サガは物を大切にする方だ。鉛筆も補助軸を使って指先ほどの大きさになるまで使用している。ケチというのじゃあない。おそらくギリシア人には珍しく『勿体無い』という考え方が身についているのだ。それは要らないのでは…思われるようなアイテムまで、サガは捨てないで取っておく。
それでは物がどんどん増えてしまうのではないかとも思うのだが、整理整頓が上手いせいか部屋自体はすっきりしている。サガ自身が新しいものを滅多に購入しないせいもあるだろう。世の中に無駄なものなど何一つないというサガの心がけは立派だし、理解できる。
…でもさ、流石にこれは要らないんじゃないか?
「なあサガ、この粗大ゴミは捨てちまえよ。邪魔だし」
カノンはどーんと目の前に鎮座している双子座のサープリスを見て、サガを振り返った。聖戦の折にハーデスより与えられた冥衣を、サガは捨てることなく部屋に置いている。いつの間にか修復までされているそれは、綺麗な黒輝の光沢を見せている。
双子座の聖衣の方はパンドラボックスがあるのでそこに収容して床に置いてあるのだが、双子座の冥衣の方に収容箱はない。ハーデスも当時使い捨てのつもりだったサガ達の仮冥衣に、入れ物までは付けてくれなかったのだ。仕方が無く花瓶の置いてあった大理石の台座の上に場所をとり、怪しげなインテリアとして活用している。
この冥衣は、サガたちが血の涙を隠して女神に刃を向けたときのことを思い起こさせる。兄にとってもそれは良い思い出ではないと思うのにと、カノンは内心嘆息していた。
サガは書類を綴る手を止めて、カノンの顔を見た。
「聖衣と同じで冥衣にも魂が宿っているのだから、簡単に捨てるなどと言ってはいけない。それに、それはまだ使えるので粗大ゴミではない」
優等生な兄の予想通りの返答に、弟はながい息を吐いた
「ならば聞くが、一体それをいつ使う機会があるというのだ」
「……その…そうだな、例えば冥衣の現物資料として…」
カノンの視線から目を反らしつつ答えているところを見ると、本人も『使わないな』と思っているに違いない。
「冥衣は飾り物じゃない。使ってやらずにただ傍へ置いておくだけなんて、飼い殺しと同じだろ」
双子の弟がそう言うと、サガがはっと目を見開き、それから顔を伏せた。
「すまない…カノン…子供の頃の私は、お前に酷いことを…」
何だか勝手に脳内で、カノンの過去の生活と冥衣の存在意義をリンクさせたようだ。サガがションボリしてしまったので、カノンは慌ててフォローした。
「いや、今のはイヤミでも昔の自分の立場と重ねたわけでもなくて、一般論を言ったのだぞ」
「そ、そうか。ついいつもの癖で過去を振り返ってしまった。邪魔だからと言って一時の感情で捨てるのは、お前で懲りて私も反省している」
「ちょっと待て、過去のオレは粗大ゴミ扱いなのかサガ」
「そんな事はない。お前は私の大事な弟だった」
大事な弟だからといって、大事に扱われていたわけではないが、とりあえずカノンはそこを流してやった。これ以上落ち込まれてはたまらない。
「過去といや、この冥衣を見ても辛い過去しか思い出さないのじゃあないか?反省の為に置いているのなら不健全だぞ」
「どういう意味だ?これは私が始めて女神の為に戦えた、記念すべき鎧だが」
カノンの心配とは裏腹に、サガの中では聖戦における十二宮での同士討ちも、女神の為に働けた記念すべき戦闘行為だったようだ。確かにそうなのだが、ギャラクシアンエクスプロージョンをぶつけられた弟は微妙な気持ちになった。そして、あんな過去を記念にしている事を少し哀れに思った。
落ち着いて考えるとサガは殆ど本来の敵と戦闘していない。冥闘士を倒したのは、化けるために倒した地陰星くらいだろうか。(カノンは冥闘士の雑魚の詳細など覚えていないので、これはあとからラダマンティスを通して聞いた情報だ)
カノンはサガの頭を軽くぽんぽんと撫でてやる。不思議そうに見上げてくるサガを見下ろし、つとめて軽く話を振った。
「それならいい。まあ、取っておくのならたまには磨いてやるとか、装着してやるとかしたらどうだろう」
「そ、そうだな。お前にもたまには家族サービスをしないといけないな」
「いやだから、オレと冥衣の話をリンクさせるのはやめろ」
サガは顔を明るくすると、冥衣の双子座を磨くための布を探しに行った。カノンはそれを見送り、海龍の鱗衣を思い出しながら自室へと戻っていった。
次の日。
「カノン、双子座の聖衣が見当たらないのだ!」
「はあ?」
珍しくサガがオロオロしながらカノンに話しかけてきた。
「気配はするので十二宮からは抜けていないと思うのだが、朝から見当たらない…呼んでも飛んでこないのだ。家出だろうか。私もデスマスクと同じように、聖衣に見放されてしまったのだろうか」
「見放されたってのはありえるな」
適当に答えたら今にもサガが泣きそうになったので、カノンは慌てた。何だかんだ言ってもカノンは兄に弱かった。それなら最初から辛く当たらなければ良いものを、そのあたりが器用になりきれない弟だ。
「冗談だって。見捨てるのなら女神に盾突いた頃に見捨てているだろう。何か他に原因があるのではないか」
「原因など特に思い浮かばないが…最近は聖衣を要する戦闘もないので、放置したままだしな…」
「それだ!」
カノンの言葉に、サガは驚いて弟の顔を見る。
「いいかサガ。ペットの世界では先住者絶対優先なのだ。お前、新参者の冥衣ばかり構ってやって、聖衣の方をおろそかにしていたのではないか?」
「ペットと同列に扱うのはどうか。それに、私は聖衣のことを大事に思っているぞ」
「ではなぜ聖衣ボックスよりも、冥衣の台座の方が上位置にあるのだ」
「それは、そこしか置き場所がなかったから…」
「動物は、自分よりも上位置にあるものがエライという順位付けなのだ。聖衣を冥衣よりも下に置いたという事は、それだけでも兄さんが聖衣を冥衣より地位が低いと決めてしまったことになる。ケージの位置に注意するのは、複数ペットを飼う時の基本だぞ」
「……!そんな事を知っているのなら、何故教えてくれなかったのだ!」
サガの顔に動揺が走る。
「そういや兄さんは昨日、冥衣を着用したり磨いてやったりしていたが、聖衣の方はどうした」
「聖衣のほうの手入れは、今日にでもしようと…」
「あー聖衣を後回しか。それじゃあ聖衣も拗ねるだろうな。家出するわけだ。ペットを構う時は先住者から。これも基本だ」
「カノン、お前も後回しにされると家出したくなるか?」
「いやだから、オレと冥衣の話をリンクさせるのはやめないかサガ」
「どうしたらいいだろう…こんな事は初めてなのでどうしたら良いか…」
うなだれているサガの肩を抱き、カノンは手のかかる兄だなあと内心思っていた。サガは何かとカノンの前で兄らしく振舞っているのだが、実は手のかかり具合は自分と遜色ないだろうとカノンは考えている。それでもサガは自分ひとりで何ごとも片付けようとするので、このように弟を頼ることは珍しい。
その事に気をよくして、カノンは兄に提案してみた。
「オレが聖衣をココへ呼んでやるよ。オレの呼びかけには多分応えるんじゃないかな。そうしたらちゃんと聖衣に謝って仲直りしろ。暫く構い倒せば機嫌も直るだろう」
「恩に着るぞカノン。聖衣と仲直りできたら、お前のことも構い倒すから安心してくれ」
「…いやだから…まあ、いい」
カノンは、オレの方がサガの飼い主みたいなものだと言ったら怒るだろうなと、こっそり思っていた。もちろん、そんな素振りは微塵も見せない。何よりも取り扱いに注意が必要なのはサガなのだから。
カノンは双子座の聖衣を呼びながら、自分に対してだけは馬鹿な兄で良かったと安心した。
またオチも特にない箸休め的SS。聖衣の擬人化をしておられるサイトさんにも憧れます。双子座の冥衣と双子座の聖衣でサガを取り合いして欲しい。双子座と海龍でカノンの取り合いでもよい。海龍の鱗衣は「二人の主とは気が多いな」とか絶対に言いそうだ。
サガは滅茶苦茶サープリスが似合うと思うのです。色合い的に。黒い鎧にかかる髪は、銀髪でも金髪でも色鮮やかに映えますし。黄昏の幽界でそんな姿を見たら、誰しも目を奪われるに違いない。