ラダマンティスが初めてカノンを目にしたとき、彼は黄金聖衣を身に纏っていた。
場所は冥界における黒き疾風の谷。
死闘のさなか強敵として現れた双子座は、闇の中に地上の太陽の光を煌めかせるかのごとき輝きをみせていた。
第二地獄へと渡る橋の石柱の上から、神をも誑かしたという恐れを知らぬ強い瞳で見下ろされ、ゾクリと粟立つような昏い喜びが走ったのを覚えている。
それは全霊をもって戦い、喰らい合うことの出来る相手を見つけたという貪欲な竜の戦慄であり、戦士としての歓喜でもあった。
他の黄金聖闘士とも既にハーデス城で交戦していたが、彼らに対しては城に入り込んだネズミ以上の感想を持つことは無かった。その時の戦いが物足りないものであったせいもあるだろう。
城に敷かれた冥王の結界のために、聖闘士は全く実力を出すことが出来なかったのだ。
同じように、カノンと同じ顔を持つ双子の兄…サガにも特に感想を持つことは無かった。
綺麗な顔の男だとは思ったものの、冥界の尖兵として蘇生されたサガは、仮初の命を得ただけの死人であったせいか、あの黄金聖衣の太陽の輝きが似合うとは思えなかった。
むしろ、生まれついての冥闘士ではないかと思えるほど、サープリスが似合う男だという印象だった。
サガの姿は冥界に馴染み、聖衣を模った冥衣を身につけた彼は、むしろ夜の宝石として輝いていた。
だから、戦闘の果てにカノンが聖衣を「兄に返す」と脱ぎ捨てたのは驚愕だった。
そこで初めて、彼が双子座の影であり海龍でもあったことを思い出す。あの双子座の黄金聖衣はカノンにこそ相応しいのにと思う。
あのとき遠い目で聖衣を見送るカノンは、敵であるラダマンティスではなく、脳裏でサガを見ていた。今思えば、カノンはサガを追って死ぬつもりであったのだろう。
過去の罪を清算し、地上での命を何の未練も無く捨てるカノンの虚無を感じ、彼ほどの光を覆うサガという男の闇を憎んだ。
目の前に居る死闘相手ではなく、遠い兄を想うカノンを憎んだ。
おそらく、あれは嫉妬だったとラダマンティスは苦笑する。
その海龍が今では自分の隣にいるのだから運命はわからないものだ。
現在、妙な縁で彼らと関わるようになり、双子の関係を深く知ることとなった今では、その繋がりを憎むことはもう無い。
聖戦後、双子座聖衣は正式に蘇生したサガに返却され、カノンは海龍として海将軍の任に返り咲いた。尤もカノンによれば『聖域と比して海界を選んだつもりは無い』らしいが。
黄金聖闘士の地位はそのままであるのだが、聖域には兄が常任していることと、海界への贖罪の都合で海将軍をしてやっているのだと彼は主張している。
立場に縛られることを嫌うのは彼らしいと思ったが、双子座聖衣を身につけるカノンを見る機会が格段に減った事を思うと、残念さが先に立つ。
なるほど、人として蘇生した兄のサガは双子座聖衣が良く似合った。
神の化身とかつて呼ばれたほどの力と光源をも蘇らせ、雄大な小宇宙を漂わせる彼は、双子座の主として相応しいと思う。
しかし、その身のうちに同じだけの闇を秘めていることを翼竜は知っていた。
カノンが見せた、あの恒星のような鮮烈な双子座の光の方が、ラダマンティスは好きだった。
ラダマンティスにとっての双子座は、今でもカノンだった。
翼竜は横で眠る海龍でもある黄金聖闘士の寝顔を眺める。
「どの星の下にあろうが、お前はお前だがな…」
誰に言うでもなく呟くと、無防備に眠る彼を抱きしめて自らも眠りの淵についた。
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カノンが無防備に眠るのはサガとラダの前でだけ。サガはカノンの前でだけ。
でも同じ無防備に寝るにしても差があります。サガが殺気をみせてもカノンは寝たままですが、ラダの殺気には敏感に反応します。信頼とは別に戦士の反応です。
ラダマンティスにとっての双子座はカノンなんだろうなあと何となく思いました。