デフテロスとアスプロスは火山の頂きに立ち、夜空を見上げていた。
カノン島で星を見ようと思ったばあい、夜半まで待たねばならない。ギリシア近隣は暗くなるのが遅いためだ。
「まだ、明るいな」
「ああ。この地は星見に向いておらん。火山の地熱が空気を暖めて光を歪め、マグマの火が明かりとなって星の光を薄めてしまう」
弟の語りかけに兄が答える。
確かにこの地は星占いを行うには不向きだった。神託を呼び込むほどの星占いを行うためには、スターヒルのような高地かつ聖なる場所が必要だろう。
しかし、教皇でもない彼らがそこまで環境を整える必要はないし、そもそも、彼らが天を見上げているのは、星占が目的ではない。
というか、彼らは星占に否定的だ。
『デフテロスは凶星である』という星の予兆によって運命を決められてしまった双子からすれば、「星の託宣など知ったことか」という気持ちになるのは無理もないところだろう。
今晩の目的は、純粋に天文学の勉強であった。
聖戦後、アスプロスとデフテロスは話し合い、正規の双子座をデフテロスとした。そして、デフテロスの弱い部分である座学について、アスプロスが師匠代わりとなり、教え込むことになったのだ。
とはいえ、アスプロスも実のところ、それほどデフテロスに専門知識が必要だとは思っていない。教養の一環として、デフテロスが恥をかかぬ程度のものが身につけば良いと思っている。黄金聖闘士デフテロスが伸ばすべきはもっと別のもので、今彼らがこうしているのは、ようするに兄が弟と仲良くするための方便…兄の講義を弟が受けるという体裁をとったコミニュケーションだ。
「あっ」
デフテロスが声を上げる。
「どうした」
「星が流れた」
「そうか、お前の方が目はいいな」
アスプロスが笑う。瞬間的な動体視力や勘は、デフテロスの方がわずかに得意だった。常に影から兄の動作を眺め、遅れることなく追いかけた過去の生活がそうさせたのだ。
「何か願ったか?」
「そんなことは考えもしなかった」
「では次に流れたら、何か願ってみろ」
アスプロスがそう言うと、デフテロスは悩むような顔となる。
「願い事など特に…1番の望みは叶っている」
デフテロスの1番の望みは、本来の兄を取り戻すことであった。それは己の命と引き換えに叶えている。自我を鍛えた彼にとって、望みは何かに叶えてもらうものではなく、自ら手に入れるものなのだ。
「無欲な男だ。俺は願うぞ」
こちらはこちらで、望みは自ら手に入れるものだという信念でいる。同じ信念でありながら、兄の方が迷惑度ははるかに上だ。我欲の塊のような彼は(闇の一滴のせいであるとはいえ)目的のために手段を選ばないからだ。
「何を願うのだ?」
「地上の覇権」
「アスプロス!」
思わず睨んだ弟を、兄はフンと鼻で笑いつつも、どこか穏やかな視線で見つめ返す。
「…願うだけだ」
それは、もう実行には移さないという遠まわしな約束。
無言となったデフテロスへ、アスプロスはからかうように続けた。
「そういえば、テンマの故郷では、流れ星のことを夜這い星というらしいぞ」
あまりの話題転換に、デフテロスの眼が丸くなる。
「枕草子という書物に『星は昴 彦星 夕づつ(金星) 夜這い星少しおかし』とある。恋しいもののもとへ魂となって飛ぶことを例えたのだな。そういう意味では、独り身のお前もあやかって、何か願いを込めたほうが良いのではないか?」
自分とて独り身のくせに、堅物で真面目な弟へそんなことを言うと、今度はデフテロスも笑った。
「なおさら必要ない。流星となって飛んでゆかずとも、願う相手は傍にいる」
誰を、と口にされることはない。
ただじっと強く見つめる弟の視線に、アスプロスは胸が騒いで視線を逸らした。
2011/7/7
人の身ではどうにもならない運命というものはあるでしょうし、守護星座を持つ彼らへ星の宿命なんてぶっとばせ!っていうのも変ですが、凶星の定めは、聖域の因習と杳馬のちょっかいがなければ、二人で乗り越えていけたと信じたいです。