今日もラダマンティスが双児宮を訪れている。
ここ数日天気が良いので、双児宮の脇にある庭園でのんびりしようとオレが呼びつけたのだ。
多忙な彼がそんな理由で本当に呼び出されてくれるとは少し驚いたが、まあ、あとで部下の連中に何か差し入れでもしておけばいいだろう。
聖戦後に復興された十二宮は、修繕ついでに各守護者の要望が取り入れられ、ここ双児宮ではサガの希望により小さいながらも品のある庭が造園されている。
そのとき、処女宮の沙羅双樹の園が羨ましかったのかと聞いたら『あそこは美しかったが、私は死に場所の為に庭を作るのではないよ』と微笑まれたものだった。庭の隅にオレが子供の頃好きだったギリシア原産の林檎の木が植わっているのを見て、サガの代わりに風呂の増築を願い出てやった。
兄により日々手入れをされているその庭の一角にはローズマリーなどのハーブも生えていて、ときおり肉料理の香辛料として食卓にのぼり、舌を楽しませてくれる。その庭を気に入っているオレは、よく芝生のエリアでサガを巻き込んでシェスタを楽しんでいるのだが、今回はラダマンティスもその空間に付き合わせようと思ったわけだ。
女神を護る守護宮を私用で使いまわすのは申し訳ないような気もするが(しかも呼ぶのは冥界の三巨頭のひとりだ)、ここ以外に地上の自分用住居を持たないので仕方が無い。海底神殿に連れて行って部下たちに余計な詮索をされるのも面倒だし、カイーナでは逆に奴の部下の目が気になる。
それに、双児宮であれば茶菓子の用意などをサガがやってくれるのがいい。
午後の陽射しの下、オリーブのつくる小さな木陰の柔らかな芝生の上へテーブルクロス用の布を敷き、そこにサガの用意した軽食入りバスケットを無造作に置く。そうしてオレたちは直接芝に腰を下ろした。
サガとラダマンティスは向かい合わせに座っていて、オレはラダマンティスの膝に頭を乗せるようにして転がる。
冥界の闇に住まう翼竜にはこんな腑抜けた図は似合わないなと笑ったら、お前にもあまり似合ってはいないと返された。サガは来て早々に横になったオレへ行儀悪いぞと零したものの、ラダとオレの関係を知っているだけに強く制することはしない。
双児宮のもう一人の主であるサガは、仕事一遍のラダマンティスと意外に話が合うようで、冥界の現状や聖域のこれからについてなどを、双界の情報漏洩のない程度に世間話している。いや、漏洩するような秘密が今の聖域にあるのかどうか知らないけどさ。
サガにとっては元敵将との会話の方が、過去の自分が謀ったり殺したりした同胞達を相手にするよりも、罪を気にせずに落ち着ける部分があるのかもしれない。本人は気づいていなさそうだが、黄金聖闘士連中にはあまり見せない昔のままの穏やかな笑顔を、ラダや海界・冥界の連中には向けている事がよくあるのだ。
神のようなと形容されるその微笑には他界の連中もコロっとやられているようで、サガと共に十二宮へ押し寄せてきた冥界の連中など、最初は鬼神のようだなどと評していたのに、今ではすっかりファン化しているのをオレは知っている。サガの魔力おそるべし。あんまりオレ以外にその笑顔を向けて欲しくはないものだが…とりあえずその笑顔でラダは取ってくれるなよ。
今日の二人の話題は「時間別処理ファイリングの短所と書類保存場所確保」のようだ。堅物同士の会話のツボはオレには良く判らないが、それでもオレはラダマンティスの膝枕で和みつつ話を聞いている。オレの好きな二人が、オレを介して傍に居てくれるこの空間は、とても居心地がいい。
口の悪いカニなどは、以前に堂々と双児宮の客間で寛ぐラダマンティスを見た時「双子を両脇に従えて、敵地でそんだけ図太く居座るなんざ、王様みてえだな。双子ハーレムか?」などと言いやがったが、どちらかといえば此処で両手に花であり王様であるのはオレだと思う。
オレはサガの流れ落ちる銀髪をひとふさ手に取り、弄ぶように指に絡めた。
オレは正直、聖域という場所はあまり好きではなかった。とくにこの双児宮が。
いい思い出があまりないし、どこへ出歩くにもこそこそと隠れるようにして過ごさなければならないのが面倒だった。子供の頃のオレにとって、双児宮は身を潜めるための場所以外の意味はなかった。
十数年ぶりに帰ってきて自由に聖域を闊歩できるようになると、オリーブの緑を背景に輝く白亜の宮というのも、まあ悪くないかなと思えるようになっていたものの、サガが居なければやっぱりそこはただの石の建物に過ぎない。己を縛りつけるものがなければ、空気の重さすら違って感じるのはゲンキンなものだと自分に苦笑したが、普通に聖域で暮らし、このギリシアの太陽の明るさしか知らないような連中には、オレ達の苦労など想像はできても実感は無理だろうとの想いを改めて強くする。
だから、この庭にはあの頃オレを締め出していた聖域の連中は入れてやらない。
今度はオレが締め出してやるのだ。中に入れるのはサガと、王様であるオレの許したラダマンティスだけ。
サガの大事な王子様にだって許してやるつもりはないよ。
翼竜と兄を従え、オレは手を伸ばしてサンドイッチを掴むと、寝転がったままそれをパクついた。
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連休をまったり過ごしていたら、まったりとした生ぬるい内容に。いつものごとくカノンが美味しい位置にいる三人話です。
幼少の頃の聖域内でのカノンは、サガ以外に話す相手も特にいないため会話に慣れておらず、サガには言葉を重ねなくても通じるため、会話不精に拍車がかかっているような予感。長じても寡黙で、わりと聞き役に廻る方ではないかなと…