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◆シュラ誕2011
※エピG設定が混じります。


 黒髪のサガが、闘技場の観覧席にあたる石段に腰を下ろし、中央を見下ろしている。
 視線の先では山羊座のシュラと獅子座のアイオリアが、実戦形式での対戦を繰り広げていた。
 黄金聖闘士同士の対戦は、その威力やスピードから大規模なものとなりやすい。そのため、第三者の黄金聖闘士の立会いが必須とされているのだ。対戦者同士が興に乗りすぎて稽古の域を超えた場合や、周囲に被害が及びそうな場合、その立会人が制止をかける。万が一のための安全弁である。
 シュラのエクスカリバーが真っ直ぐにアイオリアへと向かった。アイオリアはその軌道をライトニングプラズマで弾く。剣道でいう『払い』や『すりあげ』の要領だ。どんな相手や技をも真っ二つにするであろうシュラの手刀を正面から受けることはせず、角度をつけてエネルギーを加えることで、軌跡を逸らし、凪ぐ。相手の光速拳を事前に読み、同じ光速拳でもって対峙せねば出来ぬ芸当である。シュラは目を細め、エクスカリバーを繰り出す回数を増やしていく。エクスカリバーも光速とはいえ、一秒間に1億発繰り出されるライトニングボルトに比べると拳数は少ない。だが、その分攻撃力があり、威力が重い。1発でも当たれば、黄金聖衣を着用していないアイオリアの肉は、きれいに切り裂かれるだろう。
 矛先を逸らされたエクスカリバーによって、アイオリアの周囲の大地には幾筋もの深い亀裂が描かれている。そしてシュラの周囲には、逆に聖剣で斬り払われ、分散させられたライトニングプラズマのエネルギーが、地面を抉り、岩を砕いている。
 光速拳同士がぶつかり合うたびに、その衝撃で火花のような光が散った。一瞬でもどちらかの集中力が途切れたならば、その瞬間にその者は命を落とすに違いない。極限状態のなかで、シュラにはアイオリアしか見えず、アイオリアにはシュラしか見えていない。千日戦争と呼ばれる拮抗状態だ。その集中力が災いし、相手以外からの干渉や周囲に気が廻らないこともままあった。立会人を必要とするのは、そんな状態をカバーするという意味合いもあるのだ。
 しかし、その立会人が黒サガなのであった。

(またこの隙に幻朧魔皇拳でも撃ってやろうか)
 二人の世界に入りかけているシュラとアイオリアを見て、黒サガはこっそり物騒なことを考えていた。シュラもアイオリアも、かつて黒サガによって幻朧魔皇拳を放たれたことがある。シュラはそれによって正義感を一部破損され、アイオリアは星矢の前へ立ち塞がったのだ。
(二人同時にというのは難しいかもしれんな。聖闘士に1度みせた技は通じぬ可能性もある)
 むろん本気ではない。立会人を任されるということの意味をサガは理解していたし、その信頼を裏切るつもりもない。ただ、ヒマであったのだ。同じ戦士として、これほどまでにレベルの高い戦闘を目の当たりにして血の踊らぬはずはないというのに、自分は手出しの叶わぬ状態である。せめて脳内シミュレーションで…と、色々な可能性を探っているのであった。

 そのうちにシュラとアイオリアは組み合いの形になった。奇しくも以前、シャカとアイオリアが教皇の間で見せた拳底を押さえ込みあう姿と同様になっている。体術においては黄金聖闘士のなかでもひときわ抜きん出るシュラではあるが、こうしてエクスカリバーを放つ拳を押さえられてしまうと、パワーに優れたアイオリアを簡単に振り払うことが出来ない。
 黒サガはふむ、と考え込んだ。
(あの時にはわたしに歯向かったアイオリアに撃つという選択肢しかなかったが、どちらか一人にしか撃てぬのならばシュラにしても良いわけか。だが、シュラは魔拳を撃たずともわたしの頼みを聞くだろう。ならば、やはりアイオリアを屈服させる方が楽しいかもしれん。アイオリアはまだわたしに気を許してはおらぬしな。さて、その場合何を命じてやろう)
 だんだん、戦闘シミュレーションではなく『宝くじに当たったら何を買うか』レベルの想像になっている。対戦の裁定者として、両者に危険のないようきちんと戦闘の動向を目で追ってはいるものの、ある意味この場で1番危険なのはその裁定者本人であった。対戦中の二人は、黒サガがまさかそんなことを考えているなどとは知る由もない。
(そういえば、今日はシュラの誕生日ではないか。アイオリアにシュラの願いを叶えるよう命ずれば、一石二鳥というもの)
 あくまで本気ではない…はずなのだが、黒サガの中でほんの僅か『放ってみようか』という意思が揺れ動く。

「駄目だよ?」

 背後から突然、心を読んだかのように声をかけられて、黒サガは低く舌打ちした。
「サジタリアスか。何をしにきた」
 アイオロスの接近には気づいていた。敵であれ味方であれ、闘技場の二人に代わって周囲を把握し、対処するのが立会人の役目だ。敵であれば排除し、雑兵などが近づいてうっかり技の余波を食らいそうなときには保護する。アイオロスはそのどちらでもないけれども、黒サガが仲良くしたい相手でもない。
 アイオロスのほうはお構いなしで、ひらりと笑顔で片手をふり黒サガに話しかける。
「何をしにって、今日は一緒に出かける約束だろう」
「そんな約束をした覚えがない」
「あっ、酷いな。シュラへのプレゼントを来年も一緒に買いに行こうって、昨年の今日話したじゃないか」
「………」
 そういえば昨年度は、アイオロスと黒サガの歩み寄り自体が何よりのシュラへのプレゼントだとして、贈り物を二人で買いに街へ降りたのだった。約束をした覚えはないが、そのときそんな会話を交わした記憶はある。
 苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、本日がシュラの誕生日であることを思い出して黒サガは己を抑えた。昨年確かにそう言ってアイオロスを誘ったのは自分であり、すぐ近くにシュラがいる以上、ここでアイオロスと揉めるわけにはいかない。少なくとも今日だけは。
 黙ってしまった黒サガをニコニコと確認し、アイオロスは眼下の千日戦争にも目をやった。
「へえ、あのアイオリアがシュラと千日戦争に持ち込めるほどになったとはなあ…成長したものだ」
「…」
 嬉しそうに英雄が語るのを、黒サガは微妙な顔で聞いている。シュラとアイオロスの因縁、自分とアイオロスの因縁を考えると、こんな会話をしていること自体が奇跡のようなものだ。
 アイオロスは闘技場へ視線をむけたまま、黒サガへ言葉を向けた。
「あと、さっきのことだけど」
「さっき?」
「アイオリアに魔拳を撃つのは阻止させてもらうが、幻朧魔皇拳自体には反対じゃないんだよ?」
 アイオロスが予想外のことを言い出したので、黒サガは呆気にとられた。思わず顔を見ると、アイオロスが振り向いて人好きのする笑顔を返す。
「教皇になった暁には、俺も使えるようになるんだよね。誕生日のときにでも、君に使わせてもらえたらなあって」
 笑顔の後ろに、猛禽の鋭い爪が隠されもせずちらついている。冗談なのか、本気なのか読みきれない。
 普段であれば問答無用でアナザーディメンションあたりをくりだす黒サガであったが、今日は前述のとおり、シュラの誕生日である。非常な努力を要して我慢をした黒サガは、その代わりに立ち上がってシュラとアイオリアへ呼びかけた。
「二人とも、そこまで」
 裁定者の声と小宇宙での呼びかけにより、ようやくシュラとアイオリアはサガの方を向く。そこで初めてアイオロスが来ている事に気づいたのだろう。二人の表情が柔らかく穏やかになった。
 黒サガが朗と響く声で対戦の終了を宣告する。
「このままでは千日戦争が続くだけだ…鍛錬はここまでにして、今日は街へつきあえ。わたしとアイオロスが奢ってやる」
 シュラは意外そうな顔をしながらも喜びをみせ、アイオリアは兄と出かけることが出来ることに対して純粋に顔を輝かせている。
「ここでサガと待っているから、早く着替えておいで」
 アイオロスは勝手に話を進められたことを怒りもせず、合わせるように声をかけてやりながら、黒サガにしか聞こえぬようぼそりと呟いた。
『うまく逃げたね』
『今年も貴様と二人だけの外出などというのはごめんだ』
『ま、それはまた日を改めて』
 軽くウインクをする余裕をみせたアイオロスに対して、黒サガは低い唸り声を漏らす。
「今日は目いっぱいシュラを三人で祝ってあげようよ、サガ」
 それを告げる本人には思うところがありまくるものの、内容に対しては否定する部分がなく、黒サガはしぶしぶアイオロスの言い分に頷いた。



(−2010/1/13−)

この四人はそれぞれに複雑な関係ですが、アイオリアもアイオロスも黒サガもシュラが大好きです。そして何だかんだいって四人ともいい関係を結べるようになって来ているといいなと思います。