アフロディーテが花束を2つ抱えて双児宮へやってきた。
右腕には溢れんばかりの赤薔薇の花束、左手にはシンプルに数本でまとめられた白薔薇の花束である。
この美しい後輩に何も言われる前から、サガは赤薔薇のほうが自分用であろうと予測していた。
白薔薇は同居人かつ双子であるカノンへの気遣いに違いないという判断だ(本数差についての気遣いはないが)。
そう予測する程度には、後輩からの思慕を受け入れているサガであった。
ところがアフロディーテいわく、赤薔薇の花束はサガ用であるものの、白薔薇はカノンがプレゼント用に見繕ってほしいと頼んだものであるという。
サガは目を丸くした。その贈り相手はサガではない。もしそうであれば、このような形でアフロディーテに持ってこさせはしないだろう。何より自分の手から渡そうとする筈なのだ。
そう予測する程度には、カノンからの想いも受け入れているサガである。
「どなたに贈るか、聞いているだろうか」
「さあ?負担にならぬ量でとの希望は聞きましたが」
アフロディーテも詳しいことは聞いていないようであった。
時期的にバレンタイン用だ。とすると、カノンにも気になる相手が出来たということなのだろうか。
薔薇の礼をのべ、紅茶を振舞ってからアフロディーテを帰したものの、サガは内心気もそぞろだった。そもそも、カノンはこのようなイベントにのる男ではない。大抵の商業的行事を「女子供の遊び」と斬って捨てる性格なのだ。そのカノンを変節させるほどの女性ということになると、余程の相手だろう。
しかしながら女神とは思いにくい。カノンのアテナへの忠誠は、そういう形では現れにくいのではないかと思う。おそらくは矜持と照れのせいで。
考え込んでいるとカノンが起きだしてきた。太陽はすでに高いが、昨晩は遅くまでの仕事であったので、それについてはサガも咎めない。
カノンは卓上の花束を一瞥し、感心したように呟いた。
「アフロディーテのとこの薔薇は質がいいな、頼んで正解だった」
安心したようなその表情に、サガの胸がちくりと痛む。
気になる相手を尋ねたいのに、口からこぼれ落ちたのはお小言だ。
「アフロディーテが来ていたことに気づいていたな?なのに不精をしてお前は」
宮の守護者が、来客に気づかず寝こけているわけがないのである。
「仕事の疲れはあるだろうが、ひとさまに頼みごとをしたのであれば、起きて直接礼を言うのが筋であろう。それを兄任せにするとは何事か」
だが、カノンは呆れたように肩を竦めただけだった。
「アフロディーテがお前へ花束を渡すだろうから、二人にしてやったんだよ。この気遣いが礼だっての。お前は相変わらず鈍感だな」
「……そ、そうか」
そう言われると返す言葉もない。
現に弟が花を渡すような相手の心当たりも浮かばないのだから。
「お前も誰かに花を渡すのだな」
誰に?と聞けないのがサガの不器用なところだ。
カノンは兄の珍しい反応に気づいたのか、ちょっと顔を見つめてからにやりと笑った。
「なんだ、気になるのか」
「そういうわけでは、その、気になるが…お前のプライバシーを暴きたいわけでは」
内面の葛藤のせいで、サガにしては言い訳のような妙な返事になってしまっている。
対してカノンは機嫌がいい。兄が自分のことを気にかけているということを実感できるとき、カノンの安心パラメータは上昇する。何だかんだいってこちらもブラコンなのだ。
(このまま気にかけさせて、1日オレのことしか考えられないようにしてやろうか)
そんな風に思ったものの、こんな日に妙な誤解を生むのはカノンとしても避けたい。
「安心しろ、テティスにだ。ジュリアン様がな、テティスに花を贈りたいと提案なさってな。海将軍も普段の礼代わりに贈ることになったが、立場的にも人魚姫の心情的にもメインはジュリアン様の花だろう。よって、主の花より目立たぬ程度の、それでいて上質な花を用意したかったのだ」
「そうか」
そのときサガが無意識にぱっと輝かせた顔ときたら、あとでカノンがアフロディーテに自慢するほどの状態であったという。弟の前での自分の判りやすさに、サガは気づいていない。
サガはにこにこと遅い朝餉の用意をしに台所へ向かい、カノンはにやにやその背中を見送った。
2013/2/15