6.一人美人局/7.因果応報/8.黄金の薔薇/9.血と暴力と死/10.終焉回帰
◆一人美人局…黒サガはタナトスを利用しつつもキライ
「本来であれば、軍神である貴女と死を司るオレは、仲良くあっても良いはずだとは思わないか」
タナトスがアテナに言葉を向けた。
二神は向かい合ったソファーへそれぞれ腰を下ろし、見かけ上は和やかに話をしている。だが、間を流れる空気はとても柔らかいとは言えない。
「ご冗談を。私はアーレスとは違います。街を護り、戦場において一人でも貴方に取られぬよう戦略を張り巡らせるのが務めですよ」
少女とは思えぬ威厳でアテナが微笑む。タナトスも口元だけで哂った。
「ならば、なおさら諍う理由はないな。ここは戦場ではない」
「そうですね、ここは戦場ではなく私の治める聖域ですから、このように許可無く勝手に何度も侵入されては困ります」
「ほう、地上で死の訪れを拒める場所など、無いはずだが」
「貴方の本来の務めのためであれば文句は申しません」
女神はそう言うと視線を部屋の奥へ向けた。
そこには倒れ伏して意識を失い、弟に看病されているサガがいた。
女神は冷たい目でタナトスへ視線を戻す。
「サガが許可を出したならばと、今までは貴方が双児宮へ足を運ぶのも黙認しておりましたが、今日は随分と無体をしたようですね。一体何をしたのです」
タナトスは肩をすくめた。
「無体をされたのはオレのほうだ」
「図々しい言い分ですこと」
「本当なのだが。オレはいつもどおりにしようとしただけ。しかし突然黒い方が沸いた」
「黒い方のサガが出てくるほど嫌だったのでしょう」
「失礼な、合意だったと言っているだろう。良い雰囲気だと思って踏み込んだら、突然黒化してギャラクシアンエクスプロージョンが放たれた。あれは一人美人局か?」
状況がわかってきて、女神も多少咎めの切っ先を緩めたものの、タナトスが聖域に侵入した上、サガを倒したとなると捨て置くわけにはいかない。
「それで大人気なく、神の力でサガに反撃したというわけですか」
女神にとっては招かぬ冥界の客だ。苦情を言うのに遠慮する謂れは無い。
しかし、タナトスの言葉は意外なものだった。
「いいや、ただ防いだだけだ。嫌がる者を押さえつけるのも一興だがな」
「では何故サガが倒れているのです!」
女神の問いにタナトスはさらりと答えた。
「前日に励みすぎて寝不足のところへ、黒サガが全小宇宙を放出したからだろう」
「………」
聞くんじゃなかった。
女神はサガが目を覚ましたら、きっちり小言を言わねばと決意した。
(2007/12/18) 1年くらい格納を忘れていたSSS…
◆因果応報…たまには黒サガをやりこめるタナトス
自ら死を選んだサガは、他の人間よりもタナトスとその影響に弱い。
しかし、サガの中でも黒の意思を持つほうの人格は死を選んでいない(ある意味死んだ事もない)ため、タナトスの影響を受けなかった。
相反する性格そのままにタナトスを拒絶する黒髪のサガを、タナトスは怒るでもなく面白そうに眺める。
「相変わらずお前の方は、色気のないことだ」
「そう思うのであれば、私に構うな」
紅く燃える瞳で睨み返すも、タナトスは動じない。それどころか、なおもからかうように顔を覗き込む。
「半魂をオレが捕らえているのが許せぬか」
「……」
その問いを無視した黒サガの反応そのものが、タナトスへの回答であった。
「クッ…ハハハ!」
「…なにが、おかしい」
怒りを押し殺した声を黒サガが吐き出すと、タナトスは嘲笑の色を浮かべた。
「アレをオレへと差し出したのは、お前ではないか」
「なんだと」
「もう一人のお前は本来光の側にいた。だがそれを影の側へと突き落としたのは誰だ?お前の野望のために払われた犠牲の前で、あの者がどれだけ死を望んだか知っているか。それでもアレは死ぬ事が出来なかった。女神が戻るまでは聖域と地上を守り、万が一にも女神が戻らぬときには、己が聖域を率いて聖戦に備える義務があったからだ。13年間かけて、胸の奥でアレはオレに焦がれ続けた。女神の前で自死を選んだ時、アレにとって死は歓喜と同義であった」
「違う。あの歓喜は女神に対するもの」
「同じだ。『サガの死』によって、小娘は真の意味で聖域の女神となったのだから…忌まわしい事だがな」
だから、とタナトスは続ける。
「お前がオレに今更腹を立てるのは、滑稽なうえに勝手であるとは思わぬか」
黒サガは、ただ唇を噛みしめるしか出来なかった。
(2008/11/6)
◆黄金の薔薇…タナトス VS アフロディーテ
目の前に立ちふさがった魚座の聖闘士アフロディーテを、タナトスは最初、足下に踏みしだく雑草程度にも見ていなかった。
ただ、美の女神の名を持つほどの美貌と、それに見合う絢爛な小宇宙が、彼の気を惹いた。
黄金聖衣を身にまとい、周囲に深紅の薔薇を従わせるその姿は、人間であれタナトスの審美眼に充分適うものであったのだ。
女性にも見まごう花のかんばせをタナトスへ向け、魚座の主は畏れることなく毅然と言い放つ。
「いま双子座は体調を崩している。死の神である貴方の来訪は、ただの風邪をも重篤なものとするだろう。申し訳ないが、引き返しては頂けまいか」
丁寧ながらも、神への言上としては腰の低くないその態度を、常であればタナトスは不遜と切り捨てたろう。だが、今日の彼は怒ることもなく、面白そうにアフロディーテを見下ろした。
「なれば、お前がアレの代わりを務めるか」
毛色の違う玩具を見つけた時の子供のような、無邪気で残酷な視線。
タナトスが死の小宇宙を強めると、周囲に咲き誇っていた薔薇は黒ずみ、急速に萎びて花弁を散らせていく。アフロディーテは眉を潜め、我慢できぬというように、表情を一変させて言い放った。
「あの人がお前を受け入れているだけでも業腹だというのに、この私まで望むだと?寝言は貴様の兄弟神の前だけにしてもらおうか!」
怒りで黄金の小宇宙がチリチリと弾ける。
アフロディーテの小宇宙はさらに光を増し、聖域のアテナの小宇宙を取り込んで膨れ上がった。そして、そのまばゆい小宇宙は茨の蔓を伝い、見る間に薔薇の花を咲かせていく。
それは、アテナとピスケスの小宇宙の混じりあった、輝く黄金の薔薇だった。
小宇宙とは命の真髄。
その光で咲く花の結界は、死の神タナトスの顔を顰めさせた。
アフロディーテの小宇宙だけであれば難なく吹き飛ばせたであろう花陣も、ここ聖域で、アテナの小宇宙を土台にされては分が悪い。タナトスであればこそ踏みとどまっているものの、凡百の魔物程度であれば消し飛ぶであろう威力の封魔陣なのだ。
「成る程、それが十二宮最後の防御を任された者の実力という訳か」
タナトスは肩をすくめ、自らの小宇宙を納める。
それに合わせ、アフロディーテのほうも薔薇の香気を沈めた。
だが、タナトスは一矢返す事も忘れない。
「サガに伝えるが良い。治り次第エリシオンへ足を運べと」
黄金の薔薇も、人の心に根付いた魔を払う事までは出来ない。
アフロディーテは無言で毒薔薇を投げつけ、それへの返答とした。
(2009/5/8)
「サガ VSアフロディーテならサガが勝つけれども、サガが負けてしまうような敵でもアフロディーテならば圧倒的に勝てる場合がある」というように、ジャンケン関係のごとく、黄金聖闘士はそれぞれが最強であって欲しいなあ…という願望によるSSでした。
◆血と暴力と死…ヒュプノスとサガの会話
「タナトスは血と暴力を好む」
とヒュプノスは言った。サガは首を傾げる。
「死の神であるのにか?」
「死の神だからこそだ」
「血も暴力も生の最たるところだと思うが」
「そうだな、あれはどこかで命を好んでいるのだろうよ」
なるほどとサガは呟き、また転寝の中へと戻っていった。
(2009/9/11)
◆終焉回帰…生を捨てているサガ
死の神の来訪にも最近は慣れ、女神のお目こぼしに感謝しつつ迎え入れる。タナトスは双児宮を『とり小屋』と称しながら、来客用のソファーの真ん中にふんぞりかえるのが常だ。エリシオンの離宮の数々に比べれば確かに狭いかもしれないが、もともと戦闘用の守護宮に仮住まい用の施設がついているだけなのだから、これでも充分広いほうだと思う。そう伝えたら『広さだけの話ではない。お前という鳥が飼われている場所だからだ』と返された。『うさぎ小屋と言い換えても良いぞ』と提示されたが、お断りする。どうもタナトスの中でのわたしは、動物とそう変わらないように思う。
タナトスが望むので、わたしもソファーの端へ腰を下ろして膝を貸す。一体、誰かに膝枕などをした記憶を探るには、何年遡らなければならないだろうか。まだ黄金聖闘士たちは子供ばかりで、純粋に女神をお守りすることを目指していた遠い昔。あの頃まで遡っても、膝を貸すほど親しかった相手は…ほとんどいない。そのうちの一人は汚名を被せて殺してしまったし、もう一人は水牢に閉じ込めて追いやってしまった。
聖戦後に皆生き返ってはきたものの、全てが元通りとなるわけではない。多分、もうわたしに触れてくるものなど居ないと思う。
「サガ」
タナトスがわたしの名を呼び、膝から見上げる瞳と視線が絡む。
かの神の瞳には瞳孔が無く、不思議な銀色の意思が満ちている。
「オレを前にして、他のことなど考えるな」
その言い分がまるで人間のようで、知らず微笑みが零れた。
全てを想いの外へ置き、死だけを見つめる。
「生きていた頃のお前に優しかったのは、死(オレ)だけだろう」
そんな事を言うタナトスの頬を静かに撫で、わたしは心の中で蘇生後何度目かの生へのさよならを告げる。今しばらくは黄金聖闘士の手も必要だろうが、そろそろ体制も戻りつつある。
聖域が再建されたのちには、そっと彼の元へ帰ろうと思った。
(2009/9/13)