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◆2012-JUNK2

JUNKには、ブログなどで勢いのままに書きなぐった小ネタが5話ずつ格納されています。たまにこっそり加筆したり訂正したり。↑OLD↓NEW


◆降り注ぐ雨が雪を溶かす1…(アイオロスと白黒サガ)


 あいにくの曇り空だ。
 いまにも降り出しそうな様相をみせながら、夕方まで来てしまったような天気である。
 アイオロスとサガは、教皇宮から十二宮へ向かう一本道を、並んで下りていた。
「ねえ、サガは先ほどの課題についてどう思う?」
 アイオロスはサガを見ていたが、サガの視線は空の雨雲へ向かっている。
「お前の思うとおりで、良いのではないだろうか」
「まだ俺の意見も聞いていないのに?」
「考えるのは教皇の役目。それにあれはお前に出された課題だ」
 まだアイオロスは補佐であったけれども、次期教皇として名指しされているからには、その地位を継ぐのも遠いことではないだろう。
 サガの指摘にアイオロスは苦笑して、同じように空を見上げた。
「降ってきそうだね」
「そうだな」
 しかし、答えながらサガは視線を道の先へと移した。まるで、アイオロスと同じものを見ることを拒否するかのように。それはとてもさりげなく行われ、常人であれば気づかぬ完璧なそぶりであったが、あいにくと射手座のアイオロスは愚鈍ではなかった。
 人馬宮へたどり着いた途端に雨が降り出した。
「寄って行かないか」
 わずかながらの期待と痛みをこめて、雨宿りを勧めてみたが、案の定サガはそれを辞退し、しとしとと法衣を濡らす小雨のなかを歩き去っていった。


 天秤宮を抜ける頃には、雨足も勢いを増し、本格的な降りとなった。
 長い髪が雨に濡れてぺたりと頬に張り付くが、サガは頓着せずに歩き続けた。
『変われ』
 サガの中から闇が主張する。
『わたしと変われ。何だそのザマは』
 闇は怒っていたが、サガは返事をしなかった。歩きながらその髪の色は先端から黒くなりかけるも、すぐに元の色となる。
『…なぜ、考えることをやめてしまったのだ』
 諦念とともに、暫くして発せられた問いへの答えは簡潔だった。
「比較してしまうから」
 サガは立ち止まらない。真っ直ぐに前をみている。
「考えたら比較してしまう。わたしならどうするだろうかと」
『当たり前だ』
「そのあとお前は…わたしはこう続けるだろう。『わたしならもっと上手くやれる』。あるいは『彼のほうが優れている』と」
 周囲に人がいたならば、サガは独り言を呟いているようにしか見えず、正気を疑われるに違いない。幸いなことに夕刻をすぎた雨の中、十二宮の公道を通るものは誰もいなかった。
「だから、考えることは彼に一任しようと思う」
『馬鹿な』
 闇の声には、どこか焦りが感じられた。
『おまえはあの13年間ですら、決してわたしに思考を譲ろうとはしなかったではないか。最後のさいごで、いつでもわたしの邪魔を』
「アイオロスは信用できる。しかし自分のことは信用できない」
 きっぱりと言い放つサガの視線は宙にあったが、実際のところ何も見てはいなかった。
『…完全に侵蝕されてしまったのだな』
 闇の声は、それを最後にもう聞こえることはなかった。
 いつのまにか目の前には双児宮の門柱が、主を迎えるようにそびえ立っている。
「ただいま」
 サガは誰も居ないがらんどうへ呼びかけた。


2012/2/23
◆降り注ぐ雨が雪を溶かす2…(アイオロスとカノン)


「思うに、あれは育った環境が悪いと思うんだよね」
 目の前のアイオロスが、ため息をついてグラスを呷った。中身はオレンジジュース。貴様なんぞにまともな飲み物を用意する気はない…という意思表示だったのだが、美味しそうに飲まれてしまった。お子様なのか大物なのかワカラン。
「次期教皇が聖域を批判していいのか。というか、海界までお前は愚痴を言いに来たのか」
「カノンなら、私の言っていることを判ってくれると思ったからさ」
 突然アイオロスから来訪の予告があり、緊急の案件かとシードラゴンの鱗衣フル着用で出迎えてみれば、個人的な用件だという。
 それでもそんなことは建前で、外では話せぬほど内密の案件かもしれないと、北大西洋の宮殿に部屋を用意して話を聞いてみれば、思った以上に個人的すぎる内容なのだった。
「サガってさ、双子座としては君を影としていたわけだろう?」
「サガがそうしたかったわけじゃない。双子座は代々そういうシステムなんだ」
「どっちにしろ、影の君はサガの振りしなきゃならなかったんだろ?」
「まあな」
「そしてサガは己の中にも闇を持っていた。二つの人格はせめぎ合い、負けたほうは身体の主導権を譲らねばならなかった」
「ああ」
「だから、サガは勘違いしてるんだよ」
「何をだ」
「相手に負けて自分が優位に立てなかったときや、自分が影の役目を担う時には、その相手に全てを譲らなきゃならないと思ってる。アイデンティティーまで含めて。それ以外を知らないんだ」
 ぎり…と握る拳に力が篭ってしまう。
 こいつはサガのことを本当に良く見ている。
「次期教皇サマとしては、最大のライバルとなるであろう未来の補佐が従順なのは嬉しいんじゃねえの?」
 もちろん厭味だ。
 サガがまたおかしくなりはじめている事は知っていた。いや、聖域の他の連中はそんな風には考えず『過去を反省しておとなしくなった』『』アイオロスとも仲良くやっている』と思っているだろう。
 オレからすれば、覇気のないサガなんて気持ち悪くてしょうがない。他人に何と言われようが、こいつを押しのける勢いで、また頂点を目指せばいいのに。
「私が補佐に欲しいのは、意見を切磋琢磨できる相手であって、私の言葉を繰り返すオウムじゃないんだよ」
 このやろう、サガを鳥扱いしたな。
 自分の聖衣に羽があるからってサガを同類にするな。
「それは直接あの馬鹿に言え」
 そう言ってやると、アイオロスは初めて困ったような顔をした。
「その、こんなこと言ってサガに嫌われたくないし。君ならいい案を出してくれそうかなと」
 ここで殴らなかった自分を褒めたい。
 出かかった拳を、海将軍筆頭である自分の立場と次期教皇たる射手座の立場を考えて、なんとか押さえた。これが双児宮だったら殴ってた。
「知るか、お前とサガの問題だろう。勝手にしろ」
 しかし、アイオロスはグラスを手にしたまま、きょとんとした。
「私とサガの問題にしてしまっていいのか?」
 何か自分が取り返しのつかない失言をしたような、嫌な予感がする。
「君はサガの半身みたいだから、君の意向も聞いておこうと思ったけれど、好きにしていいのなら勝手にしてしまうよ?何せ未来の補佐殿は私に従順だからね」
 さきほどのオレの台詞は、厭味として通じていたらしい。
 部屋の空気が一変する。
「私は贅沢なのかもしれない。どうせならサガが自分の意志で跪いてくれないと、気に食わないんだよ」
「…貴様にサガを渡すものか」
「そう?」
 アイオロスの笑顔の後ろに、昔サガに感じたのと同じ闇が見えた。

2012/2/29

◆ひな祭り…(女神と日本語勉強中サガ)


女神「宜しければ、一緒に甘酒をのみませんか?」
サガ「甘鮭を…呑むというのは頭からでしょうか」
女神「言い換えた方が良いようですね。白酒はいかがです?厳密には別物ですが」
サガ「塩鮭と甘鮭の違いならば存じております」
女神「サガ」
サガ「何でしょう」
女神「鮭から少し離れて下さい」
 アテナはサガへ桃の一枝を渡すと、むくれたように踵を返した。

2012/3/3
◆真夜中の来訪者…(ロスとカノンでサガ会話)


「突然夜中に押しかけてきてどうしたんだ。サガと喧嘩でもしたのか?」
 アイオロスは呆れた様子を隠しもせず、カノンへ客用カップを差し出した。中身は煮出して上澄みだけを飲むギリシア珈琲だ。受け取ったカノンはぶすりとした表情でそれを受け取る。
「そのほうがまだいい」
「おや、穏やかではないね」
 アイオロスも自分の分のカップを手に、カノンの正面へ腰を下ろした。
「海界からの1週間ぶりの帰宅なんだぞ。なのにサガの奴、にっこり笑って『おかえり、お疲れさま』しか言わん」
「それの何が不満なのかな」
「当初3日の予定だったところが、急な案件が発生して日が延びた。多忙すぎて連絡を入れることも出来なかったから、サガからすれば無断外泊4日だ。昔だったら『どこへ行っていたのだ』だの『何をしていた』だの『連絡くらいいれろ』だの小姑のように煩く言うところだってのに、たったそれだけだ。何だそりゃ。スニオン岬に捨てた弟のことなんて、もうどうでもいいってことか。だから出てきてやったんだ」
「えーと…」
 ようはサガに構って欲しかったってことかい?と言い掛けてアイオロスは黙った。どうもカノンは昔のトラウマも発動中のようだ。下手に突くと手に負えなくなる気がする。何故そう思うかというと、アイオロスにもそれなりに複雑なトラウマ持ちの、ブラコンの弟がいるからだ。
 アイオリアもカノンも過去を乗り越えているとはいえ、完全に癒されるにはもう少し時間が必要なのだろう。
「まあ、理由はわかった。けど、それで何故ここへ来たのかな。君が突然家を出てしまって、サガも心配しているだろうに」
「もっと心配すりゃいいんだ。オレが人馬宮にいるとなりゃ、あいつも落ち着いていられないだろうからな」
 カノンの言い草にアイオロスは目を瞬かせる。
「人馬宮にくるとサガが?何故?」
 しかし、カノンは剣呑な目でにらみ返しただけだった。
「お前ムカつく。その余裕はどっからくるんだ」
「話の流れが読めないんだけど…とにかくカノン、サガは多分君を信じているから何も聞かないんだと思うよ。構って欲しければ、もう少し判りやすく甘えてみたらどうかな」
 判らない話は横へ流して、アイオロスは取りあえず一般論を勧めてみることにした。カノンとサガとの行き違いに『巻き込まれている』と考えずに『頼ってもらえた』と受け止めるのがアイオロスの器の大きさだった。
 カノンが不貞腐れた態度ながらも口ごもる。
「そんなことを言われても、兄に甘えたことなど無い」
「ええ…」
 生暖かい目で突っ込みを入れそうになった衝動を、アイオロスは何とか抑える。
「では試しに私をサガだと思って甘える練習をしてみないか」
「はあ?無理言うな、何でお前に甘えなきゃならんのだ」
「私に甘えるんじゃなく、模擬でだよ。面接前の質疑応答練習みたいなものだよ」
「面接なんざ経験ねえぞ」
「例えだからね。君も技のイメージトレーニングくらいするだろう。それの会話版」
 一応、カノンの側も八つ当たり的押しかけであることは自覚している。その自分のために、アイオロスが解決策を模索してくれていることに対して、多少の罪悪感はあった。
 いくぶん柔らかめになった口調で、カノンはアイオロスへ模擬問答をはじめた。
「ううむ…ではサガ、金を貸してくれ」
「駄目だ」
「お前即決かよ!」
 不満をぶつけるカノンに対して、アイオロスの目が遠いものになっている。
「どうして余計怒られるようなことを言うのかな」
「お前が甘えてみろって言ったんだろう」
「甘えすぎだよ。でも一応理由を聞いておこうか」
「町で女でも買おうかと」
「だから何で余計怒られるようなことを言うの?本当は怒られたいの?」
「サガが抱かれてくれれば女なんて買わなくても」
「えっ、兄弟で?」
 思わずアイオロスが問い返すと、カノンは「冗談だ」と吐き捨て、代わりにアイオロスへと挑発的な目を向けた。
「相手してくれるんなら、お前でもいいぜ?」
 言葉上は誘われているのに、その瞳には深い怒りの熾き火が見えるような気がして、アイオロスは息を呑む。そして直ぐに脳裏に浮かんだのは、泣きそうになっているサガの顔だった。どういう連想なのだろうか。
「サガが泣くから、駄目」
「オレのせいで?お前のせいで?」
「…わからないよ」
 審判者のように見つめるカノンへ、アイオロスは苦笑しながら答えた。

2012/3/11
◆春爛漫…(ロスとサガの逃亡)


 次期教皇アイオロスがいなくなった。
 ロドリオ村へ慰問に出かけたまま、時間を過ぎても帰って来ないという門番の報告を受け、シュラが教皇宮へ足を運んだところ『少年達よ、君らにアテナを託す』って壁に彫ってあったらしい。
 一緒に付いていったはずのサガも戻ってこない。任務の遅れなら真面目なサガが連絡すらしないなんて考えにくいし(慰問が長引くというのも考えにくいし)、二人で出奔したってことかな。
 シオンは「あやつらは黄金聖闘士の地位を剥奪し、脱走者扱いとする」とかなんとか怒ったように言っていたけど、そのわりに追っ手をかけるわけでもなかったから、黙認するつもりなんじゃないかなと俺は思っている。
 本気で怒っていたのはカノンで、呆然としていたのはアイオリアだ。
 無理もないよ。血を分けた兄弟にくらいは、ちゃんと話して行けばいいのに。
 カノンは一発殴らなきゃ気がすまんと言って、追いかける気満々でいる。それでもって、アイオリアは自失のうちにいつの間にか同行することにされてる。毎度ながら巻き込まれ体質だなあ。
 そうなると黄金聖闘士が4人も聖域に不在てことになるけど、その穴は俺たち青銅聖闘士や一部の白銀聖闘士が埋めることになるんだろうか。

 でもいいや。俺も実はシオンと同じような気持ちだし。
 アイオロスとサガが聖域を離れるなんて、余程の決意なんだろうし。
 今までの分も幸せになってほしいって思う。たとえそれが聖域ではなくとも。
 射手座の聖衣は正直まだ俺には荷が重いけど、精一杯頑張るよ。
 それにしても、どこへ行っちゃったんだろうなあ。


「なあ、今から花見に行かないか」
 アイオロスが振り返ってサガを見た。次期教皇に相応しい上質な白法衣の裾は、軽快な足取りにあわせてひらひらと翻っている。サガは従者兼引継ぎサポート役として、一歩下がった位置から冷静に返した。
「そのような予定は本日のスケジュールにない」
「仕事として誘っているんじゃないんだけど」
 アイオロスは空を見上げた。よく晴れた空には、刷毛ではいたような雲が一筋流れている。
「午後は特に重要な仕事もないだろ?」
「それはそうだが…」
「たまには後輩に任せても罰は当たらないさ。俺たち二人がいなくても、今のあいつらなら大丈夫。聖域の守りは磐石だ。それにね、実はもう書置き残してきちゃったんだよね。あとよろしくって」
「何だそれは、午後からサボる気満々ではないか」
「というわけで、駄目?」
「まったく…」
 サガは苦笑しながらも、それ以上の否定はしない。アイオロスは無計画なようにみえて、ちゃんと組織に支障のない日時を選んでいる。ならば、多少の息抜きで上司の心身をメンテナンスするのも補佐の役目だろう。
「正式にお前が教皇となったあかつきには、このような我侭をわたしが許すと思うな?」
「俺は教皇になったあとも、君をデートに誘うつもりだけど」
 『デート』の単語に、サガが目を丸くする。
 爽やかな春風が髪をふわりとなびかせた。


 花見のあとに戻った聖域で、シオンの『ふざけるな小僧』により二人が宙に舞うまであと数時間。ギリシアの春は今が盛りだ。

2012/3/26
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