久しぶりにカノンが海底神殿から双児宮へと戻ってくると、そこに女神がいた。
「アテナ!このような場所へ護衛もつけず!」
思わずカノンが青くなったのも仕方が無い。
現在この宮を護っているのは黒サガであり、その黒サガはかつて女神に刃を向けた身だ。兄を信用していないわけではないが、白サガはともかく黒サガの思考回路は双子の弟であるカノンにも今ひとつ読めない。
自分が留守の間に黒サガが何か女神へ危害を加えたり、失礼なことを仕出かしてはいまいかと、心配が先立ったのも当然の事だ。
だが、カノンの懸念も他所に、当のアテナはにこやかだ。
「大丈夫です。この聖域で私を傷つけられる者はおりません」
「しかし…」
「それより私はとても楽しみにしてきたのですよ」
アテナがかろやかに微笑んだ。その表情だけをみると、まだ幼さの残るただの少女と変わらず、カノンも釣られて口元が綻ぶ。だが、その笑みもアテナが次の言葉を紡いですぐに固まることになった。
「サガが一緒にお風呂へと誘ってくれるなんて。教皇の間に次いで広くて立派だと言う双児宮の温泉に私も入ってみたかったの…」
「出て来い馬鹿兄貴!」
返事もせずに黒サガを呼びつけるカノンを、女神は目を丸くして見た。
うっそりと面倒くさそうに奥の間から現れた黒サガに対して、カノンは本気で噛み付いている。
「お前は本物の馬鹿か!」
「帰宅早々何を怒鳴っているのだ」
対して、黒サガはあくまでマイペースだ。
「これが怒鳴らずにいられるか!まだお若い女神に対して一緒に風呂だと!?セクハラ親父かお前は!」
「今後は女神や聖域の雑魚どもとも仲良くやれと言ったのはお前だろう」
「雑魚とか言うな。お前には貞操観念が無いのか!」
「別に問題なかろう。小娘にも水着を持参させたしな」
え…とカノンが振り向くと、女神が競泳用水着らしきものを手にしてこちらへ見せた。
胸がでかいのだからもっと色気のある水着にすればいいのに…と想像しかけ、慌てて不敬なその想いを振り払い、サガの方へ向き直る。
「し、しかしお前はどうするのだ!まさかお前も水着などと言うまいな」
「私は祭事における沐浴用の法衣をつけるつもりだ」
「……」
「温泉には硫黄泉を混ぜて白濁化させ、浸かった部分が見えないようにする。それで良かろう」
黒サガの台詞でどっとカノンの肩の力が抜ける。とりあえず当初想像していた最悪の図はないらしい。というか、黒サガにそういう普通の配慮があったことにカノンは驚いていた。
もっとも黒サガは13年間聖域を掌握していた男であり、本来であれば人心や場を読むことには長けている。不要な気遣いを全く行わないだけで。
カノンは水着の女神と黒い兄が共に双児宮の風呂で戯れる姿を想像してみた。
どう脳内修正しても、相当寒い図だった。
「女神、ほんとーにそれで良いんですか」
がっくりと脱力したままカノンは問うたが、女神も女神だった。
「おじいさまが私を育てた日本にも温泉文化があります。ここのところ聖戦続きで寛ぐ時間もありませんでしたから…サガが誘ってくれたお陰で昔を思い出せました。教皇の間にある沐浴場は、清め以外に使うとシオンが怒るんですもの」
「私はジジイが煩いのなら、ここで浸かっていけば良いと言っただけだがな」
「サガったら、またシオンを年寄り呼ばわりして。今は貴方より肉体年齢は若返っていますよ」
「お陰で何時間でも小言を言う体力だけは無駄にあるのが困る」
「あら、言われっぱなしでいる貴方ではないくせに」
ゴーイングマイウェイ同士、意外と兄と妹のように気が合っている二人を見て、うっかり微笑ましく思い直しかけたカノンだった。しかし。
(いやまて、普通は兄妹で和やかに温泉に浸かったりしないんじゃないか?)
という事にすぐ思い当たり、自分のブラコンは棚に上げて、黒サガとアテナへどう常識を教え込んだものか真剣に頭を悩ませ始めたのだった。
女神と黒サガは男女の枠関係無しにアレな感じで気が合うといいな!