遅めの起床でリビングを訪れたカノンは、過去から訪れた同居人たちへ軽く挨拶をした。
同居人というのは、次元の捩れにより過去からやってきた先代双子座のアスプロスとデフテロスだ。過去といってもカノンたちの歴史軸とは異なる世界からやってきたようで、聖域に伝わる史実の先代双子座とは名前も違う。
だが双子座聖衣が彼らを認めたため、暫定的に双児宮の居候として、守護の一端を担っているのだった。
彼らはすでに朝食を済ませているらしい。デフテロスがカノンに目線で挨拶を返しつつも、そのあとは他人の存在を気にも留めず、アスプロスの頬へ軽くお出かけ前のキスをしている。アスプロスもぞんざいな態度ながら、同じように返していた。
(どこの新婚フウフだよお前ら)
なるべく視界に入れないようにしながら、カノンはソファーへ腰を下ろした。先代ジェミニは自分たちと随分違う。サガはあんなことをしない。いや多分、普通の兄弟はどこだってあんなことはしない。
おそらく異世界の風習に違いない。
それでも、睦まじい様子は目の毒ながら、少しだけ羨ましいような気がする。少しだけだが。
弟を送り出したアスプロスは、そのまま自分の部屋へ戻ろうとしている。サガに似たその背へ、カノンは何となく声をかけた。
「お前たち、随分仲がいいな」
別に会話を続けるつもりはなかったが、アスプロスは振り向くと、踵を返してカノンの正面へ腰を下ろした。
「普通だと思うぞ。お前たちと似たようなものだろう」
ソファーにふんぞり返って足を組むアスプロスは、どうやら本気でそう言っているように見える。
こうして目の前から見ると、アスプロスとサガは全く違っていた。サガは他人に対してもう少し態度が柔らかい。
「どこが。オレ達はお前らのようにべッタリしていない」
「べったり、か」
アスプロスは笑う。しかし、その笑顔にはどこか冷ややかな何かが含まれていた。
「俺たちは、言葉や態度に出さないがゆえ擦れ違った。その愚を繰り返さぬよう生きている。兄弟同士で戦ったことのない者には、判らぬかもしれないが」
「オレたちとて、対峙したことくらいある」
むっとしながらカノンが返すと、アスプロスは薄く笑んだまま、フンと鼻をならした。
「戦っただけだろう。俺は一度デフテロスに殺され、デフテロスもまた蘇った俺に殺されている」
「……!」
思いもよらぬ告白だった。カノンは目を瞠る。アスプロスとデフテロスは、いつも行き過ぎるほど兄弟仲がよく、とてもそのような過去があるようには見えなかった。
「それに、俺から言わせれば、お前の兄こそお前に甘すぎる」
「はあああああ?」
カノンは心外だと声をあげた。あの口うるさく厳しいサガの、どこが甘いのだ。
「お前、サガの外面のいいところしか知らないんだろ」
「俺たちに対してはともかく、あの男がお前に見せる姿は外面ではなかろう。同じ宮で暮らしているのだ、お前への態度は何度も見ている」
言い争っているところへ、タイミングよくサガが顔を出した。サガは昨晩遅くまで仕事に関わる調べ物をしており、今朝は珍しくゆっくりとした起床だ。まだ眠そうな顔をしながら、サガが首をかしげる。
「おはよう。なにか、わたしの話をしていたか?」
内容はよく聞こえていなかったとみえ、どうせつまらぬ言い争いだろうという表情が判りやすい。
アスプロスがサガを手招きした。
「丁度よい、お前に確かめたいことがあった」
「なんだろうか、アスプロス」
起きぬけのサガは、素直に招きに応じて近づいていく。目の前にまで来たというのに、さらに近寄れというアスプロスのゼスチャーへ、サガは顔を近づけた。
ふとカノンの中で、胸騒ぎと既視感が沸き起こる。
「サガ!」
思わず叫び、サガが何事かとカノンの方を向いたその一瞬を狙い、アスプロスはサガへ魔拳を放った。カノンがガタリと立ち上がる。
崩れ落ちたサガを抱え、アスプロスはその耳元へ囁くように告げた。
「これからは俺がお前の弟のカノンだ。そしてあそこにいるのが、アスプロス」
「貴様、サガに何を」
「これから見て確かめるがいい、サガが『カノン』へどのような態度でいるのか」
カノンの憤りなどどこ吹く風で、アスプロスはにっこりと神のような(ただしサガとは種類の違う)笑顔で微笑んだ。
(−2011/9/30−)