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◆ぐだぐだ(5000HITキリリク御礼・ふゆな様へ)


「女神の聖闘士が、このカイーナ城に何の用だろうか」

 冥闘士のバレンタインに声をかけられ、カノンは内心『ドジったな』と自分の失態に悪態をついた。
 正式な入城許可など得ているわけはなく、ここへは基本的にいつも不法侵入だ。
 普段は侵入ルートも退出ルートも臨機応変に変え、来訪の形跡など微塵も残さないよう細心の注意を払っている。今まで一度たりとてこの城の警備網にひっかかった事などない。
 しかし、このように気配を察知されたということは、ラダマンティス自ら練り直した防衛システムを甘く見たのか、先程までその本人に会っていて自分らしくもなく気が緩んでいたのか、あるいはその両方か。
 聖戦後に三界は和平協定を結んでおり敵対関係にはないものの、各陣営への不法侵入者まで寛容に処する必要性などどこにもない。現に目の前のハーピーは品のある物言いながら、殺気に満ちた小宇宙を漂わせている。
 見つかった以上、気配を消すのも無駄とばかりに姿を現したカノンは、目の前の若い冥闘士を面倒くさそうに見やった。あからさまにぴりぴりと神経を尖らせている生真面目そうなハーピーの視線を余裕の表情でうけ流し、さてどうしたものかと考える。
 自分は女神の聖闘士だが、実質は海将軍なのだという突っ込みは、とりあえず心の中で抑えた。
相手の失念を指摘して面倒ごとを海界にまで広げられるよりは、いち黄金聖闘士として扱われるほうがややこしくならずに済むからだ。

 逃げも隠れもするつもりのないカノンに対して、バレンタインは油断せずに一定の距離をとる。
過去に双子座の黄金聖闘士として冥界に乗り込んできた男の実力を侮るつもりはなく、まずは同僚の冥闘士たちがここへ集うまでの時間稼ぎをするつもりでいたのだ。
「ようやく捕まえたぞ、ジェミニ。今まで散々この城で好き勝手してくれたようだが、それもここまでだ」
「気配を捉えたくらいで、捕まえたと言われるのは心外だがな」
カノンは真剣なハーピーを茶化すように笑う。
 城への度重なる侵入を簡単に許してきたことで、バレンタインを含めカイーナ城の護衛たちがラダマンティスに警備の甘さを叱られたであろうということは簡単に想像がつく。
 気の毒とは思わない。あのワイバーンに叱られ、しごかれるのなら良い修練となるはずだ。
 それに、執務室へ茶を運び、そこで初めて上司の隣のソファーに横たわるカノンに気づいたという体たらくでは、気の毒なのは恥をかかされるラダマンティスのほうだ。
 そんな感想をのんびり脳裏に浮かばせるほど、カノンには余裕があった。
 油断により見つかったとはいえ、この場でバレンタインの目を眩ませて脱する事はたやすい。
 ハーピーが弱いわけでは決して無い。海将軍としても黄金聖闘士としても最高ランクの実力を誇るカノンに対峙して、この城内で互角の戦いが出来るのが翼竜のラダマンティス位であるというだけだ。
 たとえ聖衣をまとっていない状態であっても、幻朧拳という精神攻撃系の技を持つカノンにとって、それはあまりハンデにはならない。
 それゆえの余裕だが、その驕りが今回のミスに繋がったという自覚はあった。
 それに、不法侵入のあげく警備の冥闘士を叩きのめしたとあっては本当に外交問題になりかねない。
 危機感を全く覚えていないカノンも、コトを荒立てずにこの場を切り抜けるにはどうしたものかと方策に頭をフル回転させていた。
 カノンの計算をよそにハーピーはといえば、実力差のある相手を前に緊張を強いられつつも真剣に勤めを果たそうとしている。
「冥闘士を侮らないでいただこうか。貴方を捕まえることが出来たら、処遇は任せるとラダマンティス様に許可を得ている」
 一対一の戦闘ともなれば敵わぬまでも、同僚との連携で城の外へ逃がさない心意気だ。
「たとえ貴方がラダマンティス様の好敵手として龍虎のつきあいがあろうとも、冥界で…このカイーナ城内で、好き勝手振舞えると思ったら大間違いだ」
 見栄を切ったハーピーの言葉に、考えこんでいたカノンは、ぽんと手を打ち、小声で呟いた。
「ああ、つきあい…それでいこう」
 周囲にはハーピーの飛ばした非常召集の念話により他の冥闘士が集い、二人を取り囲みつつある。
そんな包囲網をよそに、カノンは殺気立つ冥闘士たちへにこやかに告げた。

「そう、オレとラダマンティスはつきあってるのだ。好き勝手にしているつもりはないが、公にしたくはない秘密の逢瀬ゆえ、日頃は隠れて侵入している。それはすまなく思う」


 カノンの発言に、包囲網は一瞬にして凍りついていた。
 何を聞いたのか理解できなかったハーピーが、動揺を抑えつつカノンに反駁する。
「ざ、戯言はよさないか。貴方たちはその、男同士で…それにラダマンティス様はそのようなことは私たちに一言も…」
「照れてるんだろう。あの朴念仁がそのような事を、自分から言うと思うか?」
 さらりと返されて生真面目なバレンタインは完全に沈黙した。他の冥闘士も石化たまま、言葉を発する気配もない。固まったまま動かなくなっている冥闘士たちへカノンは微笑みながら止めをさす。
「そのようなわけで、オレは決して敵意をもってこの場にいるのではない。愛情ゆえの私的交流は見逃してくれないか」
 危機感が無い分、カノンの対処策はかなり適当だった。
 真っ白になっているバレンタインの肩をぽんと叩くと、そのまま悠々と包囲網の真ん中を抜け、出口へと向かう。誰も追ってくるものはいなかった。
(これで今後は堂々と遊びに来れるな。我ながら見事な言い繕いだ)
 口先三寸で騙される冥闘士はマヌケぞろいなことよ鼻で笑っているカノンだが、実際にマヌケなのはそんな後先考えない言訳を思いつく自分であることには思い至っていない。
 その場で思いついた適当な嘘をついて、あとで苦労するというパターンは海界で学んでいるはずなのに、すっかり喉元を過ぎて熱さを忘れているカノンだった。


 カノンがその場から立ち去ると、我に返った冥闘士たちが真っ先に向かったのは、当然ラダマンティスの執務室だ。大勢で入室許可も待たずに雪崩れ込んだ部下たちへ、仕事をしていた翼竜はペンを止めて顔をあげ、怒りの目を向ける。
「貴様たち、何のつもりだ。入室の時にはノックくらいしろ」
「も、申し訳ありません。ラダマンティス様に確認したいことがございまして…」
 畏まりながらもバシリスクが皆の言葉を代弁する。
机を取り囲んだ部下たちの真剣な顔に、翼竜は何だという顔で部下たちを一瞥した。
「さ、先ほどジェミニがこのカイーナへ侵入いたしました…」
「やっと奴を捕捉できるようになったか。その様子だとおめおめと逃げられたようだが、それで?」
「ラダマンティス様は…あの男と…ジェミニと付き合いがあるとか」
「は?まあ…付き合いといえばそうなるのか」
 カノンが爆弾宣言を残していった事など知らないラダマンティスは、勝手に海龍が押しかけている現状を、付き合いがあるといえばそうなるのだろうかと首をひねる。
「だがこのラダマンティス、公私の混同はするつもりなぞない。奴が怪しい素振りを見せたときには…おい、どうしたお前たち」
 何も判っていない翼竜を尻目に、部下一同は通夜のような様子で澱んでいる。
「ラ…ラダマンティス様は、奴に騙されています!」
「この俺が簡単に騙されるような男だというのか、バレンタイン」
「そのようなわけではありませんが…あのような危険な男を傍に近づけるなど…」
「そう思うのであれば、もう少しお前たちは警備体制を引き締めて城内へ入れない努力をしろ」
 呆れたように言う上司へ、クイーンも勇気を振り絞って確認する。
「それでは…私どもが奴を排除する分にはいっこうに構わないと?」
「当然だろう、それがお前たちの役目だ」
「恋人であっても公私は混同しないということですね」
「…は?」
「判りました。このクイーン、たとえラダマンティス様の想い人であっても容赦はいたしません」
「……何を言っている?」
「そ、そうだな。クイーンの言うとおりだ。奴がラダマンティス様の部屋へ入るまでは、今までどおり単なる不法侵入者として扱わせていただきます!」
「ちょ、ちょっと待て、だから何を言っているのだお前たちは」
 話が理解できず、慌てている翼竜を置いたまま、部下たちは新たな団結を誓っていた。
「隠さなくても結構ですラダマンティス様、我々はすでにジェミニから話を聞き及んでおります」
「奴がなんと?」
「畏れながら、ラダマンティス様とジェミニはつきあっておられると…」
「なにーーーーーーーー!?」
「我々一同、恋路の邪魔まではいたしませんが、応援もいたしません!あのような男がラダマンティス様に相応しいとは思えませんので」
「カノンはそこまで悪くいうような男では…いや、そうではなくて、奴がそんなことを…?」
 動揺しまくりの上司の様子も、既に色眼鏡のついた部下からは照れているようにしかみえない。
 気の済むまで口々にジェミニの危険性を訴えつづけ、ようやく落ち着いて執務室から出て行ったのは半刻も過ぎたころだった。
 あとには呆然と固まっている翼竜だけが残された。

(俺はカノンとつきあっているのか?)
 そんな事は今まで全く考えたこともなかった。カノンの方とてそうだろう。
 カノンがここへ来て何をするかといえば、ソファーに転がって惰眠をむさぼるか、とりとめもない世間話をすることくらいだ。色気など皆無だ。
 そして、カノンが部下たちへその場逃れの言い訳として、つきあいなどと言い出したであろうことも微妙に想像がつく。
 だが、本当に何も無いだろうか。
 自分のところへ意味も無くおしかけてくるカノン。先ほど部下たちに否定できなかった自分。
「心情の機微など俺にはわからん…」
 ラダマンティスは頭を抱えた。

 だが、ラダマンティスは動揺のあまり忘れていた。部下へ否定はしなくとも、口止めはすべきだったという事を。
 次に訪れたカノンが、何故かさらに強化されている警備網に対抗心を燃やす頃には、すっかり冥界中に噂が広がり『ラダマンティス様とジェミニはつきあっている』ことが公然となっていたのだった。



(−2006/11/12−)

ふゆな様より5000HITキリリクで「ラダカノが付き合い始めるに至るエピソード」をいただきました。素敵なリクエストをありがとうございます!しかし当サイトのラダカノのそれはぐだぐだです(><)
なんとなくうっかりそのような事になるも「気軽にカノンが冥界に遊びに来る方便だから」を言訳に、なんとなくそのままに。全然方便にはなってないわけですが。
時間をかけてじわじわ近づく感じで、まだまだぐだぐだします。