1.ラダカノ(お笑い)
2.ロスサガ+アフロディーテ(微シリアス)
3.カノサガ(甘々)
◆ラダカノ
日本のサブカルチャーに興味を持つアイアコスから、さまざまなオタカルチャーを一方的に伝授されるラダマンティスだが、ちっとも把握できない毎日だった(もっとも、ラダマンティス側に覚える気もないのだが)。
とくに理解に苦しむのが「萌え」や、それに関連する単語の数々。
(LIKEとどう違うのだ?ツンデレ?猫耳?)
翼竜はその真面目さゆえに、一応はガルーダの話を聞いてやるのだが、正直なところ右の耳から左の耳へ流れていく状態なのだった。
そんなある日、ラダマンティスはカノンから地上・ロンドンへの呼び出しを受けた。
まだ自分の恋心にはっきりと自覚のある翼竜ではなかったが、2月14日の逢瀬ともなると、無意識のうちに淡い期待をしてしまう。
当日は、誕生日であるハーピーへきちんと祝いの品物を送り、部下たちとの食事会もこなした後に行くというあたり、真面目な上司っぷりだった。
待ち合わせの記念碑の下へ向かうと、そこには既に厚めのコートを着込んだカノンが立っている。
長身のすらりとした立ち姿は、遠目からでもひときわ華やかで、それでいて彼は目立たぬよう気配を殺すことに長けていた。思わずラダマンティスはしばし見惚れた。
直ぐにカノンが気づいて視線を合わせてきた。戦闘時には高揚を起こすその強い視線も、今はどうにも照れくさくて視線を逸らせてしまう。
「待たせたな…寒くはないか」
誤魔化すように話しかけると、カノンは肩をすくめた。
「それほど待っていない。それに、呼びつけたのはオレだ」
「お前から呼び出しとは珍しいが…」
「ああ、バレンタインだし…お前には世話になったから、これを渡そうと思って」
照れているのはカノンも同じらしい。微妙に早口で翼竜に花束と何かのブランドの箱をを押し付けてきた。
「カノン…これをオレの為に、買ってくれたのか」
ラダマンティスが贈り物を抱え、ぱあっと明るい顔になったのを見ると、カノンは慌てて言い訳を始めた。
「ち、違うぞ、それはサガ用に買ったのが余っただけだ!お前の為じゃねえ!」
翼竜はこの日初めてツンデレの意味を理解した。
ついでに、バレンタインで兄用の花束を買うカノンに突っ込んでおいた。
◆ロスサガ+アフロディーテ
双児宮を訪れたアイオロスとアフロディーテは、リビングテーブルの上に山と積みあがっている花や菓子といった贈り物の数々に目を丸くした。その前には困ったような、どうしていいのか判らないという風情のサガが座っている。
アイオロスは軽く手を振って、サガの隣へ腰を下ろした。
「いやあ、サガは相変わらずモテるね」
「有難いことだが、罪人の私などが受け取る資格があるのだろうか…」
「こういう気持ちを貰うのに、資格なんて必要ないと思うよ」
はいこれ、とアイオロスはサガの膝上にチョコケーキを置く。アフロディーテは机の片隅に持参した薔薇の花束を追加し、サガに尋ねた。
「サガ、花瓶はありますか?もしよければ、ここにある花たちが萎れないよう、私が活けますが」
その言葉でようやく贈り物が積まれたまま放置されている事に気づき、サガは恥ずかしそうに立ち上がった。
「花瓶なら奥の間に…そうだね、折角の頂き物なのだ。部屋を飾って目の保養とさせてもらおう。ついでにお茶を淹れるよう従者に頼んでくる。二人とも、一緒にアイオロスのケーキを食べていかないか?」
「よろこんで」
「そのつもりで来てるよ」
その場を離れたサガをにこやかに見送った二人は、サガの姿が見えなくなると直ぐに表情を引き締め、目配せをした。
アフロディーテが宮の主に気取られぬ程度に小宇宙を高め、卓上に積まれた贈り物…とくに食物と思われるものをくまなく精査していく。どんな探知機よりも精密なチェックを終えてから、ようやくアフロディーテは鋭い目元を緩めてアイオロスに頷いた。
「ここにあるものは、大丈夫だ」
アイオロスもほっとしたように息をつく。
「そうか…ありがとう。毒物に関しては君が1番正確だからね。つまらない事を頼んですまなかった」
苦笑するアイオロスに、アフロディーテは首を振る。
「いいや、私は彼が偽教皇であった時分にも、このようにサガの口にするものには注意を払っていた。頼まれずとも同じ事をするつもりだったよ」
「サガを恨む人が、毒でも仕込んでいたら…と疑うなんて、次期教皇としては聖域に住む人を信じていなさすぎて失格かな?」
のんびりと言う射手座の主に、アフロディーテはふっと笑った。
「…失格だなどと、思っていないくせに」
信じているいないに関わらず、悪意や腐敗の可能性は潰していく。それが聖域を治める者の勤めだ。性善説を信ずるのと、対応策を怠るのは別のことだった。
アイオロスはきっぱりと告げた。
「そりゃあ…私は、どんな手段をとってもサガを守っていくつもりだからね」
「それを聞いて、安心したよ」
「あ、でもサガには内緒にしてくれないか」
慌てて付け足すアイオロスに、アフロディーテは今度こそ微笑んだ。
「判っている。あの人は自分が守られる側に収まることを好まない」
「そのわりにナイトが多い気がするんだけど」
「全くだ」
二人が笑っているところへ、アフタヌーンティーの用意したサガが戻ってきた。
「私が居ない間に、随分と楽しそうだな?」
ティーカップを並べていくサガへ、二人は交互に言い返す。
「それって、妬いてくれるのかな。そうなら嬉しいなあ」
「貴方が加わってくだされば、もっと盛り上がりますよ」
毒検査をしたことなどおくびにも見せず、二人はサガとともにティータイムを楽しむのだった。
◆カノサガ
「ただいま、いま帰ったぜ」
一応の挨拶をしてカノンが双児宮に足を踏み入れる。途端にかすかな花の香りが鼻腔をくすぐった。居住区へ入ると、それは更に顕著なものとなり、目に飛び込んできたのは花瓶に飾られた色鮮やかな花々。そして卓上に整理された包みの山。
カノンは自分の手にある花の包みへチラリと目をやり、それをテーブルの上へと放り投げた。
弟に気がついてサガが奥の間から顔を出す。
「おかえり…今日は随分と遅かったな」
「あ、ああ。ちょっとヤボ用でな」
外出用のコートをばさりと脱ぎながら卓上の包みを数えてみたが、12個まで数えたところで飽きたのでやめた。
「相変わらず、兄さんはファンが多いこった」
子供っぽいことだと思いつつ、どことなく言葉に棘が入ってしまうのは否めない。だが、サガはそんな弟の様子に気づいているのかいないのか、背中から首に腕を回して抱きついてきた。
「何を言っているのだ。あれは半分はお前宛だぞ」
「ええ!?」
「海界からの届け物を足すと、お前の方が多いかもしれないな」
聖戦後、カノンの存在は周知のものとなっていた。過去にその存在が秘されていたことも。
それを知った聖域の者たちは、決してサガにだけ贈るということはしなかった。必ず双児宮の守護者たちへと添えて、二人の日ごろの働きに対する感謝の気持ちを表したのだった。(双子の片割れのみに惚れて、本気モードの花束を贈ってくる者は別だ)
昼間に訪れたアイオロスやアフロディーテすら、二人宛で寄越している。それを聞いたカノンは、一瞬つまったあとに顔を赤くした。カノンという個人宛に物を貰うことは慣れていなかったのだ。
サガは背中に張り付いたまま、隠し持っていた小箱を前へ差し出した。
「これは、私からお前に」
振り向くことも出来ずに、カノンは前を向いたまま受け取った。
ガサガサと包装紙を開けると、そこには銀の懐中時計。
「私のものと、お揃いなのだ」
そう言ってサガは笑った。何も言えずにその時計を握り締めているカノンへ、サガは少し拗ねたように耳元へ囁いた。
「お前はモテるのだな…今日も、誰かさんに会って来たのだろう?男物の香水の匂いがする」
「い、いや、その」
「まあ、お前が幸せであるのなら、構わないがな」
サガはしどろもどろになっているカノンから腕を放すと、弟の持ち帰った花束を手に取った。
そして神のような笑顔で『これは私の部屋へ飾らせてもらう』という言葉を残し、自室へ去って行ったのだった。