HOME - TEXT - CP&EVENT - 新婚生活JUNK

◆新婚生活JUNK…(タナサガ結婚前提JUNK)

2009年エイプリルフールに、1日限定タナサガ新婚生活サイトとなっていた際のSS集です。


◆来たれ、汝甘き死の時よ


「タナトス」
 そう呼ぶサガの声は、死の神に向けられたのだとは思えぬほど、溢れんばかりの愛情に満ちていた。冥府の最奥エリシオンには巡る季節などないが、それでも花々は春を歌うかのように咲き誇り、エリシオンの主の一柱であるタナトスとサガの二人を祝福する。
 呼び声で振り向いたタナトスのもとへ、サガは迷わず近寄り、相手の首へ両腕を回して、甘えるように抱き締めた。それは、かつてのサガを知る者から見れば、信じられないような行動だった。サガは己の感情を表に出す方ではないし、出すにしても、このような積極的な好意の発露は「はしたない」という羞恥心から、行動になるまえに抑制してしまうのが常であったというのに。
 タナトスもサガを振り払うことなく受け止め、じゃれついてきた犬をあしらうように、髪を撫でてやる。
 くすぐったそうに笑うサガの表情には、一片の翳りもなかった。
「言ったとおりだろう、サガ」
 タナトスは薄く笑みを浮かべる。
「死を受け入れてしまえば、迷いも悩みも失せるのだと」
 サガの髪へ手を差し込んで梳けば、さらりと長い銀糸が流れていく。
 タナトスの勧めに従ってレテの河の水を飲んだサガは、生前の重荷を捨てた代わりに、生きる悩みもまた水底へ沈めた。大切だった誰かのための空間には、甘い死が流れ込み、空虚を埋めた。
「ああ、今まで私は何をつまらぬことで悩んでいたのかと思う」
 サガは言い、腕を放して屈み込むと、尊いものへ触れるようにタナトスの足先へ口付けた。

2009/4/1


◆結婚招待状


『私達結婚します』

 そんなカードが聖域に届けられたのは、うららかな春の昼下がりだった。
 各黄金聖闘士たちは、何の冗談かとカードをゴミ箱へ捨てかけたものの、末尾に添えられた連名でのサインに、慌てて文章を読み直した。そこには、典型的な結婚報告文とともに、タナトスとサガの名が並べられている。
 殆どのものが呆然とするか係わり合いになりたくなくて無視する中、可愛らしい花模様のカードを片手に、物も言わず光速で双児宮へ乗り込んだ最初の人物はアイオロスだった。挨拶もなく、柱も破壊する勢いで双児宮へ乗り込むその姿は、鬼神のようであったと後にデスマスクが告げる。
 しかし、双児宮もまた不穏な空気が溢れかえっていた。雷雲が上空に立ちのぼって、今にも雷が落ちそうな様相だ。おそらくカノンの海龍としての能力が発動されているのだろう。アイオロスは、雷雲発生源であるカノンのもとへ真っ直ぐに向かい、端的に用件を切り出した。

「カノン、これは一体どういうことだ」
 ばし、と片手で卓上へ叩きつけられたカードは、光速で走ってきたにもかかわらず、焼ける事もなく綺麗なものだ。地上の材質で作られているわけではなさそうだ。
「知るか!オレとて今朝がた聞いたばかりだ」
 相対するカノンも、アイオロスに負けず劣らず物騒な気配を漂わせている。黄金の小宇宙がチリチリと、抑えようもなく全身から弾け出していた。
 だが、一触即発の空気を気にするアイオロスではない。
「こんなバカなことを、お前は黙って聞いていたのか」
「バカなこと?」
 冷たい視線で睨み返すカノンの目元は、わずかに赤い。もしかしたら、少し泣いていたのかもしれなかったが、今の表情にその面影は無く、強い怒りがあるのみだ。
 カノンは口元でだけ笑った。
「そうだな、バカだとオレも思う。よりによって、あんな神を選ぶとは」
「なら何故!」
「サガが自分で選んだからだ。サガが望んでその道を選ぶのなら、オレはサガの邪魔をする奴を排除するだけだ」
 つまり、アイオロスが何かしでかそうとした場合、妨害すると言う事だ。
「どうしてだ!君だって反対だろう」
「お前は、アイオリアが結婚の報告をしてきたら、邪魔をするか?」
 一瞬ぐっと詰まるものの、負けずに言い返す。
「弟を、幸せにしそうにない相手なら」
 カノンはふーっと長い息をついた。
「サガにな、あの悪神のどこがいいのか、聞いたのだ」
「何と言ったのだ、サガは」
「あの神は、バカなのだと」
「…なんだ、それは」
「短気で血の気が多く、そのあたりの人間より始末に負えないとも」
「……」
「サガのことも、単なるただの人間扱いで、愛していると言われた事は1度もないそうだ」
 話を聞くにつれ、アイオロスの顔にはっきりと怒りの色が浮かんでいく。
「それで、どうして結婚などという話になるのだ」
「『神の暇つぶし…きまぐれだろうな』とサガは言っていた。永劫の時を過ごす神には、ときに余興も必要だろうと」
「そんな暇つぶしに、何故サガが付き合う必要がある」
 アイオロスの怒りの視線に、カノンは答えた。
「言ったろう。サガが望んだのだと」
「私には判らん。それで何故、あの誇り高いサガが了承するのかが」
「本当に判らないのか?」
 カノンは卓上からカードを取り上げて、文面を一瞥した。
「『あんなふうに、普通の人間として適当に扱われたのは初めてだった』…そうサガは言って笑ったのだ」
 アイオロスは絶句した。
「ただ、それだけのことで?」
「『こちらの都合も考えず、タナトスは自分のそうしたいときに、勝手に私を抱き締める』」
 カノンはサガの声色を真似て、今朝言われたままをなぞった。
 そしてアイオロスを見た。
「あの孤独を作ったのは、サガ自身の自業自得ではあるが、半分はオレ達だろうよ」
「そんな」

 13年間積み重ねられた業が、形を変えて自分を貫いたことに、英雄はようやく気付いて絶望した。

2009/4/1


◆エプロン

 結婚報告をしたのち、最初に贈り物を届けてきたのはヒュプノスだった。可愛いリボンと包装紙に包まれたそれは、人間界のもののようだ。添えられた手紙にも、人間界のしきたりに合わせた旨が記載されている。
 サガは喜んだが、タナトスは微妙な顔をした。

「開けても良いか、タナトス?」
「妙な呪術などは仕掛けられておらんようだな…ヒュプノスが贈り物をするなど、何か裏があるとしか思えんが…」

 タナトスもある意味形を変えたブラコンであるわけなのだが、長年連れ添っているだけあり、ヒュプノスに対しての評価は正確なものだった。しかし、サガの方はヒュプノスのことをあまり知らない。単純に好意と受け止め、ガサガサと包装紙を開いている。
 中から出てきたのは純白のエプロンだった。

「これを着て料理をしろと言う事だろうか」
「死の神は料理などせぬ。よってお前用だろう」

 通常ならばつっこみが入るところだが、二人はそれほど人間界の世俗に長けていない。

「裸で着用するものだとカードに書いてあるが…エプロンとはそういうものであったろうか。それとも祭礼時の特殊用法なのだろうか」
「人間界のしきたりに合わせたのだろう?お前の方が詳しかろう、サガ」

 首を捻っていても判らないものは判らないので、とりあえず着用してみることにした。箱から取り出したそれは、あきらかに女性用であり、身長が188cmあるサガの丈に合うようには見えない。脱ぐ前に身体の前へそれを当ててみたサガは首を捻った。

「タナトス、サイズが合っていないように思うのだが…」
「オレもそう思うが、ヒュプノスがそのようなヘマをするとも思えぬゆえ、それはそういうものなのであろう」

 性格については信用の無いヒュプノスも、そういう面ではタナトスに信頼されている。幸いサガは裸に慣れていた。さっそく隣室で着替えることにして、法衣キトンその他を脱ぎ捨てる。
 エプロンを着用して、全身鏡に映してみると、丈が短いサイズゆえに、見えてはならないものが下から覗きそうで見えないと言う、ギリギリの裾ラインだ。

「……」
「……」

 世間の風俗には疎い二人も、何となく使用目的が察せられて、遠い目になった。正直、引き締まった筋肉の男が着ても、あがるのは色気より変態度のほうだろう。
 タナトスがぽんとサガの肩を叩いた。

「お前には全裸の方が似合う」
「…タナトス」

 珍しく褒められたと勘違いしたサガが、嬉しそうな顔をしている。
 タナトスは内心で、美的感覚だけはヒュプノスよりも自分の方が上だと再確認しつつ、折角なので裸エプロンのサガを頂くことにした。

2009/4/1