1.非勧酒/2.二日酔い/3.新月/4.歪月/5.利点
◆非勧酒…飲み会で黄金仲間+酔いサガ
酒の席でデスマスクが白サガをからかったのは、気安さのせいもあっただろうが、主に酔いのせいだろう。そうでなければ、あのサガに夜の経験の有無を聞くなどという、男子中学生の修学旅行のような馬鹿な真似はしない。ああみえてデスマスクはとても如才なく、また話題選びもスマートな男なのだ。
同僚の言動を酔っ払いの戯言と断じつつ、サガがどのように返答するか耳を傾けてしまう自分を、シュラはこれまた酔いのせいだと考える事にした。
十三年間を振り返って考えれば、サガの人間関係など黒サガが手慰みに精神的な火遊びもどきを楽しむ程度で、それすら自分の知る限りでは誰かと褥を共にしたことなど無い(筈だ…)。
そもそも仮面をつけたままの偽教皇に、そのような暇も機会もない。正体のバレることを畏れていた彼が、遊び程度で無闇に他人と接触を持とうとするわけも無いし、自己愛ぎみなところのある黒サガが、自分の身体を簡単に他人に触れさせることを好むとも思えなかった。
黒サガは生理的欲求を戦闘や策略で存分に晴らし、白サガはセルフコントロールで欲望を綺麗に抑えていた…シュラはそのように思っていたし、実際それは正解に近かったのだ。
だから、やはり酔っているのであろうサガがさらりと零した一言に、真面目なシュラは対処できず凍りついた。
「私とて寝た男との想い出くらいあるぞ」
凍りついたのはシュラだけではなかった。
自分が尋ねておいて、ポカンと口を開けたのはデスマスクだし、その横で笑顔を引き攣らせていたのはアイオリア、笑顔のまま怖いオーラを発していたのはアフロディーテ…そして瞬間的にカミュに負けぬほど周囲の温度を下げたのはアイオロスとカノンだ。
飲み会に参加してその場に居た他の黄金聖闘士たちは、サガの言動だけでなく、サガの言動による関係者たちの反応の方にも凍り付いていた。だから、彼らが一斉に『やぶ蛇め!』とデスマスクを責める目で睨んだのは当然だろう。
デスマスクもまさかそんなリアクションがあるとは想定外であったため、責められるのも気の毒な立場ではあったのだが。
(28歳の健康な男なのですから、寝た経験があるのは構わないですが…)
(今、何気なく寝た男って言わなかったか?)
(確かに言っていた)
(愛の前に、性別の差など些細な問題と思うがね)
(些細で済ませるのは貴方だけですシャカ)
(いや、些細でいいけどさ…どうすんだよ、あのアイオロスとカノンを…)
比較的第三者位置にいる黄金聖闘士メンツがひそひそ話す中、カノンとアイオロスの笑顔が不自然なほど爽やかになっている。あきらかに無理やり表面に貼り付けている笑顔だ。二人とも小宇宙の方は今にも雷鳴が轟きそうなほど暗雲化している。
そんな中、真面目なシュラはまだ現実に対応できていなかった。
しかも酔っているサガは更なる爆弾発言を零した。
「いや…あれはプラトニックになるのか…?定義が良く判らぬ…」
冥府における実体を伴わぬ精神体としてのサガとタナトスとの交流は、ある意味肉体を通していない。
いないが、だからといって18禁を超えた関係をプラトニックと表現するのが正確であるわけが無い。
半端なサガの呟きのせいで、いっそう周囲の温度が下がった(特にアイオロスとカノンとアフロディーテの周囲)。触らぬ神に祟りなしと、微妙に他の黄金聖闘士たちが距離をとっていく。
シュラはぐっと手にしていたグラスの酒を飲み干した。
13年間以外のサガをシュラは良く知らない。当たり前のことなのだが、それが酷く悔しかった。
強いストレートのウォッカに、一瞬クラリとする。
彼は勢いのまま会場の空気を読むことなく反射的にサガの前へ歩いていった。
サガがきょとんとした顔でシュラを見る。その目元が赤いのをみると、かなり酔っている。
人前でこの人が酔うなど、13年間では考えられぬ事だと思いながら、シュラはサガに願い出た。
「オレも貴方と想い出を作りたいのですが」
実はサガよりも酔っていたのはシュラだった。
シュラの発言を聞いて、これは収拾がつかなくなると判断した黄金聖闘士たちは光速で逃げた。
だから、その後残されたメンバーの間で何があったのかは誰も知らない。
けれども、翌日に元凶であるシュラとサガが揃って二日酔いの上、前日の記憶が飛んでいたものだから、皆はそれに触れることは避けた。そして、
(真面目な人間を酔わせるのはやめよう)
そう決意したのだった。
(−2007/8/21−)
拍手SSより移動。飲み会でも唯一シラフだった未成年のアイオロスは、現在の年齢差もあって、相当やきもきしてます。
◆二日酔い…説教カノン
「兄さん、ちょっとそこへ座りなさい」
早朝の双児宮、カノンがサガへ話があると告げた。
窓の外には晴れやかな空が広がり、鳥の声も聞こえてくる。その爽やかさとは対照的に、サガはといえば、まだはっきりしないボンヤリとした表情で、いかにも寝起きの様相をみせていた。
珍しく髪も乱れていて、常の身だしなみ整った彼からは程遠い。
「朝早くからなんだ。それはいつもの私の真似のつもりか…悪いが声を抑えてくれ、頭に響く…」
サガはだるそうな素振りで頭を抑えた。見るからに二日酔いだ。
カノンは言われたとおり声を穏やかに抑えたものの、引く気は一向になさそうだ。
「お前はむかし、二日酔いするほど飲むのは自制が出来ぬ証拠だと、酔って朝帰りしたオレに説教したろう。いや、今はそのような事はどうでもよい。昨日のアレは本当なのか」
「アレとは何だ…それよりみずが欲しいのだが…」
弟はため息をついて、用意していた水差しからグラスへと冷えた水を汲んでやる。
サガは動きだけは優美にそれを受け取ると、ゴクゴクと一気に飲み干した。もう一杯とカノンにねだり、注がれたそれを半分ほど喉へ流し込んで、ようやく落ち着いて弟の顔を見る。
十三年間のサガは正体を無くすほど飲むような隙は作れなかった。そのように気を許して飲めるのは、ある意味幸せな状況だとはカノンも思う。しかしだ。
「何だ、じゃあない。お前…本当なのか」
「だから何がだ」
「お前が男と寝たことがあるというアレだ」
サガは目をぱちりとさせた。
「何故お前が知っているのだ」
「覚えていないのか!自分で言ったんだろ!」
「大声を出さないでくれ、響く…」
またサガが顔をしかめて頭を抑えた。そして軽くため息をつく。
「酒とは恐ろしいな。まったく覚えておらぬが、この私がつまらぬ私事を酒の肴に提供するような愚行を犯したということか。此度の事で酒量もわきまえたことだし、今後は控える事にする」
自省はしているものの、それほど深く捉えている様子には見えぬ兄の反応に、カノンはあっけにとられた。
「寝たことの否定は、しないのか」
「別に隠すような事でもあるまい…?」
不思議そうにサガが答えるので、カノンは更に絶句した。どうもこの兄は世俗に疎いだけあって、一般的な感覚を理解していないようだ。反応がズレている。それとも故意なのか。
「いつだ!シュラ達が知らなかったってことは、オレが不在の頃の聖域での事ではないだろう。まさかその前か!?」
「カノン、また声が大きくなっている…」
サガは自ら水差しを手にして、またグラスに水を注ぎ足した。
「流石にそこまで幼い頃に経験など無い…しかし、何故そのようなことを気にするのだ。兄弟とはいえ、お前に話さなくてはならぬような事でもあるまい」
「っ…それは、そうだが」
ぐっと拳を握り締める。
それでも知りたいのだ、とカノンは表情と視線だけで伝えた。
サガは冷えた水の入ったグラスを頬に当てている。ひんやりとした感触が心地よいのだろう。目を閉ざして…上手くカノンの視線から逃げた。
「サガ!」
思わずカノンの声が荒くなる。
サガは目を閉ざしたまま溜息をつき、『冥界で』と答えた。
(−2007/8/23−)
タナトスの刷り込みのせいで、サガの倫理観にも相当問題が出てきてるといいなという願望。
◆新月…たまに黒に頼られる蟹
夜半にサガが巨蟹宮へ侵入してくる気配に気づき、デスマスクは寝台から身を起こした。
サガといっても髪の黒い方だ。彼はかつての側近たちの宮の中へは許可を取る前に勝手に入り込んでくるので、いつしか慣れて出迎えることなく、己の元にまでたどり着くのを待つようになっている。
聴覚を研ぎ澄ませ、サガの足音を聞いた。サガも巨蟹宮では足音を隠さない。コツコツと静かな靴音を真夜中の守護宮へと響かせながら、ローブの衣擦れが近づいてくる。やがて目の前へ密やかに黒髪の暴君が姿を見せた。
(顔色が悪い)
デスマスクは直ぐにそう思った。青ざめてみえるのは闇に紛れているせいではない。
「どうしたんだよ、オイ」
体調でも悪いのかと椅子を勧める。だがサガは首を振った。その瞳からは激しい怒りが伺えたが、その怒りは周囲に発せられる事は無く、どこか自暴自棄に感情を打ち捨てているようにも見えた。
「アレに身体を任せると、碌なことをしない」
サガはそれだけ言うと、デスマスクの休んでいた寝台へと倒れこんできた。慌てて彼が休めるだけの空間を空け、自身は寝台から降りる。アレというのはもう一人の白い彼のことだろうとデスマスクは見当をつけた。
「一体何があったんだ」
問うもサガは口を開こうとしない。ただ傷ついた獣のように歯を食いしばり、寝台で何かに耐えていた。こういうときの彼に返答を求めても無駄であることをデスマスクは知っている。せめて布団をかけようとして、デスマスクはサガのものではない小宇宙の痕跡に気付いた。
強い小宇宙は香水のように存在を残す。サガの小宇宙にかき消される事なく残留するほどの強力な小宇宙の持ち主について、デスマスクは心当たりがあった。これは間違えようの無い死(タナトス)の気配。
「何やってるんだ、アンタら」
「…」
唸るようなサガの呪詛が聞こえる。デスマスクは自分の危惧が正しい事を直感した。
「あの二流神にイイようにされて、逃げ帰ってきたってワケ?」
呆れたように吐き捨てたとたん、デスマスクの頬を殺気の篭った凄まじい風圧がかすめる。力が一点に収束しているために壁が吹き飛ぶこともなく、背後の壁に拳大の綺麗な穴があいた。
「そのような事を、させるものか」
宵闇の中でも炎のような紅い瞳が怒りに燃えている。その言葉に嘘は無いようだ。
色事には長けたデスマスクは、サガの来訪の意味を理解した。おそらくどうにかしてタナトスと白のサガの行為を途中で止めさせたのだろう。巨蟹宮でタナトスの小宇宙の残滓が消えるのを待ち、死の神によって高められたであろう性への欲求をも鎮めるつもりなのだ。
誇り高い彼がこんな姿をカノンへ見せるわけが無いし、ましてやアイオロスやシュラの宮へ行くわけもない。自宮へも戻れず人馬宮を通れないとなると、デスマスクを頼るほかないのだ。頼ると言うよりは「利用」かもしれないが。
それでも自分が彼らとは別の意味でサガの特別である自負がデスマスクにはあった。
「解消、手伝ってやろうか?」
ニヤニヤしながらデスマスクが声をかけると、射殺されそうな視線が返された。無論デスマスクも本気ではない。
「まあ、勝手にそこで休んでけ。俺はソファーで寝っから」
自分用に毛布を1枚ひっつかんで、寝室を後にする。黒サガが何かを言いかけていたが、デスマスクは気づかないフリをした。手負いの野獣に手を出して噛み付かれることなど怖くないが、野獣の弱った姿は見たくない。だから捨て置いたまま、隣室のソファーへごろりと横になる。
(明日は二人分の朝食を用意しなきゃならんのか。面倒臭えな)
デスマスクはそんな事を思いながら再び眠りについた。
(2008/7/30) 手負いの野獣は放置が一番
◆歪月…ラダカノ前提で双子+シオン
夜半に双子を呼びつけたシオンは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「そなた達、冥界の者と付き合いがあるというのはまことか」
参じた双子が膝をついて、拝謁の姿勢を見せると同時に尋ねる。
双子は顔を見合わせた。
何を言われているのか全く理解していない顔で、サガは涼しく答えた。
「三界会議などで面識も増えましたので、交流もそれなりに御座います」
カノンが続けて婉曲に答えのはワザとだ。
「私は海将軍筆頭でもあり、各界との繋ぎを持つ必要がありますから」
シオンや童虎、そして女神の前では語調を整え『私』と称するカノンであった。
教皇はぎろりと二人を睨む。
「そういう意味ではない。おぬしらが個人的に持つ付き合いについてだ」
言外にラダマンティスとタナトスの事だと示唆する。
プライベートな話題を振られて、カノンはがらりと口調を変えた。
「聖域では個人の私生活にまで口を挟むのか?心配せずとも公私混同はしない」
「お前はそうだろうが、相手はどうなのだ。信用出来る相手なのか」
「さあな」
「さあな、ではない。何かあって痛い目を見るのはお主なのだぞ!」
口やかましいものの、シオンはシオンなりに二人のことを心配しているのだとわかり、カノンは苦笑した。
「いや、そういう事ならなおさら口出しは無用だ。何があろうとそれはオレの責任で、聖域に迷惑はかけない。それに、あいつ…ラダマンティスも公私のけじめはつける男だ」
翼竜の名が出たことで、隣にいたサガがようやく今の話題の方向性に気づく。
サガは首をかしげてシオンに伝えた。
「私は別に誰とも付き合っておりませんが…」
「サガよ。お主がよくタナトスを双児宮に呼び込んだり、冥界のエリシオンを訪れていることを儂が知らぬと思うているか」
はっきりと元敵神の名前を出されても、まだサガは良く判っていない顔をしている。
「確かに仰せの通りですが、それが何か…」
「貴様らが大人の関係を持っているのではないかと言っておるのだ!」
具体的に言わねばならなくなったシオンは、内心情けなさに涙した。
サガはどうも人心掌握や他人の気持ちを推し量ることは長けているのに、己に関しては鈍感なところがある。嫌な予感のとおり、まだサガは良く判っていない顔だ。
「それは、寝たことがあるかという事でしょうか」
「そのとおりじゃが、はっきりと申すな!聞きたくもないわ!よりにもよって、何故タナトスのような悪神と付き合っておるのだ」
「その、ですから付き合っておりませんが…」
「なんじゃと?」
「タナトスは基本的に人間など塵芥扱いです。私に対しても気の向いた時に呼びつけるだけで、付き合うなどという対等の関係ではないのです」
シオンは絶句したあと、つとめて冷静に、声を低めて尋ねた。
「つまり、お主は適当に遊ばれているのが判っていて、それに甘んじていると?」
サガは目を見開き、少し考えて答えた。
「そう言われてみると、そうかもしれません」
「なお悪いわ!!!!」
「この愚兄が!!!!」
シオンとカノンが同時に叫んだ。
「な、何故カノンまで一緒になって怒るのだ」
「これが怒らずにいられるか馬鹿サガ!」
「私も公私混同するつもりなどないが…」
もぐもぐ弟へ返すサガの頭に、シオンの鉄拳が落ちた。
「もはやそのような問題ではない!黒い方のお前は何をやっておるのだ!もう少し片割れの私生活を監督せよと伝えろ!」
散々二人に怒られたサガだったが、説教の最後まで良く判っていなさそうな顔をしていたことから、二人の怒りの理由を把握していないことは明白だった。
かつて自ら死を選んだ白サガは死の神タナトスの影響を受けやすい。しかし、現状それだけが原因ではなかろうとシオンは頭を抱えた。
(2008/7/14)
◆利点…黒サガ独白形式で黒+カノン会話
私を呼び出すとは一体何の用だ愚弟。
は?もう一人ならともかく、私に愚弟呼ばわりされたくない?
喧嘩を売るために呼び出したのか。良い度胸だな。
違うのか?ならば早く用件を話せ。
何故アレが死の神と関わる事を許しているのか…だと?
許してなどおらぬわ。全く忌々しい。自刃などするから魂が歪み、タナトスなんぞの影響を受けやすくなってしまうのだ。あの馬鹿は。
ではどうして勝手にさせているのかと聞くのか。
フン…まあ、敢えて言えば、害がないからだ。
アレがいくら冥界へ通おうが死に惹かれようが、アレのタナトスへの感情は、私を浸食しない。また肉体の死を選ぶほど歪みが広がるのならば別だが、女神の信任がある限り、もう自分で死ぬような真似はしなかろうしな。
サジタリアスやお前の方が、余程私を浸食する。
お前たちへ対する感情は、アレを通して私を変えてしまうが、そういった危惧がなければ、アレが多少羽目を外そうが黙認してやるさ。
それに、タナトスを相手にさせていた方が、他の者への牽制になる。
アレを一人身にしておくと、手を出してきそうな輩も多そうなことであるし。
現状の方が都合がいい。有体に言えば、そんなわけだ。
…何故そこで睨むのだ。
真面目に答えてやったというのに、わけのわからない奴だな。
(2008/9/16)