1.
花(fiore)(サガニサガ)
2.
義理花(ロス→
←黒)
3.
色あせぬ栞(ラダカノ)
◆
花(fiore)
罰を常に望みながらも、人前ではそのような素振りを微塵も見せず微笑むサガに、デスマスクが一輪の花を差し出しながら言う。
「花(fiore)から罰(fio)を取り除くとと王(re)になるんですよ。アンタはただの花じゃない。俺の王でしょうが」
イタリア男の励ましに、サガも苦笑しながら応える
「もう少しだけ時間(ore)をおくれ」
「今やれるのは俺(io)だけだ」
そうしてデスマスクはサガの額に口付けを落す。
2010/2/12
なんちゃって伊太利亜語
◆
義理花
籠に何本もの薔薇の花を無造作に詰め込んで歩いている黒サガは、さながら花売りのようだった。
訓練場や修行領域へ足を運び、ぐるりと見渡しては、ときおりその花を探し出した相手に渡している。黄金聖闘士が雑兵たちのエリアまで下りてくる事は少なく、ましてや教皇まで勤めたサガから直々に花を渡された相手は、例外なく舞い上がった。そして、黒サガが立ち去った後は、受け取った相手の仲間たちが駆け寄ってきて、どういうことだとその者を取り囲む。驚きと羨ましさの入り混じった問いかけをするのだ。
白サガではなく黒サガの姿だが、最近は双子座の二重性に皆慣れたのか、そこは気にしないようだ。花を受け取った者は紅潮を押さえながら一様に答える。
「朝食を作ってくれた礼だとおっしゃって…」
そう、黒サガはカノンが居ない朝は、そのあたりの雑兵や神官を捕まえて食事を作らせる。一応礼として朝食の相伴はさせているのだが、白サガは『そんなことは当然だ。それ以外にもきちんと礼をしておくように』と主張するため、こうしてバレンタインに花を配っているのだった。
花はアフロディーテが用意した。
最初に黒サガから話を聞いたアフロディーテは、にっこり毒薔薇を詰めた籠を渡してきたのだが、白サガからも頼まれては断れず、そうなると今度は黒サガに相応しい最上級の薔薇だけを花籠に詰めてくれたというわけだ。(ちなみにアフロディーテはこの依頼の報酬として、サガとのデートをもぎ取った)
そんなわけで黒サガが花を配っていると、アイロスが訓練生に稽古をつけている場に行き当たった。黒サガは少し首をかしげ、一応アイオロスにも薔薇を一輪差し出してみる。
「これは…俺に?」
アイオロスはとても驚いた様子だった。
「貴様にも朝食の世話になったことがあるからな。義理でだ」
「そうか」
「義理だぞ」
「ありがとう、サガ」
嬉しそうにしているアイオロスは、わざわざ2回繰り返された言葉など聞いているようには見えない。それはそれは物凄く嬉しそうだった。放置された訓練生たちが何事かと二人を眺めている。
黒サガは黙っていたが、溜息をついてもう1本真紅の薔薇を取り出し、アイオロスに追加で手渡した。
2010/2/14
「対処法」「朝食を共に」のお話とリンクしています。
◆
色あせぬ栞
大理石の執務机で一心に書類へ目を通していたラダマンティスは、馴染んだ気配を感じて溜息をつき顔をあげた。
「またお前か、カノン」
名前を口にしたことで精霊が召喚されたかのように、すぐ目の前の空間へ美しい男が姿を現す。
「ご挨拶だな。折角来てやったのだから、もう少し嬉しそうな顔をしろ」
「他界のねずみが軽々と侵入してくるこの状況で、どう明るい顔をしろというのだ」
ここはカイーナ城の最奥近い一室である。厳重なはずの警備をものともせずに現れる双子座のカノンは、毎度ながらラダマンティスの頭痛の種であった。
「安心しろ、他の三巨頭の城はもっとザルだぞ。お前の部下はかなり頑張っている」
「……」
ラダマンティスの心痛をよそにカノンは楽しそうに目を光らせ、机上へ透明なカード状の物体をぺらりと置いた。それは不思議な色合いの輝きをみせ、極薄だというのに中には色鮮やかな押し花が挟まれているようにみえる。
風雅には縁の無いラダマンティスから見てもそれは美しく、手を伸ばして触れるとひんやりとした感触が心地よい。
「これは?」
「しおりだ」
「本に挟むやつか?」
「他にどんなしおりがあるというのだ」
いつもの事だが話がかみ合わない。聞き方が悪かったのだと諦め、ラダマンティスは問い直した。
「このしおりが一体何だというのだ。お前の用件は何だ?」
すると、カノンの眉間に縦じわがよる。
「貴様、今日が何の日か知らんのか!」
「しおりの日なのか?」
「違うわ!2月14日ときたらバレンタインだろう!」
咄嗟にラダマンティスの脳内を流れたのは部下の天哭星の顔であったが、すぐにカノンの言葉の意味に思い至った。
「ああ、地上ではそのようだな…それとしおりにどのような関係が…」
「しおりは関係ない。関係あるのは花のほうだ。ギリシアではバレンタインに花を贈る習慣がある」
そういわれてラダマンティスははたと気づく。
「そういえば、昨年もお前は花を持ってきた」
「覚えているではないか。だが、その時お前は言ったのだ…『物より思い出というが、物が思い出の証となるのもいいものだな』と」
「そんな事を言った気もするが、それがどうした」
「言われてオレは気づいたのだ。花は直ぐに萎れてしまう。冥闘士として半永久的に冥府で過ごしていくお前に、同じだけの時を褪せることのない花を渡したいと…オレが居なくなった後も」
聖闘士は有限の命しか持たない。死した後は輪廻に従って転生していく。冥衣とともに悠久を過ごす冥闘士とは異なるのだ。
いつになく真剣な様子のカノンに、ラダマンティスは黙って話を聞く。
「それゆえ、特殊加工を施した花を用意した。これはいわば黄金聖闘士の秘儀の結晶よ」
「…これがか?」
「貴様の目は節穴か!よく見ろ!」
まじまじと眺めても、ラダマンティスの目には『綺麗なしおり』にしか見えない。
何時の間にか行儀悪く机上に腰掛けたカノンが、憤懣やるかたないといった風情で解説を始めた。
「まずオレが摘んできた花をサガの持っていたぶ厚い辞書で押し花にして、色あせぬようカミュが絶対零度で氷化処理を行い、ムウが極薄のクリスタルウォールで挟み込んで温度遮断をして、最後にまたオレが次元処理を被せて原子を固定させたという、超高度な奥義の組み合わせなのだ!」
「……それで完成したのが、このしおりか」
奥義の無駄遣いという単語をかろうじて飲み込む。しかも、サガの辞書云々は奥義と関係ない。
「しおりならば、本の多いお前の職場でも使うだろう?」
だが、カノンの声を聞いたラダマンティスは我に返った。カノンがそこまで自分を想い、行動してくれたのだ。何故そこまで力を入れてくれるのかはよく判らないが、なんとなく胸が熱くなる。
ラダマンティスは黙って立ち上がり、奥の戸棚を開いて箱を取り出した。厳重な鍵つきのそれを手にしてカノンの前へ置く。その場で開けた箱には、一輪の花が入っていた。
カノンが驚いて目を見開く。
「これは…去年オレが渡した花…?」
「想いを込めて摘まれた冥界の花は枯れる事がない。普通に摘むとそのうち薄くなって消えてしまうがな。知っていて持って来てくれたのかと思っていたのだが」
そう、地上の生花を持ち込んでも冥府で枯れてしまうのではないかと恐れたカノンは、花を現地調達したのだ。
ラダマンティスは冥花の隣へしおりを置く。
「これも取って置くことにしよう」
「し、しまっておくな。普段使いにしろ」
「そうか」
ラダマンティスはカノンの顔を見て笑い出した。
「なんというか…正反対に見えて、お前のそういうところはサガに似ているな」
高スペックの方向性が微妙なところとか…ぶっちゃけ天然なところが。
「なんだと!」
「…サガに喩えたのに、褒めていない事は判ったのか」
また眉間にしわを寄せ始めたカノンの頭をぽふりと撫でる。
「あと、オレはそこまで長生きをするつもりもない。お前と同じヒトとして、この生は定められた寿命内で収めるつもりだ」
「そうなのか」
「だから、まあ、お前と同じ速度で生きていく事になるのだろうよ…うわ、何をする!」
突然抱きしめてきたカノンのせいで机上の書類はぐしゃぐしゃになり、これは後で全部書き直すはめになるのだろうなと思いながらも、傍若無人な侵入者を咎める気にはならなくて、ラダマンティスは困ったように小さく溜息を付いた。
2010/2/15
今年のバレンタインは全部花関係でした。ハッピーバレンタイン!