1.ハイブリッド・ティーローズ(アフロディーテから)→2.ジュエルロード(デスマスクから)→3.トゥーテレリィ(シュラから)→4.センダンバイボダイジュ(タナトスから)→5.コーティング(シャカから)→6.ホープ・アーティファクト(カノンへ)
◆ハイブリッド・ティーローズ
双児宮の居住エリアでソファーに腰を掛けて本をめくっていたサガは、己のもとへ向かってくる何かを感じて顔をあげた。
それはかなりのスピードで近づいてくる。探査のため意識を集中しながら、サガは首をかしげた。大きさは羽ペンほどだろうか。矢のように飛来するそれは、優雅で品のある小宇宙に包まれていて、すぐに近しい同僚の顔を思い浮かべることができた。
(アフロディーテが飛ばしたのか)
下宮からのものであれば警戒を怠らないが、上宮から、しかも相手がアフロディーテならば、害のあるものではないだろう。そして、アフロディーテが飛ばすものとなれば、1つしかない。
大人しく待っていると、一輪のサーモンピンク色をした薔薇が、器用に柱の間を曲がりながら飛んできて、すとんとサガの膝の上に落ちた。そして、同時に魚座の後輩から小宇宙通信が入る。
『届いたでしょうか』
『ああ、綺麗な薔薇だな。これは何の実験だろう?』
『宮を越えての攻撃はどのあたりまで可能かと思って、薔薇を飛ばしてみたのですが…やはり貴方のようにはいかないようだ』
かつてハーデスの走狗として蘇ったサガが、双児宮から教皇宮のカノンのもとまで、幾多もの宮を越えて攻撃をしかけたことを指しているに違いない。苦笑しながらサガは答える。
『指向性の攻撃エネルギーそのものであったわたしの技と違い、お前の薔薇はサイコキネシスと小宇宙で操っているのだろう。これほど離れては、ムウでもなければ黄金聖闘士を殺傷できるだけの物理力を付加するのは厳しいぞ。まして本気ではないのならば』
決してアフロディーテの技が弱いわけではない。属性の差異だ。
物理的攻撃力としては低いかもしれないが、これが毒薔薇であったなら、数本も飛ばせば相手は知らぬうちに弱り、倒れる羽目になるはずだ。
攻撃的小宇宙が感じられないことからも、アフロディーテは本気を出していない。おそらくこれは実験ではなく、別の目的あってのものだろう。それを指摘したサガの言葉を、アフロディーテはやんわり否定した。
『威力が弱いのは認めますが、単に飛ばしにくかったんですよ。その薔薇は名前からして、わたしの手に余る種類でしたので』
肩をすくめている様子が、アフロディーテの小宇宙を通じて目に見えるように伝わってくる。本当の事を言っているようには思えなかったけれども、サガは咎めず流した。
『どのような名前なのだ?』
『カノン(花音)という品種です。扱いにくいので、貴方に差し上げます』
サガは目を丸くして、その薔薇を手にとる。
かなりの大輪だった。顔を近づけると爽やかな香りが強く存在を主張する。
なるほど、とサガは微笑んだ。最初からこれを届けることが目的だったのだろうに、魚座の後輩はときおりとても天邪鬼なやりかたをする。
長年付き合ってきたサガは、それが自分にのみ見せてくれる彼の懐き方だと知っていた。
『…ありがとう、大切にする』
『それはそれで少し腹が立ちますが』
『お前の贈り物だからだよ』
サガの礼を聞いたアフロディーテは、しばし無言になったあと、誕生日おめでとうございますと付け足した。
2011/5/30
◆ジュエルロード
魂にも色があって、誰一人として同じものはない。輝きにも差がある。
黄金聖闘士の魂はそりゃあキラキラしていて、宝石どころか、それこそ神話の星々のようだ。
なかでもサガの魂は俺を魅了する。光が強いだけじゃない、万華鏡のように移ろいゆく色彩は極上のオパールを思わせ、ときに毒々しいほどのピジョンブラッドにも変化する。カノンが近づくと影響を受けるのか、アクアマリンのごとく水色を帯びたりもする。白サガと呼ばれている時の色は、ほんの僅かな瑕疵すらない、極上のダイヤモンドのようだ。この輝きを見た後では、神の芸術品と呼ばれた彼の肉体ですら、宝石の保存箱にみえてしまう。
「いいか、引っこ抜くぜ?」
サガが頷くのを目にしたデスマスクは、そっと彼の魂を両手で掬い上げた。
死界ではヒト型をとる魂も、現世では基本的にヒトダマ状態だ。傷をつけないよう丁寧に身体から完全に抜き取ると、指の間でサガの魂がやわらかく身じろぐ。
肉体の方は目を閉ざしたまま動かない。誰かが遠目に見ても、椅子に座ったまま眠っているように見えることだろう。
「何でまたよりによって誕生日に、冥界へ降りたがるかねえ」
隣宮のよしみで、ふらりと祝いの言葉を述べに立ち寄ったデスマスクも、まさかサガから積尸気冥界波を乞われるとは思ってもみなかった。だいたいにおいて、幾多の戦いを経た黄金聖闘士は、エイトセンシズまで小宇宙を高めることが出来るようになっている。巨蟹宮の主に頼まなくても、みな自力で死界へいける筈なのだ。
だが、八識まで高めた強大な小宇宙は、皆に察知されぬ筈がない。サガはおそらくそれを避けたいのだ。キャンサーの技を使えば、簡単に魂だけとなって死界へ入ることが可能となる。気取られずに冥府へ降りるにはもってこいだ。
「じゃあ送りますケド、とっとと戻ってきて下さいよ。他の連中に気づかれたら、怒られるの俺なんですからね」
さっくり黄泉比良坂へ届けようとすると、またサガの魂が身じろいだ。
(ありがとう)
サガの意思が、小宇宙となって振動のように伝わってくる。
「しゃーない、冥界旅行が俺からの誕生日祝いってことにしときます」
そう返すと、両手の中にあったサガの魂が、笑ったかのように光を点滅させた。
たとえサガとどんなに近しい奴がいたとしても、例えばカノンですら、こんな風に彼の魂に触れることは出来ないし、許されないに違いない。
そのことに少しだけ満足を覚えつつ、デスマスクはサガの魂を黄泉比良坂へと押し出した。
2011/5/31
◆トゥーテレリィ
シュラが双児宮を訪れると、中からは宮の主ではなく、デスマスクの気配がした。
今日はサガの誕生日ゆえに、デスマスクが立ち寄るのは判るのだが、肝心のサガは出かけているのだろうか。
守護宮の主がいないのに、許可無く他人が宮内へ居座ることはありえないので、デスマスクは留守番役でも頼まれたに違いない…そう思いかけ、黄金聖闘士の鋭敏な感覚が、サガの小宇宙がほんのわずか宮内にあることを察知する。
少し迷ったものの、シュラは思い切って双児宮へと足を踏み入れた。
「よう、シュラ」
先に気づいて声をかけたのはデスマスクの方だった。
シュラも挨拶を返そうとして、一瞬息が止まる。
なぜなら、ソファーの上にデスマスクがふんぞりかえっているだけでなく、サガが彼へまるで寄りかかるようにして、目を閉ざしていたからだ。
シュラの視線に気づいたデスマスクが、ニヤリと笑う。
「お前ほんっとーに、サガのナイトだな」
「なんだと」
反駁しかけ、しかし落ち着いてよくみれば、サガは眠っているのではなく魂が抜けているのだと気づく。肉体の生命維持活動による僅かな小宇宙は残っているため、知覚の優れた者には却ってサガの不在が気づかれにくくなっているのだ。
「さっきまでは普通のイスに座ってたんだがな。身体がイスから落ちるとまずいだろ。だから安全なソファーに移動させたってわけ」
どうやら本当らしいので、シュラは持参した手土産をテーブルの上へ置いた。イベリコの生ハムとチーズだ。芸がないとは思うが、黒サガが好むので、スペイン近隣へ任務に出かけたおりには、必ず買って帰っている。
「何故サガがそんなことを」
「なんか、探し物があるってさ。詳しくは聞いていねえ」
サガを挟んでデスマスクとは反対側に、シュラも腰を下ろす。意識のないサガの面差しはとても整っていて、神の手による至高の彫刻を思わせた。
「言っておくがな、お前だから入れてやったんだぜ」
守護者の代理人としてのデスマスクが、ふんぞり返ったまま、天井を見ながら言う。
「お前かアフロディーテか、もしくはサガの弟のあいつでなけりゃ、サガがこんな無防備な姿を見せることを、許すはずがねえからな」
シュラは黙ってサガの髪に触れた。髪の色はシュラの手になじんだ黒ではなく、光の反射で青みがかる銀色だ。
「俺をナイトと言うが、お前こそよほど保護者のようだぞ」
言い返すと、デスマスクはニヤリと笑った。
「そのつもりだが、サガには言うなよ」
そう言う友の顔がどこか照れたような、得意そうな表情だったので、シュラも釣られて一緒に笑った。
2011/6/1
◆センダンバイボダイジュ
幽体となったサガは、黄泉比良坂を抜けて冥界へと降りていった。
冥界は聖戦において1度崩壊しているため、今サガが降り立っているのは、聖戦後に新しく再生されたものだ。
地形などは元のまま複製されているようだが、地獄と呼ばれるエリアはだいぶ以前と趣が異なっている。女神の要望により、死後、人間への罰を行わぬよう要請がなされているためだ。
サガは、血の大瀑布と呼ばれていた滝のあるエリアへと向かった。地上で人々が流した血が集まって川となり、崖上から滝となって流れ落ちる場所だ。
たどり着いてみれば、やはり1度リセットされたせいなのか、川幅は細く、勢いもゆるい。
だが、流れ続けている血は確実に地上での戦火や暴力によるもので、聖戦後も変わらぬ人間の愚かさに、サガの表情は曇る。
けれども、本日死界を訪れたのは、冥府見物のためではない。
己を鼓舞し、目的のものを探すため、サガは辺りを見回した。
滝つぼ近くにそれらしいものは見当たらない。
「何用だ」
突然声をかけられて、サガは反射的に身を硬くする。
相手が誰であるのかは、振り返るまでも無い。
空間を震わせるほどの強大な小宇宙は、人ではありえない。冥府に携わる神の一人、タナトスだ。
「探し物をしております」
サガは死の神の前で膝をつき、正直に答えた。
生者が勝手に冥府を訪れることは、生死の境界線を崩す行為であり、いわば不法侵入だ。ハーデスが聖戦で敗れて以降、曖昧にされている理(ことわり)ではあるが、冥界の神やその使い魔が異物の侵入を確認しにくるのは当たり前であるので、まずは礼儀を見せるのが筋だとサガは考えたのだ。
また、気性の激しいタナトスを怒らせるような言動は、慎んだ方が無難でもあった。
「このような辺鄙な場所で、一体何を探すと?」
瞳孔の無い銀の瞳が、射抜くようにサガを見る。タナトスはただサガを見たというだけだが、神に見つめられるということは、それだけで負荷がかかるものだ。
サガは怯むことなく、まっすぐにタナトスを見つめ返した。
「この場所には、冥府で唯一つ命を持って育つという、木欒子の樹が生えていると資料で見ました。出来ればその実を…」
「お前はバカか」
しかし、返ってきた言葉が単刀直入な貶しであったため、サガは反応に困って首をかしげた。言葉が足りないと気づいたらしいタナトスが、続けて叱責する。
「お前達はその実を使い、冥闘士を封じ込める数珠を作り上げた。矮小な人間の冥闘士など居ようが居まいが、我ら双子神がおれば戦力に問題はないが、それでもハーデス様の御力を阻む宝具の存在は鬱陶しい。その原料である木欒子の実をまた欲しいなどと、このオレの前でよくぞぬけぬけと申したものだな。大体、冥府の物を地上に持ち出すということ自体禁忌であることを、最近の人間は知らぬのか」
言われてみるとその通りなので、サガはますます困ったように眉を寄せた。
タナトスは小馬鹿にした表情を変えることなく、サガを見下ろしている。
「だが、黄金聖衣を着用しての来訪でないということは、公務ではあるまい。また、木欒子は生ある樹ゆえ、冥府に属するものというわけでもない。何に使用するのか返答次第では許してやってもいいぞ。自ら死したお前は、オレの民であるも同然だからな」
サガの表情が、多少の驚きと感謝に満ちたものへと変わる。
幸いなことに、本日のタナトスの機嫌はいいらしい。
「有難うございます」
「まだ許しておらん」
「弟が…カノンが本日誕生日を迎えますゆえ、木欒子の実を加工して贈り物としたく…」
「お前はバカか」
偽り無く述べたというのに、再びタナトスから同じ罵倒が降ってきたので、サガはまた反応に困って瞳を揺らした。
「死の神の前で、誕生を祝う話を嬉々としてするな」
「失礼いたしました」
またしても言われた通りであるため、サガは深く頭を下げる。
だが、タナトスはフンと鼻を鳴らして肩をすくめた。
「双子の弟が誕生日なのであれば、お前もであろう。木欒子の樹は、ハーデス様が若木をこの崖の東側の川のほとりへと移し変えた。以前の大樹は実を散らした折に枯れてしまったのでな。まだそれほど実は付いておらぬが」
「1つで充分…温情いたみいります」
素直な感情を滅多に顔に上らせぬサガが、ぱっと顔を明るくしたのを見て、タナトスはまた呆れたような視線を向けたものの、さっさと行けと視線で促す。
「片割れを祝うのは当然ゆえ、仕方がない」
自身も双子であるタナトスが、どう考えたのかは判らない。
それでもサガは感謝しながら頭を下げ、タナトスの示唆した場所へと急ぎ飛んだ。
2011/6/3
◆コーティング
木欒子の実を手に入れたサガは、冥府から戻ると、双児宮の守りをデスマスクたちに任せたまま、処女宮へと向かった。シャカはいつものように、修練なのか寝ているのか判りにくい座禅を組んでいたが、サガが来訪を告げると、その意識をサガへと向けた。
「何の用かね」
「これを…」
差し出した手のひらには、小さな木の実が乗っている。
「ほう、木欒子の実か」
さすがにシャカは一瞥しただけで(目は開いていないが)判るらしい。
「これの加工方法を、教えてもらえないだろうか」
乙女座であるシャカに、木欒子の実の加工方法を尋ねるとなると、その目的は1つしかない。
「閉じ込めたい魂があるか」
聖戦でも活躍したシャカの持つ数珠には、魔星の生死を判じるだけでなく、一時的に封じる機能もある。108ある珠のひとつひとつに、強大な結界である天舞宝輪と同等の力を持たせ、冥闘士の魂を閉じ込めるのだ。その宝具を作るために、当時の乙女座聖闘士は命を落とすほどの小宇宙を使ったという。
シャカの問いに、サガは首を振った。
「いや、封印機能は必要ない。ただ、魂が収まる場さえ作ることができれば」
「封印を施さぬのであれば、場の固定のみですむ。次元を操る双子座であれば簡単に加工が可能であろう」
言い終えると、シャカはサガの手に自分の手を重ねた。静謐な小宇宙が、触れた箇所を通じてサガへと伝わる。
小宇宙による誘導だと気づいたサガは、すぐに波動をあわせて己の小宇宙を発した。実を破壊せぬよう外側から現空間より切り離し、小宇宙を練り込み、独立した次元結界として固定させてゆく。
シャカは簡単と言っていたが、双子座のサガですらシャカの助けがなければ可能とは思われぬ技巧と精密さ、そして桁外れのエネルギーが必要な作業であった。二人分の凄まじい小宇宙を受け止めた木の実は、原石が磨がれて宝石となるがごとく圧縮され、真円の珠となっていく。
しばらくしてシャカが手を離すと、サガの掌の上にはまるで光を内部に押し隠しているような、不思議な輝きを持つ珠が残っていた。
サガはしげしげとその珠を眺めた。その珠からはシャカの数珠とは異なり、サガの小宇宙が色濃く感じられる。精製の際に、かなり小宇宙を飲み込んだのだろう。
「感謝する」
「このくらい、いつでも」
頭を下げたサガへ、シャカはなんでもないことのように応えた。ただ、シャカはサガが頭を下げることの重みは知っていたので、面白いものをみたとばかり口元に笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「君らへの誕生日祝いと思えば易いものだ。…弟がそれほど大切かね」
説明を受けたわけでもないのに、まるで内面を読み取ったように尋ねるシャカへ、サガは隠すでもなく少し照れたように「ああ」と微苦笑した。
2011/6/7
◆ホープ・アーティファクト
「誕生日おめでとう」
海界の仕事から帰ってきたカノンへ、サガが発した第一声はそれだった。
「おまえもな、サガ」
予測していたことではあるので、カノンはすぐに祝いの言葉を返し、ソファーへと腰をおろす。少しだけ残っている小宇宙から、夕方まで蟹座と山羊座が来ていたことがわかる。
テーブルには赤ワインとチーズ、そして手作りの軽食が並んでいた。おそらくその二人が用意したのだろう。サガがオープナーでコルクを抜き始めて、カノンはなんとは無しにそれを眺めていた。視線に気づいたサガが、カノンのほうを見る。
「どうした、腑抜けた顔をして」
「いや、なんかこう…腑抜けもするだろ。平和すぎて」
まるで普通の家族のようだ。いや、兄弟二人で祝いあうって普通かな。いろいろな想いがカノンの脳裏をよぎるものの、総合するとやはり『平和すぎる』という結論になる。平和を馬鹿にしているわけではないのだが、多くの修羅場をくぐってきたカノンにとっては、こそばゆいような、自分がまるで似合わない立派な衣装で飾り付けられているような、そんな心地になるのだ。
サガもそれは判っているようで、揶揄することもなく二つのグラスへワインを注いでいる。
「今は大切に味わおうではないか…どうせ長くは続かないのだから」
「なんだ、この平和を長引かせるのが聖闘士の勤めとか、説教しないのか?」
「お前にとってこのサガは、向かい合うと説教しかしない相手か」
心外そうに言いながらも、ワイングラスを両手に持ち、カノンへ1つ手渡す。示し合わせるでもなくカチリとグラスを乾杯させ、同時にワインを喉へ流し込んだ。まだ開ききっていない芳香が、ふんわりと後から鼻腔をくすぐっていく。
「カノン、手を出してくれ」
「ん?」
言われるままに空いているほうの片手を差し出すと、サガはその手のひらへ、鈍い光を内包した宝石のような珠を落とした。
「なんだ、これ?」
流石にカノンは、それがただの宝石ではないことを見抜く。サガの小宇宙を含んだ磁場が、実際よりも珠を重く感じさせた。
「それは木欒子を加工したもの…それを作るのに、皆が手伝ってくれたのだよ」
「木欒子というと、たしかシャカの数珠の元になってるアレか。オレに念仏でも唱えろとでも?」
「そのときになったら、念仏ではなく、普通に話しかけて欲しいかな。今そうしているように」
「サガ?」
カノンが怪訝そうな目を向けると、サガは真剣な顔で見つめ返した。
「それを受け取ることが、わたしへのプレゼントだと思って、我侭を聞いて欲しい」
「お前が我侭って、そりゃ明日は雪が降るな」
茶化しながらも、カノンは姿勢を正した。兄が頼みごとをすることなど、滅多にあることではないからだ。サガは静かにとつとつと言葉を紡いでいく。
「今は平和だが、お前は海将軍筆頭で、わたしは黄金聖闘士…死に場所が同じであるとは限らぬ。お前が先に死んだときには、お前は双子座の聖衣へ魂となって宿り、わたしと共にあってくれるだろう。しかしわたしが先に死んだとき…わたしが海龍の鱗衣へ宿ることは、おそらく許されない。そしてお前も海界で黄金聖衣をまとうわけにはゆくまい」
「……」
「だから、その珠を持っていてくれ。わたしはきっとお前の傍へ行く。その珠に宿り、お前が死ぬ時まで、冥府からではなく傍らからお前を見守りたいのだ」
「……お前、根暗っつうか、誕生日にいうことか、それ?」
それでもカノンはその珠を握り締め、ワイングラスをテーブルへ置くと乱暴にサガを抱きしめた。
2011/6/10