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 取り扱い注意
闘衣の忠義

 シードラゴンの鱗衣は、ポセイドンの矛を受け止めた時もカノンから外れなかったという。
 その話を聞いて、鱗衣の忠義に感心したり弟を守ってくれた事に感謝したりしていたサガであったが、ふと己の所有する闘衣のことを振り返ってみた。
「カノンよ、考えてみたら私の冥衣もなかなか忠義者だぞ。他の冥闘士を倒したり、パンドラへ拳を向けたときですら全く外れる気配が無かった」
「…冥衣はいい加減な性格ってだけなんじゃね?」
 カノンがぞんざいに答える。
「いや、スペクターは冥衣が主を選び、着用者の肉体を変化させて戦士とするものだ。そしてスペクターのハーデスへの絶対的隷従は、他界の闘士の比ではない」
 サガは偽装のためとはいえ、冥界軍に属しただけあって冥衣のしくみには詳しかった。
「確かに連中のは忠義ってより、心まで抑制された隷従って感じか」
「そう思うと、私の冥衣は随分と私を護ってくれた。他の蘇り組の冥衣も」
 それは、冥衣の意志の力というよりも、意思や忠誠をあまり発揮せぬ程度の、その場しのぎの安闘衣だからなのではないかとカノンは思ったが、そう言うのも可哀想な気がしたので黙っていた。
「でもさ、サガ。そんな冥衣でも流石にハーデスに直接拳を向けようとしたら外れるんじゃないか?」
「どうだろうか。その時は冥衣が外れるよりも先に、私達の命が再び奪われていただけの気がするぞ…あ」
 唐突にサガは声をあげた。
「どうしたサガ」
「そう考えると、女神へ矢を当てたのに外れなかったサジッタの聖衣の、着用者への忠義は凄いな!」
「凄いって…お前が女神殺せって命じたんだろう」
 ぼそりと小声でカノンが呟く。
「大体サガ、着用者への忠義以前に、女神への忠義はどうなのだ。サジッタのトレミーとやらは、沙織のことを女神ではなく女神を名乗る偽者だと思っていたフシがあるが、聖衣のほうは女神を間違えようがないだろうに」
「ううむ…では、アイオリアが女神に拳を向けたときと同じで、女神の力を信じていたか、これも試練と見守っていたとか…」
「…聖衣のほうがアバウトな性格っぽい気がしてきたぞ」
 それでいいのか聖衣とカノンが額を押さえる。
 サガのほうは、所持する双子座の冥衣についての新たな発見で単純に気を良くしていた。
「他界の闘衣ということで蔑ろにしがちであったが、久しぶりに双子座の冥衣を磨いてやろうかな」
 そんなことを言い出したので、カノンは双子座の黄金聖衣がいじけないように、そちらは自分が磨いてやろうとこっそり心の中で思っていたのだった。

(−2008/7/11−)


使いどころ

 海界の仕事から帰宅したカノンは、ちょうど入れ違いに外出しようとしているサガの姿を見て絶句した。
「お前、何でそんな格好を…」
 サガが纏っているのは、漆黒に輝く冥府の闘衣・サープリス。
 吸い込まれるような黒の鎧に、サガの青みがかった銀髪がよく映える。
 そのサガは、弟の帰宅に気づいて振り向いた。
「おかえり、カノン。少し冥界へ出かけてくる。夕飯の材料は冷蔵庫に入っているので、適当に食べてくれ」
 冥府と聞いて、カノンの眉間に縦じわが寄った。
「冥府へ行くのに冥衣か?他の者に見られでもしたら、また裏切るのかと思われるぞ」
 しかしサガは、カノンの怒りに首を傾げる。
「隣宮の巨蟹宮から黄泉比良坂を通ってゆくのだ。すれ違う者もおるまい」
「だからと言って!」
 憤るカノンを見ると、サガは戻ってきて子供に対するかのごとくカノンの頭を撫でた。
「ありがとう、心配してくれているのだな。だが、纏う鎧が何であれ私の忠誠先は変わらない。それに、公務でもないのに黄金聖衣で冥府へ降り立つのは目立ちすぎると言われたのだ。太陽の欠片を持ち込むようなものだと」
 聖戦の折、十二の黄金聖衣はその光によって嘆きの壁を砕いた。冥界の者が危惧するのは無理ないことだろう。しかし。
「そのように、タナトスが言ったのだな?」
 カノンの声に、やや棘が混じる。
 サガはそれに気づかないのか流したのか、何事もないかのように答えた。
「ああ、そうだ。敗戦界の立場を思うと、その言い分にも一理あるかと思ってな…無用の波風を立てぬためにも、たまにはアチラの民族衣装で行こうかと」
「冥衣は民族衣装じゃない!そんな理由か!なら普通の服でいいだろ」
「冥衣を着用してやる丁度良い機会かと思ったのだ」
 カノンはハッとしてサガを見た。
「お前が言っていたろう?闘衣は生きていると。使いもせずに飾るだけなのは可哀想だと」
 確かに以前、冥衣を捨てずに手元へ置き、さりとて持て余しているサガに対して、カノンはそのような事を話した。
「覚えていたのか」
「お前の言葉を、私が忘れるはずもあるまい」
 微笑みながらそう言われると、カノンとしてもこれ以上言い募りにくい。
 サガは畳み掛けるように続けた。
「それに、久しぶりの着用で双子座の冥衣がとても喜んでいるのが判る…今更やっぱり脱いでいくなどと、そんな酷なことは出来ないぞ」
 最後の方はぼそりと囁かれる。
 確かにサガの纏う冥衣はいつもより煌きを増し、やる気にみなぎった気配を発している。
「そ、それもそうだな…」
 ここでカノンが無理に冥衣を脱がせたら、十二宮に恨みの金属音が響き渡る羽目になりそうだ。留守で残るカノンとしては全くありがたくない。

 仕方なく冥衣姿のサガを送り出したカノンだったが、代わりに双子座の黄金聖衣のいじけた金属音を聞くことになるということには、まだ気づいていなかった。

(−2008/8/11−)

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