HOME - TEXT - CP&EVENT - 2012双子誕

◆2012双子誕

1.ふたりだけの誕生日…女神vサガ
2.ふたりだけの誕生日…白サガ&黒サガ
3.愛と友情に支配させよ…ロスvサガ+雑兵


ふたりだけの誕生日(女神vサガ)


 サガは書類の最後にサインをすると、ペンを置いて一息ついた。執務机につまれていた書類もこれでしまいだ。
 石窓からはうららかな陽光が射し込んでいる。まだ午後を少しまわった程度の時刻だが、聖闘士のデスクワークとしては長いくらいだ。聖域では、貴重な聖闘士に書類仕事で身体を鈍らせるような無駄はさせない。元教皇かつ現教皇補佐という立場の彼だからこそ、書類が集まってくるのだ(サガがそうした仕事を好むせいもある)。
 机まわりを片付け、双児宮へ戻ろうとしたタイミングで、女神が見計らったように現れた。跪いて礼をとろうとしたサガを制し、アテナはにこりと微笑む。

「明日は貴方の誕生日ですね、サガ」
「は…」
「これは、私が焼いたのです。口に合うか分かりませんが、カノンと一緒に食べてください」

 小奇麗な紙袋に入れて渡されたのは、かすかに漂う香りからして、焼き菓子の類だろう。
 ごく普通の少女らしい贈り物に、サガは思わず顔をほころばせた。

「大罪を犯した私どもに過分なご好意…ありがたく存じます」
「もう、サガったら、堅苦しいんだから」
「いいえ、我らはともに、貴女へ返しきれぬ恩と借りがございます。殊にわたしは…今のこのサガがあるのは、貴女のおかげですから」
「私はあなたの野望を打ち砕いた小娘ですのに?」

 悪戯っぽく笑うアテナは厭味を言ったわけではないが、明らかにサガの反応を見ようと楽しんでいる。サガは苦笑いをしながらも否定した。

「いまはそのように思っておりませぬ。確かにわたしの誕生日は明日でございますが…わたしがわたしであれるようになったのは、アテナ、貴女があの言葉を下された日だと思っておりますから」
「あの言葉?」
「『信じます』と。『本当のあなたは正義だったということを』…目の前で手をついたわたしに、貴女はそうおっしゃって下さいました」

 それはサガが自害した日でもあった。

「わたしはそれまで、自分を信じることが出来なかった。いえ、自分とは何かすら定めることが出来なかった。皆はわたしを『神のようだ』と言いましたし、この世でたった一人の弟は『本当のお前は悪だ』と言いました。けれどもわたしは『他人がどう言おうと、わたしはわたしだ』という事ができなかったのです…このサガにはもうひとつの人格がありましたゆえ」

 たったいま自分が何かを白だと断じたとしても、その直後には同じ何かを黒と断ずる自分がいる。その判断を下したもうひとつの意志を同じ自分だとは思えないけれども、その意志は自分もサガだという。
 サガは正義のために尽くしたいと強く願っていたが、その想いは信用に値するのか、という反証は常に胸のうちにあった。現に、相反する自分は、女神に反旗を翻してしまったではないか。
 魂の相方ともいえる双子座の聖衣ですら、サガに問うた。「WHO ARE YOU?」と。

「貴女が信じてくださって初めて、わたしは自分を肯定することができたのです。…あの言葉があったから、死んだのち逆賊とののしられようと、貴女が信じたわたしを信じて、十二宮を貴女のもとまで駆け上がることができた」

 そう語るサガの瞳は、深く静かに澄んだ湖を思わせた。今のサガは自分の言葉を疑いながらではなく、信じて紡ぐことが出来るのだ。
 それは安定と強さを生み、結果的に己のなかの闇を見詰めなおす余裕を育んだ。
 綺麗な瞳だと、神でもあるアテナはそう思った。

「ふふ、ではその日を、サガと私だけが知っているヒミツの誕生日ってことにしましょうか」

 アテナがそう言ってにっこり瞳を覗き込むと、サガは赤くなって視線を泳がせている。
 どちらが小娘か分からないわ…と、こっそり女神は思ったものの、サガの反応自体はとても嬉しいものであったので、その感想は胸の奥へ収めておくことにした。

2012/5/29


ふたりだけの誕生日(白サガ&黒サガ)


 教皇の職務の1つに瞑想(メディテーション)がある。神殿に居ながらにして聖域や外の世界を体感し、視るための秘術だ。しかし、いまサガは己の内面を視るために、それを行っている。
 精神の階層を順番に降りていきながら、サガは片割れを捜していた。黒サガと呼ばれている半魂は、呼び名のとおり心の影や闇に潜んでいることが多く、とても見つけにくいのがかつての常であった。
 しかし、サガはほどなくして、彼が横たわっているのを見つけ出した。思っていたよりは浅く明るい表層の精神エリアだ。ふわりと泳ぐように近づくも、彼は背を向けて転がったまま、こちらを見ない。

「何をふてくされているのだ?」

 同じサガであるがゆえに、互いの心情は何となく伝わってくる。
 背中へ率直に尋ねると、ごろりと身を返した黒髪の半魂が、サガを睨み返した。

「お前の方こそが本当だと、あの小娘に認められて良かったな」

 言葉こそ嘲笑と厭味をない交ぜにして発せられていたが、紅の瞳には傷ついたような色が浮かんでいる。先ほどの女神との会話を聞いていたのだろう。
 サガは視線を合わせるように、その場へ腰を下ろした。

「アテナは、お前が偽であるとはおっしゃっておられない」
「屁理屈を」
「あの方は、”サガ”の正義を信じてくださったのだ…サガにはお前も含まれる、少なくともわたしはそう受け止めた」
「……」
「お前の…いいや、わたし達のなしたことは、正当化できるものではない。それでも奥底に一片の正義はもっていたのだと、アテナは信じてくださったのだ」
「……」
「だから、お前がしょげることなど、ないぞ」
「誰がしょげている!」

 がばりと身を起こした黒のサガへ、白のサガは微笑んだ。

「他人の言葉なぞ気にも留めぬお前が、成長したものだ」
「言葉1つに揺らがされる弱さを、成長だと!?」
「ほう、揺らがされていることも認めるのか」

 ぐっと黒のサガが言葉に詰まる。『外』では決して見せることのない素の表情だ。誰も知らぬ心の中で、同じ自分である白の半魂にしか見せることのない本心の発露。互いに認めあい、交じり合うことを許した聖戦後になって、初めて可能となった光と闇の交流であった。

「気になど留めぬ。だが揺らがされる。この感情は何だ。怒りか?」
「その感情が何であるか決めるのは、お前だよ…だが、お前を揺らがせることのできる相手が増えているのは、喜ばしいような、妬けるような、不思議な心地がする」

 囁くように告げる白の半魂の頬へ、黒の半魂は手を差し伸ばしそっと触れた。

「お前だけがいればいいのに、何故それではいけないのだ」
「…ここでは、わたし達だけだろう」

 白の半魂は、黒の半魂の指先へ絡めるようにして、己の手を重ねた。

2012/5/29


愛と友情に支配させよ…(ロスvサガ+雑兵)


 十二宮の公用通路を下りてきたアイオロスは、目指す双児宮が見えてきたところで足を止めた。宮の入り口たる門柱前には、何人かの雑兵と黒髪のサガが見える。
 雑兵たちはサガへ何か包みを渡していた。今日はサガの誕生日だ。白い方のサガだけでなく、黒い方のサガへも果敢に贈り物をする者は多く、その度胸は大したものだと感心する。
 サガはさっそく包みを開けたようだ。立ち止まって眺めているのも不自然なので、アイオロスは再び宮へ向けて歩き出した。雑兵たちが気づいて彼へと頭を下げてくる。こちらのサガも他人の居る場所では、あからさまに次期教皇を無碍にはしない。ちらりと一瞥して、けれども挨拶をするでもなく、包みに視線を戻す。しかたなくアイオロスのほうから声をかけた。
「こんにちは、君たちもサガへのプレゼントかい?」
 『も』の一言へ、自分の用件を暗に込める。
 雑兵たちは目上の登場に遠慮するそぶりを見せながらも、それぞれ嬉しそうに肯定した。皆で金を集めて購入したのだという。なんら含むもののない純粋な好意だ。必要であれば牽制という手段も考えていたアイオロスは、少しだけ彼らを羨んだ。
「何をあげたの?」
 答えが返る前に、サガが包みから小さな箱を取り出した。上品な色合いのビロードで外張りされたリングケース。思わず声をあげそうになる。
「…指輪?」
 箱を開けたサガが、不思議そうな顔をして呟いた。どさくさに紛れてアイオロスが横から一緒に覗き込むと、両手で王冠の乗ったハートを持つ意匠の、シンプルとは言いがたいシルバーリングが収められている。
「クラダリングというのです」
 雑兵のひとりが言った。アイルランドに伝わる指輪で、ハートは「愛」を、王冠は「忠誠」を、両手は「友情」をあらわすのだそうだ。つまり、サガがそれらの幸せを手に掴むことが叶うようにという、彼らの願いが篭められている。
 サガはなおも妙な顔をして聞いていたが、おもむろにその指輪を左手の薬指に嵌めた。なんの躊躇もない動きで、アイオロスや雑兵たちもあっけにとられる。また空気を読まぬことに、サイズもぴったりと合っているようだ。
 サガは左手を目の前にかざし、じっと指輪を眺めた。
「装身具をもらったのは初めてだ。指輪印の付いた教皇の指輪とは、また用途も異なるのだろうな」
「ちょ、サガ」
 ようやくアイオロスが突っ込みを入れる。
「何故、あえてその指に嵌めるんだ」
「利き手では邪魔になろう。この指が一番不便なさそうだ。それに、下界ではこの指に嵌めている者をよく見る」
「嵌める指で意味がつくんだよ」
 サガはアイオロスへは返事をかえさず、くるりと雑兵の方をむき、嵌めた指輪をみせた。
「そうなのか?この指には、どのような意味が?」
 元偽教皇である彼はとても頭がいい。知識もずば抜けている。しかし、世俗の恋愛風俗や慣習については全く興味を持っておらず、『どうでもいいこと』であると判じている。ただでさえ聖域箱入りの彼だ。あえて得ようとしない下界の情報は、知らぬままに捨て置かれており、意外な一般常識を知らなかったりもする。
「通常、妻帯者である・恋人がいる…といった意味合いになります」
「そうか、では問題ないな。このわたしを妻帯者と思う者もおるまい」
 あっさりと答えた黒髪の双子座へ、あわててアイオロスが食い下がる。
「サガ、今の話聞いてたのか!?恋人持ちだと誤解するヤツはいるかもしれないだろ!」
 雑兵たちにサガを取られたような気がして、正直それはおもしろくない。事実、雑兵たちは驚きつつも大そう嬉しそうにしている。黒髪のサガが怪訝そうに尋ね返した。
「誤解は誤解で事実ではない。それに、誤解があったところで何だというのだ」
 慣習よりも己の利便性を優先させようとする思考回路は、彼らしい。
 ならば、利便性よりも問題のほうが多いということを知らしめることが出来れば、考えを覆すだろうか。
(ちょっと痛い目を見てもらおうかな)
 ほんの少しだけ、無防備すぎるサガに腹をたててもいたアイオロスは、にっこりと笑みを浮かべて宣告した。
「では、ためしに夜までそのままつけていてごらん。そうしたら、意味がわかるよ」


 夕方、アイオロスが再び双児宮を訪れると、黒髪のサガはソファーでぐったりしていた。目の前のテーブルには訪問者たちが置いていったのであろう贈り物や花などが積み上げられたままになっている。
 ちらりと手元に目を走らせると、指輪は外されていた。
「ね、俺の言った意味わかった?」
「……業腹だがな」
 アイオロスが来たというのに、虚勢をはる元気もないらしい。
 双児宮を訪れた者たちは、口々に指輪の件を問いただしたはずだ。ことにサガに執心のものたちは、相手は誰だと迫ったに違いない。サガが『相手も意味もない』と答えたところで、半数は納得しなかっただろう。それどころか、相手を庇って隠しているのかと、余計説明の手間が増えたことは想像に難くない。
 そして、そんな説明は黒のサガがもっとも不得手とする方面である。誤解を解くために相当の労力を使ったと思われる。
 アイオロスはサガの隣へ腰を下ろした。常であれば睨んでくるこちらのサガも、いまは大人しい。
「はい、誕生日おめでとう。昼間に渡しそこなったからね」
 サガの目の前に置かれたのは、アクリルで作られた、中身のない空のリングケースだった。無言でそれを見つめたサガが、異星人をみるような瞳でアイオロスに視線を移す。
「貴様、何を考えているのだ」
「中身はもう少し先になるけど、俺からの指輪をつけるときのために、薬指は空けておいて欲しいんだよね」
「その時にはまた誤解を解くための説明を強制されるのか、わたしは」
「誤解でなければ、説明は楽だよ?俺の名前出せばいいだけだもん」
 ね、と笑いかけたアイオロスを見る黒サガの表情は、やっぱり理解不能な相手を眺めるそれだった。
 アイオロスはもう1つ包みをとりだした。甘いギリシア菓子の詰め合わせだ。そこから1つ蜂蜜タルトを摘まむと、サガの口元へ運ぶ。
「こっちが用意してた誕生日祝い。食べない?甘いものを食べると疲れがとれるよ」
「…貰おうか」
 サガは珍しく反発することなく、その菓子にかぶりついた。

2012/5/31

HOME - TEXT - CP&EVENT - 2012双子誕