双児宮の入り口で、カノンは目の前の来客を見たまま固まりかけた。
手に真っ赤なバラの花束を持ったラダマンティスが、翼竜の冥衣を着て仁王立ちしている。
そのまま踵を返してUターンしたくなったが、忙しいだろう冥闘士の重鎮がわざわざ冥界から来てくれたことを考えて思いとどまり、宮の中へと引っ張り込む。万が一にも誰かに見られたらあっという間に噂になってしまうからだ。
「お、お前…そのセンスは何だ!ていうかよくムウ達が通したな!」
「いや、巨蟹宮の近道の方から来させてもらった」
デスマスクの管轄下にある巨蟹宮には、冥界から黄泉比良坂経由でこっそり近道が引かれている。セキュリティ上からは問題ありまくりな通路だが、双児宮の守護者…主にカノンは隣宮であるのを良い事に、ここぞとばかりに利用させてもらっていた。逆にラダマンティスがカノンのもとへ押しかけるときも都合が良い。
今日もそこを通って人目を忍びやってきたというわけだ。
とりあえず下宮のムウとアルデバランには見られなかった事に感謝して、カノンは胸を撫で下ろした。この翼竜の姿を見れば、彼らも黙って自分の守護宮を通してくれたかもしれないが、代わりに後でどうからかわれるか判ったものではない(とくにムウ)。
「で、何の用だ?花なんか持って」
片手にまとめて持ってはいるが、その花束は抱えるほどの量があるように見える。
(こいつホントに花が似合わねえな…)
そんなことを思いながら客間兼リビングへと翼竜を案内すると、ラダマンティスは呆れたようにカノンに言った。
「お前の誕生日に何の用だはないだろう」
その言葉に、今度こそカノンは動きを止めて固まった。
「誕生日って…オレの?」
「他に誰がいるのだ」
「サ、サガとか」
「双子なのだからお前の兄も誕生日は一緒だな。一応彼にも菓子を持ってきたが、俺が祝いたいのはお前だ」
カノンは驚いたようにポカンとしたままだ。珍しくどこか子供のような表情をしている。
「それほど驚くようなことか、カノン」
ラダマンティスが顔を覗き込むと、ようやく海龍はいつもの隙のない表情を取り戻した。
「その、サガ以外に祝ってもらうのは初めてで…」
カノンはポリポリと頬をかいた。
「いや、それだけじゃないな。オレは祝ってもらうような人間ではないのだ」
どこか投げやりに肩をすくめるカノンを見て、ラダマンティスが顔をしかめる。
「何故そのように卑下する」
「卑下というかなあ…オレは大量に人間を殺している。戦いで闘士を殺したことなんざ気にしないが、何の力もない人間たちを水害で死に追いやっているんだ。そんなヤツが祝ってもらって良いのかと思ってな」
だから、誕生日の事など考えてもみなかったとカノンは告げた。
カノンは過去の罪に関してあまり顔や言動に出す事は無い。しかし、それでも深く己の昔を悔いていた。それは双子の兄とともに、決して消す事の出来ない心の奥底の痛みだった。
ラダマンティスは花束をソファーへと置くと、カノンの頭を撫でた。
「ならば俺も同罪だな。俺はハーデス様とともに、地上全ての人間から命を奪おうとした。成せなかったのは結果論に過ぎん。正直なところ俺は今でもハーデス様のもと、万人に平等な世界が訪れれば良いと思っている」
くしゃくしゃと髪をかき回され、苦笑しながらもカノンは翼竜を睨む。
「おいおい、アテナの膝元で物騒な事を言うな…というか、オレとは相容れそうにない理念だが、お前一応ちゃんとした理想があってハーデスに従ってたんだな」
「失礼なヤツめ。三巨頭をなんだと思っていたのだ。お前こそ悩むような神経があったとは驚きだが」
二人は顔を見合わせ、それから同時に噴出して笑った。
カノンはソファーに置かれた花束を無造作に手に取ると、それへと顔を埋めた。そして顔を隠したままボソリと呟く。
「一度しか言わねえからちゃんと聞けよ」
「なんだ」
「来てくれてありがとうな」
「聞こえないぞ」
「うるせえ、一度しか言わないと言ったろ!ただでさえ暑苦しい眉毛なのに、更に暑苦しい冥衣なんざ着てくるな!」
「お前を祝うために正装してきたのだ」
「いいから脱げ!」
真っ赤になってラダマンティスの冥衣を脱がせにかかったカノンは、丁度外出から帰ってきたサガに「お熱いことだな」と開口一番突っ込まれたものだから、余計赤くなって情人へ八つ当たりしたのだった。
双子誕生日ラダカノバージョン!