◆The first contact…(ベロニカとパンタソスの聖域来訪)
「こんにちは♪」
「お邪魔するわよ」
巨蟹宮につくられた『道』を通って冥府から現れた二人に、守護者のデスマスクはぎょっと顔を強張らせた。
この『道』は、冥府への通行が楽なようにと非公式に黄泉比良坂へ繋がれた異次元通路だが、そこを使用するのは双子座や冥界の一部冥闘士、そして双子神くらいに限られていた。
けれども、今現れたのはデスマスクも見たことのない二人。
片方は美人であるものの化粧がややキツめの毒婦タイプで、片方は可愛い小悪魔系。
二人の出現により、巨蟹宮の中はまるで花が咲いたような華やかさだ。
デスマスクの反応が遅れたのは、侵入者の気配に気づかぬせいではなかった。彼の超感覚では、見た目美女と美少女であるこの不審者たちが、どうも男のように感じられたからだった。
「えーーー…っと、オレはアンタらを、どう呼びゃいいんだろうか」
もしかしたら、この姿は敵を油断させるための幻覚かもしれない。しかし、それならば大人しく可憐な女性に見せた方が有効な筈で、この派手さは趣味嗜好のように思える。いや、趣味嗜好ならばよいが性同一性なんとかだったりすると突っ込んで良いものなのか、なけなしの良識が邪魔をする。
デスマスクの第一声に対して、二人はさらりと名乗った。
「あら、これは失礼したわね。私はナスのベロニカ。始めまして今生のキャンサーさん」
「私は眠りの神族パンタソスよ、ねえ、麿羯宮ってどっち?」
冥闘士と冥王側の神族という事は判ったものの、素性の怪しさと目的不肖の現状はまったく解消されていない。
「そのお二人が聖域に何の用で?」
仮にもアテナの本拠地だ。不審者を宮から出すわけにはいかなかった。不真面目なようで、こういう時には筋を通すデスマスクだ。ベロニカとパンタソスはにっこり笑った。
「私は貴方に用があるの」
「私はカプリコーンに会いたいなあ」
「へ?女神でなくオレら?」
嫌な予感がして、デスマスクは少し逃げたくなった。彼の予感は良く当たるのだ。
「そう言われても、オレはアンタらの事を知らないんだが。アンタたちのような別嬪さんと可愛い子ちゃんを忘れるわけねえんだがよ」
このような状況においても相手の容姿を褒めるのが彼らしい。しかし警戒態勢は解かない。
この侵入者二名が敵意を見せた場合、片方は冥闘士、片方はまがりなりにも神なわけで、対応するのが黄金聖闘士一人では万全とはいえない。そのため、デスマスクは軽口を叩きながらも応援が呼べるかどうか、近隣状況を小宇宙で探っていた。巨蟹宮の両隣に位置する獅子宮および双児宮の主は、既にこちらに向かっている気配がする。
一方の侵入者二人は、全く余裕を崩さないままだ。
「パンタソス様。私たちを知らないとか言っておりますわ。聖域は聖戦の記録をとっていないのかしら」
「名乗らせておいて失礼よねえ」
「折角私たちがデートの誘いに来たというのに」
勝手なことを言っているので、時間稼ぎがてらデスマスクは反論する。
「仕方がないだろう。前回はアンタらのせいで全滅に近くて正確な記録が難しかったんだよ…って、はあ?」
闖入者たちの会話の中に、理解できない単語が混ざっていたことに途中で気づき、その語尾には頓狂な声が追加された。
「すまん、いまちょっと良く聞こえなかったんだが」
「二回も言わせるなんて、女に恥をかかせる気かしら?」
「神がデートの誘いにくるなんて、光栄に思ってよね」
女じゃねえだろという突っ込みをするどころの動揺ではない。
(こいつは一体どういう状況なんだ!?戦闘のほうがまだマシだ)
デスマスクは本気でそう思った。
「こ、光栄だが、何で初対面のアンタらがオレたちとデート…?」
とりあえず、この二人が嘘をついているのでなければ目的は判った。だが、何故そんな事になっているのか根本的な疑問が解決されていない。
「私たち、前聖戦のキャンサーとカプリコーンに浅からぬ縁があるのよ」
「エルシドとは手を握って見詰め合ったこともあるんだから」
「そうねえ、私はマニゴルドの足の間で昇天しかけたことがあるかしら…彼、ああみえて情熱的だったわ」
「……………」
返された言葉を聞いて、デスマスクは尋ねるのではなかったと後悔した。
二人の説明には多大なる歪曲があった。けれども、事実を知らぬデスマスクに真偽の判断は出来ない。
(先代さんよ…一体何をやらかしたんだ)
誤解のまま冷や汗の量は増えるばかりだ。
『シュラ!巨蟹宮に来い!今すぐ来い!』
とりあえず冷や汗の分担を半分に減らすため、デスマスクは小宇宙で同僚を呼びつける。
隣宮のアイオリアとサガが駆けつけたのは、その後直ぐのことだった。
非常事態時に備え、黄金聖衣着用で現れたアイオリアとサガの見たものは、パンタソスとベロニカにべったり絡まれているデスマスクだった。
最悪の事態を想定して駆けつけた二人が、やや冷たい視線を送ったのも仕方がない。
「侵入者と何を遊んでいるのだ?」
サガが問えば
「デスマスク、お前は女神を守るための守護宮に女性を連れ込んでいるのか」
アイオリアが非難めいた口調で重ねる。デスマスクにとっては全くの濡れ衣だった。
「連れ込んでねえよ!こいつらが勝手に来てるだけだ!」
即座に否定するも、アイオリアの疑いの視線は変わらない。サガはアイオリアよりもデスマスクの性格を熟知していたため、一方的な視線は向けなかったものの、『敵にちょっかいを出して惚れられるくらいはありそうだ』と考えている。
「デスマスク、押しかけられるような事をしたのか。ちゃんと責任はとりなさい」
「違うって言ってんだろサガ!判ってるくせに誤解を増やすな!」
デスマスクの言う『判ってるくせに』とは、『サガもこいつら二人が女では無い事を判っているくせに』という意味だ。
デスマスクは魂を見る能力があるため、おおよその本性は判別できる。サガも幻覚も次元技もこなす上、自身が二重人格なだけあって、デスマスクの予測どおり侵入者の化けっぷりには気づいていた。
パンタソスは神なので、両性共有する部分を持つともとれるが、ベロニカに関しては完全に男だ。
しかし、サガもデスマスクと同様そこに突っ込まない。敵であろうと初対面の相手をオカマ呼ばわりすることが憚られ、プライバシーの問題だろうかと口を噤んだのだ。
二人の気遣いはこの場合とても無駄だった。
おかげでアイオリアはパンタソスとベロニカを女性と勘違いしたままになった。
そのパンタソスとベロニカは、増えた黄金聖闘士にも臆することなくマイペースだった。
「あら、いい男は増えたけれど、気が利かない者ばかりのようね。客人に茶も出さずに立たせっぱなしにするつもり?」
「誰が客だ」
ベロニカの不満へデスマスクが横から口を挟む。しかしサガは頷いた。
「そうだな、茶を入れてくる」
「いや、まてよサガ。ここはオレの宮だ。それならオレが淹れてくるから」
「…どうやって?」
デスマスクへ腕を絡ませんばかりに纏わりついているベロニカを一瞥し、視線をデスマスクへ戻す。
彼女(仮)がデスマスクを解放してくれそうは見えない。
「ここは確かに茶でも出して、話を聞いたほうが状況を掴めるだろう」
返事に窮している巨蟹宮の主を残し、サガは隣人の勝手知ったる台所へ去っていく。残るアイオリアのほうは、まだ戦闘態勢を崩さなかった。理由を聞くのも面倒なので、もうさっさと追い出してしまえばいいと顔に書いてある。
パンタソスが手持ち無沙汰なのか、そんなアイオリアへ声をかけた。
「融通利かなさそうな子ねぇー。カプリコーンの堅物ぶりには負けるけど」
「山羊座に何の用だ」
「さっき言ったでしょ、デートの誘いだって。このパンタソス、恥を晒すけどカプリコーンに傷物にされたのよ。おまけに人前で(兄弟神と)合体までさせられて。あの時は(人間風情相手にそこまでするなんて)悔しくてたまらなかったけど、怒りが収まるとどうにも彼が気になるようになってしまって」
先ほどの説明時にアイオリアはまだいなかったのだが、パンタソスはそんな事はお構い無しだ。そして音声では括弧内を省略しているため、トンでもない内容になっている。
ただでさえ毛を逆立てた猫状態だったアイオリアが、完全に怒った。
「嘘だ。デスマスクならともかく、あの男がそのような不埒な真似をするか!」
カプリコーンに『先代の』という前置きが抜けたせいで、アイオリアはシュラのことだと思い込み、更に誤解が増えている。『先代の』を補足したところで、先代にとっても濡れ衣なのだが。
「えぇ?神は嘘をつけないのよう?」
「おい、オレならともかくって何だ。それにデートの誘いが不埒っていまどきお前…」
「ふふふ、私は不埒なデートでも問題ないのだけれど」
「ベロニカさんよ、頼むから黙っててくれ」
「オ、オレはデートではなく、敵と馴れ合うのが不埒だと言ったのだ!」
現場は混乱するばかりだった。
全く収集のつかないところへ、シュラがやはり黄金聖衣着用で飛び込んできた。
シュラの反応は、先ほどのサガおよびアイオリアと同じだった。いや、それ以上だった。
しばらくじっとベロニカに構われているデスマスクと、パンタソスに絡まれているアイオリアを眺めていたが、そのまま無言で踵を返して立ち去ろうとする。関わりたくないオーラ満載だ。
その背へパンタソスが思いっきり飛びついた。
「凄い!昔のままなのね!ね、また聖剣をみせて?」
シュラの反応より先に、アイオリアの方がプチリと切れた。
「女性だと思って遠慮していれば!シュラから離れろ!」
「あーら、あなたは関係ないでしょう。やっと会えたんだから邪魔しないでよね」
「なんだと!?」
「…二人ともよさないか」
アイオリアのせいで怒るタイミングを逃したシュラだった。パンタソスを『誰だ?』と思いつつも、相手が当たり前のように迫ってくるものだから、自分が忘れているだけなのかと必死に記憶を探る。アイオリアが女性と叫んだため、シュラもナチュラルにパンタソスを女性だと思い込んでいた。
幼い頃から修行一筋のシュラは、女性との関わりなどほぼ皆無だ。何度思い返しても思い出せるわけがない。とりあえず自分を呼びつけたデスマスクを探し、どういうことだと視線を送るも、そちらもベロニカの猛攻を防ぐのに手一杯だった。
(誰だ…などと言って、もしも顔見知りであったならば、傷つけてしまうだろうか。修行地の麓の村娘にでも混ざっていたか?いや、このような小宇宙の持ち主であればオレが気づかぬわけがない)
シュラの気遣いもサガ達のそれと同様に全く無駄だった。
黙っているシュラに代わり、アイオリアが詰問する。
「パンタソス。デートというが、ではそのデートとやらの目的はなんだ」
パンタソスはぴったりとシュラの背中にはりついたまま、いとおしそうに聖剣のやどる右腕を手に取った。
「野暮ねえ。彼の昔の相手としては、現状(の聖剣)が気になるじゃない?」
またしても括弧内が省略されていたため、無論皆の耳に届くことはない。
「へえ…そうなのかシュラ…」
アイオリアの視線が、シュラに対しても冷たくなっていた。シュラが慌てて「知らん!」と訂正する前に、別の声が重なる。
「私も初耳だな」
それは茶器を片手に戻ってきたサガの声だった。びくりとシュラが固まる。
サガの声は穏やかなものの、笑顔が不自然なばかりに輝かしい。しかも、恐るべきことに髪の色が黒く変わっている。いつ変化したのか、彼は黒サガの方だった。シュラの背に嫌な汗が流れた。
黒サガは笑顔のままテーブルへ白サガの淹れた紅茶を置いて並べた。普段は粗雑な手つきが白サガのように優美なのも恐ろしい。
椅子を勧められ、デスマスクで遊んでいたベロニカが真っ先に席へとついた。パンタソスもシュラから手を離して腰を下ろす。
品の良いティーカップへ注がれた上質なダージリンの香りが漂ってくる。華やかな衣装の女性(仮)陣がテーブルを賑わわせ、一見すると優雅なお茶会のようだ。
(オレの宮だが逃げてえな…逃げて許されるかね…)
実質は二股の発覚した現場の『お話し合い会』のようだと思いながら、デスマスクは逃走の機会を伺い始めたのだった。
すみません多分続きます…微妙にシュラ←リア混じりになりました。