JUNKには、ブログなどで勢いのままに書きなぐった小ネタが5話ずつ格納されています。たまにこっそり加筆したり訂正したり。↑OLD↓NEW
◆辰年…(謹賀新年挨拶で星矢&双子)
「あけましておめでとうございます」
星矢が元気に挨拶をして頭を下げた。聖闘士たちが年明けに十二宮の階段を昇って、女神へ新年の拝謁を行うのは恒例の行事だ。星矢はその途中で各宮へ立ち寄り、知己の黄金聖闘士へも声をかけてゆく。
声をかけられた双児宮のあるじ達も、早朝ながらちゃんと起きていて、にこりと(カノンは多少ぶっきらぼうに)年初めの挨拶を返す。
星矢はにこにこと二人へ近づき、はい!と、まずはカノンへ写真を加工した年賀状を手渡した。ラダマンティスの写真だ。受け取ったカノンは微妙な顔をしている。
「今年は辰年だからね!ワイバーンで」
「おい小僧、色々突っ込んでいいか」
「ちゃんと許可とってるよ。本人を連れてこようと思ったんだけど、新年は忙しくて無理だって。明日の午後に訪問してもいいかって言ってた」
「…いつの間にそんな頼みごとをしたり、メッセンジャーを引き受けるほど親しくなったのだ」
ぶつぶつ言いながら、カノンはやっぱり微妙な顔をしていた。とはいえこの場合、素直に嬉しそうな顔をすることが出来ない性格であるだけで、ラダマンティスの来訪予告自体は喜んでいるのだ。
星矢はサガのほうに向き合った。
「サガにもいろんな写真を考えたんだよ。紫龍とか辰巳とか市とかライミとか。でもシードラゴンの実物が一緒にいるからいいかなって」
サガの表情は変わらなかったが、弟であるカノンには、兄もまた内心で微妙な反応をしていることが手に取るように分かる。
サガお気に入りの後輩は、悪戯っぽく先輩の顔を見上げた。
「サガ、東洋では鯉が龍になったりするって知ってる?」
「デスマスクから聞いたことがある。滝を昇りきった鯉が龍と化すのだろう?」
「他にも、人間に愛されてた鯉が龍になるんだよ。竜鯉(りょうり)っていうんだ。鯉の側が人間からの愛情を感じないといけないんだけど」
少しだけ躊躇うように、星矢は言葉を置いてから続ける。
「オレの胸の中にコイを飼ってる。だからサガからの愛情があれば、すぐにでも龍に変わるよ」
思わぬ告白にサガは一瞬驚いたように目を見開いた。かつて偽教皇として、どのような事態にも動じず冷静にあしらってきた彼が、このように人間らしい感情をあらわにするのは珍しいことだ。
それこそ鯉のように口をぱくぱくさせていると、カノンが星矢をサガの前から引き剥がした。
「新年早々油断のならんガキだな。ほら、さっさと女神に挨拶してこい」
「ちぇ、強引にでもラダマンティスを連れてくれば良かった」
軽口を叩き合う星矢は、すでにいつもの調子に戻っている。
サガはほっとしたように微笑んで、今度は自分から星矢へ近づき、額へ祝福のキスを落とした。
「わたしはいつでもお前を愛しているよ」
慈愛と尊敬が主成分の、アガペーに近いそれではあるが、サガにとっても星矢は特別なのだ。
星矢はにこにこしながら、追加で紙袋をサガに渡した。
ペガサスが去った後にその袋を開けてみると、中には二人分の沖縄菓子「ドラゴンボール」とド○ラのぬいぐるみが入っていた。日本野球に詳しくない二人は、何故ドラゴン繋がりでコアラのぬいぐるみなのか判らず、しばし頭を悩ませたと言う。
2012/1/1
◆昼の奈落…(シュラ)
磨羯宮は十二宮の例に漏れず、険しい聖山の中腹にある。
宮のわきを少し行くとすぐに断崖絶壁となり、下を見ても谷底が見えない。
シュラはその切り立った端にたち、足元にあった石くれを爪先で落としてみた。
それは音もなく断崖の闇へ吸い込まれ、黄金聖闘士の目でも最後まで追うことはできなかった。
(アイオロスもここから落ちたのだ)
シュラは足を半歩進ませる。下から吹き上げる風が、前髪を乱す。
(もう1歩踏み出せば、アイオロスと同じ道へ行けるのだろうか)
しかし、彼は足を引いた。同時に後ろから声がかかる。
「そこから落ちたなら、お前でもただではすむまい」
振り向かずとも誰なのか判る。現在、僭主として聖域を支配している男だ。
教皇の服をまとい、仮面をつけた男の表情は、振り向いたとしても窺うことが出来ない。
(すみませんアイオロス。俺は断崖よりももっと深い奈落を、先に覗き込んでしまったのです)
崖の淵から踵をかえし、シュラは彼の主を伴って磨羯宮内へと戻っていった。
2012/2/12
◆リセット…(双子リサイクル)
「どうか、過去からわたしの存在を消してください。わたしさえ居なければ、皆が幸せになれるはずなのです」
サガは時の神クロノスに頭を下げて願いました。
どうやってここまで来たのか判りませんが、人間でありながら時の湖へ辿りついた根性はなかなかのものと思われます。
その根性に免じて、クロノスは戯れに願いを聞いてやることにしました。
「それでは、望みどおりリセットしてやろう」
湖のなかから次元をひとつ選び出し、クロノスは界上で砂時計をひっくり返します。そうしてサガのいない世界が始まったのでした。
彼は幼い頃から将来の大成を約束されたような、輝かしい子供でした。
およそ出来ぬことはなく、星に呼ばれて訪れた聖域でも、すぐに黄金聖闘士の地位を予言されたほどです。
しかし、彼は生まれてこのかた、ずっと満足することはありませんでした。いついかなる時も、何かが世界から欠落しているとしか思えなかったからです。
周りの皆は『そんなことはない、これ以上を望むなど贅沢だ』と言いました。そのことは余計彼を苛々させましたが、かといって彼にも何が足りないのか判らないのでした。
聖域で修行しながらも、ずっと胸の奥にはぽっかり穴があいたままです。
いつしかその穴には『あるべきはずだった何か』の影が育つようになりました。
正式に双子座に任命された日は、流石の彼も喜びました。双子座の聖衣は、物にも人にも無頓着な彼がほとんど唯一欲しいと思えたものだったのです。
さっそくキラキラと輝く黄金聖衣を身に纏い、全身鏡に映していると、どこからか声がしてきました。
『なかなか似合っている』
「誰だ!?」
思わず彼はあたりを見回しました。双児宮には結界が張られており、他人は入ってこれないはずなのです。
怪しんでいる彼に、その声は呆れたように言いました。
『私はお前の兄だ。判っているだろう』
そう言われてみると、そんな気がしてきました。何故忘れていたのか不思議なくらいです。
「そうだ、思い出したぞ。なぜ今まで俺を一人にしたのだ」
『私はずっとお前とともにいた。お前が気づかなかっただけだ。お前が私を認識すれば、いつでも私は存在するのだから』
つまり、認識しないときには存在しないと言うことです。そんな勝手なと思いかけたものの、その身勝手さはとても兄らしいことのようにも思えました。
何より、兄が呼びかけてくれたとき、初めて彼は胸の飢餓感がなくなっていることに気づいたのです。
ただ、残念なことに兄の名前だけが思い出せませんでした。それに気づいたのか、兄が苦笑しています。
『では、”カイン(形作る者)”と呼ぶがいい』
「それなら俺は今日からアベル(空虚)と名乗ろう」
それ以降、アベルは時々現れるカインと双児宮で暮らすようになりましたが、充足の生活の中で彼はほんの時々だけ思うのでした。
足りない何かを求めていた過去のほうが、本当のような気がする、と。
2012/2/14
◆あざらしの娘…(海龍カノンとサガと海神)
海の底にはポセイドンの支配する世界が広がっています。
この美しい海界を、地上で暮らす双子の兄にも見せたいなと、海龍のカノンは思いました。
けれども、ポセイドンの神域へ勝手に人間を入れることは許されません。
カノンは海神に選ばれた海将軍だから大丈夫なのですが、いくら双子でも資格のないサガは駄目なのです。
そこでカノンは一計を案じました。
(アザラシの皮を着せて海獣のフリをさせ、こっそり連れてくればいい)
早速サガのところへ行き、用意したアザラシの皮を被せると、人間の姿は隠されてアザラシが1匹いるようにしか見えなくなりました。カノンは兄を連れて海の結界を越え、さまざまな場所へと案内します。
珊瑚の園や水晶の洞窟、海ボタルが乱舞する夜の波間などを見せると、サガは目を丸くして「綺麗だね」と喜びました。サガが喜ぶとカノンも嬉しくなりました。
海底神殿の前を抜けて、さらにメロウの住処へ案内しようとしたとき、神殿のなかから声がかかりました。ポセイドンです。
『カノンよ、どこへ行くつもりなのだ?』
「供のアザラシと、メロウの岩棚へ」
用意していた答えを、カノンはよどみなく答えます。バレないかちょっとドキドキしましたが、ポセイドンは『そうか』としか言いませんでした。
興味をなくしたのか、ポセイドンから続く言葉はなく、そのままカノンは急いで兄を連れて神殿前を通り抜けました。ポセイドンは大抵の時間寝ています。多分また眠りについたのでしょう。
神殿から大分離れたところで、カノンはホッと一息つきました。
「驚いたなあサガ、まさか海神が話しかけてくるなんて」
しかし、サガからの返事はありません。
「サガ?」
いぶかしがるカノンを、アザラシが大きな瞳で黙って見つめ返すだけです。
カノンは急に嫌な予感がして、サガからアザラシの皮を脱がせようとしました。けれども、あるはずの継ぎ目が、どうしても見つかりません。
呆然と立ち尽くしてしまったカノンをその場において、アザラシはすいと波の向こうへ泳いでいってしまい、二度と戻ってきませんでした。
2012/2/18 神を謀ると天罰が
◆星空映画館…(星矢とサガで映画鑑賞)
そういえば、町の福引で当たった映画無料券の期限がもうすぐ切れる。
期限自体にはまだ余裕があるんだけど、最近話題になったアメリカ映画の上映最終日が、確か今日だったんだよな。どうせならそれ見たい。
早速ブロンズ仲間で兄弟の瞬を誘ってみた。なんで瞬かっていうと、紫龍は中国だし、氷河はシベリアだし、一輝は行方知れずだからだ。瞬ならいまギリシアに滞在しているから丁度いい。
だけど瞬には『アフロディーテと夕飯の先約があるから』って、申し訳なさそうに断られてしまった。意外と仲いいよな、あの二人。ベルサイユ宮殿みたいなところで晩餐とってるイメージが沸いたので、どんなトコに食べに行くんだって聞いたら近所のタベルナだった。結構普通だ。
じゃあ誰か他に暇な人はいないかな、いっそ魔鈴さんでも誘おうかな、でも女聖闘士のひとって外出したとき仮面とかどうするんだろうな…なんてことを考えながら歩いていたら、道向こうを歩いているサガが目に入ったんだ。反射的に声をかけてた。
突然呼び止められたサガは驚いたような顔をしたものの、映画に誘うとすぐににっこりして「星矢の誘いなら」と言ってくれた!誘っておいて何だけど、サガはこういう下界の大衆娯楽っていうの?見ないイメージがあったから、了承してくれたことにびっくりする。OKしてくれるのなら、こんな無料券じゃなくって、ちゃんとした映画に誘えばよかったって、ちょっとだけ思ってしまったり。
ギリシアでは空き地なんかを使った青空映画館が多い(夜しかやらないから星空映画館?)。それはそれで開放感あって楽しいけど、サガと一緒なら、日本で言うプレミアムシートみたいな、座り心地よくて音響もしっかりしている映画館で、内容も吟味したヤツを見せてあげたいんだよなあ。そんなに映画について詳しくないけどさ。
でも、夜にサガと出かけるなんて、なんとなく心が浮き立つ。そう伝えたらサガは「わたしもだよ」って言ってくれた!いい人だ。
実際に見た映画は結構面白くて、誘った手前、俺はほっと胸を撫で下ろした。
意外だったのはサガの反応。アクション映画だったんだけど、緊迫するシーンでは文字通り手に汗握ってる。顔は冷静そうに見えるのに、こっちも聖闘士だからそういう生理反応には気づいちゃうんだよね。
俺たちから見ればぬるいアクション(しかもCG)だから、退屈じゃないかな?ってちょっと心配だったけど杞憂みたいだ。
それで感想聞いたら「小宇宙も持たぬ一般人が、あんなムチャをして死んでしまうのではないかとハラハラした。しかも物語ゆえこちらが手助けをすることも適わず、見ているしかない。心臓に悪い」だって。たまに面白いよなサガって。
それで「またサガと映画に来たいな」って言ったら「映画だけか?」って、なんだか真剣な視線が返ってきたので、「いろいろ誘っていいの?」って聞き返しちゃった。考えてみれば、サガにとっては一般社会で時間を過ごすなんて珍しいのかも。
サガがちょっと照れたように頷いたので、俺はさっそく次の休みの予定を聞いて外出の約束をとりつけた。サガは夜空に瞬く星と同じくらい目を輝かせてる。
(カノンがブラコンになるの、無理ないかも)
大先輩にすっごく失礼なんだけど、少しだけ俺はそう思った。
2012/2/28