1.類推(事前準備・双子)
2.ペガサスの薔薇(星矢vサガ)
◆類推
海界での仕事が片付き、双児宮へ戻ってくると、黒髪のほうの兄が何か考え込んでいた。表情からして深刻なものではないと判るが、真剣なのは確かだ。
「何かあったのか」
尋ねるとサガは顔をあげ、突然こんなことを聞いてきた。
「お前は13歳の頃、どのようなものが欲しかったろう」
「金とか酒とか権力とか」
「思った以上に参考にならんな」
正直に答えてやったのに、サガはため息をついている。
「お前だって教皇の座とか、似たようなものだったろ。一体なんだと…」
言いかけて、13歳という言葉にピンとくる。そういえばそろそろ冬だ。
「なるほど、あの小僧にか」
サガは答えないが、そうに違いない。何かを贈りたいと思いつつ、いまどきの子供が、というか星矢が、どんなものを喜ぶのか判らないで居るのだ。
もうひとりのサガならともかく、こちらのサガの好意まで得ている星矢は、気に食わないが大した奴だと思う。
「そうそう、13歳の頃といえば、もっと欲しいものがあったなあ。あの小僧もそーいうのが良いんじゃないか」
わざとらしく棒読みで言ってやると、サガが食いついてきた。
「それは何だ」
「当ててみろ」
挑発的に笑うと、サガが意表を衝かれたのか、紅い目を瞬かせ、きょとんとした顔になる。
「オレが13年前に一番欲しかったものを、お前が当ててみろ」
ますますサガが変な顔をしたので、オレは兄を放置して台所へ夕飯の支度をしに向かうことにした。せいぜい悩めばいいのだ。あの小僧へのプレゼントのヒントでもあるのだし。
簡単な夜食を作ってリビングへ戻ると、サガがぼそりと聞き返してきた。
「今でもお前はそれを一番欲しいか」
白いほうと違って、多少は鈍感ではないらしい。
「さてね」
オレはサガの前に腰を下ろし、作りたての野菜スープに匙をつっこんだ。
2011/11/9
◆ペガサスの薔薇
12月1日は星矢の誕生日だ。昨日のアイオロスの誕生日にひきつづき、聖戦勝利の立役者を祝う者の訪れが絶えない。
アイオロスは人馬宮で皆を迎え入れたが、星矢用には女神の好意で、小さめながら迎賓用の広間が貸し出された。聖域での星矢の住まいは、寝るだけが用途の狭い修行小屋であり、とても来客を呼べる作りにはなっていないためだ。
広間の中央には、ケーキや菓子皿やオードブルが並んでいる。星矢は大仰なことはしなくていいと断ったのだけれども、半分セレモニーの意味合いもあると女神に主張され、公務として押し切られたのだ。ぶつぶつ言っていた星矢も、目の前に食べ物が並ぶと嬉々として食べ始め、少し離れた場所から眺めていたサガは目を細めた。
(あの子供のような少年が、かつてはわたしを退け、聖戦では神をも倒したのだ)
くるくると動き回っている姿は、主賓としては落ち着きがない。しかし、こと星矢に関してはそれを諌める気にならなかった。例えばこれが弟のカノンであったなら、一言言わずにはおれなかったのではないかと思う。
(やはりわたしは星矢に甘いのだろうか)
隣宮に住む後輩の指摘を思い出して苦笑する。
だが、そういうデスマスクも青銅聖闘士たちには多少優しいことを、サガは知っている。デスマスクだけではない。黄金・白銀聖闘士たちのすべてが、青銅聖闘士の五人のことを目にかけている。
本来、上位聖闘士たる自分たちがすべきことを、不甲斐なさから青銅の少年たちに肩代わりさせたという思いがあるからだ。
その星矢が、サガを呼んだ。
「どうした、星矢」
低く張りのある声は、聞くものを酔わせる。姿かたちだけでなく、声まで人を惹きつけるのがサガだ。しかし星矢は頓着せず、もっと顔を近づけろとゼスチャーをしている。
「?」
首をかしげながらも、視線の高さを合わせるために屈みこむと、星矢はにっこりとフォークにイチゴを刺してサガの口元に差し出してきた。
「あーん」
食べろということだろう。サガは目をぱちりと瞬かせながらも、そのイチゴを口にした。ケーキや菓子皿の並ぶテーブルから、甘い匂いが漂ってくるが、その甘さに負けぬ瑞々しい味わいだった。
「美味しいだろ?さっき食べたら凄く美味しかったから、サガにも食べてみて欲しいなって。おすそ分け」
「…ありがとう、星矢」
厳格な階級社会に育ったサガにとって、このように親しげなやりとり自体、新鮮なものだ。本来であれば青銅聖闘士の星矢とて、黄金聖闘士であるサガに対してそのように振舞うことは許されない。しかし、個々の付き合いがあれば別だ。シオンや童虎も、白銀聖闘士に無二の親友がいたと聞いている。
(こうしていると、周囲からは、まるで友達に見えるかもしれないな)
そう考えかけ、サガは赤くなった。友人であったら嬉しいのにと考えた自分が、少し図々しいような気がしたためだ。
「ちなみに、呼んだのは別件なんだ」
星矢の声でサガは我に返り、また首をかしげる。
「なんだろう」
「実はさっき、アフロディーテがお祝いにって花を置いてったんだよ」
「アフロディーテがか」
「うん、それも薔薇!俺に花なんて似合わないって思ったけど、その薔薇は『ペガサス』という名前なんだって。わざわざ取り寄せてくれたらしくって。アフロディーテがそこまでしてくれるなんてびっくりした」
「彼は認めた相手にはマメだよ」
「でも、花を渡しながら『名前をあわせてみたが、思った以上にお前は花が似合わない』なんて言うんだぜ!『お子様にはこちらのほうが良かろう』って駄菓子の包みも寄越してさ…まあ、嬉しかったけど」
「アフロディーテらしいな」
「で、更にあいつが言ったんだ『もうすぐサガが来るから、そのペガサスの薔薇を一輪渡してくれないか』って」
「わたしに?」
星矢の誕生日に、何故自分が星矢から薔薇を貰うのだろう。プレゼントをする立場は自分なのではなかろうか…サガは胸中で不思議に思ったが、星矢は疑問を持っていないようだ。
花篭のなかから1本、一番美しい薄紅色の薔薇を選び、星矢はそれをスッと抜いた。
贈り主の配慮なのか、棘は処理されている。
「そんなわけで、俺と同じ名前の花を、貰ってくれる?」
薔薇を差し出してくる星矢の瞳は真っ直ぐで、思わずサガは見惚れ、そのことに内心で動揺しうろたえた。
(花を貰うことなど、慣れているはずなのに)
さらに、サガをもっと動揺させたのは、星矢からの花を受け取ったとたん、周囲でざわめきと歓声が上がったことであった。口笛を吹く雑兵までいる。
「やるなあ、星矢!」
「お前ならイケるぞ!」
「目標は高い方がいいさ!」
冗談まじりの応援の声からして、どうやら花のやりとりが何かを勘違いさせたようだ。
慌ててサガが誤解を解こうとする前に、星矢が遮る。
「サガ、ピンクの薔薇の花言葉は『愛を待つ』なんだって」
星矢が花言葉なんて知っているわけがない。これもアフロディーテの入れ知恵だ。
「俺も待ってみていいかな?」
周囲はますます盛り上がっている。
(これはおそらく、アフロディーテの仕掛けによるイベント盛り上げ企画だ。星矢は知らず乗せられているだけだ)
そこまで現状把握できているのに、サガはそれを冗談として流すことが出来ない。
「…それに応えれば、お前への誕生日プレゼントになるのだろうか」
「なるよ!」
星矢は嬉しそうに身を乗り出した。
「誕生日の今日限定でいいから、サガと仲良くしたい」
野次馬の盛り上がりは最高潮を見せたが、既にサガの耳には星矢の声しか聞こえていない。
サガは手の中の薔薇をそっと握りなおした。
「では、この薔薇が枯れるまで、わたしはお前のものとなろう」
のちにその場にいた者たちは、サガのことを『あれは真剣モードだった』と語る。
しかし、星矢のもの宣言をしたサガが何をしたかというと、星矢と一緒に寝起きして修行したりご飯を食べただけだったので、野次馬たちは微妙にがっかりした。
2011/12/1
今年はロス誕が出来なかったことが超悔やまれます。ロスも星矢もHAPPYバースデー!(>△<)