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◆晩夏の花火


「なあサガ、夏だし花火を見たいとは思わないか」
 サインを終えた書類から顔をあげ、アイオロスは同じ執務室の中で仕事をしている黒サガに話しかけた。
「夏と花火の因果関係が分からん」
 当然のように黒サガはそっけない。そもそもアイオロスの前に黒サガ状態で現れること自体、サガのアイオロスへの距離感と遠慮を表しているのだが、アイオロス側はそんなことにお構いなしだ。
「日本には納涼という言葉があるのだそうだ。空いっぱいに花火が打ちあがったら、それは綺麗で涼しげだろうね」
「ギリシア・ヒオス島伝統の花火戦争のようなものか」
 それでも返事を返すのが、黒化状態とはいえ律儀なサガらしい。
「普通の打ち上げ花火でだ。たしかにロケット花火乱射祭りのほうが君は好きそうだが…」
 言いながらアイオロスは、次の決済書類に手を伸ばす。予算に関わる文面を一読し、またサインを入れようとしてその手が止まった。何かを思いついたのだ。
「なあ、聖域で花火大会しないか」
「…は?」
 アイオロスの提案にサガの手も止まる。
「聖域の皆にも、たまには息抜きや楽しみが必要だと思うのだ。女神も戻られて聖域も安定している今、多少の娯楽はあっても良いんじゃないかな」
 サガはアイオロスの顔を見て、それでも無視をすることなく冷静に尋ねた。
「予算項目は?」
「遊興費」
「…違うだろう」
「……ええと、福利厚生枠」
 言いなおしたアイオロスだが、黒髪のサガは冷たくあしらった。
「フン、まだそちらの方が通しやすいだろうが、駄目だな」
「何故だ?城戸財閥のバックアップ体制が出来てから、予算には多少余裕があるぞ」
「余裕はあろうが、聖域に火薬の持ち込みは許されていない」
 初めて聞く内容に、アイオロスの目が丸くなる。
「確かに火薬は武器につながるものとして聖域には不要というスタンスだったけど、禁止とまではされていなかったんじゃないか?」
「わたしの施政下で禁じた」
 黒サガは止めていた手を動かし、再び書類の整理を始めた。パラパラと資料をめくっては、内容ごとにより分けてファイルにまとめている。アイオロスはまだ目を丸くしていたものの、納得して頷いた。
「なるほど、君の統治に不満をもつ者たちが火薬を手にしたら、聖闘士相手の攻撃力としては脅威にはならないかもしれないが、力のない者まで簡単に派手な器物破壊活動が出来るようになり、人心を動揺させやすくなる。いや、統治支配以前の問題として、手軽な破壊力を目にした聖闘士候補生が、肉体や精神を鍛えるよりも道具へ走りやすくなる…潰せるリスクの芽は事前に潰して置くのは賢いやり方だ」
「そういうことだ」
「まあ、火薬の持ち込み禁止自体は問題ない気がするな。聖域の理念的には正しいし、聖闘士の力があればダイナマイトも必要ないし」
 でも、とアイオロスは食い下がった。
「多少の融通はきかせようよ。教材用はOKとかさ…そうだ、原子を砕く仕組みを教えるように、酸素を要さない酸化の原理を実感してもらうのには丁度いいんじゃないか?物質を燃焼させたり爆発させたりする小宇宙の扱い方を学ばせて、そのあと花火を見てもらって効果の一例を…」
 呆れたように聞いていたサガが、途中でふーと溜息をついた。
「そのような無理矢理感ただよう言訳をつけずとも、特例を設けやすいイベントが、来月の頭にあるだろう」
「9月あたま…?あっ、アテナ聖誕祭か!」
「そうだ」
「そうか、女神を祝うための花火なら文句も出ないし自然だな!」
 アイオロスは立ち上がり、サガの傍へ寄っていくと、その頭をぎゅーっと抱きしめた。
 変わらずサガはにべもない。
「そういうことは、もう一人のわたしの時にやれ」
「あ、もう一人の君になら許可してくれるんだ?」
「フン、『わたし』は関わりたくないだけだ」
 アイオロスの腕の中で、豊かな黒髪が色を変えていく。闇夜の中から月が輝くように、美しい銀髪が現れると、射手座は再び双子座をぎゅうと抱きしめた。
「その時は、一番良い席で一緒に花火を見よう」
 表に出てきたばかりの白サガは、それでも話は聞いていたようで、もぞもぞ腕の中で身じろぎながらもキッパリと告げる。
「駄目だ」
「ええ!?」
 予想外の否定に、反駁しようとしたアイオロスの唇をサガの指が押さえた。
「一番良い席は、アテナ用だろう?」
 目を瞬かせたアイオロスが、次の瞬間至福の笑顔を見せる。
 そのまま腕の中のサガに口付けようとしたものの、しかしそれは業務中ゆえに許可が下りなかった。



(−2009/8/20−)

黒サガが大分アイオロスに馴れてきた頃を想定。このあと女神誕にむけて聖闘士たちが皆でがんばります。