1.
テオブロミン(タナ×サガのバレンタイン)
2.
三倍返し(タナ×サガのホワイトデー)
◆
テオブロミン
「タナトス、その…これを」
サガが何やら包みを渡してきた。
片手に乗るほどの小さな包みは、綺麗な包装紙で包まれている。
地上の品物なのだろう。
サガが何かを冥府へ持ち込むのは珍しいことだ。
ましてや、神へ捧げ物を用意するなどということは、初めてではなかろうか。
たかが人間の作る品で、神の目に適い、受け取るに相応しい物などはそうない。かろうじて至高の芸術品などが挙げられるが、そのランクのものを、サガ程度の収入で入手出来るとも思えない。
そのため、何を持ってきたのか興味がわき、目の前で包みをあけてみると、中には菓子が入っていた。
サガが遠慮がちに告げる。
「地上では今日、世話になった相手に感謝を表す日なのだ。貴方の口には合わぬかもしれないが」
人間の食うような下卑た物を差し出すなど、不敬と捨て置いても良かった。
おおかたサガの口調からしても、その覚悟はあるのだろう。
タナトスは破り捨てた包装紙を見た。それなりに目にした事のある老舗の菓子ブランドのものだった。こういった方面に疎いサガなりに、気を使って選んだのだと思われる。
「ふん…theo broma(神の食べ物)の名に免じて、貰ってやろう」
そう言うと、サガの顔がぱっと明るくなった。
箱を開けてチョコを1つ摘むと、カカオの苦味と控えめな甘さが口に広がる。
たまには下界の味も悪くないと、珍しくタナトスは思った。
2009/2/21
カカオの学名はTheobroma(神の食べ物)
◆
三倍返し
「手を出せ」
そう命ずるタナトスの言うままにサガが片手を差し出すと、手のひらへギフト用にラッピングされた包みが、ぽてぽて3箱分降ってきた。
見れば、それはサガが先月にタナトスへ贈ったものと全く同じブランドの、全く同じチョコレートセット。
「これは…?」
落とさぬよう両手で持ち直し尋ねてみれば、タナトスはフンと鼻を鳴らした。
「バレンタインで日本式にチョコを受け取った場合、ホワイトデーで三倍返しをするものと決まっているらしい」
「な、なに!?そうなのか?」
サガは慌てた。
「それでは、バレンタインとは受け取ったものが必ず損をするシステムではないか」
「そのようだな…だが、借りはきっちりと返したぞ」
行事の内容を正確に把握していないくせに、三倍返しの部分だけは正確にこなそうとするタナトスだった。
律儀なのではない。人間に借りを作るのが癪なのだ。
タナトスはほとんどホワイトデーを理解していなかったが、サガも全く理解していない。
申し訳なさそうに、両手に受け取ったチョコへ目を向ける。
その様子を見て、タナトスは怒ったように付け加えた。
「俺の用意した菓子が不満か」
「そのようなことは…え?」
サガは驚いて顔を上げた。
「まさか、貴方が自分で買ったのか?」
「俺を何だと思っているのだ。お前とは違い、人間界での買い物くらい造作も無い」
「神なのに自分で…」
微妙に意思の疎通がない会話にもかかわらず、サガの顔には先ほどまでの恐縮の色だけでなく、嬉しさを押し殺すような、困ったような苦笑が浮かんだ。
サガは、自発的な喜びの表現をするのが下手だった。
「不満など無い。貴方が手ずから用意してくれたチョコだ…弟や友人にも分けさせて貰おうかな」
ちなみにサガは、地雷作成能力にも長けていた。
未来の不穏要素2箱を横のテーブルへ置き、1箱だけ包みを開いて中身を取り出す。
「有難う、タナトス」
チョコレートを指で摘んで口にしたサガは、そのまま死の神へ口付けて甘い返礼をした。
2009/3/14