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◆大馬鹿の壁


「ワイバーン、その…君はうちの愚弟と、いつから付き合っているのかな」
 場所は双児宮。
 冥界から、俺の私的な客分として招いたラダマンティスを相手に、サガがいきなり突飛なことを言い出したので、飲んでいた紅茶を噴出しそうになった。
 中身はイギリス育ちのラダマンティスが土産として持ってきたアールグレイ。手土産なんぞいらないと言ってあったのだが、妙にこの男は義理堅いところがあった
 動揺を抑え、落とさないようにエインズレイのカップをテーブルへと置き、情人の反応を見る。
 ラダマンティスは、兄の失礼な発言をまるで気にした様子もなく、にこやかに返した。
「知り合ったのは冥界でだが、カノンにはその後も公私共に世話になり感謝に堪えない」
「そうなのか、こちらこそ弟がいつもいらぬ世話になっているようで恐縮だ」
 二人の微妙な応酬の中、俺はちょっとした感動を覚えていた。

 サガは本来この手の話はまずしない。
 弟のプライベートに踏み込まない節度を持っているせいもあるが、彼にとって恋愛関係は苦手分野であり、興味の対象外だからだ。というか、そもそも恋愛オンチだ。
 なのに、どうみてもこの状況は、妬いているようにみえる。しかも俺に。
 一体どこで地雷スイッチが入ったんだろ。地雷万歳。
 内心の嬉しさが顔に出てニヤけないよう、手で口元を隠すように押さえていると、サガの矛先が今度は俺に向けられた。
 
「カノン、お前にも聞いておきたい。ワイバーンとはどこまでのお付き合いなのだ」
「どこまでって、…戦闘中に空の上まで付き合ったくらいだが」
「心中したというのは本当なのか」
「誰と誰がだ」
「お前とこの眉毛が」
「人の友達を眉毛とかいうな。失礼だぞ。心中などもしていない」
「友達から始めていると言う事か」
「他人から始めるとはあまり言わないな」
「では、もう他人ではない仲なのか」

 ちょっと会話が噛み合わない上、黒い方が混じった気もするが、あの無菌培養がここまで成長したかと思うと、頑張って日々密かにインプリンティング情操教育をした甲斐があったというものだ。

「そうだと言ったらどうする?」
 もう一押ししておくかと、わざと見せ付けるようにラダマンティスに寄りかかる。ラダマンティスもこちらの意図を汲んだようで、俺の腰に手が回され強く引き寄せられた。
 目の前で行き過ぎた友情を見せ付けられ、そろそろ対応可能範囲を超えるのか、サガが泣きそうに困った顔をしている。可愛いよなあ。泣けばいいのに。

「あ、兄として…応援はする…プラトニックなら…ギリシア的には問題ないものな
 プラトンの思想を無理やり間違えて解釈しようとしているサガ。
 戦略や戦闘では、あれほど天才的な能力を発揮する兄が、どうして恋愛方面ではここまで馬鹿なのか不思議だが、馬鹿な子ほど可愛いもんだと思ってしまう俺もまた、兄バカなのだろう。
 抱きしめてくるラダマンティスに身を預け、顔を向けると、絶妙なタイミングで唇を軽く奪われた。

『ガタン』
 サガにはここが限界だったようだ。
 音を立てて挨拶もそこそこに立ち上がると、邪魔をしてすまないと奥の自室へ逃げていった。

「あはははははっ」
 サガの姿がみえなくなると、抑えきれず思わず腹を抱えて大笑いした。笑いすぎて涙まで出てくる。そんな俺を見て、ラダマンティスが呆れたように「悪趣味だな」と零す。
 なおも笑っていると、俺の顎を捉えられ、強引に相手の方へ向けさせられた。
「兄弟仲が良いことは結構だが、俺はダシのままで終わるつもりもない。お前が兄を追うのなら、俺はそれごとお前を手に入れる。」
 そうして今度は噛み付くように、激しい口付けが降りそそいだ。
 オレはそっと翼竜の背に手をまわす。

 幸せだった。
 このままサガとラダマンティス、どちらに殺されても良いくらい、オレは幸せだった。

 ああ、愛する者達よ、みんな壊れてしまえ。



(−2006/9/13−)

A×BかつB×Cな関係があった場合、Cは大変複雑である気がするんですが。
自分を抱く男が、別の男には抱かれている。リバ萌え。
と言いつつ、この話での双子は肉体関係なし。