HOME - TEXT - CP&EVENT - 約束の彼方1〜5

◆約束の彼方
※ ロストキャンバスでの前聖戦双子関連SSよせ鍋。設定はバラバラです。
  連載と同時進行で書いていたため、元ストーリーと繋がらない勝手なパラレル多め。
  星矢とのクロスオーバーが混じったりもしますので、苦手な方はご注意下さい。
1.約束の果て / 2.交差する光 / 3.光の残骸 / 4.食人鬼 / 5.輪郭
◆約束の果て

 アスプロスが俺の顔をじっと覗き込んでいた。
 日課のごとくリンチでぼろぼろになっていた俺を、どこからか工面してきた傷薬で手当てしたあと、ずっとそうして黙っていたのだ。怖いくらいに静かな目で。
「お前を消すといった者たちすべて、俺が消してしまいたい」
 あまりに自然にその言葉が漏れたので、それが兄の言葉だと気づくのに時間がかかった。アスプロスらしくもない台詞で、俺は少し不安になる。
「そんなことをしたら、お前も奴らと同じになってしまう」
 別にあいつらがどうなろうと知ったことではない。しかし、アスプロスには汚れて欲しくなかったのだ。
 アスプロスは、またじっと俺の顔を見た。
「お前の存在を隠す、そのマスク」
 言いながら俺の頬をさする。俺の顔下半分は常にマスクで覆われている。兄弟二人で居るときすらも。それが災いの星と言われる俺に課せられた、聖域からの枷。
 ふいにアスプロスの顔が近づいて、マスク越しの口元に唇が触れた。
 突然すぎる兄の行動に、心臓が跳ね上がる。
「いつか必ず俺の力で外してみせる。その時に、また」
 にこりと笑うその表情には、すでに先ほどまでの影はみえなかった。
 俺は意志の力を総動員して、高鳴る動悸を抑える。
 ただの祝福の口付けだ。アスプロスに他意など無い。
 それでも、俺はその時、その約束の実現を願ってしまったのだ。

 16年たって、俺は仮面を外して生きている。
 けれども、アスプロスの言った『その時』は決して訪れなかった。

2009/10/16


◆交差する光

 次元技を使いすぎると、周囲の空間が不安定になることがある。
 そんなとき、時折サガの前に現れる幻影があった。岩ばかりの不毛の大地に噴煙がまき上がるのが見え、火山地帯のように思われたが、どこかなのかは全く判らない。
 さらに稀な確率で、その風景にただひとり男の映ることがある。
 生活出来るような場所には思えないのに、彼はそこで暮らしているようだった。褐色の肌を持つその男は大層カノンに似ていた。とくにその目。何もかも見透かすような、諦めているような、そして誰の事も信じていない目。13年前のカノンのあの目を思い起こさせる。

 だからだろうか、その男のことが気になったのは。

 サガはその幻影空間を固定しようと試みた。
 小宇宙を高めてその世界へ触れてみると、そこは案外とこちらの時空に近い形で構成されていた。アナザーディメンションで別次元を開放するときなど、物理条件の全く異なる世界に繋がる事もあるのだが、それに比べれば介入は容易い。それだけでなく、意外なことに男はサガとの何らかの縁を持っているようだった。自分と関係性を持つものが存在すると、道を繋ぐとき飛躍的に空間の安定値が高まる。
 サガはエイトセンシズまで小宇宙を高めると、するりとその風景の中へ身を投じた。


 デフテロスは突然降ってきた男に警戒の色を露わにする。即座に攻撃をしかけなかったのは、相手から敵意を感じなかった事もあるが、まずは状況を確認すべきだという冷静な判断が働いたからだ。
 相手が自分と同じ次元技を使い、界を渡ってきたことは直ぐに気づいた。しかも凄まじく小宇宙のレベルが高い。
 現れた男は界渡りでほつれた前髪をかきあげている。顔立ちは彼の兄アスプロスに恐ろしく似通っているように思われた。その事が警戒心だけでなく拒絶の気持ちまで高めた。
 何者だと問おうとする前に、相手のほうが口を開いた。
「このような場所に、どうしてひとりで?」
 デフテロスの眉間に縦じわが寄る。どうやら一方的に相手は自分を知っているらしい。
 相手は立ち込める噴煙を手で払い、それでもおっつかないと判ると自分の周りに空気清浄機代わりの結界を展開した。簡単にこなしているが、それとて高度な技術なのだ。
「粉塵が凄いな。これでは洗濯が大変だろう」
「…用件を言え」
 デフテロスは他人と話すのに慣れていない。黄金聖闘士となって以降は話す機会も増えたものの、それまでは兄の影として人との接触は制限されてきたからだ。そのこととは別に無駄な会話も嫌いだった。他人とやりとりする会話など最小限でよかった。むしろ拒絶したい。だからこそこの地を選び、人を避けているというのに。

 自分の領域を侵犯してきた相手を、デフテロスは強く睨む。

 相手の男は動じもせぬ様子でふわりと微笑んだ。
「わたしはサガという。用は君と話をすることだったのだが…ああ、君からジェミニの気配がする。どうりで界を繋げやすかったはずだ」
 そういう男からも双子座の気配がする。サガと名乗る男は、異界での双子座の主だと主張した。
「勝手に現れて勝手な事を言うな。会話が用ならば目的は終えたろう。さっさと去れ」
 にべもなくデフテロスは切り捨てた。サガはきらきらした気配までかつての兄に似ていて、逆に否応もなく兄の裏の顔をも思い起こさせた。それはデフテロスの傷を深く抉った。
 しかし、初対面の相手に心の動揺を悟られるつもりなどなく、表情は変えずに拒否の言葉だけを伝える。
 意外なことに、サガは素直に謝罪した。
「わたしはお前に似た目をしていた者を知っている。だから気になってしまったのだが、たしかに突然そのようなことを言われても困るだろうな。すまない」
 下手に出られると、デフテロスも強くは言いにくい。
 それでも、気を許すつもりは全く無かった。
「フン、殊勝なことを言ったところで、貴様もどうせ裏を持っているのだろう」
 サガは目をぱちりと瞬かせている。
 言葉にしてしまってからデフテロスも気が付いた。自分は本当に他人と関わりたくないのだ。『あのこと』以来、どうしても人を心の底からは信用できない。あれだけ優しかった兄ですら心の中に悪魔を飼っていた。表面上どんなに取り澄ました者だとて、いつ何時豹変するか知れたものではない。そんなものは見たくない。
 そんなデフテロスの心を見透かしたかのように、サガは目を伏せて静かに尋ねた
「名を聞いても?」
「この島のものは鬼と呼ぶ」
「鬼には見えないが…異界のジェミニよ、裏のない人間などいるのだろうか」
 思わぬ切り替えしに言葉が詰まる。
 サガは優しそうに見えて、言葉に遠慮はなかった。
「君は他人を信じたいのに出来ないという目をしている。誰かに裏切られた事があるのか」
「黙れ」
「単なる他人であれば、差し出がましいことを言うつもりはなかった。しかし君はジェミニだ。人を信じぬ者は人を信じる者に敵わない。聖衣の真髄を発揮することが出来ないのだ」
「黙れと言った!」
 空気を極限まで圧縮して球となし叩きつける。サガの張っていた結界がパリンと割れた。
 無神経にもほどがある。一体何の権利があってそこまで踏み込もうとするのだ。
 しかしサガは避けなかった。額から一筋の血が流れ落ちるのを拭いもせず、周囲へと目をやっている。そして納得したように呟いた。
「そうか、ここはこちらの世界での癒しの地か」
 岩と不毛の大地ばかりのカノン島を、癒しの地とは普通の人間ならば思わぬだろう。灼熱の溶岩のなか、傷ついた聖闘士は身を癒すのだ。
「だが、ここでも心の傷は癒せまい」
 サガは真っ直ぐにデフテロスを見た。その真っ直ぐさが昔のアスプロスを思わせて、知らずデフテロスは俯いてしまう。無様だと思う。初対面の男にここまで揺さぶられる自分が。
 兄を思い起こさせる目の前の男がひどく憎かった。
「…また来るよ、鬼を名乗るジェミニ」
 暫く一方的に話しかけたあと、サガは消えて行った。
 自分が鬼なら、サガとやらは悪魔に違いないとデフテロスは思った。

2009/10/26


◆光の残骸


 アスプロスは壊れてしまった。
 姦計をもって教皇のセージを排除しようとしたものの、逆にアテナの盾によって邪悪を消し去られた兄さんには、何も残らなかった。かつての聡明さと強い意志に満ちていた瞳は濁り、歪んだ野望はなくなったものの、まともな人間としての形も失われてしまった。

 処分(死刑の事だ)だけは請うて許しを貰い、一人では暮らせないであろう兄を連れて、俺はカノン島の村のはずれへ引きこもった。
 邪悪が失われたせいか、兄さんにはかつての光が垣間見えた。ときおり笑うと、そこだけ輝くようだった。
 でも俺に笑いかけることはない。俺を弟と認識もしていない。そういった人間としての判断能力も今はないのだろう。
 食事を手伝うのも俺の日課だ。アスプロスはひとりではモノを食うことも出来ない。
 茹でて塩をまぶした芋のかけらを、指で摘んで口元へと持っていく。
 1つ、2つ…よく噛ませて食い終わるのを見計らっては唇へと押し込むのだが、食が細いのか飽きるのか3つめになると口を開こうとしない。いつもそうだ。同じものを最後まで食うのをとても嫌がる。
 最初の頃は諦めて別の食物を用意もしたが、毎回となるとそうもいかないし、贅沢させるような余裕もない。

「アスプロス」

 俺は少し強い口調でアスプロスを叱った。怒っているという事だけは通じるようで、アスプロスは子供のようにうつむく。そしてぼそぼそと意味の判らない言葉を紡いだあと、はっきりと呟いた。

「2番目まででいい。あとはいらない」

 兄の、数日振りに口にされた、意味のとおる言葉だった。
 俺は黙ってアスプロスを見る。俺はただ兄さんと、こうして静かに暮らせればそれで良かったのだ。どこで間違えたのだろう。最初からか?

 行き場をなくした指先の芋を己の口へと放り込む。カノン島の痩せた地でとれた芋は、やっぱり痩せた味がしたけれども、聖域のメシよりはずっと美味かった。

2009/10/29


◆食人鬼

 聖闘士が死んだ後は、その想いや魂が聖衣に宿ることがあると昔聞いた気がするが、あれだけアスプロスの血を吸ったはずの双子座聖衣には、当然ながら兄の魂は降りてこなかった。
 俺の目の前にあるのは、からっぽの死体。
 死したのちのアスプロスの魂は、多分俺のことなんて微塵も振り返らずに冥府へ降りたのだ。
「お前の光になりたかった」
 呟いても、死体は何も答えない。綺麗だった兄の髪にこびりついた血が、そろそろ乾いてどす黒く変色している。
 みじめなものだ、と俺は思った。
 死したのちも邁進を止めない兄と、鬼となる自分。
 兄を止める方法を何度考えても、やっぱり力づくしか思い浮かばない自分に笑いが漏れた。穴の開いた死体の胸へと顔を寄せ(この穴は俺があけたのだ)顔を突っ込むと、そこには確かな肉と血だけがあった。

2009/11/13


◆輪郭

 俺はカノン島でひとり暮らす事になった。

 誰もいない場所で、デフテロスという輪郭を際立たせることなど簡単だった。比較する他人など存在しないのだから。
 ただ閑静な環境は、人間に囲まれて暮らしていた頃よりも、己の中のアスプロスの影を浮き上がらせた。いつでも兄と共にあるのが当然の生活を送ってきたせいで、少しでも気を抜くと兄の気配を身体が追ってしまう。そのことが、いかに兄の影響下にあったかを俺に自覚させる。

 俺はまず己の中のアスプロスを殺す事から始めた。思い出の中に現れる兄を何度でも殺した。兄の血がどんどん心に溜まっていって、真っ赤なマグマのようになった。白い画用紙を黒のクレヨンで塗りつぶすがごとく、アスプロスの影響を消していく。そのうち、兄の幻影を殺しても何も気にならなくなった。

 次に何とかしなければいけないのは、脆弱な過去の自分だ。兄の欠損からくる孤独を嘆く心、兄を想う未練、子供の頃の俺、そんなものは強さには必要なかった。兄と同じように何度でも俺の中の俺を殺した。そうしていくうちに心の中には今の俺しかいなくなって、輪郭はどんどん強固になっていく。もっと心を支配しなければ。何ものにも揺らがない自我と力を。来るべき俺自身の戦いのために。
 必要なのは強さだけだ。

「君は人のために力を奮う彼がうらやましいのだろう」

 だのに、今になって現れたアスミタの霊はそんなことを言う。
 お前たちの指摘を受け入れて俺は影である事をやめ、自分の輪郭を磨き、戦いに備えて邁進してきた。力も手に入れた。自身のため、そして宿敵であるあの男と戦うためだ。それは他人のためなどではない。もう俺は揺らがない。


 しかしアスミタがそう言うのであれば、本当はうらやましいのだろうか?
 死んでしまった乙女座は笑うだけで何も答えない。

2009/11/14


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