アテナが聖域在住の聖闘士たちを集めたのは、新年七日の早朝であった。
式典用にも使われる闘技場のひとつへ、炊き出し用の大きな寸胴鍋が設置され、何やらリゾットらしきものが温められている。急な召集に緊張していた聖闘士たちも、どうやら朝食をふるまわれるようだと気づいてホッと胸を撫で下ろした。
その場には聖戦の折に大活躍した青銅聖闘士たちも集合している。日本出身の彼らは、日付と用意された食事内容から大体の予測をつけ、アテナの発案を微笑ましく思いつつ説明を待っていた。
ちなみに彼らは、普段シベリアや五老峰などに散っていて聖域にはいない。年始の挨拶でアテナのもとへ訪れたついでに、簡単な雑務を命じられたり、黄金聖闘士による期間限定の修行を行ったりしていたため、聖域に残っていたのだ。
聖闘士が全員集まった頃、アテナが姿を現した。
アテナはまず皆に日ごろの労をねぎらい、そして予想通り皆に朝食を用意した旨を告げてくる。
「今日は日本で七草粥と呼ばれている風習をもとにリゾットを用意いたしました。七草粥というのは、邪気を払い一年の健康を願う目的で七種の野草をお粥に入れて食す行事で、中国における七種菜羹の習慣が伝わってきたと言われています。東洋では陰陽五行に基づいて七種ですけれど、ここギリシア聖域では黄道を司る十二を聖数として各宮にちなんだ食材を扱います」
聖闘士の半数は由来などどうでもよく、美味しい朝食をいただければそれで嬉しいのだが、流石にそんなことを口にするものはいない。アテナの好意自体には素直に感謝して、みな耳を傾けている。
そんななか、誰よりもまじめに話を聞いていたアンドロメダ瞬が口を挟んだ。
「ねえ沙織さん。実はけっこうその場の思いつきで話してないですか…?」
彼は世界で最も心清らかな少年であり、悪気は全くないのだが、その分言動はなにげに恐れ知らずの直球である。しかし沙織は動ない。にこりと威厳のある微笑で答えた。
「そんなことはありませんよ。ちゃんと前もって食材についても手配をしてあります」
「そうなんですか」
「参加型イベントということで、十二宮のみなさんにそれぞれ自宮由来の植物性材料を持参して貰いました。実はわたしもまだどのような食材が集まっているか知らないのですけれど、食べてみてのお楽しみというのも良いものですよね」
「…えっ、それって食材の用意を丸投げしただけじゃあ」
隣からつっこんだ星矢の口を、慌てて紫龍がふさぐ。
聖闘士たちの脳裏に『もしや朝から闇鍋?』という共通の想いが流れた。
皆の不安を代弁するかのように、紫龍は近くにいたシュラへ何気ない風を装って尋ねてみる。
「貴方は何を用意されたのでしょうか」
「松の実だ」
「松と山羊座は関係があるのですか?」
「牧神の聖樹が松なのだ」
まともな返答が返されたため、明らかにほっとした空気が一同のあいだに流れている。
だが、それはほんの僅かの間のことだった。
シュラは肩を竦めながら続けた。
「最初は葦を持って行ったのだが調理人に叩き返されてな…」
「当たり前だ、食えねえだろ!」
会話に割り込んだのはデスマスクだ。どうやら彼は料理の腕を買われて調理担当という貧乏くじを引かされたらしい。
「いや新芽や根の部分は食せるのだぞ」
「お前の持ってきたあの干草のどこにそんな部分が!山羊の食料にはなるかもしれんがな!」
デスマスクとシュラの言い合いを、他の聖闘士一同が遠い目で見守っている。
デスマスクは相当苦労したのだろう。聖域版十二草粥そのものは美味しかったものの、入っていた謎の具材の数々をどの宮が用意したものかを当てるというクイズ大会に発展し、本来の『正月に疲れた胃腸を癒す』という意味合いのほうについては来年にむけての課題となった。