01.
君と僕、二人だけの秘密
02.
どうして君は、全てを壊した僕を愛してくれるの?
03.
兄弟喧嘩って何だろう
04.
全てが虚無を孕んだ世界で、君だけは
05.
まるで自分自身を映し出す鏡
06.
陽だまりの君と、日陰の僕と
07.
片割れを傷付ける者は誰一人として赦さない
08.
誰よりも近しく、誰よりも愛おしく
09.
シンパシー
10.
生まれた時が一緒なら、死ぬ時も一緒
◆
君と僕、二人だけの秘密
双子座に選ばれた黄金聖闘士が二人いるという事は、この聖域では誰も知らない事だったが、サガとカノンにとって一番大切な秘密というのはその事では無かった。
サガの心の奥深くに眠る闇の存在も隠さねばならない秘密ではあったが、それも一番大切なことではない。
幼い頃に二人で見つけた小さな泉や、浅瀬の奥に隠された洞窟、七色の貝殻、そんな他愛もない日常が彼らの本当の秘密だった。
もう当の二人ですら、その事は忘れてしまったけれど。
2007/1/31
◆
どうして君は、全てを壊した僕を愛してくれるの?
振り返ると、自分はサガの全てを壊してしまっていたし、サガもまた自分を閉じ込めて世界の全てを奪った。あの頃の自分がもう少し賢かったら、違った未来があったのだろうか。
カノンは当時の記憶を脳裏へと浮かばせる。しかし何度考えても、あの頃の自分たちが衝突せずに済んだとは思えないのだった。それどころか、サガが聖衣の力をもって自分を制し、水牢に閉じ込めていなければ、おそらく自分はサガを殺して聖衣を奪っていただろう。サガに成り代わるついでに教皇を殺し、地上の掌握も目論んだろう。
…今思うと赤面ものの野望だが、当時はその力が自分にあると思い込んでいたのだ。
あの頃の自分の気性からして、大人しくサガのサポート役として生きるのは無理だった。
万が一清く正しい聖闘士の影とやらの真似事を出来ていたとしても、今度はサガの内面の影の方が、オレに野望への誘惑を囁いてきたと思う。
「オレ達は壊しあう運命だったのだろうか」
ふと漏れた呟きに気づいて、ソファーに座っていたサガがこちらを向いた。今日は黒髪の兄のようだ。時折現れるもう一人のサガは、弟の心のうちを読んだかのようにフンと鼻を鳴らしている。丁度いい機会なので、このサガにも聞いてみることにした。
「兄さんはオレの事が好きか?」
「…何かと思えば下らない」
「否定しないという事は、肯定と思っていいのか?」
黒サガがそのまま席を立って去ろうとしたので、慌てて服を掴んで引き止める。
「たとえ否定してもオレは愛されてると思ってる。今はその自信がある。だから聞きたい…かつて互いに壊しあったオレを、兄さんは…もう一人の兄さんは憎くないのか。どうして許してくれたのだ。女神に倣ってか?正しい聖闘士としてのオレだけが許容価値か?」
カノンの様子に黒サガは呆れた目を向け、仕方なくまた腰を下ろす。
「相変わらずお前は阿呆のようだ」
溜息と共に黒サガは続ける。黒サガも人のことを阿呆呼ばわり出来ぬ部分があるのだが、そんな事は棚上げだ。
「では聞くが、お前は私が憎いか?」
「昔は憎かった」
「今は?」
「今はそうでもない」
「ならばサガも同じこと。それに、アレはお前を憎んではいなかった。お前の素行に腹を立ててはいたが」
「そうだろうか」
「それに、壊した同士何故許す…と言うが順序が逆だ。アレはお前を愛していたから壊したのだ」
「どういう事だ?」
「そこまで説明せねばならんのか。アレが壊したのは再生を望んだからだ。壊してやりなおしたかった。お前も理由は異なれど、憎くて関係を壊したわけではあるまい。違うか」
「あの頃のサガが?」
「お前を一旦閉じ込めて誘惑を退け、サジタリアスが教皇に即位してしまえば、もう私の付け入る隙が無い…とでも思ったのだろう。聖域と自分が安定したその後に、改心したお前と二人で女神の為に尽くせれば。そんな風に望んでいたようだ」
「…オレを水牢に閉じ込めたのは、サガの往く道に、女神へ叛意を持つオレが邪魔だからだとばかり思っていた」
「聖闘士としてのお前しか必要とせず、真に邪魔と思うのであれば、弟といえど正義を理由に誅殺している。あのような女神の護りのついた結界に閉じ込めるのではなく」
本当は、黒サガに聞いたりしなくても、それは少し判っていた。けれども直接言葉で与えられると救われた気になるものだ。白い方のサガが、言訳になるからと決して口にしてはくれないだろう過去の想い。兄の望んだ再生は、本当に全てを破壊したのちしか生まれなかったけれど。
機嫌を良くしたオレは、黒い兄の横へ座ると、じゃれるように寄りかかった。
「そういえば、あの水牢をどうやって開けたのだろう。神の力でしか開けられないのに」
何気ない疑問だったが、黒サガはそれにも当たり前のように答えた。
「あれは私が介入した…私の中のクロノスの、神の因子の力を借りて」
「え?」
「私以外にサガに影響力を持つお前は、不安定要素となりうる。野望達成までは傍に置いておきたくなかったのでな」
「あれはお前も絡んでいたのか!?」
「アレはお前がいつか改心して出てくるだろうと願っていたが、私はお前がバカなまま、自力では一生出てこれまいと思っていたよ」
「……」
「まあ、馬鹿な子ほど可愛いと世間では言うようだが」
折角良い雰囲気だったのに、本気で喧嘩することになった。
2007/1/30
◆
兄弟喧嘩って何だろう
「…というわけだ。絶対サガが悪い」
話し終わったカノンは、ふぅという一息と共に目の前に置かれた水を一気飲みした。
愚痴に付き合っていたアイオリアとデスマスクは顔を見合わせ、それから呆れた顔をして年上の聖闘士を見る。
「そんな下らん理由であのサガと、どうやったら喧嘩になるのか不思議なのだが…」
アイオリアにとって、サガは女神に叛逆したとはいえ、普段は清く正しい聖闘士の規範であるようにしか見えない。理由も無く怒るような男にも思えない。サガが喧嘩をしているという図自体が想像できないのだ。
「下らなくなぞない!大体お前のところはどうなのだ。兄貴と喧嘩しないのか。不満はないのかよ」
「えっ…不満などないぞ。兄さんはオレよりも星矢を構う方が多いから、ぶつかる機会が少ないというか……なんか星矢の兄さんのようだよな…オレよりサガを見てる気もするし…」
不満がないと言いながら、アイオリアまで背後にどよどよした小宇宙が湧いてきた。デスマスクがこちらにも呆れた視線を向ける。
デスマスクは、ブラコン気味の弟たちの集いに居合わせるつもりなど毛頭なかったのだが、何故か会場が巨蟹宮なのだった。双児宮と獅子宮に挟まれた不運を嘆きつつ、それでも話は聞いてやるのが彼の面倒見のいいところだ。
「お前らの話を聞いていて判ったことがある」
溜息とともに吐き出されたデスマスクの言葉に、二人の弟は巨蟹宮の主を見た。
「お前らのは兄弟喧嘩じゃねえ。アイオリア、お前んとこは痴話喧嘩未満。双子のとこは痴情のもつれ。夕飯は食わせてやるからさっさと二人とも兄貴のところへ帰れ」
飯の支度だと台所へ去ったデスマスクをよそに、納得のいかない弟二人はまだまだ兄への愚痴で花を咲かせるのだった。
2007/1/26
◆
全てが虚無を孕んだ世界で、君だけは
全ての価値が逆転したとき、人はどうしたらいいのだろう。崩れ行く北大西洋柱の轟音を聞きながら、カノンは呆然と立ちすくんでいた。
一輝との戦闘によって知った女神の慈愛は、カノンの世界を変えてしまった。変わった世界の価値観で物事を見ると、過去の意味まで違って見えた。
今になって、かつてのサガの懇願と叱責の数々が胸に突き刺さる。視界が突然クリアになったように、兄の言葉へ意味が追いついてきた。カノンは初めて自分の犯した過ちの大きさに慄いた。己は愛を知らなかったわけではなく、気づかなかっただけなのだと。
簡単に変わってしまう自分と、自分の世界に意味を見出せなくなって、カノンは項垂れた。
このまま死んでしまうのも良いかと一瞬考えたが、野望に敗れて死ぬのではサガと同じだと気づいて思いとどまる。そんなところまで兄と似るのはごめんだ。
しかし、この先どうして生きていけようか。
そんな時に、ふとサガの言葉が浮かんできた。
(ああ、そうだ。サガが何か言っていた。自分が死んだ後はお前が双子座だとかなんとか)
カノンは笑い出しそうになった。
(無理無理…絶対にムリだ)
今思うと、サガは随分と自分にムチャなことを言っていた。あんな素行不良で悪行三昧のオレに、よくそんな事を言ったものだ。全聖闘士の頂点に立ち、仁智優れて人の見本になるような黄金聖闘士様になど、オレがなれるわけがない。女神を守るどころか、人柱としてポセイドンに差し出しているこのオレが。
その時、メインブレドウィナが崩壊する気配がした。
カノンはゆらりと、そちらへ歩き始める。
足が勝手に動いていることに気づいた時には、もう海底神殿は崩れだしていた。
「…これはオレの意思ではない、オレの意思などあてにならない。サガが、そう望んだから」
カノンはひたすらそう呟きながら歩みを早めた。
2007/1/24
◆
まるで自分自身を映し出す鏡
「アンタにとって、カノンって何?」
珍しく双児宮で夕飯の世話になっていたデスマスクは、ちょっと茹ですぎなサガ製パスタをパクつきつつ、かつての主に尋ねた。
サガは戸惑うような顔を隠さずに、隣宮の守人を見る。
「それは…双子の弟だが…」
「んな事は知ってる。知らなくても顔をみりゃ一発だろ」
「二人で並べばな」
「ハイハイ、昔はアンタとカノンの区別が付かなくて悪うございました」
「今は付くのか?」
「爪を整えているのがアンタ、寝癖を直さないのがカノン」
「…」
「まあ、カノンにアンタのフリをされたら、今でも正直判らんけどな」
で?と巨蟹宮の主は悪戯っぽい目でサガを見る。誤魔化しきれないと悟ったサガは、諦めの苦笑を零すとパスタ皿の横へフォークを一旦置いた。
「そうだな…手がかかって、我侭で、放っておいたら何をしでかすか心配で仕方がない…そういう相手だ」
「それであんなにカノンに構うわけ?駄目夫に尽くす妻みてえな言い分だな」
「…真面目に答えたのだが」
「俺も真面目に言ったんだ。ああ、ついでに言うと、カノンもアンタと全く同じ事を言ってたぜ」
ごちそうさんと、デスマスクがニヤニヤ笑うので、言葉に詰まったサガは、黙々とパスタの残りを口に詰め込んだ。
2007/1/19
◆
陽だまりの君と、日陰の僕と
カノンが言う。
「正式な継承者の名をもつ兄さんは、いつでも陽の下にいて、オレはスペアという影だった」
サガは言う。
「栄光と正義の道ではあるが、聖闘士の道は血塗られている。私にはお前が陽だまりだったのだよ」
「では、オレも双子座を継いだから、これからは二人で血生臭い道を往くってことかな」
「まあ、そうなるのだろうか」
二人は顔を見合わせて笑う。
「「陽だまりでも日陰でも、二人で一緒にいるのがいい」」
2007/1/20
◆
片割れを傷付ける者は誰一人として赦さない
「サガ。ここだけの話、オレは今でもお前が世界を支配したら良いのにと思う」
弟の言葉にサガは僅かに眉をひそめ、少しだけ傷ついたような顔をした。
カノンはそんな兄の反応を予測していたかのように、手を伸ばして頬に触れる。
「けど、そうなったらサガはずっと今みたいな顔をしているんだろうな」
「判っているのならば、そのような事を言うな」
今度はサガの瞳に小さく怒りの色が浮かぶ。もっともそれは本気の怒りではなく、照れ隠しを含むものであったが。兄が昔よりも素直な想いを顔に出してくれることを嬉しく思いながら、カノンは先を続けた。
「オレは昔、聖域や世界がオレ達を…兄さんを傷つけると思っていた。だから神を赦さなかったし、利用してやろうと思っていた。でも、兄さんを傷つけているのはオレも同じだった。なあサガ、今でもお前をいちばん傷つけているのはオレか?」
カノンの率直すぎる問いかけに、戸惑いながらもサガは答えた。
「いちばん素行が不安であるのはお前だが、傷つくのとは別だな…それに、かつてお前を傷つけていたのは、むしろ私だと思うのだが…」
カノンの言葉の意図が読めず、サガは困惑の表情を変えないままだ。
「いいや、サガが怒ったのも今なら判る。あの時のオレは慢心で兄さんを追い詰め、傷つけてしまった。兄さんを傷つける相手を、オレは許さない。それが自分であっても」
あの時というのは、おそらく決別を決定付けた地上支配への誘惑の事だろう。
カノンの言葉に、サガは言葉を詰まらせた。そしてすまなそうに目を伏せる。
「…それを言うのなら私とて、お前を止められず、ただ徒に傷つけた。そんな自分を今以上に許せなくなる。お前が過去の自分を貶める必要はないんだ」
カノンは兄の顔を覗き込んだ。
「本当にそう思うか?」
「ああ。更生した今のお前が、必要以上に過去を卑下する必要は無い。理由が何であろうともな…私などの事に拠るのならば尚更だ」
真剣に頷くサガを見て、カノンはニヤリと笑った。
「じゃあ同じように、兄さんが過去の自分を貶めるのも無しな」
サガが目をぱちくりとさせる。カノンは畳み掛けるように言葉を続けた。
「あと、いつまでも自分を責めるのも無しな。言っておくが、お前を傷つける相手はお前であっても赦さないから」
サガが呆れたように顔をあげ、カノンの目を見た。
「それを言う為の前フリか、今までの台詞は」
「そうだと言ったら?」
「まったく、口ばかり達者になって…」
「で、返事は?サガ」
サガは答える代わりにこんな事を言った。
「ここだけの話、私はお前が世界を支配すれば良いのにと思う」
思いも寄らない返事にカノンが目をぱちくりとさせていると、サガはこんな風に続けた。
「だから、私の世界の全てをお前に与える。好きなように支配してくれ。お前が望まないのであれば卑下のないよう心がけよう…あと…」
「な、なんだよ」
「お前は怒るかもしれないが、お前をいちばん傷つけるのは、いつでも私でありたいよ」
不意打ちで赤くなった己の顔を隠すために片手で顔を覆いつつ、カノンはまだまだ自分が兄に敵わないことを知った。
2007/1/20
◆
誰よりも近しく、誰よりも愛おしく
カノンにとって、誰よりも近しいのはサガだった。それは双子として生まれた時から当然の事で、サガにとっても当然そうなのだろうと思っていた。
ところがサガにはもっと近い存在があった。内面の半身とも言うべき存在だ。
サガは己の二重性を弟にまで綺麗に隠し、澄ました顔で双子座を演じていたのだった。
「オレが頼りにならなかったってことか?」
白サガはカノンの誘いには乗らず、スニオン岬に閉じ込めたくせに、黒サガには負けて彼の暴走を許した。黒サガはカノンを頼ることなく独力で聖域の制圧をめざした。
あのまま兄と二人で居ても、いつかはぶつかったろうとは思うのだが、なんだか悔しい。
「オレにとっては、サガが1番近しいのに」
思い返してぶつぶつとカノンは不貞腐れる。もうそんな野望を持つことはないが、今でも兄が弟である自分より、己の内面だけを見ているのではないかと疑ってしまうのだ。
そんな弟の呟きを耳にして、サガがニッコリと微笑む。
「1番近しいのはもう一人の私だが、誰よりも愛おしいのはお前だ。それで許してくれないか」
サガの言葉で簡単に機嫌の直る自分が悔しくて、カノンはまた不貞腐れた。
2007/1/16
◆
シンパシー
「今日はムサカを食いたくなってナスとジャガイモを買ってきた」
「私もだ、ひき肉を用意するよう従者に頼んでおいた」
従者から食材を受け取り、二人で笑って夕飯の支度をする。最近やっとサガも簡単なサラダなら作れるようになった。
オレ達は良く同調する。オレの食いたくなったものは、大抵サガも食いたいし、オレがサガに懐きたい時には、大抵サガも家に居る。
双子でサイクルや嗜好が同じだからなのだと思っていたが、この頃思う。どちらかが強く願うと、相手にそれが伝染するのではあるまいかと。
ためしに、サガを抱きたいと強く望んでみようかと考えかけて止めた。
オレが食いたいものはサガも大抵食いたくなるからなあ。
2007/1/15
◆
生まれた時が一緒なら、死ぬ時も一緒
「サガ。お前あの時、一瞬躊躇したろ」
「あの時?」
「嘆きの壁の時。他の聖衣のもとへ飛ぶのにさ」
陽射しの強いシェスタの午後。リビングのソファーに寝転がっていたカノンは、ふと思い出して兄に尋ねた。二人分の珈琲を淹れていたサガは、柔らかく首をかしげその時のことを脳裏に思い浮かべる。
冥界でかりそめの命の尽きたサガは、灰となったのちも双子座の黄金聖衣へと魂を寄せ、カノンを護っていた。計算や意図あってのことではない。改心したカノンと女神の助けになりたいと強く願っていたら、いつのまにかカノンのもとにあったのだ。
初めて二人で共に女神の為に戦えることに、震えるような喜びを覚えながら、サガは聖衣へと同化した。そのあたりまでは朧げながら覚えている。
「そうだな…あの時の私は双子座の聖衣そのものとなっていた。私だけではなく代々のジェミニの魂が地層のように蓄積されていた。私はお前に嫌われていたし、せっかく聖衣がお前の物となったのに、その聖衣へ私が宿るのは鬱陶しがられないだろうかと思っていたが…」
「そんな心配をしていたのか。あの戦火の中で余裕なことだ」
カノンは呆れたような目を向ける。
サガは淹れ立ての珈琲をカノンの前に置いた。ギリシア珈琲のエリニコ・カフェだ。
「その後のことははっきりとは覚えていない。おおまかな感情はあったが」
「それを聞きたい」
「…言わねばならないか?本人には、言いにくい」
「今更何を言っているのやら、この愚兄は」
カノンは兄の淹れた珈琲の粉がカップの底へ沈むのを待つ。エリニコは細かく挽いたコーヒーの粉をそのまま水に入れて沸かし、漉さずにカップへと注ぐので、粒子が沈むまで多少時間がかかる。
部屋に漂う濃い珈琲の香りを楽しみながら、カノンは無言で兄に先を促した。
サガは少し困ったような顔をしながら、カノンの隣へ腰を下ろした。
「まず、おまえ自身を嘆きの壁へ導こうと思った」
「ふんふん」
「だがそれは、目の前のワイバーンが許してくれそうになかった」
「あの状況では邪魔をされたろうな」
「寸刻も惜しい。聖衣だけで飛ぶしかなかったが…お前からまた聖衣を奪うような気がした」
「まだ気にしていたのか、そんな事を」
「しかも敵地での戦闘中だ…お前もただでは済むまいと思った」
「それでも、お前は嘆きの壁へ飛んだんだ?」
「すまないカノン」
カノンは笑って珈琲を手に取ると、上澄みで唇を湿らせる。
「謝るところじゃねえし。オレがそうして欲しかったの、判ってたろ?」
「ああ。女神の聖闘士となったお前なら、そう望むだろうと思った」
「オレを信頼してくれたって事だな。でも、オレが心配で躊躇してくれた、そんなとこか。有難いが過保護だろそれは」
サガもカップを手に珈琲を口に含む。カノン用に砂糖なしで淹れたそれは、とても苦い。
「…それもあるが、私が躊躇したのはそれだけではない」
双子座の兄は憂いを帯びた苦笑を見せた。
「私は嘆きの壁でではなく、お前と共に死にたい…そんな事を一瞬思ってしまった。女神の聖闘士失格だな」
カノンはカップを置くと、黙ってサガの頭を抱きしめた。
2007/1/15(その後発売されたアニメでは最後に合体しました(>▽<)やた!)