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◆人が神になるとき Ending Version7 
前編(カノサガでサガカノでロスサガ。アニメバージョン)


 聖戦が終わったあと、黄金聖闘士は皆地上へと戻ったものの、双児宮だけが空のままだった。
 戻らぬ主を嘆くかのように、ジェミニの聖衣がぽつんと宮の中央に座している。
「私まで生を受けたというのに、サガとカノンは何故生き返らぬのですか」
 アイオロスがアテナへ問うも、少女神は目を伏せて曖昧に言葉を濁した。
「彼らは生き返らなかったわけではありません」
「では、どうして彼らはこの聖域に戻らないのか。何かご存知なのですか、アテナ」
 アイオロスからしてみれば、あの正義感に篤いサガと、改心したカノンが、命を得たのに女神の元へ集わぬ筈がないという確信がある。
 女神は困ったように微笑んだ。
「彼らはこの世の外にいるのです」
「この世のほかとは、冥界か海界か、それとも夢界か」
「どこでもありません」
 静かに答える女神へ、アイオロスはさらに言い募った。
「場所を知っているのなら、お教えくださいアテナ」
 真剣なアイオロスの視線を受け、女神は暫し黙した。
「…そうね、貴方なら、彼らの元へ行くことが出来るのかもしれません」
 ようやく紡がれた言葉も、あまり歯切れの良いものではなく。
「彼らに会いたいのなら、これを持ってスニオン岬を訪れて御覧なさい」
 そう言ってアテナが差し出したものは、神殺しの短剣だった。

 海界と聖域の境にあるその場所は、罪人を閉じ込める獄であり、罰を授ける刑場でもあった。
 神の力によってしか開かれることの出来ない牢の前へ、アイオロスは降り立った。
 牢の内部は洞窟となっていて、その奥を窺うことは出来ない。
 話によれば海界神殿へと繋がっているらしいが、星矢たちとの戦いで神殿が崩壊したあとは、道がどうなっているのかを知る者はいない。
 アイオロスは黄金の短剣を翳した。すると牢であった空間に扉が現れる。
 神具を使う事によって、他界への道を開く特異点…それがスニオン岬の正体だった。
 アイオロスは驚かなかった。界を渡る可能性は考慮済みで、黄金聖衣を着用してきている。

 扉を押すと、あっさりと開かれた世界の向こう側に青い水が見えた。そこでは透明で鏡のように光る水面が地平線までも続き、どこまでも青い空を映していた。水と空以外には何もないように思えた。アイオロスは迷わずそこへ足を踏み入れた。

 水面は浅く、彼のくるぶしが浸かる程度だった。足跡で水紋を作りながら彼はサガとカノンを探した。
 並外れた超感覚と八識を持つとはいえ、アイオロスは次元に干渉する技を持たない。
 シャカやデスマスクやムウと違い、異空間にあまり耐性を持たぬアイオロスは、歩くだけでも酷く体力を消耗していた。水はどこか彼を引き止めるかのように、重く足に絡んだ。
 アイオロスは13年前を思い出していた。あの時もサガが消えて、自分は探し続けたのだ。
 探し求めて、ようやく見つけたサガは、彼の知らないサガだった。

「くそ…だから何だというのだ!」
 アイオロスは小宇宙を燃やし、羽を広げた。
 水面を蹴り、空へと飛びたつ。その途端に身体は軽くなり、自由に空間を移動できることに気づく。
 聖衣の内部から伝わる黄金の波動が、アイオロスを癒した。
 黄金聖闘士の中で唯一つ、人馬でありながら翼を持つサジタリアスの意味、それはを異界を超えることにあった。それは本来は聖戦で発揮される筈のものだ。翼なしには通れぬ神の道を飛ぶ切り札として、遥かいにしえの予見者が黄金聖衣の中でもサジタリアスを選んだ。羽持つ青銅が奇跡を起こせぬときには、サジタリアスが神の道を超える使命を負っていたのだ。
 神の道に比べれば、単なる異次元空間であるこの世界を飛ぶ事は容易かった。
 天空からこの世界を見下ろし、アイオロスは大音声で叫んだ。

「サガ!カノン!いるのならば応えろ!」

 叫んですぐに、耳元で苦笑し、囁く声があった。
『お前は、変わらないな』
 ハッとアイオロスが振り返ると、いつのまにか足の下には大地があり、広がる草原の中へ立っていた。少し距離を置いて、アイオロスの良く知る相手が同じように立っている。その相手は穏やかな微笑を浮かべてこちらを見ていた。
『どうしてここへ?』
 清潔そうな白のローブをまとい、クセのある長髪を風になびかせて、"彼"は懐かしいものを見るかのように目を細めた。
「お前を探しに来たに決まっている」
『…そうか』
 "彼"は風のせいで顔にかかった髪を、ゆるやかに払った。
『お前は、サガを探しにきたのだな』
「カノンもだ。俺は二人を探しに来たのだ…ジェミニよ」
 アイオロスはそう呼ぶしかなかった。目の前に現れた男は、サガでもありカノンでもあったので。
 ようやくアイオロスにも現状が見えてきた。
「お前達は、ひとつになったのか」
 そう言うと、ジェミニと呼ばれた男はニコリと笑った。
 聖戦での嘆きの壁で、サガとカノンが魂を重ねたことを、アイオロスは気づいていた。しかしあの時はその事に気を向ける余裕も時間もなかった。
 カノンとサガは混じり合い溶け合い、それでいて同一化することなく一つの存在となっていた。

 合体してしばらくの間、その力はあくまで1+1でしかなかった。しかし、ただでさえ神に喩えられる力を持つ二人が核を一つとすることで、その小宇宙は反則的なまでに高まり続けた。さらに黒サガの魂も加わったとき、それは人としての範疇を軽く超えた。
「だからと言って、ヒトをやめてしまうことはないじゃないか」
『仕方がない。ヒトを超えてしまった私達は、もう女神の世界では暮らせない』
 だから"彼"は、ここに自分達の小さな世界を造った。女神の地球を見守るために。
「またサガとカノンになればいいだろう。二人に分かれれば、元に戻る」
 だが、その言葉に対して、目の前のジェミはどこか拗ねたような顔をした。
『簡単に言うな。わたしはカノンと離れたくないし、俺はサガを離したくない。やっと一つになれたのに』
 アイオロスは黄金の短剣を強く握った。女神が何故この短剣を持たせたのか、判ったのだ。
 ジェミニはどこか透明な表情で、そんなアイオロスを見つめ返した。
『ソレで、私をヒトに戻すつもりか?』
 黄金の短剣ならば、魂を二つに切り分けることも可能だろう。
 これは神殺しの神具。斬られたものは神として存在出来ず、輪廻に落ちる。既にほとんど神となりかけているかつての友を、これで刺し貫けば。
 しかしアイオロスは短剣から手を離した。黄金の刃は草むらに落ちてくしゃりと音を立てた。
「君が、君たちが決めたことならば、今度こそ邪魔をするつもりはない」
 ジェミニは目を丸くした。
「君たちの世界に、勝手に入ってごめん」
 それだけ伝えて背を向けると、この空間の出口へ向かって歩き出す。
 かつて双子であった存在は、その背に向かって静かに伝えた。
『…また、来てくれないか』
 神になっても、彼らの寂しがりやなところは変わらないのだなと、アイオロスは思った

(2008/5/23)
※双子エンドの場合ここで終了ですが、ロスサガENDを含むラダカノENDに進みたい場合は、このまま下記の後編をご覧下さい。

後編(カノサガでサガカノでラダカノ)


「それで、二人を置いたまま戻ってきたのか?」
 アイオリアの声には、非難よりも驚きが色濃く含まれていた。
「ああ」
 手短に返事をしたアイオロスは、座した椅子の背もたれに深く身体を預けている。
「それでいいのか、兄さんは!」
 異界へ飛んだ疲れは見えるものの、泰然と見える兄に対して、アイオリアの方が落ち着かない。
 そんな弟へ、アイオロスは獅子の兄に相応しい視線を向けた。
「良くはないさ」
 そう言って両指を組み、膝上へと置く。
「しかし…俺が何か言うと逆効果になりかねん。サガの説得ならばある程度自信はあるんだが、サガが俺に説得されると、その弟さんの方が素直でなくなる気もするし?」
 だから、と英雄は口元だけで笑った。
「適任者を送っておいた」


 異世界の扉をアイオロスよりも強引に開いて押し入ったのは、冥界三巨頭のひとりラダマンティスだった。広げた漆黒の翼は、射手座の黄金の翼に比して、形状も色も対極にある。
 彼は会うべき相手の名を呼ぶような悠長なことはせず、いきなり必殺技で一帯を吹き飛ばした。大地を覆っていた水面は、ラダマンティスのグレイテストコーションによって四方数百メートルに渡り蒸発する。辺り一面は濃い水蒸気で隠された。
 ラダマンティスは唸る獣のごとく怒っていた。剥きだしとなった大地へ、さらに必殺技を叩き付ける。技の威力で削られた中心地に、大きなクレーターが出来た。
 彼にとって、これは単なる訪問の知らせ代わりだ。この世界唯一の住人が姿を現すまで、彼はこの世界を壊し続けるつもりでいた。次の一撃を放つために再び小宇宙を篭め始めたラダマンティスへ、どこか呆れたような、苦笑交じりの声が響く。目指す相手は、柔らかな光と共に現われた。

『冥界の翼竜は、相変わらず乱暴だ』

 ラダマンティスは爛々と光る怒りの視線を変えることなく、その声の主へ顔を向けた。
「俺と闘え」
 激情のさなかにありながら、その声だけは揺るぐことなく落ち着いていて、真摯だった。
『闘う理由がないのにか』
 戦闘を申し込まれたジェミニが困惑したように答えるも、それは即座に切り捨てられた。
「俺とカノンにはある。闘う理由が!」
 叫びと共に、先ほどから溜めていた小宇宙が一気に膨れ上がった。光を凪ぐ冥界属性の闇。その力を全て一点に集中させてから爆発させる。破壊点となるその先は、目前のジェミニ。
 しかし、至近距離からの凄まじい攻撃を、ジェミニは片手を挙げて軽く受け止めた。
『無駄な事だ。お前の力では、私に届かん』
 実質的に、ラダマンティスの相手をしているのは一人ではない。三人分の魂を持つ双子によって、二乗どころか数十乗にも高められた小宇宙は、人の域を遥か超えている。ましてこの場は彼らの世界。
 それでもラダマンティスは攻撃の意思を翻す事はなかった。
「俺はカノンを生涯の好敵手と定めた。お前がカノンを含むと言うのならば、俺と本気で闘え!」
『よせ、翼竜』
 ラダマンティスは更に小宇宙を高め続けた。その負荷は翼竜自身の体をも傷つけ、冥衣が悲鳴を上げる。小さな亀裂の入り始めた冥衣を前に、ジェミニの方がどこか苦しそうな顔をした。
『お前の身体が、先に壊れる』
「お前がそれを言うか、聖戦では己の身体など省みず俺とともにGEを浴びたお前が!」
 黒の灼光が燃え立つほどにラダマンティスを包んで輝いた。
「グレイテストコーション!!」
 莫大な負のエネルギーが環状となり、ラダマンティスを爆心地として広がっていく。
 ジェミニは避ける事もせず、それを受けた。
 ジェミニの身体の周りでは黄金の光が弾け、冥界の闇と絡まっては流れ消えていく。
 莫大な力の奔流は空間の一部を歪めるほどであり、中心に立つ人間が無事で済むはずがない。
 事実、限界以上の力を放出し尽くしたラダマンティスは、神経を焼き切り、意識を失っていた。
 ジェミニは荒れ狂う空間のなか、まるでそよ風を押しのけるかのようにそっと翼竜へと歩み寄った。
 屈みこんで手を伸ばし、倒れ伏す翼竜の頬に手を当てる。ヘッドパーツはとうに吹き飛んでいた。
『お前とは闘えない…今の俺では闘えない』
 ジェミニが触れた箇所からは傷が消え、翼竜の顔へ血の気が戻っていく。
『……サガ、ごめん…俺は…』
 ジェミニの中のカノンの部分が、目を伏せた。
 今のままでは、どうしてもラダマンティスと対等に闘う事など出来ない。聖闘士は複数で一人と闘う事を禁じられているが、そんな規律を横に置いたとしても、今の自分に翼竜と命をかけて闘う資格があるとは思えなかったのだ。
『…俺だけの力で、こいつと戦いたい』
 そう呟くと、サガの部分は仕方ないなと笑った。
 ジェミニが手を翳すと、その中にはアイオロスの残していった黄金の短剣が現われた。



「あの双子は、もう少し自分達を待っている人間がいることを知った方が良いのさ」
 獅子宮で寛ぐアイオロスに対し、実直なアイオリアは複雑そうな顔だった。
「それはそうだが、そのために冥界の奴まで利用するなんて…兄さんて…」
「利用じゃなくて、協力」
 アイオロスはきっぱりと訂正すると、晴れやかな顔で付け加えた。
「カノンには三界を繋いで欲しいし、翼竜殿に頑張ってもらえると俺も個人的に助かるしね」
 個人的にというのは多分にサガ絡みだろうなと考え、アイオリアはさらに複雑な顔になる。
「兄さんて、案外教皇向きだったのだな…」
「そうか?俺は今でもサガの方が向いていると思ってるんだが」
 本気でそう思っているらしき兄を見て、アイオリアは突っ込むことを諦めると、二人分の珈琲を用意すべく台所へ去っていったのだった。

(2008/6/2)
拍手用SSより移動。アニメで合体した双子ネタを元に、前半はロスサガ、後半はそれに加えてラダカノです。いつものとおり捏造てんこ盛り。双子が1つに結ばれるラストも、それはそれで有りかなあと思うのです。でも前半だけだと寂しいエンディングでしたので後半をつけました。
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