JUNKには、ブログなどで勢いのままに書きなぐった小ネタが5話ずつ格納されています。たまにこっそり加筆したり訂正したり。↑OLD↓NEW
◆返し技…(ロスサガ)
太陽が真上にこようとする時刻、サガとアイオロスはコロッセオで組み手を行っていた。聖衣はつけずに訓練着である。実力は伯仲しており、なかなか決定打が無い代わりに、練りこまれた拳打が少しずつ相手の体力を削っていく。
振り返りざまのサガの長髪で一瞬視界を隠されたアイオロスは、そのまま視界を閉ざされた。死角から伸ばされたサガの手が、アイオロスの顔面を掴んだのだ。
しかし、そのまま強引に投げの体勢へ入ろうとしたサガは、手のひらに形容しがたい感触を覚え、言葉にならぬ悲鳴をあげて後ずさった。
一方、アイオロスはこともなげに口元を拭う。
「へえ、結構敏感なんだね」
「そそそ、そんな返し方があるか!」
そう、アイオロスはサガの手のひらを、ただぺろりと舐めたのだった。
聖闘士のなかでも黄金聖闘士ともなれば、四肢の隅々にまで神経を張り巡らせている。わずかな隙も相手からの攻撃の兆しも見逃さぬためだ。
それがあだとなり、サガが真っ赤になって自分の手を押さえている。
「今のは無しだ!」
「ええ、なんで?」
「聖衣着用のときは効かぬだろう!」
「そんな、敵との戦闘時に必ず聖衣を着用できるとは限らないし」
すっかり動きをとめて言い合っている二人の無意識の熱々っぷりに、周囲の雑兵たちは遠巻きな生暖かい視線を送るのだった。
2009/11/16 PSゲームでのサガの投げ技が豪快で、本当にときめきます。
◆マーブル…(ハーデスと杳馬)
「絵ばっかり描いてて、よく飽きませんねェ」
アトリエをぐるりと見回したあと、杳馬がハーデスへ差し出したのは、ほどよく温められたココア入りカップ。この時代ではまだ高級な嗜好品だ。
ハーデスが筆を置いて受け取ると、杳馬はそのカップの中へ芝居がかった仕草でミルクを落とした。ココアはあらかじめ掻き混ぜられていたのだろう、湯気のたつカップの中で、白のミルクがくるくると混ざっていく。
ハーデスは目を落としてその様子をじっと見詰めてから、杳馬を見上げた。
「お前は他人の舞台を見るばかりで、飽きぬのか」
「はは、趣味にハマってるのは、お互い様ってことですか!」
杳馬は帽子に手をやり、一本取られたと言わんばかりに笑っている。
ハーデスは気にも留めずにカップへ口をつけた。ココアは美味しかったが、くどいほど甘かった。
「余の冥闘士たちには、手を出すなよ」
その甘みを飲み込んでから、低くハーデスが伝える。
杳馬は心外そうに答えた。
「やだなあ、俺が好きなのは光に混ざる闇なんです。その逆じゃあない」
「そうか?」
「そうですよ。大体、光なんてものは自己主張が強くてですね、光に闇を落すと抵抗して綺麗なマーブルになるんですけど、闇に光を落すと余計輝きだすんです。ああやだやだ」
顔をしかめた杳馬をじっと見上げ、ハーデスはまたココアへと視線を落す。ミルクはすっかり混ざり終え、もう境目もない。
「だから、冥闘士には興味ないんです、俺」
「……」
安心して下さいよーと続ける杳馬の笑顔は仮面のようで、ハーデスは扱いにくい部下だと内心肩をすくめた。
2009/12/12
◆ゆず湯…(サガと女神)
サガが沙織の私室へ議会の資料を届けに行くと、彼女は衛星放送を楽しそうに眺めていた。映っているのは日本の動物園らしく、柚子の入った湯に浸かるカピバラがのんびりと目を細めている。
沙織はサガに気づくと振り返って微笑んだ。
「あれは日本の冬至の行事なの。懐かしいわ」
「そうなのですか」
「あのように風呂に漬けて、無病息災を祈るのです」
神である沙織が一体どの神に祈るのだろうかと、サガは内心で思いつつも微笑み返した。
「では、本日の湯浴みは日本式に致しましょう」
「あら、ギリシアであれを入手するのは大変ではないかしら」
「そのようなことはございません。聖域の交易網は世界中に広がっておりますし、いざとなれば聖闘士が日本までテレポートして貰い受けてくれば良いのです」
戦いに明け暮れる女神が、日々少しでも寛げるようにと、サガは常日頃から彼女の身の回りの事を気遣っている。それを知っている沙織は、今日も心の中が少し温かくなるような感覚を覚えた。
サガが柔らかな笑顔で沙織に尋ねる。
「それで、何匹くらい浸けましょうか」
「サガ、浸けるのはカピバラではありませんよ」
しかし、それはそれとして、沙織は冷静にサガへ突っ込んでおいた
2009/12/23
◆ゆず湯オマケ…(ゆず湯SSへコメントを下さった方へ)
女神に突っ込まれたサガは、ハっと目を見開き、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「言われて見ればカピバラは南アメリカ生息の齧歯類…日本の伝統行事に使えるはずもないことは一目瞭然でございました。このサガともあろう者が…」
問題はそこではなかったが、沙織は気づかぬフリをしてあげた。
「良いのですよ。ギリシア育ちの貴方が日本の行事を知らぬのは、当たり前の事です」
サガは慎ましやかな微笑を返す。
「ニホンザルを使うのですね」
「猿は自発的に温泉に浸かっているのです。というよりもサガ、日本には動物を湯に漬けて健康を祈る習慣はありませんよ」
沙織は今回もにこやかに訂正を入れておいた。
2009/12/24
◆海の聖夜…(双子だけのクリスマス)
異教では聖夜と呼ばれる日ではあるものの、別神を奉ずる聖域や海界ではあまり関係がなく、いつもどおりの仕事が待っている。
それでも夕飯くらいは家族で共に食べようと思い、海龍の宮で弟の仕事の終わりを待たせて貰っていると、カノンは鱗衣を纏ったまま帰ってきた。黄金聖衣とは異なる色合いながらも、海の闘衣は美しく、悔しいがカノンにとても似合っていることは否定できない。
「まだ仕事があるのか?」
そのための鱗衣着用かと尋ねるとカノンは首を振った。
「いや…少し出かけたいところがあって。お前は暇か?」
暇も何も、カノンと過ごす為に海界まで降りてきているのだから、用事などあろうはずも無い。そう言うとカノンはわたしの手を引いて、いきなり異次元経由で空間転移した。
「どこへ行くのだ」
「オレの守護する海の底へ」
「北大西洋か」
会話の合間にもシードラゴンの、カノンの力がわたしを包み込む。異次元移動程度ならば聖衣がなくともわたしは平気なのだが、カノンが生身のわたしを保護したのはそれだけが理由ではなかった。
異次元を抜けた時、そのことはすぐに判った。
「ここは…」
連れて行かれたのは予告どおり深い海の中で、なのに海界神殿にいるときと同じように呼吸が出来る。海下ゆえの水圧も感じない。おそらく鱗衣と海龍の加護によるものだろう。こればかりは双子座の聖闘士には真似のできない効力だ(一定空間に結界を作り、海水が入ってこないようにすることなら出来るだろうが)。
いや、そんなことよりも目を奪われたのは、ほぼ暗黒の世界であるはずの海の底で、宝石のような光の乱舞が繰り広げられていたことだ。
何千とも思われる幻想的な輝きの正体は、海の発光生物。それも一種類ではない。北大西洋東部において、深海魚の7割が発光するということを差し置いても、これだけの発光生物が一箇所に集まると言うのは不自然だ。
カノンの顔をちらりと見る。カノンはわたしの疑問を読み取って笑った。
「想像通りだ。少し集まってもらった」
シードラゴンの力を使ったらしい。
光の乱舞は圧巻だった。わたしは息をするのも忘れて見入っていた。
「地上の光もいいが、海の命の光もなかなかだろう?」
「…ああ、美しいな」
それは嘘偽りの無い本心だ。空に瞬く星たちの光とも違う。街に光るイルミネーションの輝きとも違う。まさに命の輝きであり、その輝きが夜の海を縦横無尽に埋め尽くしている。
横に佇むカノンの手が、わたしの手を握った。
「サガ、オレは偽りの経緯であったとはいえ、海龍の海将軍になったことを、今では良かったと思っている」
「…そうか」
わたしはカノンの手を握り返した。伝わってくる体温は、双子座のものでも海龍のものでもなく、子供のころと変わらぬ唯のカノンの温度だった。
わたしたちは、そのまま二人で黙って海の光を眺め続けた。
2009/12/25