◆プロポーズ
カイーナ城にはいくつもの空き部屋がある。厳密に言えば空いているわけではなく、迎賓用にしたり、仮眠室としたり、さまざまな用途のために予備として確保してある部屋だ。
そのうちの一つをカノン用とすることに決めたのは、海将軍筆頭である彼の来訪が多かったこと、その折にラダマンティスの部屋のソファーをベッド代わりに占用されるのを防ぐためだ。
多かった…と過去形なのは、『仮にも他界の筆頭将軍をソファーで寝かせるわけにはいかない』と言われたカノンが、「では私人としてくれば良いのだな」「ソファーが駄目なら同じベッドでも構わんぞ」などと言いだしたからであった。
それ以来、カノンはすっかり用事もなく押しかけるようになり、今までの公務とやらがほとんど建前であったことを、嫌でも理解したラダマンティスである。
仕事が終わって私室に帰ると、己のベッドにカノンが既に寝ていたなどという経験を数回もすれば、カノン用の寝室を用意しようという発想が浮かぶのは必然といえる。
そんなわけで、カノンの眠る場所さえ確保できれば、用意するのは物置部屋でも良かったのだが(実際アラクネあたりはそのように準備しようとした)、腐っても相手は黄金聖闘士兼海将軍筆頭だ。外交上問題が無い程度のランクの、窓が大きく調度品の質も良い角部屋を彼用にしつらえてやる。
そして、本日もさっそく
「カノン、お前のために部屋を用意した」
冷静に述べられたその台詞のなかには、だからもう俺の部屋へ勝手に入ってくれるなというメッセージが多分に篭められている。
驚愕を隠さずに口をあけているカノンを見たラダマンティスは、予想と異なる反応に首をかしげた。いつものように図々しく、当然のこととして受け入れるものだとばかり思っていたのだ。
(本音を隠さず、冷たく言いすぎたか?)
あまりに長い沈黙に、声をかけようとした途端。
「…いきなりプロポーズされるとは、流石のオレも驚いたぞ」
カノンの返事に、今度はラダマンティスが固まった。
「………は?」
「そうと決まれば善は急げだ。身一つでくるつもりだが、1日準備の時間をくれないか」
「ちょっと待て」
「身一つというのは比喩で、実際には二人になると思うので、よろしくな」
「ちょっと待てと言っている」
制止を聞かず、あっという間に去っていったカノンを呆然と見送ったラダマンティスは、何が起こったのかまだ理解出来ないでいるのだった。
2010/6/19
カノンがラダを好きすぎてちょっとアレな事になっているシリーズです。