HOME - TEXT - MAIN - 海龍の兄+α

◆海龍の兄+α (2000HITキリリク御礼・沙羅さまへ)


 海龍が聖域の仕事を片付けて、期日に遅れつつも海界へ戻ると、何だか異様に皆の目が優しい。いや、優しいと言うよりも生暖かい。
 おまけに、面識の無い雑兵からまで「次にサガ様がいらっしゃるのはいつでしょうか」などと聞かれる。自分の代理として丁度良いとサガを海界に送り込んだのはカノンであるが、少々イヤな予感がして留守中の報告を聞くために海将軍を集めた。
「こちらの仕事に日程どおり戻れずすまなかった。進捗の遅れなどはあるだろうか。不在時の状況を把握するために、報告を頼みたい」
 とりあえず留守中の責任者であるソレントに尋ねる。
 一番心配であったのは、兄とはいえ黄金聖闘士である者を海界に寄越したことによる海神の不興であった。また、後になって気づいたのだが、万が一海底でサガが黒化でもしたら大変なことだった。任務の多忙にかまけて失念していたのだが、もしも黒い兄が海界で暴れたり迷惑をかけたりなどしたら、それこそ界交問題に関わる。
 が、サガが特に何も言ってこないところをみると、それは問題なかったのだろう。
 サガは13年前の少年時代ですら、突然の教皇職を苦もなくつとめて誤魔化したほどの男だ。他界であろうと多少の仕事はそつなくこなしただろうと思う。しかし海界と地上では多少風習や常識も異なるところがあるので、聖域とは勝手の違うところもあったかもしれない。
 サガがそれと知らずに皆の憐憫や失笑を買うような失敗をやらかしたのではないかと、カノンは不安になっていた。
 ソレントはカノンの言葉に、あらかじめ用意しておいた数日分の進捗状況を一覧にした書類を手渡す。そこにはサガによって片付けられた作業分が別途クリップによって留められていた。
「シードラゴン。あなたのお兄様は大変有能でしたよ。兄としても有能なようですが
 ソレントの言葉の語尾に、微妙にひっかかりつつ書類をパラパラとめくる。
「海底神殿復旧工事の進捗があまり進んでいないようだな」
「それはあなたのお兄様のせいです」
「サガが何かしたのだろうか」
 やはり兄が迷惑をかけていたかと心配になったカノンが顔をあげると、ここでも生暖かい笑顔が海龍を見る。
アイドルとしても有能だったということです
「意味がわからんぞソレント」
 眉を寄せて問い返すカノンに、疑問には触れないまま横からバイアンが補足を述べる。
「それと、その書類にはありませんが、彼はポセイドン様がシードラゴンの鱗衣を修復する手伝いをして下さいました」
「修復ということは黄金聖闘士の血を鱗衣に…?ポセイドン様もだが、よくサガが承知したな」
「それだけ彼がシードラゴンを気にかけているという事でしょう。良かったですね。兄上に愛されていて
「…さっきから何だというのだお前たちは!」
 真綿で首をしめてくるような反応にとうとう我慢できなくなり、カノンが怒鳴る。元々彼は気の長い方ではない。
「いえ、素敵なお兄様だなと思いまして…この海魔女、感服しましたよ」
「だから何にだ!」
「昨今、弟のおねだりを、あそこまで聞き入れてくれるお兄様などいませんからね」

 ピシリとカノンの表情が固まる。

「ど…どういう意味だ」
 動揺を押し隠すように視線を泳がせながらも気力を振り絞り、通常よりも低い声で訪ねる海龍をイオが明るく言葉で叩きのめした。
「いつも膝枕してくれるんだってね、いいなあー」
 完全に凍りついた海龍へ、冷静にクリュサオルも追い討ちをかける。
「同じ布団で毎夜共寝しているそうだな」
「あんな美人におはようのキスをしてもらえるなんて、羨ましいこってすね」
 カーサにまでとどめを刺され、海龍のカノンは完全にその場に撃沈した。
(あの馬鹿は一体海界でどんな話をしていったのだ!!)
 皆の生暖かい視線は、サガにではなく自分に向けられたものだったのだ。可能であるのならスニオン岬へサガをぶち込んでやりたい。考えなしにサガを代行に立てた過去の自分の首を絞めたい。
 白い方の兄であればそつなくも他人には一定の距離を置き、適当な外交儀礼をこなすとカノンは甘く考えていたのだが、それは地上での話だった。サガはカノンを受け入れた海界に対し、予想をはるかに超えた感謝と親近感を持っていた。海龍とともに戦う海将軍をカノンの身内と見なし、彼らを信頼してカノンの日常を余すことなく打ち明けたのだった。
 撃沈しつつもカノンは必死で自分をフォローする言葉を探した。
「そ、それくらい…兄弟ならば普通のことだよな?」
 その場に居るテティス以外の面々が黙って首を横に振る。
「う…オレは昔サガが泣いて頼んだから双子座を継いでやったのだ。そのくらいしてもらっても、バチは当たるまい!」
「へえ…お兄さんの希望で黄金聖闘士にですか」
「う、うるさいぞバイアン。サガに比べてオレの希望など、一緒に眠るだけどまりだ!寝るところまではまだいっておらんしな!」
「寝るところまでって…そんなところまで希望してるのか。しかも『まだ』とは…」
「黙れアイザック。師弟総出で一緒に寝ているシベリア出身のお前には言われたくない」
「なんだと。俺達こそただ一緒に眠っているだけだ。あそこは寄り添わないと夜寒いのだ」
「オレにとっても聖域は寒い場所なのだ!サガがいなければ足を踏み入れたくもないわ!滞在中くらい、やっと再会できた可愛い兄を堪能してもいいだろう。折角昔と違って気軽に触らせてくれるようになったのだから!」
 どさくさ紛れに本音が多々飛び出すほど動揺しきっている。筆頭将軍の威厳も形無しである。
 海将軍の笑顔はますます生暖かいものになったが、墓穴を掘り続けているカノンが気づくことは無かった。
「お兄様をこちらにお連れして、海界の任務に専任してくださっても構いませんよ?そうすれば聖域になど行く必要はなくなりますしねえ」
「ポセイドン様も、サガ様をとても気に入っていらっしゃるご様子でしたわ」
「あの男が常駐して、あの笑顔で兵を鼓舞してくれれば士気もあがろうというものだが。シードラゴンは全く雑兵のメンタル面など気にせぬからな…」
 ソレント・テティス・クリシュナが結託して、なにやら思ってもみなかった提案をしてくる。
 海将軍たちが聖戦前以上にシードラゴンに対してわだかまりなく心の垣根を外し、仲間として接してくるのがわかり、カノンは内心涙した。嬉し涙ではない。ありがたいことだが、そーいう事で同胞意識を回復したくは無かった。しかしもう手遅れだ。

「サガよ…本当にお前はこの海界で何をしでかしたんだ…」
 がっくりと膝をつき力なく呟くカノンの隣で、本格的にサガのヘッドハンティング計画が進められようとしていた。
 聖戦後の海界は、とても平和だった。



BACK
(−2006/10/24−)

2000HITのキリリクとして、沙羅さまが「カノンが海将軍達にサガのことを惚気る話」をリクエストして下さいました。というか管理人が無理やり「何かリクエスト下さい」とお願いしたようなものです。
素敵なリクエストをありがとうございました!

HOME - TEXT - MAIN - 海龍の兄+α