1.デスマスク…(サガの蟹へのプレゼント)
2.金環蝕…(黒サガと蟹)
◆デスマスク…(サガの蟹へのプレゼント)
「デスマスク、誕生日おめでとう」
そう言いながらサガが開いた包みの中からは、大量の仮面が零れ落ちた。大半はラバー製のいわゆる『デスマスク』というやつだ。何枚か女子聖闘士用の仮面が混じっている。倉庫を漁ってきたのだろう。
「なんだコレ…」
何の嫌がらせだ?と問わなかったのは、オレなりの優しさだ。
「お前はこういうインテリアが好きなのだろう?」
サガは小首を傾げている。
この人は頭がいいのに、天然なところがある。オレはわざとらしく大きな溜息をついた。
「あのな、オレは強さを証明するための死面が気に入っていたの!オレによって苦しんだり泣いたり憎悪を浮かばせる、そういう人間の顔を見るのが好きだっただけだ。魂の篭ってねえお飾りの面なんて見てもつまらねえだろ」
言いながら、地面に散らばる不気味な仮面の山を、サガの目の前で冥界へ速攻で捨ててやる。積尸気冥界波の応用だ。余談だが、この技で魂をではなく物質を冥界へ送り込むのは、たいそう小宇宙が必要なのだった(実質アナザーディメンションのため)。聖戦後、自らを鍛えなおすためサガに教えを請うた成果が、今初めて役立っているというわけだ。ありがとうよ、サガ。
サガは、集めてきたプレゼントが異界へ流れていくのを見送りながらがっかりしている。
(そうそう、オレのせいでそんな風に変わる顔が好きなんだよなあ)
誰よりも力を持ち、誰よりも気高く、誰よりも人騒がせな男である元上司の顔を見つめて、デスマスクは内心で呟く。
「なあサガ、今からアンタを困らせてみてもいいか」
そう言って笑うと、まだ何もしていないのに、サガはとても困った顔をしてデスマスクを見つめ返した。
2009/6/24
◆金環蝕…(黒サガと蟹)
「チャオ」
イタリアワイン片手に双児宮を訪れたデスマスクは、ソファーに寛ぐサガの髪の色が漆黒であることなど意にも介さず、目の前の椅子へ腰をおろした。
長きのあいだ上司と部下の関係(もしくは共犯者)であった二人だが、サガが偽教皇の座を退いた今は単なる同僚にすぎない。もっとも、聖域における上下関係の厳しさは、先輩後輩の間にも厳然たる一線を引く。デスマスクの態度は砕けているようで、常にサガを立てるものであった…形式的には。
「何の用だ」
「皆既蝕を肴に酒でもと思いまして」
「何の話だ」
「アンタも飲みますよね?」
デスマスクが指を広げると、手品のようにワイングラスが2つ現れる。食器棚からテレポートさせたのだろう。次に現れたのはコルク抜きで、彼は慣れた手つきで栓を抜く。
黒サガは身を起こして頬杖をついた。
「お前ならば肉眼を通さずとも、屋内に居ながらにして天体観測も容易いのかもしれぬが、皆既日食はハーデスとの聖戦の折にあったばかりだし、月食も時期が合わぬ」
「オレが見に来たのは、天体の蝕じゃあないんでね」
琥珀じみた色合いの赤ワインが、サガの前へと置かれたグラスに注がれる。意を汲んだ黒サガは妙な顔をした。
「私を、蝕扱いするな」
「似たようなモンだろ。アンタはサガという光を覆う彼の同位体だ。今も完全にもう一人のアンタを隠しながら、それでいて押さえ切れぬ黄金の小宇宙が、アンタを透かして強く輝いている。まるで金環食のように」
「イタリア人は、皆お前のように口がまわるのか?」
怒る前に呆れたのか、それ以上何も言わず黒サガはグラスを手に取る。とりあえず先に土産を受け取る気になっているようだ。デスマスクの持ち込む飲食物にハズレはない。そう黒サガに思わせている時点で、ある意味餌付けに成功しているとも言える。
自分のグラスにもワインを満たし、デスマスクはそれをサガのグラスにカチリと合わせて乾杯と笑った。
「じゃあ直球で、アンタに会いたかったからだと言っていいですかね」
「最初からそう言えば良かろう」
「オイオイ、言って良いのかよ」
「当たり前だ」
不思議そうに、しかし高圧的に黒サガは告げる。
(ああ、こいつも所詮サガだからなあ)
身内と判じた相手の感情には疎いジェミニの鈍さを、喜んだものか残念がるべきか、デスマスクは胸中で苦笑した。
2009/7/22