1.供物と聖夜と死のかみさま(タナトスと蟹)
2.そらにある二人だけの土地(カノン&サガ)
3.サンタクロース(星矢&サガ)
◆供物と聖夜と死のかみさま
デスマスクは遠い眼で異界ゲートから出てきたタナトスをみやった。
冬至・世界滅亡(予定)日に続き、クリスマスにまでアテナの聖域に入り浸る神というのは如何なものだろう。とりあえず、死の神が暇なことは理解した。
しかし、今日のタナトスは来訪早々、機嫌がよろしくない。
「何故ハリストスとやらばかりが、このように誕生日を祝われるのだ。塵芥どもめ、オレには1度たりとてこのようなイベントを企画せぬくせに」
ハリストスとはキリストのことである。
この季節、地上の1/3はクリスマスで華やいでいる。同じ神でありながら、ほぼ祝われたことのないタナトスとは雲泥の差だ。
「ほかの神様の人気をやっかむのは大人気ないですよ」
「やっかんでなどおらん!塵芥の信奉など不快なだけだ!」
「では、ほうっておけば良いじゃないですか」
「ヒュプノスがそのように冷たくほざくので捨て置いてきたというのに、貴様まで同じ事をいうとは」
その場面が眼に浮かぶようであった。それによりますます拗ねたタナトスが、地上へ八つ当たりに来たというわけだ。
(そりゃ言うだろう、アンタは子供か)
ヒュプノスには同情を禁じえない。
ただ、タナトスの気持ちも判らないでもない。おそらくタナトスは、人間からの人気云々はどうでも良くとも、そのときにヒュプノスには構って欲しかったに違いないのだ。
「人類を滅亡させようなどとせず、安らかな死を約束すれば、多少は人間からの待遇が良くなるんじゃないスか?」
「信奉など望んでおらぬと言った。しかし、オレとてケーキや鶏肉の供物は受け取らないでもないぞ」
敬ってもらわずとも結構だが、捧げ物を貰えるならば貰うというスタンスらしい。
「今回の来訪は食い物目的かよ」
「美味い供物でないと受け取らぬぞ。ヒュプノスに自慢するゆえ」
違った。『貰えるならば』ではない。貰うことは決定事項であった。
珍しく双児宮へ向かわず巨蟹宮へ居座っているなと思っていたのだが、これはデスマスクに自分を祝う供物を提供せよと要求しているのである。
サガの手料理は壊滅的だし、カノンはタナトスをもてなしはしないだろうので、目的行使の手段としては正しい。
自分なら断らずに作ると思われているのも納得いかないが、とりあえず貯蔵してあった上等なワインをタナトスのために開けてやることにした。開栓してすぐにはワインの香りがふくらまないため、デカンタに移して空気になじませ、その間にカナッペとチーズを添えた簡単な肴を作る。
「それ飲んで少し待っててくれ。ハリストスではなく、アンタにちなんだ供物を供えれば満足するんだな?」
言われたタナトスの顔が、ぱっと明るくなった。やはり期待してたようだ。
そんな風に毎回タナトスの我侭を聞くから押しかけられるのだけれども、わかっていても外交と割り切って要求を叶えるところが、デスマスクのスペックの高さであり、気のいいところである。13年間、同じように黒サガの世話をしてきた経歴は伊達ではない。
暫くしてデスマスクは、ワンカップサイズのクリスタルガラスの小皿に何かを入れて戻ってきた。
差し出されたタナトスが覗き込むと、粒のままの小麦煮にくわえ、ザクロとぶどうにクルミなどを細かく砕いた果実類、そしてそれへ砂糖と葡萄汁のシロップが混ぜられただけの、素朴なお菓子が盛られている。
「イタリアとギリシャにちなんだ死者の菓子(dolce dei morti )だ。イタリアでは死者の日(11/2)に食ってる。生を意味するシンボルも入ってるが、クルミなんかは死も象徴してるし、ザクロは冥界に縁ある果物だし、まあいいだろ」
「貴様、死者の日は、死者が煉獄にある期間が少なくてすむよう祈る日であって、オレのための日ではないぞ」
「神様なんだから、細かいことを気にすんなよ」
「気にするわ。それに、思いっきりハリストス由来ではないか」
デスマスクの強引なこじつけにぶつぶつ言いながらも、タナトスは添えられた木製匙でそれを食べ始める。なんだかんだ言って、デスマスクの出す食べ物のレベルを認めているのだ。
数匙分しかないそれは、あっという間に食べつくされてタナトスの腹に納まってしまった。
「まずいとは言わぬが、足りぬし、華やかさがない。それにこれはケーキではない」
けれども、珍しく食べた後に不満が出た。さすがに味にケチはつけなかったものの、巷の商業クリスマス的なものを求めてやってきた彼にとって、これは美味しくても方向性が違う。
「ケーキねえ。ギリシアのクリスマスはケーキよりグラビデス(アーモンドクッキー)じゃねえの?」
「200年以上も封印されていたのだぞ。近代的スイーツを所望して何が悪い」
ふんぞり返っているタナトスの態度は、まるで正当な権利を主張しているかのようだ。適当に対応をして追い払うつもりでいたデスマスクは、仕方なく根本的解決を目指すことにした。
「アンタの言い分はわかった。だがオレはアンタの好みを知らねえし、きっちりしたケーキを作るには下ごしらえをする時間も足りん。それよりは、デパ地下で好きなものを選んだほうがいい。今から連れて行ってやる」
「デパ地下とは何だ」
「女神の育った国では、デパートの地下階をそう呼ぶ。スイーツ店が入ってることが多いから、クリスマスのこの時期は選びたい放題だぜ。ただし、ちゃんと現代の格好をして、神であることは隠してくれよ?」
思わぬデスマスクの提案に、タナトスは一瞬目を丸くするも、すぐに興味がわいたのか眼を輝かせる。
「ふむ、虎穴に入らずんば虎児を得ずという。ケーキが欲しければ塵芥どもの集まるデパートへ潜入せよということだな」
「多分、街に出ればイベント気分も味わえる。ケーキ以外にも欲しいものがあれば買ってやるぞ」
だんだん突っ込むのも面倒になってきたのか、スルー耐性のついてきたデスマスクだった。そして、そろそろ地が出てしまい、神への言葉遣いではなくなってきているが、幸いタナトスは気づいていない。
ちなみに、購入費用は接待費として落とすつもりでいるため、気前だけは良かった。
街を巡ってクリスマス気分を堪能させ、文句無く美味いケーキを土産として持たせれば、おそらくタナトスは満足するだろうとデスマスクは見積もる。
気難しいタナトスを怒らせぬよう、また飽きさせぬような綿密なルートを脳内でシミュレートしつつ、気合をこめて拳をぐっと握り締めた。
結果的に、連れ出されたタナトスの反応は大変良かった。
話題のミュージアムやイルミネーション、映画などをみせたあと、ヒュプノスへのプレゼントを一緒に選んでやり、自身も携帯ゲーム機とゲームソフトをセットでタナトスへ購入してやる。
宝石のようなケーキの並ぶショーケースの前で、タナトスが「全店舗、全種類2個ずつ」などと言い出したときには冷や汗をかいたが、気に入ったがゆえの言動と思えば可愛いものだ。
性格のあまりよろしくない元敵神であるとはいえ、自分のエスコートによって子供のように上機嫌になっている姿を見るのは、デスマスクにとっても悪い気分ではない。いや、悪くないどころか、かなり気分がいい。
(結構可愛いところもあるじゃん)
そんな風に思ってしまったデスマスクは、根っからの世話焼き体質である。
それゆえ、タナトスとの巡回ルートが実質的に『男二人によるクリスマスデートコース』であったことに気づいて撃沈するのは、翌日それを話したカノンに突っ込まれた時になるのであった。
2012/12/25
◆そらにある二人だけの土地
「カノン、わたしたちの名前で土地を買ってみた」
「はあ!?」
働きすぎて兄がボケたのかと、カノンはソファーから飛び起きた。
黄金聖闘士となったサガは、雑兵時代よりもいくばくかマシな収入を得るようになっていたが、そこまでの貯蓄はまだないはずだ。あったところで、どうだというのだ。聖闘士はいつ死ぬか判らぬ身であり、財産なんぞ持っていても仕方がない。買った土地に二人で住むことが許されるとも思わない。サガは双児宮に縛られ、カノンはサガに縛られる。
だから『生きているうちに、他人より優れたこの力を自分のために使って人生を楽しもうぜ』と、常々発破をかけているのに、サガは聞き入れようともしない。土地を買ったところで、聖域から出ないのでは意味がない。
冷めた視線の弟へ、サガが苦笑しながら1枚の紙切れをみせた。それは証書らしく、月の全体図と、その一部の土地が双子のものとなった旨が記載されている。いわゆる、ジョーク販売の類である。
なんだ、という感想とともに、倹約家のサガがそのようなものにお金を払うなど、どうしたのだろうという気持ちが沸く。考えてみれば、アテナ信者のサガが、異教のはずのクリスマスプレゼントを用意するのだっておかしな話だ。
「何かあったのか?」
「いや。そんなことよりも、メリークリスマス、カノン」
誤魔化された。
何かあったところで、サガが応えてくれるはずも無いのだった。
カノンはため息を押し殺してその証明書を手にする。それでもこれは、サガの用意してくれたプレゼントなのだ。
「お前の買ったこの土地に、家でも建てて堂々と一緒に暮らそうか」
この地上でなければ、許されるかもしれないしと伝えると、サガは泣きそうな顔で微笑んでいた。
2012/12/25
◆サンタクロース
クリスマスイブ当日、サガは日本にいた。
星の子学園へサンタ役として星矢に連れてこられたのだ。
188センチ対応のサンタ服は用意できなかったので、代わりに濃赤の法衣を着用している。
「13歳の俺より全然サンタっぽいって!外人だし!」
星矢の保証は、彼びいきのサガから聞いても今一つ信憑性がない。
それでも要はプレゼントを配ればいいのだと、学園に足を踏み入れる。
子供たちは最初こそ見知らぬ外国人に驚いたものの、星矢の案内とともに彼がプレゼントを渡し始めると、大喜びでサガの周りに集まってきた。
「天使さまですよね!」
「羽はないんですか!?」
「いや…わたしはサンタクロースで…」
「違うよ!サンタさんはおじいさんだよ!」
どうしたものか困っているサガを尻目に、星矢はすぐ路線変更をする。
「こら、ちゃんとお礼を言うのが先だろ!サンタクロースの爺さんは忙しいから、天使にプレゼントを預けたんだ。サガはサンタクロースの代理の天使なんだぞ。地上に来ているから羽は隠してるけどちゃんと飛べる」
星矢は意外と要領がいい。よどみのないつくり話で子供たちを惹きつけ、飽きさせない。感心しながら一緒に聞き入っているいるサガへ、星矢からアイコンタクトと小宇宙通信で指示が届いた。
『サガ、天使のふりして』
慌ててふわりとその場で浮かんで見せると、子供たちのあいだから、わっと歓声があがる。
(ここで超能力を使うのはちょっと反則の気もするが、彼らが目を輝かせているのを見ると悪い気はしないな…)
思ってから、サガは自分に驚いた。
天使のようだと言われて、初めて本当に嬉しく思ったのだ。
(かつての賛辞と何が違うのだろう)
星矢がちょっと苦笑しながら小宇宙通信で話しかけてくる。
『サンタクロース役はシオンに頼めばよかったなあ、そうすればサガは最初から天使役になってもらったのに』
呆れ半分、吹き出しそうになる気持ち半分でサガも返す。
『アテナの教皇に、異教の聖人の格好をさせようとする度胸があるのはお前くらいだ』
『あ、そういえばそうか』
こらえきれずにサガは笑い出した。
未来ある子供たちがいて、星矢がいて、自分も笑顔でいられる。何と得難き祝日だろうか。
こうなったら最後まで天使として騙し切ろうとサガは決意した。
2012/12/24