。
シオンが何と言おうと、自分はサガこそがその地位に相応しいと思っていた。
カノンがジェミニ最大の必殺技の姿勢をとる。技までサガと同じらしい。
アイオロスは腕の中の女神につぶやく。
「必ずお助けします」
言い終わるやいなや、破壊と言う名の力が閃光となって襲い掛かってきた。自分も瞬時に極限までの小宇宙を放ち、星をも砕くギャラクシアンエクスプロージョンの威力を削ぎ落とす。
だが、射手座の聖衣なしに相殺しきる事はさすがに不可能だった。
自らの肉体を盾に、防御はすべて胸に抱くアテナへまわし、側面の壁を破壊してそこから外部へと逃れる。
今の攻撃でかなりの骨をやられたようだが、そんな事を気に留めている暇はなかった。
そのまま呼吸の間もおかず、光速で翔けた。
「逃げられてしまったが、良いのか?」
教皇宮の壁に開いた巨大な穴をみて、サガが弟に尋ねた。
アイオロスが逃げるだろう事に気づいていても、彼はカノンに言われたとおり何もせず、ただ見ているだけだった。
「フン、わざと逃がしてやったのさ」
それは、目の前で人を殺すことによって兄にかけた幻朧魔皇拳が解けてしまうと困るからであったのだが、そのような事を口にするはずも無い。
代わりに、サガの顔を覗き込んで優しく語りかけた。
「『アイオロスが教皇を殺害し、女神をさらって逃走した。次期教皇の内示を受けていた旨により、代行者としてアイオロスの誅殺を命ずる』…言えるな?サガ」
サガはこくりと頷いた。
「判った。あとは日を置き、お前をジェミニの黄金聖闘士を継ぐ弟として公表すれば良いのだな」
「頼んだぜ、兄さん。アイオロスは近場の山羊座にでも追わせろ」
サガが聖域中に発する討伐の思念派を聞きながら、カノンは床に落ちている仮面に気がついて踏み潰した。もうそれは必要の無いものだった。
(二人で世界を手に入れよう、サガ)
征服感に酔いしれつつ、サガを背中から抱きしめる。
その時サガの髪の先がわずかに黒くなったことに、カノンは気がつかなかった。
2007/5/11
◆過去の幻影…(無気力なカノサガ)
13年前は兄のことを生真面目すぎで肉親への情の薄い偽善者だと思っていた。
カノンは目の前で紅茶をいれているサガを見た。
こうして蘇生してみると、改心した自分へのサガの態度はかなり丸くなっていて、何だか落ち着かない。
いや、丸くなったというよりもこれが本来の兄なのだろう。昔は怒られてばかりいたし、距離が近すぎて客観的に互いを捉えることが出来なかったから、判らなかったのだ。
サガがそっとカップを差し出してきた。強めのダージリンの香りが漂ってくる。
「アフロディーテが紅茶を土産に持ってきてくれたのだ…味はどうかな」
「ああ、悪くない」
一口含んでそう答えた。
料理の下手なサガだが、紅茶だけはそれなりに美味しく淹れる。
サガは「そうか」と言うと静かに微笑んだ。
昔のサガのような、不自然なほどの曇りない慈愛の微笑み(オレにはそう見えた)には耐性があるが、今のサガのこういう顔は反則だろと思う。昔の方がまだ良かった。
サガは昔のようには笑わなくなった。常に遠慮がちな憂いに満ちた面差しで、どこかこの世を見ていない笑み方をする。
蘇生したとはいえ一度死んだオレ達は、もう生者ではないのかもしれない。しかし、黄金聖闘士の中でもサガからは特に生きている人間の匂いがしないのだ。
今のサガは贖罪と女神のためだけに存在する人形のようだった。
「なあサガ、オレと寝てみないか?」
唐突に言葉が口をついた。
考えるより先に口にしてしまうのはオレの悪い癖で、昔はそれでスニオン岬へ送られたのだが、サガは昔のように怒ったりもしなかった。
サガは手にしていたカップをソーサーへと置き、指先でその縁を弄んでいる。
答える気が無いのかと思ったら、しばらくしてぽつりとどうでも良い事のように呟いた。
「それも良いかもしれないな」
今なら判る。あの神のようなとまで言われた笑顔は、奇跡のような一瞬だったのだと。
悪心を身に秘めつつもそれに負けずに生きようとした兄を、過去のオレは哂ったのだ。
砕けてしまった宝石を手にしたオレは、どうしていいか判らず黙って紅茶を飲み干した。
2007/5/18
◆距離…(ロスSIDE)
蘇生されてから少ししてサガと二人だけで会った。
14歳のままで生き返った俺と違い、サガは随分と大人になっていた。
あの頃のように話そうとして、上手くいかない。
俺がサガを大人になったと感じるように、サガの方はきっと俺の事を子供のままだと感じたんじゃないだろうか。
サガは優しい。
最初は罪の意識からかと思ったが、そうじゃない。
俺が年下だからだ。
サガはかつて神のようなと称された輝かんばかりの笑顔ではなく、思慮と遠慮が混ざったような憂いに満ちた微笑を浮かべて俺を見た。
相変わらず綺麗だった。
「アイオロス、今度こそお前が正しく聖域を導いてくれ」
俺へ頭を下げ、本心から礼を尽くすサガを見る。サガはこんなに器用でもなかった。
女神への叛意を捨て、二重人格の片割れを制御したサガは、13年前よりも近くなったはずなのにどこか遠く、俺は泣きそうになって、高い空を見上げた。
2007/5/13
◆距離…(サガSIDE)
蘇生されてから少ししてアイオロスと二人だけで会った。
私に殺された時の年齢のままで蘇った彼は、あの頃と変わらず輝いて見えた。
気高く強く、聖闘士の誉れであった射手座の主。
アイオロスは優しいから、汚名を着せた相手であっても態度を変えることは無い。
私の過去の謀りごとが、彼の心に他人への憎悪という穢れを作ってしまうのではないかと心配していたが、そんな事は杞憂だった。
彼は全く彼のままで、私はすまなく思うと同時に、その事がとても誇らしかった。
そういえば、昔はアイオロスのことを年のわりに大人びた男だと思っていたのだが、こうして見るとだいぶ少年らしさが残って見える。それもそのはずで、彼は星矢とたった1つしか変わらない。子供と言ってよい年齢なのだ。
そんな子供を、同じように子供だった私が破滅へと追いやった。
「アイオロス、今度こそお前が正しく聖域を導いてくれ」
シオン様は人を見る目があった。彼こそが教皇にふさわしい人間だと今では思う。
彼は次期教皇で、栄光の未来ある少年で、もう私と比較しようとする者は誰もいないだろう。
今の私と彼ではライバルにはなりえないし、同じステージに立つ資格も無い。
これからは彼と肩を並べて競い争うことはないのだ。
ようやく楽になれた気がしてアイオロスに笑いかけると、彼は何故か視線をそらして空を見上げた。白い雲がひとつだけ風に流れていく。
彼はその見上げた天の高みへ昇っていくのだろうなと、私はぼんやり考えた。
2007/5/14