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◆ローマ式風呂


 双児宮へラダマンティスが訪れたのは、珍しく夜になってからだった。
 本当は昼に会う約束を取り付けていたのだが、急の仕事が入ったと連絡があったのが朝のこと。
 それなら延期するかとカノンが言ったところ、生真面目な翼竜は「私事であっても約束は約束だ」と譲らず、冥界での仕事が終わったその足で聖域へと来てくれたのだった。

 慌しいスケジュールであったろうに、翼竜はしっかりと手土産のウイスキーまで手にしている。出迎えたカノンは情人のマメさに改めて感心した。
「疲れたろう、先に風呂にはいらないか?ここ、風呂だけは自慢出来る広さなんだぜ」
 なんだか夫を出迎える新婚の嫁のような台詞だと自分で思いながらも、カノンは相手の疲れを労わる。
「それとも英国生まれのお前には、ローマ式の風呂は慣れないかな?」
「構わん。英国には風呂(バス)の語源となったバースというローマ式風呂で有名な町があるくらいで、それほど縁遠いものでもない」
「へえ、そりゃ知らなかった。ウチの温泉はちゃんと源泉から引いてるんだ。麓のほうの訓練生たちのエリアの共同風呂なんかは単なる泉の引き込みで、光熱費を浮かせるために小宇宙で湯を沸かしたりしてるけどな」
「小宇宙で氷を作ることは知っていたが、考えてみればその逆も可能なわけか。1度落ち着いて温泉というものを試してみたかったので、期待させてもらう」
 思いのほかラダマンティスが喜んでいるようなので、カノンは安心して浴室へと案内し、双児宮の従者が用意してくれているバスタオルと着替えを差し出した。沐浴の多いサガに対応するため、双児宮では風呂アイテムに関しては余裕を持って用意してくれてあるのだ。
 浴場を覗いた翼竜はその広さに感動する前に唖然としたようで『ここは守護宮の中のはずだな?』などと確認してきた。彼の中では聖戦において砦の役割を果たす建物の中に、これほどの個人用温泉があるということ自体が理解の外らしい。
「入浴に必要な一人分のスペースさえあれば機能は果たされる気がするのだが…」
「教皇の間の沐浴場はもっと広いぞ」
「王侯気分を味わえるな」
「ま、ゆったり浸かってくれ。その間に酒のツマミでも用意しとくからさ」
 カノンは軽いキスを翼竜に与えると、服を脱ぎ始めたラダマンティスを残して部屋へ戻る。風呂上りの彼と酌み交わす酒が楽しみだった。

 カノンが宮にある材料で軽食の準備にとりかかっていると、奥の部屋から兄が出てきた。
 久しぶりに黒サガだ。
 最近のサガは、白黒人格を都合によって配分した統合サガと呼ばれる融合状態になっていることも珍しくないので、純度100%の黒兄に会うと新鮮な気分になる。
 どのサガであっても自分の兄に変わりは無いのだが、やはり白黒どちらかである時が一番馴染み深い。
 兄さんも後で一緒に酒を飲まないか?と言いかけて、サガが浴場へ行こうとしていることに気づいたカノンは、慌ててその前を塞いだ。
「悪いサガ。今、ラダマンティスが風呂を使ってるから」
 当たり前の事をいっただけなのだが、黒サガには弟の言いたいことが通じない。それどころかカノンに問題があるかのように睨んできた。
「それがどうした」
「どうしたって…あいつが出るまで待っててくれ」
「何故双児宮の主である私が、自宮で風呂の時間を我慢せねばならんのだ。広いのだから私が入っても特に問題はあるまい」
「いや、そういうことでなく…」
 全裸を気にしない兄さんと違って、ラダマンティスは常識人なんだけど…とは流石に命が惜しくて言えなかった。
 それに落ち着いて考えると、男同士と思えば風呂場で全裸だろうが別に気にすることも無い。客人への礼儀という観点ではどうかと思うが、既に双子にとって翼竜は単なる客分を越えている。
「うー…」
 兄を諌める上手い言葉が出てこなくて、カノンは唸る。
 問題がなくとも、なんとなくラダマンティスに兄の肌を見せたくはなかった。また、双子であるサガが自分の男と二人で浴室に篭るのも微妙な心持がする。しかも黒サガだ。いろんな意味で不安だ。

 カノンの葛藤をよそに、黒サガはとっとと脱衣所の扉を開くと、そこで服を脱ぎだしている。
 もうこうなっては兄を止めることは出来ない。カノンは意を決して自分も服を脱ぎ始めた。半ば自棄だったが、この兄と翼竜を二人で入浴させるよりいい。
 救いはこの浴場の広さだった。ガタイのでかい男三人で浸かっても密着することはないだろう。

 浴室に入ってきた双子を見て湯の中で目を丸くしているラダマンティスへ、カノンは言い訳のように呟いた。

「ローマ風呂の醍醐味は集団入浴だ」



(−2006/11/7−)

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美味しいのか美味しくないのかわからない三人入浴