1. 海界祝い …(海将軍&海皇→カノン)
2. ノーカロリー …(雑兵&アイオロス→黒サガ)
3. 甘い記憶 …(LC双子)
4. YOURS NEVER …(カノン&タナトス→サガ)
5. サイン …(シオン→サガ)
◆海界祝い…(海将軍&海皇→カノン)
海将軍筆頭の誕生日祝いをしないか、と言い出したのはイオである。
「は?あんな男のために何故です?」
ソレントが真っ先に辛らつな返事をした。聖戦後に蘇生を果たした海将軍の面々は、シードラゴンが実は双子座の聖闘士でもあり、己の野望のために海界を利用しようとしたことを既に知っている。その後、性根を入れ替えて真摯に働き続ける姿をみて、少しずつ許してはいるものの、微妙な距離はそのままだ。
「それでも海将軍筆頭ではあるし、皆が歩み寄るいい機会なんじゃないかと思って」
イオの言葉にバイアンも頷き、肩を持つ。
「海将軍は一枚岩であるべきだ。過去はともかく、軋轢は無くした方が良いのではないだろうか。対外的にも」
「それはそうですが…」
海将軍内に不協和音があるとなれば、他界につけ込まれやすい。その原因が筆頭ともなれば、必ずそれを利用するものが現れ、海界内での不満の声を大きくするための材料として用いようとし、扇動も行われるだろう。
「そういった難しい話はともかく、戦後の復興については、何だかんだ言ってあの男の世話になっているのだから、祝いのひとことくらいは良かろう」
クリシュナが言うと、微妙ながら横からテティスも同意する。
「そうですよね。復興することになった原因もシードラゴン様ですけどね…」
するとそのとき、潮が満ちるように、ポセイドンの意思が響き渡った。
『祝ってやればよい。ただし、あの男は大罪人。公費を割くことはまかりならぬ』
突然のポセイドンの降臨に、皆は驚きながらもその場に膝をつく。
こういった場面に慣れているソレントが、皆を代表して疑問を口にした。
「恐れながら、ポセイドン様は海龍をお認めにはなっておられぬと言うことでしょうか」
『資格と能力のないものを筆頭にすえたりはせぬ』
ソレントは無意識に安堵の息を漏らした。ソレントだけではない、海将軍たちは一様にほっとした顔を見せている。カノンに反発しながらも、ポセイドンが彼を大罪人呼ばわりした事で、もうシードラゴンとは認めていないのではないかと、不安が先立ったのだ。
「では、個人的に祝う分には問題がないということで宜しいでしょうか」
カーサが問うと、ポセイドンは『好きにするが良い』と答えた。
結論が出て皆が解散したあとには、ポセイドンとソレントだけがその場に残った。
「あの人を海龍とお認めになっているのに、公費を許さないと言うのは、どうしてなのでしょうか」
ポセイドンはといえば、話しやすいようにだろう、何時の間にかジュリアンの似姿をとって、面白そうにソレントを見つめ返している。
『関係回復のためならば、個人的に祝われた方が良かろう。それに、公行事として祝うと批判も出る。海将軍の中にはまだまだ複雑な者もあろうからな』
ソレントは顔を赤くして横を向いた。暗に自分のことを言われたと感じたのだ。
「しかし、公の立場で祝う事は、海龍に対してポセイドン様の許しが出ている事を、広く知らしめる格好のパフォーマンスにもなります」
『それについては、私の名で贈り物を出せば、同等の効果を得られよう』
ポセイドンは暖かい声で海魔女を諭した。
『なにより、そのようなことで公費を無駄にすることを、海龍自身が嫌う』
「それは…まあ、確かに…」
行事とした場合、式典や格式なども整えねばならず、時間やお金も相当必要となるだろう。復興作業は今も現在進行中で、忙しい日々が続いている。そのようなときに、生誕祝いの準備に時間と金を割くのは、確かに反発を招きやすく、なにより祝われる本人の不興をかう可能性が高い。
『ただ、無駄でなければ私もあの男も費用は惜しまぬ。実行した場合にかかる経費を算出し、その金額は水害で被害にあった地域へ寄付としてまわしてやるが良い』
「…そうですね。」
押し黙ったソレントに対し、ジュリアン姿のポセイドンがぽんと頭を撫でる。
ポセイドンが意外なほどにカノンを理解している事に対して、沸き起こった感情は喜びなのか焼餅なのか、ソレントは複雑な気持ちでその場をあとにした。
(2010/5/28)
◆ノーカロリー…(雑兵&アイオロス→黒サガ)
闘技場を目指して十二宮を降りていたアイオロスは、双児宮から出てくる人影をみつけて軽く手を振った。現れたのはサガだ。サガの髪は黒かったが、そんな事は気にしない。サガ側はといえば、直ぐにアイオロスに気づいたようで、わずかに顔をしかめたものの、珍しく彼の方から声をかけてきた。
「早いな、今から鍛錬か?」
「ああ、そうなんだ。君は?」
まだ陽も昇っておらず、東の空は明るくなり始めたものの、辺りは薄暗い。
アイオロスは頷きながらも、何気なく探りを入れてみる。黒髪のほうのサガは、基本的に自分で食事を作らないため、そのあたりの雑兵を捕まえては朝食の用意をさせることがよくあった。その度に黒サガファンになる雑兵が増えるので、牽制はしているのだが、なかなか追いつかないのだ。
しかし、どうやら今回は朝食確保のための外出ではないようだ。よく見ると、黒サガはアイオロスと同じように、訓練用の丈夫で身軽な麻服を着用している。
黒サガはあっさりと返事をした。
「わたしもだ。丁度よい、貴様が暇ならば、わたしの鍛錬に付き合え」
「え、いいのか?」
思わぬサガの申し出に、声をかけたほうのアイオロスが驚いた。いつもならば挨拶をしても無視をされることが多いくらいで、こちらのサガは明らかにアイオロスと関わりを持たぬよう振舞っているのに。
勿論、そんな距離感は大いに不満だ。機を見ては手を変え品を変え、あらゆる方法で接近を目論んでいたのだが、その成果が出てきたのだろうかと、じっとサガを見る。
「何だ、わたしの顔に何かついているか」
「いいや、それよりじゃあ直ぐ行こう!訓練場を確保しないとね」
理由はわからないが、気が変わる前に実行するのが得策のようだ。
早朝ではあるが、訓練生たちもそろそろ修行を始める時刻だ。黄金聖闘士同士の訓練ともなると、周囲に被害を及ぼさぬよう広範囲の場所が必要となるものの、訓練生たちを追い出して陣取るわけにもいかない。先に専用闘技場を確保する必要があった。
アイオロスは黒サガの手を返事も待たずに掴むと、鼻歌を歌う勢いで道を駆け出した。
アイオロスとサガの稽古は実戦さながらの激しさで、拳の打ち合う音が遠くまで響き渡る。ただし、拳速はマッハ程度だ。逸れた攻撃が地面をえぐる事はあっても、闘技場が倒壊するほどの威力はない。双方、力を抑えての撃ちあいだった。
抑えているとはいえ、気を抜くと一瞬で首が飛ぶレベルではある。油断は出来ないのだが、アイオロスは内心で首を捻っていた。
(アレ?何か動きに無駄が多い…?小宇宙の燃やし方も効率が悪いし)
白銀聖闘士程度では見分けのつかぬような差異も、黄金聖闘士であり教皇候補でもあるアイオロスの目には、大きな粗となって映る。手を抜かれているのかと思ったが、攻撃内容を見る限り、それもちがう。何よりサガはそんな失礼な事はしない(はずだ)。
(では、調子が悪いのだろうか)
しかし、その可能性もすぐに排除する。サガは無駄な動きをとりながら、速度だけはアイオロスに合わせている。つまり、普段よりもむしろエネルギーと仔細な判断力を要するはずなのだ。なぜなら、無駄な動きの分遅れるはずの速度の帳尻を、技の初動と判断力を早めることで合わせねばならないからだ。
どうもサガは、故意に無駄で力任せの攻撃をしているのではないか…とアイオロスは判断し、思わず疑問を口にする。
「何でそんなことをしているんだ?」
左拳で脇腹を突こうとしていたサガは、その拳をとめて、どこか気まずそうにアイオロスを見た。
「…直ぐにわかる」
「え?何がだ?」
「そうだな…始めたばかりだが、少し休憩を入れよう」
黄金聖闘士の体力と能力からすると、この程度の鍛錬ではウォーミングアップ程度にしかなっていない。だが、アイオロスは黒サガのいうとおり、自分も拳を一旦おさめた。
「何か理由があるようだな。説明してもらおうか」
問いかけたアイオロスは、答えが返ってくる前に、わらわらと周囲へ集まってきた雑兵や神官候補たちにぎょっとした。黄金聖闘士の訓練を見学するために、闘技場に人があつまるのは良くある事なのだが、その見学者たちのほとんどが、休憩とみるや黒サガのところへ押しかけたのだ。しかも手に何か持って。
「誕生日おめでとうございます!」
「これ、サンドイッチなんですけど訓練後に食べてください」
「ケーキを持ってきました。カノン様の分もあります」
「菓子パンの詰め合わせです。甘いものが口に合えば良いのですが」
唖然としていたアイオロスは、立ち直ると直ぐに額を抑えた。そういえば、集まっているのは双児宮の周りで見たことのある顔ぶればかりだ。サガの誕生日ということであれば、ファンの雑兵たちが集うのも当たり前だ。
眺めている間にも、黒サガの手には贈られた品物が増えていく。雑兵たちはそれほど裕福ではないので、プレゼントは彼らの手に届く、ささやかなお菓子類や果物が多い。
持ちきれない品物もサガは器用に念動力で支え、それらを一度、闘技場の中でも綺麗な石段の上へと置いた。
「…これらを食して戦闘に最適な身体を維持するのに、どれくらいカロリーを消費すればよいと思う」
皆が去った後にぼそりと黒サガが呟いたのを聞いて、アイオロスは苦笑する。
「あー、それでさっきから無駄に小宇宙を発散しまくっていたわけね」
返事の代わりに溜息が返ってきた。激しい運動でカロリーを消費するのが目的であれば、確かに黄金聖闘士相手の組み手が一番有効だろう。アイオロスはサガの顔を覗き込む。
「一晩俺に付き合ってくれたら、もっと発散させてあげるけど?」
そう言うと、完全に呆れたようなサガの視線と目が合う。
「教皇候補も、意外と下世話な冗談を言うのだな」
「冗談じゃないのに」
笑顔のなかにも真剣な眼差しが、黒サガの紅目と交錯した。
目をぱちりとさせた黒サガへ、アイオロスは「誕生日おめでとう、俺のキスは甘いけどノーカロリーだよ?」と必殺の言葉を突きつけた。
(2010/5/30)
◆甘い記憶…(LC双子)
デフテロスは、突然差し出された菓子を見てからアスプロスの顔を見上げた。アスプロスが手にしているのは、揚げたてのドーナツにたっぷり蜜をかけた菓子・ルクマーデスだ。まだ、一修行者にすぎない彼らの感覚からしてみると、相当に贅沢なシロモノと言ってよい。ましてデフテロスは「存在しない者」として扱われてきた。食べ物の確保すら厳しいときがあるというのに(アスプロスは決してそんな素振りはみせず、必ず弟の食事もどこからか調達してきたが)、甘いものなど口に入る機会があるわけもない。
「これは?」
目を瞬かせながら尋ねると、町で有力者の家の力仕事を手伝った礼にもらったのだと応えが返ってきた。子供であっても聖闘士候補生ともなれば、大人以上の役にたつ。修行者が金品を聖域以外で受け取ることは禁じられているが、おやつ代わりの菓子ならば許容範囲だろう。
「今日は誕生日だから、お前にと思って」
ギリシアに誕生日を祝う風習はない。しかし、それ以前のレベルで兄の言っている意味が判らず、デフテロスは首を傾げる。
「今日がお前の誕生日だと、何故お前が俺に菓子を持ってくるのだ?」
決してデフテロスが鈍いわけではない。誕生日の記念にアスプロスが美味しいものを食べるのならともかく、自分が何故という疑問符しか浮かばなかったのだ。
アスプロスは呆れたように、少しだけ怒ったようにデフテロスを座らせ、自分も隣へと腰を下ろす。
「お前の誕生日でもあるだろう。俺たちは双子なのだから。俺がお前の生まれてきた日に感謝するのはおかしいか?」
今度こそデフテロスは目を丸くした。
凶星を持つ自分が、その生まれを人々に疎まれることはあっても、その逆はなかった。これからも無いだろう。兄は一体何に感謝をするというのか。
とまどっている顔など気にもせず、アスプロスはデフテロスの仮面を外して鼻をつまんだ。呼吸が出来ず苦しくなって開かれた口へ、ルクマーデスが押し込まれる。むぐむぐ食べると、口の中に蜂蜜の甘みが広がった。
「…美味い」
食べ終わったデフテロスがそう呟くと、ようやくアスプロスは笑った。
「俺はお前が居てくれて嬉しい。だから今日という日を祝いたいのだ」
「…」
兄の笑顔が、いつも以上に眩しく見えた。
己にとってもアスプロスの存在はかけがえのないものなのだが、そう言おうとして、自分は何も用意していないことに気づく。
何も言わずにその場を離れたデフテロスが、夕方になって泥だらけで花と果物を持ち帰ったのを見て、アスプロスは再び微笑んだ。
そんな幼少時を思い出して、カノン島のデフテロスは空を見上げた。あのとき以来、甘いものが大好きになったのだった。蜂蜜のやわらかな甘さは兄を思い起こさせた。
しかし、その兄はもういない。
教皇に対して謀反を試みたために、誅殺されたのだ。他ならぬ自分の手によって。
独りだけで過ごす初めての誕生日に、デフテロスは島中の白い花を集めて海へ散らした。
遠からずアスプロスは第二の命を得て蘇ってくる。
その時には、今度こそ自分から兄へ贈り物をしようと彼は考えた。
いまの自分が持つたった二つのもの、黄金聖衣と己の命でもって。
(2010/5/31)
◆YOURS NEVER …(カノン&タナトス→サガ)
双児宮を訪れたタナトスの手には、綺麗な螺鈿の細工箱があった。
その日がサガおよびカノンの誕生日であることを思えば、プレゼントなのかもしれないが、死の神であるタナトスが誕生を祝うとも考えにくく、単なる来訪の手土産かもしれない。
(いや、こいつが人間相手にそのような気遣いをするか?)
カノンは胡散臭げに冥界の神を見た。それでも迷宮を消して通してやったのは、まがりなりにもサガの客であることと、神の前で迷路程度はなんの足止めにもならず、却って機嫌を損ねて破壊の限りを尽くされるであろうことが予測できたからだ。
リビングでは白サガが最上級の紅茶を淹れている。
タナトスは慣れた様子でリビングの客椅子へ腰をおろし、細工箱を開けた。
中から出てきたのは銀の五芒星のペンダントだ。
「お前のために用意した」
サガに目をやりながら言っているのを見ると、当然サガ用なのだろう。内容からして、やはり誕生日プレゼントであったのだろうか。双子であるカノンも同じく誕生日であるのだが、カノンは自分用のプレゼントがないことにむしろ安堵した。死の神からの贈り物など、激しく拒否したい。
しかしサガの感想は違ったようだ。嬉しそうにその箱を覗き込んでいる。
「わたしに…?何か文字が書いてあるようだが…」
「フッ、ハーデス様に倣ってみようと思ってな」
何気なく一緒に覗き込んだカノンの目に映ったのは『YOURS EVER』の文字。
「ふざけんなーーー!」
カノンの叫びもどこ吹く風で、タナトスはサガの淹れた紅茶を優雅に飲み始めている。
「安心せよ、お前の分もヒュプノスが用意するらしい。俺はどうでもいいが、セットで作りたいと言っていてな。後でそちらも届けさせよう」
「いらんわ!そういう意味で怒ったのではない!」
カノンとタナトスが揉めている間、何時の間にか出てきた黒サガが油性ペンで、ペンダントの文字の真ん中に『N』を付け足していたのだった。
(2010/6/1)
◆サイン …(シオン→サガ)
「あっ…」
ようやく仕上げた書類にサインを入れ終えたサガは、羽ペンを持ったまま固まった。定刻どおりに仕事が終わった安堵感で、気が緩んでいたのかもしれない。仕事後に約束したカノンとの外出に、気が急いていたのかもしれない。
慣れた手つきで綴られたそこには、シオンの名が記されていた。
十三年間、偽教皇として聖域に君臨しているあいだ、サガはシオンの振りをし続けた。当然、教皇としての署名もシオンとしてである。今では完璧に筆跡を真似することが出来るくらい、それは己の名前よりも手に馴染んでいる。そのことがアダになったのだろう。無意識に手が動いてしまったのだ。
サガは溜息をついた。最初から書き直すしかない。今からでは、カノンとの約束の時間にも間に合わないだろう。過去の罪悪が自分を哂っている気がして、サガはもう一度溜息をつく。
新しい羊皮紙を取りに行こうと立ち上がりかけて、サガはぎょっとした。何時の間にかシオンが背後にたち、その書類を覗き込んでいたのだ。
「なるほど、よく出来ている。本人にも見分けがつかぬわ」
「…申し訳ありません」
何と言ってよいのかわからず、サガは頭をさげるしかない。タイミングの悪さに、少し泣きたくなった。だが、全て自分が悪いのだ。
シオンはその書類を手に取ると、「ふむ」と頷いている。それからちらりと時計に目をやった。
「帰って良いぞ。この後、予定があるのだろう?」
「し、しかし、その書類を直さねば…」
明日の朝までに必要な書類なのだった。どうしても今日中に仕上げておかねばならない。
けれどもシオンはにやりと笑った。
「内容は完璧だ。問題の無い書類ではないか」
「ですが…!」
「頭が固いの。この書類はおぬしが作り、私がサインをした。ということで良かろう」
「!!!」
ぽかんと見つめるサガへ、早く帰れとばかりにシオンは片手をしっしっと振っている。
「誕生日くらい、融通の利く上司でいさせろ」
「……ありがとうございます」
サガは深く頭を下げ、くるりと踵を返してカノンとのもとへ駆け出した。
(2010/6/2)