JUNKには、ブログなどで勢いのままに書きなぐった小ネタが5話ずつ格納されています。たまにこっそり加筆したり訂正したり。↑OLD↓NEW
◆双児宮の朝…(カノンとサガ)
いつもの時間にカノンが起きてこないため、サガは弟の寝室へ向かった。
前夜のカノンの帰宮は遅く、小宇宙通信で無理矢理起こすのも忍びない。部屋の前でまず軽くノックをしてみる。しかし、応えのある気配がないのでそのまま部屋に入った。親しき仲にも…といわれるかもしれないが、カノンも勝手にサガの寝室に入るのでお互い様だった。
カノンは存外、寝相が良かった。そしてサガが近くで覗き込んでいるというのに、まだ目覚める気配が無い。サガもカノンも他人の前で眠ることはまずないが、その分お互いの前では気が緩みすぎるようだ。自分もこうなのだろうか、とサガは無防備な寝顔を前に思う。寝息が聞こえるたびに、呼吸で胸が浅く上下しているのが伝わってくるようだ。
大人になってからの再会までに13年の月日が流れたわけだが、考えてみると今のカノンの寝顔をじっくり見るのは初めてかもしれない。眺めるにつけ、同じ顔ながら全然違う。眠っていてすら表情がカノンだ。自分の寝顔を見たことはないけれども、多分カノンのような寝顔はしていないはずだ。
(昔も寝ているときだけは可愛かったのだが…)
そんなことを思いながら、指先で弟の頬をなぞると、ニ三度カノンの瞼がしばたき、そのあと飛び上がるようにして寝台の上に起き上がった。ぶつかることなくサガが避けたのは、腐っても黄金聖闘士の反射神経である。
「すまぬ、起こすつもりはなかったのだが…」
「いや、起こせよ!今何時だ?」
そう言われて、サガは自分が本来カノンを起こしにきた事を思い出す。
「6時30分だ」
「うわ、急いでシャワー浴びてくるわ、朝メシは抜きだ」
「わかった、パンを包んでおくので持って行きなさい」
十二宮勤務のサガより、海界勤務のカノンのほうが時間に余裕が無い。
それでも海界住まいとせずに、双児宮から通ってくれることがサガには嬉しかった。
風呂場へ走りかけたカノンが、ふと気づいたようにサガを振り返る。
「お前、起こしに来たんじゃなければ何やってたんだ?」
「いや、起こしにきたのだが、起こすよりもお前の寝顔に見とれてしまって」
ありのままを説明しただけなのだが、何故かカノンは目を丸くしたあと、ぶっきらぼうに『アホ』と言い置いて行ってしまった。顔が赤くなっていたのは気のせいではあるまい。
サガは空になった寝台を見つめた。手を乗せるとまだカノンの体温が残っている。外気でその熱を冷やすのは勿体無い気がして、寝台に乗りこみ、弟の布団を被ってみた。思ったとおり、とても温かい。
そして布団に包まってしまうと、その温度が心地よくて起き上がるのが躊躇われる。この季節、そろそろ朝は冷えるのだ。自分の布団から出るときにはそんな躊躇はなかったというのに。
シャワーから戻ってきたカノンは、自分の布団に包まっているサガを見て盛大にぎょっとしたあと、
「今夜は久しぶりに一緒に寝てみるか?」
と言い出した。その時のカノンが物凄く恥ずかしそうな顔をしていたので、サガは布団に包まったまま笑った。
2012/11/16
◆双児宮の夜…(カノンとサガ)
カノンはパンを咥えながら海界へ向かった。
朝食代わりにパンを包んでやると言っていたくせに、シャワー室から戻った後もサガはカノンの寝台を占領したまま動かなかったので、食卓の籠皿にあったものを手掴みで持ってきたのだ。別にそのまま出かけても良かったが、『テーブルに残っているパンを見たら、サガがそのことを気にするかもしれない』と思ったらパンを掴んでいた。もぐもぐ食いながら、気にし過ぎなのは自分の方かもしれないと少しだけ思う。そもそも、サガが今の自分を見たら『食べながら出かけるなど、行儀が悪い』と怒るだろう。
(いや、それより、何なんだあれは)
自分のシーツに包まって、こちらを見上げてきたサガの顔を思い出したら、食っているパンの味など判らなくなってくる。あのときの空気は何だったのだろう。あんな状態のサガは珍しい。思わず呑まれて『一緒に寝よう』などと言い出してしまったが、己の意志にかかわりなく、サガの望んだ言葉を紡がされたような気さえする。言い訳のようだが、口が勝手に動いたのだ。
思い返すとまた顔が赤くなった。
(そもそも、一緒に寝てどうするというのだ)
昔語りだろうか。世間話だろうか。至近距離でサガの顔をみながら?
…身体も触れ合うかもしれない。どうしよう。
(どうしようじゃねえだろ、落ち着けオレ。昔はよく一緒に寝たろ。兄弟なんだからな。ミロやデスマスクとのだべり飲みで、同じ床にごろ寝なんてよくあるだろ、そうだ、あんなノリだ)
自分で誘っておいて、自分で動揺すること自体がおかしいと、カノンは強引に自分を納得させる。
しかし、その日は今ひとつ仕事に身の入らないカノンであった。
そのせいで簡単に終わる仕事が長引き、カノンが帰宮したのはいつもより2時間ほど遅い夜中となった。急ぎ足で十二宮の通路を歩き、双児宮のまえで深呼吸をする。
(…平常心でいくぞ)
出来るだけ普通を装って宮の中へ入ると、いつもならば寛いで待っているはずのサガが、心配そうな顔をして入り口に立っていた。
「おかえり、カノン…よかった、帰ってこないかと思った」
「な、なんだよ、そんなわけないだろう」
サガは何も言わなかったが、何を心配したのかは必要以上に伝わってきた。昔のカノンは気に入らないことがあれば、夜に外へ出たまま帰らぬことが良くあった。
「その、誘ってくれたのは嬉しいが、もしかしたら後で嫌になったのかなと…」
サガが目を伏せたまま言う。
(ああああああ)
カノンは内心で頭を抱えた。平常心どころではない。朝より空気がおかしい。サガのこの反応が嬉しい自分も駄目な感じだ。
ふと目を室内へ向けると花が飾ってある。
視線に気づいたサガが照れたように話した。
「折角一緒に寝るのだから、寝室に花でも飾ろうと思って…花束を買ってみたら多かったのでリビングにも置いたのだ」
…新婚、という単語が頭をよぎり、慌ててカノンはその思考を押し流す。いまのなし。
カノンが懸命に空気を正しい状態に戻そうと努力しているというのに、サガはそれを片端から無にしていく。
サガは少し顔を赤らめながら、嬉しさがにじみ出るような表情で視線を伏せる。
「その…お前の寝室とわたしの寝室、どちらで寝てもいいように、布団は昼間干しておいた」
…何で弟のまえでそんな色気を見せるのだ兄よ。
いやいや、これを色気と思った時点でオレが負けている。どうしよう。
黙ってしまったカノンを心配して、サガが顔を覗き込んでくる。
何故自分が動揺しているのか考えたくも無くて、カノンは困ったように宮の天井を見上げた。
2012/11/20 うっかり一線超えるまであと少し
◆一択…(カノンとサガでΩネタ)
サガ「パラドクスは何歳なのだろうか。子供(龍峰)に愛と死を迫るのは如何なものか」
カノン「そういう掟なんだから仕方あるまい。上手い逆利用だと思うがな。それにサガ、お前だって子供に迫ってたろ」
サガ「わたしはそのようなことをしていない!」
カノン「死か五感を剥奪して廃人にするかってやったんだろ、星矢に」
サガ「それはもう一人のわたしであって、しかも選択させられたのもわたしのようなものだ!わたしが星矢に選択肢を差し出して良いのであれば『愛するか慕うか』あたりがいい」
カノン「選択肢になってないし。お前、星矢と何歳差だかわかってるか?」
サガ「冗談だ。先輩が後輩を目にかけるのは当然であって、選択肢など不要」
カノン「…一択なんだな」
2012/12/1
◆真冬の太陽…(サガとムウ)
外出から戻ったムウが、聖域の公道を歩いていると、闘技場のかたわらにサガをみかけた。サガはたいそう目立つ男で、自身が輝いているだけでなく、遠くから見ても周りの空気まで澄んでいるかのようだ。
聖戦後に蘇ったあと、サガ本人はひっそりと暮らしているつもりで、実際そのとおりなのだが(かつて神の化身とまで呼ばれた頃に比べれば!)、それでも彼の優れた資質は抑えようもなく人目を惹く。
サガはムウの視線にすぐ気づき、こちらを向いた。視線があってしまったので、無視するわけにもゆかずに軽く会釈をする。公道はサガの隣を抜けているので、そちらへ進むしかないのだ。
近づきつつ、ムウは先ほどまでサガの視線の先にあったほうをちらりと確認し、アイオロスの姿をみつけて納得した。その視線の動きと表情に気づいたサガが、何故か苦笑する。
「こんにちは、ムウ」
「こんにちは」
「みっともないところをみせたな」
「そうですか?」
ムウは首を傾げた。アイオロスを見ていたときのサガの視線は、渇望と言ってよいほど強いものであったが、マイナスの要素があるようには思われなかった。
「彼のように揺らがぬ正義を持ちたいと、羨んでいるところだったのだ」
にこりと冗談のように、サガが言う。
卑下ではない。断罪の言葉である。こちらのサガは善性でつくられているがゆえに、いっそ傲慢なほど己に厳しい。
他者にはあまねく優しさを見せるというのに、自分の弱さを許すことは一切ない。
真冬の清水を思わせるその峻厳さはムウの好むところであったが、凍えてしまわないのかと、多少の呆れをもって問いかける。
「他人を羨むことは、罪ですか?」
「羨むだけで終わるのならば、怠惰だと思う」
「狼が鳥を見て羽ばたく努力をしても、意味のないことだと思いますが」
そういうと、サガは目を丸くしたあと『ありがとう』と言った。
サガのそういうところは嫌いだった。
「慰めるつもりで言ったのではありませんよ。貴方はいつもアイオロスの生まれ持った光を讃えますけど、努力でもって光を目指す意志とて、それに劣るものではない」
きっぱりと言い放つと、サガが穏やかに微笑む。
「お前はそう思うのか」
「私は職人でもありますから」
ムウは聖衣の修復士だ。工房では拳の代わりにノミや鎚をふるう。
オリハルコンやスターダストサンドなどの優れた素材の価値は認めつつも、それだけではただの原料にすぎない。それを鍛え練り上げて形にしていくのがムウの仕事なのだ。
「貴方、贅沢なんですよ。それだけの良い資質がありながら、己の欠点しか省みないなんて」
「そうだろうか」
「そうですよ。例えば貴方が、あそこにいる雑兵たちの前で『女神ほど力のない自分はなんと弱いのだろう』なんて嘆いたら厭味でしょう。私なら自慢かと思いますよ」
「…それもそうだな」
サガが吹き出したので、ムウも表情を和らげる。
冬空は高く晴れわたっていた。
(このひとは、悪いひとではないのだ)
と、ムウは思う。一筋縄ではいかぬ困った男ではあるけれども、嫌いきることの出来ぬ何かを持っている。師の仇であり、13年間命がけで化かしあった相手であるというのに。
「ありがとう、ムウ。お前は優しいな」
「そういうのが余計な一言なんです」
ムウの糾弾にサガが戸惑った顔をしている。
その顔が、本当にわけが判らないという表情だったので、ムウは我慢できずに笑った。サガはますます困惑しているようだ。
闘技場の中央から、訓練を終えたアイオロスが二人に手を振った。
女神が皆に再生の機会を与えてくれたことを、ムウは笑い続けながら深く感謝した。
2012/12/4
◆星の降る夜…(シオンとの思い出を弟に話すサガ)
十二宮を登りつめた場所に据えられている教皇宮の、さらにその奥、最深部であり最重要拠点である女神神殿で、シオンは夜空を見上げていた。隣では緊張した面持ちの少年が控えている。黄金聖闘士・双子座のサガであった。まだ年若いながら、既に神のようだと巷で囁かれる彼も、このような場所までの立ち入りを許されることは滅多にない。気の引き締めを表す研ぎ澄まされた小宇宙が、冷えた空気を通じて伝わってくる。
「ふむ、今年は空の機嫌が良いようだ。流れる星の姿もはっきりとしておる」
のんびりとも聞こえる声で、シオンが呟く。
それに合わせるようにして、流星が一筋走り、光の軌跡をみせる。双子座流星群だ。今日から数日のあいだ、双子座付近を基点とした放射状の流星群があまたに出現する。
「星見を教えるには最適の夜であろう」
びくりとサガの肩が反応し、天使とみまがう美しいかんばせが上げられた
「星見は教皇がスターヒルで占術する秘事では?」
「そのとおりよ。しかし、教皇の専売特許でもない」
「そうなのですか」
「考えてもみるがいい。星の伝える天啓や知識を、教皇のみが独占した場合のリスクを。教皇の解釈が誤っていたり、これは滅多になかろうが…故意に歪曲された場合に、正せるものがおらぬのは危険なことだ」
サガは困ったようにシオンを見上げている。
「貴方は間違えたりなさいません」
「買いかぶるな。教皇とて人の子よ」
それは、人間の限界を諭し諌めたものであったが、まだ幼いサガにはシオンが謙遜を言ったようにしか聞こえていなかった。また、己が教皇の後継者として星見を伝授されるのだという、晴れがましい誇りに溢れてもいた。
(わたしもシオン様のように、決して誤ることのなき教皇になろう)
星空を映した瞳は、純粋にきらきらと輝いている。
シオンは夜空を指し示した。
「見よ、今宵はそなたの守護星座が天を支配しておる。それゆえ、流れる星ごとに語られる未来や事象を、双子座であるそなたなら見極めやすいはず。心を宇宙に同調させ、まずは流星を順番に1つずつ読み解いてみせよ。星は幾らでも流れる。練習にはもってこいぞ」
「はい!」
サガはシオンの指導のもと、ゆっくりと小宇宙を開放していった。
「今思えば、あの時からシオン様は、わたしに新教皇の補佐となって星見の手助けをせよと言外に伝えていたのだ」
夜空を見上げながら、サガがぽつりと呟いた。
隣ではカノンが、肩を並べて空を見上げている。
「それをわたしは、自分が次期教皇として認められたのだと、舞い上がっていた」
話す口元から吐かれる息は白い。標高のたかい双児宮の前から見上げる星空は、寒さに比例して美しく澄み切っている。
「オレはそう思わん。いや…そうでなかったとは言わないが、じじいも迷ってたんじゃねえかな。どちらにするかは」
視線の先には、冬の第三角形が浮かんでいた。カノンはその三角形を指先でなぞり、ゴールデントライアングル、などと冗談めかす。
「カノン、お前はまたあの方をじじいなどと」
「じじいだろ、外見だけは18歳になりやがったが」
「そうではない。呼び方を改めろと言ったのだ…まったく、真面目な話をしていたというのに」
ぶつぶつとこぼすサガへ、カノンがやわらかな視線を向ける。
「お前、めったにそういう話をしなかったよな」
「そういう話とは?」
「心のうちを明かすような話」
「そうだろうか」
「そうさ!だから、少し驚いている。そして…認めたくないが大分嬉しい」
サガが腑に落ちないという顔をしている。
天空でまたひとつ、星が流れた。
2012/12/14