JUNKには、ブログなどで勢いのままに書きなぐった小ネタが5話ずつ格納されています。たまにこっそり加筆したり訂正したり。↑OLD↓NEW
◆同伴…(サガ→女神+カノン)
「カッ…カノン、助けてくれないか」
海界の仕事から戻ったカノンは、双児宮に入るやいなや泣きついてきたサガを見て、面倒ごとの予感に引き返したくなった。
それでも話だけは聞く姿勢を見せたのは、彼の成長の証だろう。
「一体何があったのだ」
「明日、アテナの護衛を任されることになったのだ」
城戸沙織として世界を飛び回ることの多い女神を、黄金聖闘士が護衛するのはいつものことで、今回はサガにその順番が回ってきたということのようである。
「護衛役はお前だけ?」
「ああ、わたしだけだ」
かつて自分の命を狙った相手を、単独で自分の護衛につけるとは大した度胸と許容量だとカノンは思う。しかしすぐに、完全に女神として目覚めた沙織ならサガとガチでやりあえそうなので、そこは心配なさそうだとも呑気に考え直した。
「別に一人でも問題ないだろう?遠征先が厄介な国なのか?」
「いや、日本だ」
「何の問題もなさそうじゃないか」
カノンは呆れ顔で台所へ行き、冷やしてあったビールを持ってくる。電化製品はなくとも、カミュ作成の溶けない氷による木製旧式冷蔵庫は充分その役目を果たしていた。
ソファーにどっかりと腰を落し、仕事の疲れを癒すべくビールの栓を抜いたカノンへ、サガは必死の形相で告げる。
「それが日本での会議のあとに空く時間を使って、服を買いたいと…その時一緒に見立てて欲しいと女神はおっしゃるのだ」
「……」
「どうしたらいいだろう、わたしは女性の服など」
「安心しろ。多分そこまで真剣にお前のセンスは求められていない」
おそらく女神はサガに純粋に服を見て欲しいだけなのだろう。選んだ装いをサガに褒めてもらいたい…という程度の、少女の可愛らしいお願いだとカノンは予測する。同行者がサガでなくとも、同じことを相手に言ったに違いない。
だが、真面目なサガは額面どおりに受け取ってしまい、その結果パニックに陥っているのだった。
これがまた女神相手でなければ、サガも余裕のある対応が出来たのだろう。ある意味アテナを女性として意識していなかったサガが、人間の少女沙織としての一面に触れて、どう対応していいのか判らなくなっているのだ。
「で、では、見ているだけでいいかな」
「良いと思ったらちゃんと褒めてやれよ」
「しかし、女神は何をお召しになられてもきっと似合う」
「お前本番で『何を着てもお似合いです』とか張り合いの無い事を言うんじゃないぞ。そうだ、ここで練習してみろよ、オレを女神だと思って」
「無茶を言うな。そんなごつい女神がいるか」
「仮にだっての!全く融通きかねえな。ほら、じゃあまずはスーツを買ったと想定して、良いと思うところを具体的に、ピンポイントで褒めてみろ」
「褒めればよいのか」
「ただし、褒めるだけなのも能が無い。よりよく装ってもらうための要望も添えるとベストだ」
カノンが急かすと、サガはぐっと詰まりながらも、観念したのか意を決して居ずまいを正した。
「下界の装いの素晴らしいところは、アテナの美しいおみ足が惜しげもなく露わとなるところだと思います。ただ、スカートはもっと短くても良…」
「アホかーーー!」
最後まで言わせずカノンは怒鳴った。
「よ、予想以上に駄目だなお前は!どこのセクハラ親父だ!」
「心外な、わたしは邪な想いなどなく正直に」
「他に褒めるところがあるだろう!」
「胸か?」
「身体から離れろ!自分の身体を芸術品と誇るお前の基準が世間一般的だと思うな!」
カノンはテティスの買い物に何度かつきあったことがある。しかし、そんな経験値の差よりももっと根本的な部分で、サガは女性対応に向いていなかった。
カノンは大きく溜息を付く。
「お前…意識してないところでは罪作りな笑顔と台詞を吐きまくってるくせに、意識すると全然駄目だな…」
「それほど駄目か…」
サガはすっかりしょんぼりしてしまったが、駄目なものは駄目としか言いようがない。
弟にさじを投げられたサガは、何の対応策もとれぬまま、翌日女神の護衛へと向かった。
しかし、社交辞令や美辞麗句に慣れた沙織にとっては、サガの拙くも心からの言葉の方が嬉しいものなのだということを、双子はまだ判っていない。
「その…どの服もサオリの気品と美しさの前には霞んで見える」
聖域外では『沙織』と呼ぶようにという命を律儀に守り、赤くなりながらもたどたどしく褒めるサガの台詞は、言葉だけみれば芸の無い大仰な社交辞令そのものに聞こえるだろう。しかし、アテナにはそれが100%彼の本心であると伝わっていた。
「ふふ、サガは本当に罪作りなひとですね」
世慣れたアテナは笑いながらも、目に適ったらしき数着を包ませている。ブランドのロゴの入った紙袋をアテナの代わりに受け取りつつ、サガは罪作りなのは貴女だろうと胸のうちで零していた。
2009/8/25
◆春はあけぼの…(黒サガと星矢とカノンと風呂)
星矢がテキストを相手に睨めっこをしている。
隣では黒サガがソファーに寝転がっている。
聖域では聖闘士も教養を身に付けるべく、勉学は推奨される。星矢もまた魔鈴から訓練時代に色々教えられてはいたのだが、聖闘士となった今は自分で学ぶしかない。
星矢は座学があまり得意ではなかったので、手っ取り早く頼られたのが黄金聖闘士たち…中でもサガだったというわけだ。
仕事から帰宅したカノンもそれは分かっていて、今夜は三人分メシの支度をしてやるかと腕をまくる。
台所へ行きかけてふと、一体どのようなテキストが用意されたのか興味が沸いた。うっかり流しかけたが今の兄は黒い方だ。どんな事を教えているのか気になったのだ。
星矢の邪魔をせぬよう、ひょいと覗くと『枕草子』の文字が見える。
(何だ、普通だな)
拍子抜けしながらもサガに声を掛ける。
「日本人の星矢に合わせたテキストを用意したのか」
黒サガは鷹揚に顔をあげ、ゆっくりと頷いた。
「それもあるが、これは入浴に関しても大変含蓄のある内容なのだ」
カノンの目に疑問符が宿る。東洋の古いエッセイゆえに詳しくは覚えていないが、そんな内容ではなかった気がする。
「…どこがだ?」
思わず尋ねると、サガは寝そべっていたソファーから起き上がり、滔々と語り始めた。
「春はあけぼの…から始まる一文は、移り変わる季節のなかでも特に良いと思われる時間帯を著わしているが、これは入浴時間にも当てはまる」
「………は?」
「ギリシアの春は四季の中でも一番素晴らしいとされる。中でもあけぼのの時刻に浸かる湯はこの上も無い。早朝鍛錬のあと、陽がまだ昇らぬ山際が徐々に白んでゆくのを眺めながらの露天風呂は至福としか良いようが無いのではなかろうか。風には花の香がひそみ、木々の新緑がみずみずしく空気を潤わせる。命の入浴とはまさにこのこと。そして夏の入浴ときたら夜だ。暑さの和らいだ月の頃に汗を落すべく熱めの風呂に…」
サガは趣味が風呂なのではと思えるほどの男だが、それは黒サガにも当てはまる。いや、白サガにはまだ遠慮があるので風呂時間は限られるのだが、黒サガは自分が入りたいとなれば、遠慮なく朝風呂だろうが昼風呂だろうが浸かりだす。戦士のくせに肌が綺麗になるわけだ。
延々と止まらない黒サガの風呂語りにカノンが遠い目になっていると、星矢から救いの声がかかった。
「おなか減った…」
サガは星矢には甘い。一瞬声が止まり、そしてその隙を見逃すカノンではない。
「よし、すぐに夕飯にするな!」
そのままダッシュで台所へ飛び込む。
(あとで星矢用のテキストが偏っていないかチェックしてやらんと)
そんな風に考えるカノンも、とても面倒見の良い男なのだった。
2009/8/31
◆ドライブ…(双子でお出かけ)
秋めいて随分と高くなった空を、ぼんやりと窓越しに見上げる。
暖かな陽気のなかを時折心地よい風が吹き、オリーブの緑を揺らしていた。カノンの脳裏に長閑という形容詞がよぎる。
「ドライブ日和だな」
ぽつりと零した独り言を、サガが聞きつけて振り向いた。
「出かけたいのか?」
「ああ、まあ…」
曖昧にぼかしたのは、免許を持っていないからだ。
まだ荒れていた昔、盗んだ車で適当に遊んだ後それを売り飛ばすというような悪さは日常茶飯事で、その当時に覚えた運転技術を忘れてはいないけれども、そんなことを口にしたら13年越しの説教が始まる事は目に見えている。
カノンとしても、改心した今になってそのような事を繰り返すつもりはなく、ただ黙って外を見上げた。いい天気だった。
サガは首を傾げてカノンを見ていたが、少し待っていろと言いおいて部屋を出て行った。何のことやら分からぬままに、言われた通り待っていると、戻ってきたサガの手には聖域公用車のキーが握られている。
「一緒に行かないか?」
予想外の台詞を口にした兄を、カノンはぽかんと見つめた。
差し出された手を無意識に取ってしまうくらい、それはそれはあっけにとられた。
「馴れぬゆえ、お前が横でナビをしてくれると助かる」
遠慮がちにお願いをされて、カノンはますます動揺した。
(サガがナビなどという言葉を使った。しかも運転する気だ。免許を持っていたなんて知らなかった。というか聖域の公用車でドライブだと!?)
サガはカノンの手を引き、双児宮の外へ出た。十二宮を結ぶ一本道を、繋いだ手のままに下っていく。その気恥ずかしさにカノンが思い至ったのは、大分後になってからのこととなる。
聖域外の拠点まではテレポートで飛び、そこの管理人に挨拶をして堂々と車庫へ向かう。
外界での活動用の施設や備品は案外きちんと管理されていて、車も無難で実用的なものが選ばれている。
サガはようやく繋いだ手を離し、キーで車のドアを開けた。
カノンも慌てて助手席へと乗り込む。柄にもなく心が揺れる。その揺れが期待という感情だと気づいたときには、車は軽やかに動き出していた。
「どこへ行きたい?」
サガはまた問う。窓の外を景色が流れていく。最近の車はエコ対策が基本らしいが、乗り心地も随分進歩している。発進も滑るように静かで振動も少ない。
「そうだな…」
カノンは言いかけて、ふと目に入ったハンドル脇部分に目が釘付けとなった。
「サガよ、その前にひとつ聞いても良いか」
「何だ?」
「何故エンジンキーが刺さっておらぬのだ」
すると、サガは何を言っているのだという顔をした。
「わたしは免許を持っていない。運転したら法律違反者となってしまうではないか」
「ちょっと待て、では何のためにキーを持ってきたのだ」
「キーがないと車に乗れないだろう」
「すると今この車は…」
「ああ、わたしがサイコキネシスで動かしている」
さすがのカノンも、度肝を抜かれた。
「待て待て。動けば良いというものではない。宙に浮いた車など明らかに怪しいだろう!」
「ちゃんと地面すれすれで動かしている。タイヤも適当に回して見せている。結構集中力を使うのだぞ」
「明らかな能力の無駄遣いだ!そうだ、道を曲がる際の方向指示器はどうする」
「曲がらない」
「無理を言うな」
「では、後ろに車がついたら、その者に点灯の幻覚を見せればよい」
「オイ、そんな同時に幾つもの能力を使いこなせるのか」
「厳しいかもしれない」
「止めろ。オレが普通に運転する」
しかし、サガは聞き入れない。
「それは駄目だ。お前も免許を持っていないだろう」
こういう時のサガは頑固だ。テコでも動かないに違いない。
カノンは呆れて背もたれへと体重を預けた。空は相変わらず青く高い。
(免許、とるか)
今後、サガに無茶をさせずドライブをするには、それしかないと思われた。共に教習所へ通うのでもいいかもしれない。
そこまで考えて、カノンは笑い出した。サガは昔から無茶な奴だった。優等生のくせして、いざとなると何をやらかすか分からない強引さがあった。サガに無茶をするなという方が無茶なのだ。今さら思い出して笑いが止まらない。
「仕方ない、ナビは任せろ」
カノンが言うと、サガもつられたように微笑む。
「お前の行きたいところへ、一緒に行こう」
何気ないサガの言葉が胸を貫き、笑いながらカノンは泣きたくなった。
2009/9/8
◆その発想はおかしい…(タナサガ関係前提で双子会話)
無遠慮に眺めるオレの視線に気づいたサガは、居心地悪そうに振り向いた。
「カノン、何か用か。それとも、わたしの格好にどこか妙なところでも」
そう言いながら己の衣服の確認をしている。復興作業をこなして帰宅したばかりであるため、気づかぬうちに作業着にほつれ破れの一つも出来ているかもしれないと思ったのだろう。
オレが見ていたのは、当然そんな理由ではない。
「いや、励みすぎて足腰立たなくなったお前は、さぞかし色気があるのだろうなと思って」
「…作業程度で動けなくなるような鍛え方はしていない」
殴られる覚悟で直接的に伝えても、この兄には通じない。全く別方面で受け止めて、逆にムっとしている。
今のはイヤミだ。
冥界へ下りた折に、偶然タナトスと顔を合わせてしまい(まあハーデスの居城へ書状を届けたのだから、会う確率は高かったが)、無視してやりすごそうとしたというのに、奴は散々サガについて惚気やがったのだ。
いや、惚気というのは正確ではない。オレが嫌がると知っていて、連綿と事後のサガの色気を褒め称えるというのは、明らかに嫌がらせだ。その時にいわゆる『足腰の立たない』兄の話が出たというわけだ。
あの時GEを繰り出さなかったのは、海界側代表として訪れていたからだ。聖域側の使者であったなら、外面なんぞ気にせず実行していたと思う。
オレは溜息を付きつつ、吐き捨てた。
「そういうのではない」
「どういうものだというのだ…まさか」
気づいたのか、サガがようやく顔を赤らめる。
「お前は性格が悪いぞ。同じ顔のわたしのそんな姿を思い浮かべて楽しいか」
「別に楽しくは無いが、性格が悪いとは随分言ってくれる」
「性格でなければ、趣味が悪い」
赤くなりながらも言い返すサガだが、そんな事を言われたオレとて納得いかない。趣味が悪いのはあのような二流神を相手にしているサガの方だろう。
「お前に言われたくは無い、サガ」
しかし、サガも引かなかった。
「わたしは兄弟のぎっくり腰姿を想像して色気云々などと言わない」
「……」
「そもそもまだわたしは28歳だ。ぎっくり腰の心配はシオン様くらいになってからだろう」
あのシオン相手にぎっくり腰の心配をするのもどうかと思うが、オレはとりあえず断言した。
「その発想はおかしい」
2009/9/21
◆対抗相手…(黒サガと蟹でダベリ飲み)
「アンタとカノンだと、どっちが強いかね」
強い蒸留酒を舐めるようにして飲んでいる黒サガの前へ、デスマスクが水差しとライムと手作りのツマミを置いた。黒サガはグラスを傾ける手を止めて、視線を後輩へと向ける。
「わたしだ」
「へえ?」
考える間もなく即答されたのが意外で、デスマスクは面白そうに隣の椅子へ腰を下ろした。
「見る限り、小宇宙の質も量も遜色ないように思えるんだが」
「それでも、わたしだ」
黒サガは一旦黙り込み、少し考えてから言葉を選ぶように続きを口にする。
「そうでなければ、わたしがカノンを差し置いて聖衣を纏う資格がない」
「ああ、なるほど」
真面目だねえとデスマスクは呟く。あれほどの力を持つ弟を予備扱いするからには、サガは常にカノンよりも強く、そして最強であらねばならない。そのように自らへ課しているのだろう。おそらくそれが第一継承者である彼にとっての、カノンに対する礼儀なのだ。
そういう根幹の部分の真っ直ぐさは、二人のサガに共通していた。
「じゃあ、アンタとカノンが『戦ったら』どちらが勝つ?」
ニヤリと笑って尋ねたデスマスクの問いに、黒サガの紅い瞳が丸くなる。
今度の返答は少し時間がかかった。
「…負けるわけにはいかないな」
「ふうん、アンタにしては、謙虚じゃないか」
「己と相手の技量を見誤るほど、うぬぼれてはおらぬつもりだ」
憮然とした顔をみせて、黒サガはまたグラスを口元へと運ぶ。
「だが、最後にはわたしが勝つ」
「どうしてそう思うんだ?」
「根拠などない」
珍しくきっぱりと非論理的なことを言い放っている黒サガに、デスマスクは笑い出した。
「アンタのそういう負けず嫌いなとこ、割と好きだぜ」
デスマスクは己のグラスにも酒を注ぎ、目の高さに掲げて乾杯の仕草をとる。
「俺とアンタのどちらが強いか、飲み比べをしねえ?」
「勝負なら何でも乗ると思うな」
「じゃあこの勝負は俺の不戦勝ってことでいいか」
「…ずるいぞ。お前に勝つほど飲んだならば酔いで動けなくなるだろうし、お前に負けたならば、勝者のお前は戦利品を欲しがるだろう。わたしに何の得がある」
言いながら器用にライムを片手で口に絞り、片手でグラスの酒を呷っている。そんな黒サガをじっとデスマスクはみつめた。
「アンタは俺とは戦いたいとか思わなさそうだもんな」
「は?」
「何でもねえ」
デスマスクもまたグラスに口を付ける。酒が喉を抜けたあとに残る熱さを味わいつつ、彼はかつての主君の鈍感さに小さく苦笑した。
2009/10/24 黒サガはデスマスクをとても信用しているといいなあ。