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◆カニ誕2010


「どういうのが、お前の好みだろうか?」
 突然尋ねられたデスマスクは、覗き込んでいたショーケースから視線をサガへと向けた。
「オレの好み?」
「ああ」
 迷わずサガを指差すと、元偽教皇は妙な顔をした。
「何故わたしを指すのだ」
「好みの話じゃないのか」
「時計の話だ」
 映画帰りに見たい店があると言うので、サガにしては珍しいこともあるものだと思いつつ、デスマスクは一緒についてきてやったのだった。着いた先は時計屋で、ますますデスマスクは珍しいなと考えた。サガに物欲はほとんどない。黒サガですらそうだ(その代わり支配欲や上昇志向に溢れていた)。必需品は聖域支給のもので全て済ませるタイプで、私室も物がなく質素なものだ。そもそも13年間の僭称教皇時代、彼が町で個人的な買い物などをすることは出来なかった。まともに買い物自体したことのない人なのだ。
 だが謎はとけた。おそらくサガはデスマスクの好みを聞いたうえで、時計を買おうとしているのだ。
 誕生日のプレゼントとして。
 ピンときたデスマスクは、店の中をみまわした。ここは時計専門店ではあるが、デスマスク好みのブランドはあまり取り扱っていない。サガはそういうことに疎いので、時計店はみな同じように見えているに違いない。更に言えばデスマスク好みのブランドの時計は、気軽なプレゼントとして買ってもらうには高すぎる。そういうことも多分サガは判っていない。
 デスマスクは少し考え、それからサガに返事をした。
「時を計るものではあるが、ここに無いものでもいいか?」
「どのようなものだろう?」
「キッチンタイマー」
 デスマスクの返答に、サガは首をかしげた。どうやら世俗に疎い元教皇様は、キッチンタイマーが何かということも判っていないレベルのようだ。
「料理を作るときには、時間が正確であることも大事だったりするんだよ」
「なるほど、台所で使う時計か…しかし、そんなもので良いのか」
「ああ、その代わり、同じものを2個買ってくれ」
 ますますサガは首を傾げている。
「台所に時計を2つ置くのか」
「違うさ、1個はアンタ用に。オレとお揃いの時計ってわけだ」
 目をしばたいてるサガへ、デスマスクは笑った。
「きちんと時間を計れば、アンタの料理はもう少しマシになるぜ」
「………」
 それを聞いたサガは、何故か無言となった。その無言は思ったよりも長く続き、踏み込みすぎて気を悪くしたかなとデスマスクが思いかけた頃、ようやく口が開かれる。
「カノン以外と、揃いの物を持つというのは初めてなのだ。」
「へえ、弟とお揃いにしたりするのか。仲いいんだな」
「いや、そういう意味あいではなく…別人であることを悟られないように。同じものをそろえるか、同じものを共有した」
「ああ、なるほど」
「だから、少し驚いたのだ。そうだな、考えてみれば、友人とも揃いのものを持てるのか」
 暖かな笑みをサガが零したのを見て、デスマスクは慌てて口を挟んだ。
「ちょっと待った。聞き流してたが、初めてだって?」
「ああ」
 それがどうしたという顔で返事をするサガだが、デスマスクは畳み掛けるように続けた。
「やっぱりキッチンタイマーはやめとく」
「…す、すまない、今の話が重かったろうか、揃いのものでなくともわたしは」
「バカ、逆だっての」
 デスマスクはサガの手を掴み、店の外に出た。
「そういうことなら、ちゃんとしたものをアンタと揃えたい。今から別の店に行くぞ」
「え?」
「多少値は張るが、我侭言わせて貰おう。アンタの分はオレが買うから」
「ちょ、ちょっと待たないかデスマスク」
「安心しろ、ちゃんとアンタにも似合うデザインを選んでやる。品と質とセンスが良くて、いつでも身に付けていられるものをな!」
 サガがそれ以上何か言う前に、デスマスクは目的の店へと強引にテレポートした。

2010/6/24