HOME - TEXT - CP&EVENT - 新婚生活JUNK3

◆新婚生活JUNK3…(タナサガ結婚前提JUNK)

1.藁婚式 / 2.家庭内意見対立 / 3.箱庭遊戯のはじまり / 4.水分拒絶シリカゲル / 5.睦言 / 6.隣庭に咲く花 / 7.新婚リサーチ / 8.レベル判定


◆藁婚式


「これはささやかだが…」
 そっとサガが差し出したリボン付きの箱を、タナトスは首を傾げながら受け取った。
「これは何だ」
「今日は結婚記念日だろう」
「2年目も祝うのか!」
 永世を生きるタナトスには、たかが1年周期で結婚を祝う感覚がない。サガへのプレゼントを用意していないことを内心慌てつつ、表面上は動揺を押し隠してその箱を開いた。
 中に入っていたのは、しま●らブランドのオーガニックコットンシャツ。
 ユニ●ロにしてやれよというカノンの助言は、サガの趣味により却下されていたが、手織リネン製品が基本の神話世界住人にとっては、充分以上になめらかで着心地の良い上物だった。
 神なのに冥衣下へランニングシャツを着ているタナトスには、ぴったりの日用品である。
「人間界では藁婚式といって、木綿の品を贈りあうのだ」
 照れたようにつつましく告げるサガ。
 それを聞いたタナトスは、しばし考え込むように押し黙ったあとサガへ告げた。

「何も用意しておらず、もめん」

 返礼など期待していなかったサガが、その一言のせいで黒化したのは言うまでもない。

2011/4/1

し●むらさんは東日本大震災の被災地4県に各1億円ずつ義捐金を送られました。
◆家庭内意見対立


 フウフとなったタナトスとサガではあるが、人間に対する見方や信条については大きく隔たりがある。
神と人とで判断基準が異なるのは当然として、人類抹殺を実行しようとした冥府サイドと滅ぼされかけた人間サイドとでは、正反対の意見となるのも仕方がない。
 もともと、タナトスは人間など塵あくた以下と公言してはばからない神だ。聖戦で星矢に敗北し、サガとうっかり結婚して以降はだいぶ改善されたものの、死というだけで忌み嫌われてきた彼の人間への感情はなかなか良くならない。


「大体、ハーデス様が人間を滅亡させようとお考えになられたのは、アテナにも原因があるのだぞ」

 タナトスが憮然とサガへ言いつのる。
 一方サガも、人間への侮辱はある程度聞き入れるものの、こと女神に関しては黙っていない。

「女神になんの責があるというのだ」
「アテナがポセイドンやハーデス様を幾度となく封印してこなければ、もっと人間に下る天罰は多かったはずだ」
「1度の封印で懲りてくれればいいものを」
「懲りる必要があるのは人間側だ!ハーデス様が死後の恐怖を示すからこそ、人間は罪を控えるのだ。神々が常に健在して神威をしめすことが出来ていれば、もっと人は死後を怖れたろう。考えてもみろ、悪行を成したら必ず罰が下るとわかっていて罪を犯す者がいるか?お前達が神についての啓蒙を怠ったせいで、死後や神を畏れぬ罪人が増えたのだ」
「くっ…それは…し、しかし、ハーデスは全ての人間に罰をなどと言っているではないか。どうせ罰せられるなら、生前に好きなだけ悪を成そうとする者が出るかもしれぬ」
「言っておくが、そもそもは人間みずから己の過ちを正すべきなのだぞ。それが出来ないから神の干渉を招くのではないか」
「…それについては、もう少し長い目で…」
「女神は人間を信じよというが、神話の時代より人間の行いが良くなったようには見えん。一体いつまで待てばよいのだ」
「うう…」

 神をも畏れぬ罪人の代表格ともいえるサガの旗色はあまりよろしくない。
 しかし、こういう状況になると白サガの意識を押しのけて黒サガが現れるのであった。
 髪の色を漆黒に染め、サガの瞳が紅玉の煌きに変わると第二ラウンドスタートだ。

「神のくせに人間の些細な営みも見逃せぬとは狭量な。だいたいにおいて、人間は罪を犯さぬように出来ておらぬ。無茶を言うな」
「開き直るつもりか!」
「人間が不出来だとして、なぜ神が人類存続の可否を決めるのだ。余計な世話であろう」
「塵あくた以下の分際で、人が神の領域まで手を伸ばし、宇宙をも汚そうとするからよ!」
「その塵あくた以下に負けたのではないか…(ぼそ)」
「そ、それは今の話に関係あるまい!」
「大体、地上全ての命を消したら、お前の司る『死』は不要となる。お前の立場はどうなるのだ」
「…うっ、そ、それは」
「わたしは無職の妻となる気はないぞ」

 しかし、思わぬ事態が起こった。
 引っ込んでいた白サガが黒サガへ憤然と言い返したのだ。

『夫の価値は仕事の有無ではない』
「なんだと、甲斐性は夫の必須事項では」
『わたしはタナトスが無職でも二流神でもヘタレでもかまわん』
「………お前、もう少し言葉を慎んでやれ」
『結婚したからには、困難な折にも寄り添い助け合うのがフウフの勤め!タナトスが役立たずとなり失職した暁には、わたしが養ってやるとも!』

 隣でタナトスが涙目になっていたが、もちろん感動のせいではない。


 議論では全く意見を変えなかったくせに、サガの扶養宣言でプライドをボロ雑巾にされたタナトスは、ほんの少しだけ地上冥界化反対派へと傾いたという。

2011/4/1


◆箱庭遊戯のはじまり


 サガとタナトスの暮らす新居の隣には、カノン用の離宮もある。サガの輿入れが決まったとき、カノンは弁舌と手腕をフルに駆使して、ちゃっかり自分の居場所をエリシオンに確保したのだ。
 ちなみに用意してくれたのはヒュプノスだ。タナトスとサガ、それぞれに対する微妙な思惑をもつ二人の間で、利害が一致したというわけだ。
 そんなわけで、双児宮にいた頃と変わらぬ頻度で、足しげくサガを訪ねる弟である。
 さすがに夜間は遠慮するものの、タナトスが仕事で留守の間は、自分の家のごとくリビングで寛ぐカノンであった。

「なあ、お前らどういうきっかけで結婚なんてする羽目になったんだよ」

 今日もカノンはソファーにどっかり腰を下ろして存在感を主張している。長い足を無造作に組み、地上では手に入らない極上の神酒をちびちび舐めながら、カノンは何気ないふりでサガへ話題をふった。
 サガは柔らかな笑みを変えることなく、弟の盃へ手酌でお代わりを注いでやる。

「そうだな…まだ話したことはなかったか」

 サガのまなざしは遠くをみつめるものとなった。その時のことを思い返しているのだろう。
 兄弟でありながら、いままで結婚のいきさつを聞いていなかったカノンは、内心のざわめきを押しとどめつつ、サガが話し出すのを待った。
 爪先まで整ったサガの指が、神酒の入った長首のアンフォラの縁をなぞってゆく。吐息を零すように、サガの唇から過去が語られ始めた。

「あれはたまたま、所用で冥府を訪れていた時のことであった…」




 聖域からの書状を無事パンドラへ届け終え、サガは黄泉比良坂を目指していた。
 冥界へ繋がる現世の『穴』は世界各地に散在しているが、デスマスクが巨蟹宮から黄泉比良坂へ道をひらき固定化しているため、そこを通るのが一番安全かつ近道だ。
 同盟界へ書状を運ぶだけの外務員的な仕事は、本来黄金聖闘士の職分ではない。しかし、届け先が冥府という場所柄のため、一般事務官はおろか、白銀以下の聖闘士では足を踏み入れることが適わないのだ。
 足早に熱砂の谷を抜け、二の谷へ入りかけたそのときだった。
 宙から現れた腕が、空間を越えてサガを無理やり別場所へと引き込んだ。
 油断していたわけではない。サガは冥府へ降りるための必須条件・エイトセンシズまで小宇宙を高めている。しかし、相手はそれ以上のランクの力と小宇宙を持っていたのだ。
 もちろんそれだけならば、サガはすぐに反撃に出ただろう。だがサガはその小宇宙に覚えがあった。自死した己にはひじょうになじみの深い、死の神タナトスの小宇宙だ。冥府と聖域の間には和平が結ばれている。よって敵対意図であるとは思いにくい。
 どこか必死な感覚が伝わってきたことも気になり、サガは大人しく拉致を許して様子を見ようとした。
 そして、移動させられた先で目にしたのは…大勢のニンフに囲まれてアタック(死語)を受けているタナトスの窮状なのであった。
「一体なにごとが…」
 尋ねようとしたサガをさえぎり、タナトスが声をかぶせる。
「すまぬオレのニンフたち。可愛いお前達に対して優劣をつけることなどオレには出来ん。それに、オレにはこの者がいるゆえ、お前達のなかからひとりを選ぶわけにはゆかぬのだ諦めろ」
 どうやら、ニンフたちの求愛がヒートアップしすぎて、タナトスが危機感を覚えるほどになっているようだ。聖闘士のうちでは評価が低く二流神扱いの彼も、ニンフたちの間では何故か大人気なのだ。海界の人魚達の間でも人気らしく、カノンが「あいつらの趣味はわからん」と首を捻りながら話してくれたことがある。
 ファンの大群に圧死しそうなアイドル状態のタナトスが、小宇宙通信でサガへ意思を伝えてきた。
『少し話をあわせろ』
『それは構わないが…何故わたしなどを…』
 普通、こういった場面で恋人の代役を頼まれるのは女ではなかろうか。
 その疑問は、心を読み取ったタナトスによって、すぐ答えられる。
『ここで女を代役にたててみろ、その女に勝とうと余計に競争が激化するぞ。それに万が一その者へ悪意が向かったら如何する』
『それはそうかもしれぬが』
『競争相手とならぬほどの女神に頼むのは後が怖い。たとえばあの小娘…アテナなどは絶対にごめんをこうむる』
『我がアテナに失礼な』
『とにかく、それならば、競争にならぬ相手を差し出せばよい。オレが男のほうを好むと勘違いすれば、多少は迫ってくるニンフも減るはずだ』
『冥闘士に頼めばよかろう』
『冥闘士は一人残らずハーデス様の持ち物。勝手に私用で借りるわけにはいかん。冥府で自由に動け、ニンフたちが納得して引き下がるほどの男を近場で探していたら、丁度お前が探索にひっかかったのだ』
 相当勝手な言い分ではあるものの、同じ男として助けてやらねば気の毒そうな状況ではあった。
 そうなるとサガは生来親切な人間である。助力を請われて無下にできぬ性格でもある。
 元敵神ではあるものの、かつて死の平安を与えてくれたタナトスに対し、恩義を返すつもりでサガは助け舟を出した。タナトスを庇うようにして、幾重にも取り囲む大勢のニンフたちへ訴える。
「タナトスの言うとおりだ。皆には申し訳ないが、わたしは彼と将来を約束している。だからといって独占するつもりはないし、浮気にも目をつぶるつもりでいるゆえ、この場は一旦わたしに彼を貸してはくれまいか」
「そうそう、オレはこの男と結婚の約束を…なんだと!!!?」
 水が引くようにニンフたちの攻勢は収まったものの、あとには真っ青になったタナトスが立ち竦んでいた。



「のちに知ったのだが、神は嘘をつけぬそうだな。ラグナロクが起きてしまうゆえ…」
 うっとりと幸せな思い出を語るごとく述べたサガの目の前で、カノンはテーブル上へと突っ伏している。
 何とか腕を杖がわりに上半身を起こしたカノンは、あらんかぎりの声で兄へ怒鳴った。
「貴様は馬鹿だとは思っていたが、本当にそら恐ろしいほど馬鹿だな!」
「話せというから話したのに、人の馴れ初めにケチをつけるつもりか」
「あの男はいけ好かない神だが、いま心底同情したぞ。やはりお前は真の悪だ!」
「なんだと!」
 久しぶりの兄弟喧嘩に発展するかとおもわれたが、カノンの側が怒声をおさめ、代わりに困ったような顔でサガに問いかける。
「あの男と結婚して、お前は幸せか?」
 サガは暫し押し黙り、それからフッと笑みを浮かべた。
「毎日が楽しい」
 兄の返事を聞いたカノンは、泣きそうなくらい、もっと困った顔をした。

2011/4/1


◆水分拒絶シリカゲル


 デスマスクもまた、タナトスとサガの離宮へ足しげく通う人間のひとりだ。本来エリシオンは神の道の向こうにあり、人間の立ち入りが出来ぬ場所なのだが、ハーデスが冥界復興中の現在、界を二つに分けて創る余裕が無いため、冥界の片隅に仮の楽園として擬似エリシオンが作成されている。それゆえに、八識を持つものならば比較的容易に来訪が可能なのである。

 来訪者のなかでも、デスマスクは珍しくタナトスに好意的に受け入れられているサガの客人だ。何故なら彼が手土産として持参する酒や、その場で調理して置いていく料理に外れがなく、味にうるさいタナトスですら唸らせるほどの美味ばかりなのだ。
 デスマスクの料理は大抵の相手を陥落させる。カノンが「神を誑かした男」と呼ばれるように、デスマスクも影で「神を餌付けした男」と呼ばれていた。


「なあ、そろそろこっちに帰ってこねえ?ペルセポネも地上に戻る季節だぜ」

 サガを目の前にして、デスマスクは直球で切り出した。
 話しながらもテーブルの上へ、タラゴンやレモンバジルのクリームチーズペーストがたっぷり添えられたカナッペの皿と、冷やした白ワインのグラスを置いていく。皿に添えられたエディブルフラワーのパンジーが春を感じさせてくれる。
 デスマスクのいう「こっち」というのは、人間界のことだ。さらに正確に言えば「聖域」のことである。
 しつらえられた酒膳に手を伸ばしつつ、サガは苦笑した。

「双子座の聖闘士の力が必要なほどの大過は、ないはずだ」
「聖闘士のアンタじゃなく、アンタ本人…サガに言っているんだ」
「わたしが個人的に必要とされるような機会は、もっと無いはず」

 いつものごとく暖簾に腕押しであった。デスマスクは胸中でため息を零す。
 デスマスク本人としては、サガが過ごしやすいのであれば、どの界に居ようと反対する気はさらさらない。聖闘士としては失格の態度かもしれないが、聖域の体面よりはサガの精神の安寧のほうが100倍大切だ。
 しかし、サガを地上へ呼ぶのは、周囲を含めた全体的な影響を鑑みてのことだった。

「いやその…ほら、アイオロスとかさ?アンタが支えてやれば、教皇となるときも心強いんじゃないかなあ…って」

 反応をうかがいつつ、かつてサガが汚名を着せて殺した相手の名を出すと、一瞬だけサガの手が止まる。それでも一瞬だけだ。

「それならば、元反逆者のわたしが居ない方が、聖域もまとまるだろう…彼の治世に協力を惜しまぬつもりではいるが、それは冥府にいても出来ることだ」
「俺だって元反逆者なの忘れてねえか。今更そんなことでウダウダ言う奴はいねーよ」
「とにかく、今のわたしはタナトスの伴侶ゆえ」

 話を打ち切るように、サガはワイングラスを口元に運ぶ。
 デスマスクは、最近荒れ気味なアイオロスを思い浮かべて、また胸中でため息を零した。もちろんアイオロスは他人に当たったり機嫌が悪くなったりするわけではない。教皇となる器だけあって、荒れを表に出すようなこともない。それでも魂を見ることの出来るデスマスクにはわかるのだ。
 確実にアイオロスの精神状態は悪化している。

 アイオロスとサガはある部分似ていて、聖闘士として優先すべきことのためならば、自分の私事や心は最後の最後で切り捨てる部分がある。
 だが近い将来、聖闘士をとりまとめ聖域を導く地上のかなめとなる男が、心を殺した者であってはならないのだ。

 サガとアイオロスの関係は、経験豊富なデスマスクにもよく判らない。友情としては行き過ぎているし、さりとて恋愛感情かというとそれも違う気がする。執着とコンプレックスと憧れと信頼…ときには対立や憎悪も交じり合わせながら、それでも彼らは二人揃っていないと、片方だけでは精神的な自家中毒を起こす。

 しかし、問題は両者ともにそのことを自覚していない点にあった。

(あーもー面倒くせー。女神やあのペガサスのガキを引っ張り出すか)

 そろそろ最終手段を本気で考えるべきかと、デスマスクは目の前の男を見る。はた迷惑でありながら、それでも放っておけないかつての主は、蟹座の気苦労をよそに、白ワインで喉を潤している。
 いっそ、アイオロスが力づくでサガを攫ってしまえば楽なのにと、デスマスクは胸中で零した。

2011/4/1


◆睦言


「そういえば、今日は地上では嘘をついても構わぬ日なのだ」
 仕事から戻ったタナトスは、サガからその話を聞いて妙な顔をした。
「嘘を肯定するとは、薄汚い人間らしい風習だが、何故そんな日を設けるのだ?」
 嘘をつくことが出来ない神からすると、全く理解に苦しむ風習であった。たった一つの嘘が神としての凋落を引き起こしてしまう彼らにとって、わざと偽りを述べるということは最大限の禁忌といってもよい大罪である。人間が簡単に嘘をつき、罪を犯す感覚がまったくわからないのだ。
 聖域に暮らしていたサガにとっても身に馴染んだ風習とは言いがたいが、こちらは人一倍嘘で塗り固めた半生を送ってきた男である。苦笑しながらタナトスへ答える。
「嘘と言っても、相手を傷つけるものであってはならない。一種のホラ話として楽しめるものを提供しあう…そういう感じかな」
「ふむ」
 嘘という言葉にはひっかかるものを感じる神も、『ホラ話』ならばまだ許容範囲らしい。悪神といわれているタナトスではあるが、ともに暮らしていると、それでも神なのだと思わされる場面は多かった。人間への軽視や嫌悪も、裏を返せば潔癖さの現われであり、それが良い面に現れる分にはサガは嫌いではなかった。
「そんなわけで、今日はわたしがもし嘘をついても許せ?」
 笑いながらサガが告げると、タナトスはイヤな顔をした。
「たとえばどのような」
「…じつのところ、貴方のことを良い夫だと思っているだとか、愛していないこともないとか、そんなささやかな嘘を」
 軽いたわむれのように吐き出したサガを、死の神は深淵を湛えた銀の瞳で見つめる。
「『嘘をつく』という嘘か?いや、お前は仮定の形しかとっておらんな」
 そのまま顔を近づけ、サガの口元へ軽く口付けを落とす。
「いいか、人間界は人間界、エリシオンはエリシオンだ。お前がオレに嘘をつくことなど絶対に許さん」
「それこそ、無茶をいわないでほしい」
 二つの魂を持ち、どちらもが本当でありながら偽りでもある双子座の聖闘士は、そっとタナトスへ口付けを返した。

2011/4/1


◆隣庭に咲く花


 目の前には黒髪のサガが、かつて磨羯宮でそうしていたように、けだるげにソファーへ横たわっている。
 エリシオンの新居へ尋ねてきたシュラを、黒サガは出迎えるでもなく追い返すでもなく、そうして転がっていた。
 シュラもとくに用事があって尋ねてきたわけではない。無言の時間をどうとらえたら良いのか判らず、自分のつくりだした空間の圧力に負けた彼は、とりあえず黒サガに外出を誘った。

「春ですし、花見にでもいきませんか」

 口にしてから窓の外に咲き乱れる天上の花々が目に映り、間抜けな誘いであったかとシュラは心の中で自分をなじった。エリシオンでは枯れることの無い花が、つねに目を楽しませてくれる。この離宮の周りにも色とりどりの可憐な花が、うっとうしくない程度に地面を彩っている。毎日それを目にしているサガが、今更花など見たいと思うだろうか。
 シュラの心中など知らぬ顔で、黒サガが起き上がった。

「良い場所を知っているのか」
「ええ、アーモンドの樹が群生していて、美しい場所があるのです」

 アーモンドは桜に似て、薄紅の花々を咲かせる。ギリシアでは丁度いまが見ごろのはずだ。黒サガが興味をみせたことに勇気を得て、シュラは言葉を続ける。

「エリシオンの花も良いですが、地上に咲くはかない花はもっと美しいと思います」
「なるほど。散ってしまうからこそ美しい…お前はそう思うか」
「はい」

 反射的に返事をしてから、シュラはまた後悔した。
 今の言葉に嘘は無い。しかし、このサガは、いったい花のことをそう問うたのだろうか。
 シュラはソファーへ近づき、黒サガの隣へ座った。

「ただし、全力で最後まで咲ききってこその話ですから。実も結んでもらわないと困ります」

 いつ消えてしまうのかわからない、サガのなかの黒の半身に対して、シュラは繋ぎとめるように強くそう語りかける。

「お前は自分のものでもない花にまで、随分と要求が多い」

 それでも黒サガは苦笑いをするように、シュラへ寄りかかった。

2011/4/1

アーモンドの花言葉の由来のギリシア神話を知っている黒サガは少し微妙な気持ちです
◆新婚リサーチ


 まれに三巨頭もタナトスの離宮を訪れる。こちらは純粋に仕事でだ。
 タナトスは冥界軍の立場としては彼らの上位にあたるが、三巨頭は双子神の部下のつもりはなく、冥闘士をゴミのように扱われてきた過去から、あまり良い感情は持っていない。
 しかし、結婚してから多少丸くなったタナトスを見て、一体どういう新婚生活を送っているのか、興味津々ではあった。何せ相手は人間かつ聖闘士かつ男である。いろんな意味で突っ込みどころしかない。

 離宮でサガに茶を出されたミーノスは、さっそく嫌がらせを兼ねたリサーチを開始した。

「意外なことですねえ。かつては嫌々ハーデス様の走狗をしていたと思っていたのですが、まさかその貴方がタナトス様の軍門に下るとは」
「軍門に下った覚えは無い」

 さすがにそこはきっぱりと否定したサガだ。彼は聖闘士であることを放棄したつもりはなかった。

「では本当に個人的な好意で結婚をしたのですか?それほどあの方はうまいんですか」

 ほとんどセクハラである。
 受け答えるサガの方は赤くなりつつも、先日カノンの薫陶を思い出していた。
『新婚者に下ネタ会話を振ってくる奴がいるのは当たり前と思え。幸せを分けてやるくらいの気持ちで下ネタも明るく流せ。ただでさえ冥界は娯楽が少ないからな。楽しい話題で冥界と聖域の結びつきを示すのも外交ポイントになる』
 という、カノンなりのアドバイスだ。
 確かに恥ずかしいが、そういうものなのかもしれない。猥談などしたことのないサガは照れを押し隠しながらも馬鹿正直に答えた。

「美味いかと聞かれるとよく判らないが、まずくは無いと思う…」
「誰も味覚の話はしていませんよ技巧の話ですよ」

 二人の隣で1番の被害者ラダマンティスが、非常にいたたまれない様子で聞こえないフリをし続けているのだった。

2011/4/2


◆レベル判定


『Q.●に当てはまる文字を入れよ』
 という問いのあとに書かれていた言葉は、『はだか●●●ん』という日本語だった。
 カノンにその紙切れを見せられたアイオロスは、何だという顔をしながらも、すぐに「はだかいっかん」と書いてカノンに返す。
 カノンは、それはそれは大きなため息をついた。

「…わかった、この話題はお前に振るのやめとくわ」
「どういうことだ。何か間違っていたか」
「いや、お前もサガと一緒で中身はお子様だもんな」
「サガの話なのか」

 言い争っていると、巨蟹宮へ向かう通り抜けのためにデスマスクがやってきた。カノンが同じように紙を差し出すと、デスマスクの回答は「はだかえぷろん」であった。

「やっぱりデスマスクの方が話がわかる」
「オイオイ何の話だよ」

 怪訝な顔をするデスマスクと納得顔のカノンの横で、アイオロスが「はだかえぷろんとは何だ」と尋ねている。

「いや、こないだタナトスとサガの離宮でさ、ニンフが洗濯物をしまってたんだよ。そうしたらエプロンを下着の引き出しに入れていやがるんだ。おかしいだろ!?」

 デスマスクは遠い目で「そんな生々しい話題を振ってくんな」と言い捨てて去り、アイオロスは二たび「はだかえぷろんというのは何だ」と尋ねてカノンに頭をぐりぐりされた。

2011/4/6