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◆ツインラジオアイソトープ


 頭上に広がる空は、天高く澄みわたっている。
 空気が乾燥しているためか、闘技場へ足を踏み入れた二人の足元では、踏みしめるたび砂埃が舞い上がった。
 同じ訓練用の服を着用し、隙のない身のこなしで歩む彼らの外見はとても似ていた。一人は褐色の肌に銀髪で、もう一人は正統派ギリシア系の金髪だということを除けば、ほとんど双子と言っても差し支えないほどだ。
 彼らはそのまま中央まで歩いていき、軽いストレッチを始めている。
 二人の名はカノンとデフテロス。現双子座聖闘士の片割れと、前聖戦時双子座聖闘士の片割れである。
 本来ならば出会うことなどありえぬ二人だが、女神がクロノスの多次元湖を使って以来、聖域の過去と現在を結ぶ縁が強化され道が開きやすくなっていた。そんな中、次元のねじれに巻き込まれて(正確に言えば冥闘士のメフィストフェレスに異時空技マーベラスルームを食らって)現代に姿を見せた先輩双子座を、当代双子座が面倒を見るという珍事が発生し、今に至っているのだった。

 邂逅した双子座同士が何よりもまず手合わせを望んだのは、戦士として、また聖闘士として無理からぬことかもしれない。闘技場の二人は何も言葉を交わさぬものの、抑えきれぬ小宇宙と期待に煌く瞳が対戦への喜びを雄弁に物語っている。一触即発でいて心地よい緊張感が双方を取り巻く。
 カノンが拳を自分の手のひらにパシリと打ちつけると、それが戦闘開始の合図となった。
 次の瞬間、二人から凄まじいまでの小宇宙が吹き上がる。互いの背に流れていた長髪が華やかに逆巻いて広がり、それはまるで金と銀の花が開いたかのように見えた。どちらも力強く雄大な銀河を思わせながら、カノンの小宇宙は海龍としての水属性を帯び、デフテロスのそれは溶岩の火属性を帯びて反発している。
 デフテロスの小宇宙はそのまま具現化し、灼熱の溶岩と化して大地を覆った。様子を見ているカノンへ向けて、先手必勝とばかりデフテロスの必殺技が放たれる。
「マウロス・エラプション・クラスト!」
 大地を鳴動させる火山にも似た激しい破壊の衝撃がカノンに襲い掛かった。

 一方、それを観客席から見つめる人間もまた瓜二つの組み合わせであった。こちらは戦闘服でないためか、穏やかそうな大人の雰囲気を醸し出している。
 デフテロスの放った技を見て、白の法衣を着た金髪の青年…サガが興味深げに身を乗り出した。
「あれは?ジェミニ伝承の技では無いようだが」
 それに対して応える黒の法衣の男は、もう一人の前双子座聖闘士・アスプロスだ。どこか高圧的な雰囲気を持つ彼は、足を組んだ姿勢で闘技場を見下ろしている。
「ああ、弟がカノン島で独自に編み出したものだ」
「なかなかの威力のようだが…」
 遠慮がちに言いよどむサガを、アスプロスは一笑して言い放つ。
「凡百の敵ならばともかく、双子座の聖闘士には通用せぬとハッキリ言って良いぞ。先手を打つのであれば、出し惜しみせず最終奥義を放てばよいものを、あれは優しいゆえ遠慮をしているのであろう」
「遠慮?カノンに対してか?」
「いいや、俺に対して」
 アスプロスの返事にサガは不思議そうな顔をする。会話の合間にも闘技場ではカノンがゴールデントライアングルを放った。強引に相手の技のエネルギーを吸い込む返し技だ。もっとも、すべてを相殺する事は適わなかったようで、一帯の地表は砕けて割れ、吸い切れずに溢れた業火が噴火のごとく降り注いでいる。
 楽しそうにニィと口元だけで笑うカノンではあるが、かなりのダメージを食らっている筈だ。
 カノンはそのまま攻撃を繋いでギャラクシアンエクスプロージョンの体勢に入った…入ろうとした。しかし、それを見たデフテロスの顔色が変わった。
「貴様、どういうつもりだ!」
「は?何だいきなり」
 とつぜん怒鳴られたカノンはそのまま固まり、訳もわからず目を丸くしている。
「その技は神聖不可侵なアスプロスの…いや、双子座聖闘士の究極奥義!軽々しくこのような場で使ってよいものではない。兄に申し訳ないと思わないのか!」
「どうしてそこで兄が出てくる」
「なっ…ここまで説明しても理解しないとは…」
 デフテロスが憤懣やるかたないといった様子で、さらに溶岩を渦巻かせている。しかし、カノンにはやっぱり意味が判らない。
「ちゃんと威力は落として使用するつもりだったぞ?聖衣なしでとはいえ、本気で放てば闘技場など吹き飛んでしまうからな…それとも逆か?技の威力を落として汎用化しようとしたのが気に入らないのか?」
 それを伝統ある奥義に対する敬意のなさと捉える者もいるかもしれない。だが、言い返しながらカノンはまだ首を傾げていた。聞いているデフテロスの反応が微妙なのだ。どうも言いたい事は違うらしい。案の定デフテロスは怒鳴った。
「そういう問題ではない!あれは兄さんが必死に邁進して真髄を得た技!兄用の技なのだ!」
「は?」
「奥義を放つときの兄さんの美しさときたら、それは言葉では語りつくせない。あれを見た後では、俺などが放つのは冒涜に思える。しかもこのような場で使用するなど…お前は自分の兄を愛していないのか!」
 GEのポーズを取っていたカノンは、完全に固まった。

 観客席ではカノンと同じように固まったサガが、それでもアスプロスの顔を見る。
「そんな双子座ルールは初耳だが」
「気にするな、デフテロスの独自ルールだ」
 微妙な顔をしているサガに対して、アスプロスは何故か自慢げだ。闘技場に響きわたる弟の告白も当たり前のように受け入れている。ちなみに闘技場は双子たちの占有使用ではない。中央の平らな訓練エリアは双子座同士の激突の余波を避けて誰もいないが、地面を取り囲む階段状の観客席エリアには訓練生や白銀以下の聖闘士たちが何人も見学をしているのだ。
 デフテロスの大音声を聞いた彼らの視線が、闘技場中央の双子たちと観客席の双子たちの間を往復している。しかし、その視線をアスプロスは賞賛と受け止めているらしい。
(…わたしには先代ジェミニの思考回路が理解できない…)
 サガとてかなり特殊な思考回路を持っているのだが、彼は自分を棚に上げた。だが、アスプロスの態度を見ていると、弟に愛を叫ばれる彼が少しだけ羨ましいような気になってくるのが不思議だ。
 アスプロスは立ち上がり、ゆっくりと中央へと降りていった。広がる熱気と溶岩をものともせずに歩いていき、弟たちの前に立つ。喜色をあらわにして振り向いたデフテロスを、アスプロスはそっと抱きしめた。
「…兄さん」
「対戦の途中ですまぬな。だが、どうやらきちんとルールを決めて仕切りなおした方が良いようだ」
 兄に抱きしめられているデフテロスが、見えぬ尾をぶんぶんと振っているのを、まだ小宇宙を習得すらしていない雑兵たちまで心の目で感じ取ることが出来た。
 目の前で広げられている情景に、固まっていたカノンもようやく反応した。
(な、なんだこいつらは…)
 それは対抗心とも反発心ともとれぬ不思議な感情だった。何のてらいもなく兄に懐いているデフテロスを見ると殴りたくなる。しかし、何故そうしたくなるのかは判らない。深く考えたくもない。
 けれども、負けるのは悔しかった。カノンもまた大音声で怒鳴った。
「サガ、ちょっと来い!」
「何だカノン、急に」
 普段であれば命令形の口調に不服を唱えるサガも、その剣幕に何も言わず隣へテレポートする。カノンはサガをぎゅうっと抱きしめてデフテロスへ言い放った。
「愛はともかく、オレの兄も神のようだと讃えられた美しさなのだぞ!しかも、お前の兄と違ってきちんと聖域の簒奪に成功した!」
 アスプロスに抱きしめられて上の空となっていたデフテロスも、兄への言及には黙っていない。
「アスプロスとて俺が邪魔をしなければ成功していたのだ!お前の兄が成功したということは、お前の制止が生ぬるかったというだけであろう!」
「オレは制止などせん。むしろ勧めたぞ!」
「何!貴様には聖闘士の自覚はないのか!」
「当時のサガもそう言ったし、今は反省している。しかし、あれはオレなりの愛情だったのだ!サガの内心の野望を汲み取っただけでな!」
「兄の駄目なところを正すのも愛情だ!」

 弟たちの言い合いを黙って聞いているものの、笑顔のアスプロスのこめかみには怒りの筋が浮かんでいるし、サガは両手で顔を覆っている。当然だが決して照れているのではない。ちょっと泣いているように見える。
 見物している観客たちは、戦闘を見るのとは別の意味で手に汗を握った。


 カノンとデフテロスはその後正座をさせられ、闘技場は一転して兄二人による弟説教コーナーとなった。しかし、説教をしながら何気に兄二人も弟自慢対決をしていたと、観客たちはのちに語ったという。


(−2010/2/3−)

ブログネタを少し変えてSSに…今回現双子は原作バージョンの金髪にしてみました(>ω<)
2/1の拍手で「小説で読みたい」とおっしゃって下さった方に捧げます。