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◆射手誕2007

1. ロス誕(シュラとサガのアイオロス誕生日のお話・朝)
2. 星矢誕(星矢とサガ)


ロス誕


 するどく切り立った崖の中腹から真下へ落ちるように駆けると、そこにほんの僅かな平地が現れる。平地といっても人が立てるといった程度の意味合いで、岩場の隙間と呼ぶのが正しいだろう。
 シュラは静かにその場へ立つと、乾いた地面を見下ろした。
 じっと一点を見据える瞳には迷いが無い。それでいて、何か納得がいかないのか屈み込むと、地面へ手をついてその感触を確かめた。

 ここでアイオロスは死んだ。
 聖域から持ち出したはずの黄金聖衣も、胸に抱いていた赤子もいつの間にか消えていて、ただ無残な亡骸だけが残されていた。

 既に深手を負っていた射手座を追い詰めたのはシュラだった。
 だが、シュラはその事を後悔などしなかった。

 それに比べ、サガは毎年この時期になると自責に苦しみ、また英雄を憎んでは呪詛を紡いでいた。
 決してサガが表に出す事の無い感情の揺れであっても、シュラやキャンサー、ピスケスから見てそれは明らかだった。 相反する激しい感情はサガの精神を引き裂き蝕む。
 あれほど強い精神と力を持つサガが、たった一人の人間のために心を揺るがせることがシュラには不思議だった。もっともデスマスクに言わせると『シュラも麻痺していただけで、相当病んでた』が。

 最初はサガを落ち着かせるために、ここへ連れて来たのだったとシュラは思い返す。
 アイオロスの死んだこの場所を見せると、白のサガは己の苦しみよりも優先させるべき自分の義務を思い出していたし、黒のサガは英雄の死を実感して満足した様子だった。

 そして、それからは毎年ここへ来た。
 サガと共に来る事もあれば、一人でフラリと訪れる事もあった。
 何年経っても草一本生えることのない乾いた大地は、サガだけでなくシュラをも落ち着かせた。不毛の地こそが、英雄の血を飲み込むに相応しいと考えるほどに。
 砂と岩だけのこの地はずっと乾いていた。


 聖戦後、闘士は全員蘇生を遂げた。
 アイオロスもその例に洩れなかった。
 今日はその彼の誕生日だ。ギリシアに誕生日を祝う慣習はないが、日本育ちの女神がささやかながらも祝いの席を用意していて、聖闘士たちや英雄をしたう兵士たちなどは、随分大勢押しかけているのではないだろうか。

「シュラ」
 ふいに声がして振り向くと、いつの間に来ていたのか大岩の上にサガが降り立っていた。地面は二人で並び立てぬほど狭くはなかったが、サガはシュラの隣へは降りてこなかった。
 サガは長い髪を風にまかせながら、ぽつりと呟いた。
「花が、咲いている」
 サガの視線を追うと、片隅のほんの小さな日向に白い花が揺れていた。
 花というにもおこがましいような、単なる雑草だ。
 その雑草は、乾いたこの地へ確かに根を張っていた。

 シュラは声にならない嗚咽をあげた。
 サガは何も言わなかった。
 来年からは、もう此処へ来なくても良いのだと、その花を見ながら二人は思った。
(−2007/11/30−)

星矢誕


「おかえり、星矢」
 泥だらけで帰って来た星矢を出迎えたサガは、これはもう風呂へ放り込むしかないと判断してニコリと笑った。その笑みに不穏なものを感じたのか、星矢が軽くあとずさる。
「村の子供達にサッカーを教えに行って、聖闘士の反射神経を持つお前が、何故そこまで真っ黒になって戻ってくるのだろうか」
 怒っているわけではないのに、サガは微笑むと何故か迫力が増す。
「ええと、その、なんでかな?子供と遊ぶ時には音速で動いたりしないし、一緒に転げまわっていたらいつの間にか」
 サガは苦笑した。おそらくサッカーを教えてきたというよりは、一緒に遊んできた…が正解に違いない。
 この泥だらけのわんぱく少年が、いざとなれば聖闘士の中でも飛びぬけた小宇宙を発揮するのだから、人は見かけでは判らないものだ。
「そのナリでは、とても聖戦勝利の立役者には見えないぞ」
 せめて土に汚れた顔だけでも先にきれいにしようと、サガが湿らせたタオルで顔を拭いてやると、星矢は照れたのかそのタオルを奪い取り、ごしごしと自分で顔をこすった。
「サガまで英雄らしくしろとか言うんじゃないだろうな?そういうのガラじゃないって、見てれば判るだろ」
 二大英雄としてアイオロスと並べ讃えられる星矢だが、本人は未だにその評価には慣れないようで、比べられては敵わないとぶつぶつ小声でむくれる。
 アイオロスとたった1つしか違わない筈の星矢は、確かにまだ子供だった。
「そうだな、お前に英雄の名は似合わない」
 サガが応えると、自分で否定していたくせに少年は一層むくれた。
「サガ、あんまりきっぱり言われると傷つくんだけど」
 タオルの合間から、かつて神のようなと喩えられた大先輩を見上げて軽く睨む。サガは笑って星矢の頬を撫でた。
「私にとってお前は、英雄ではなくヒーローなのだよ」
 思いもよらぬ返事が返ってきて、星矢は目をぱちくりとさせた。
「それ、一緒じゃ?」
 だが、サガは違うと首を振る。どう違うのかをサガは説明しなかった。

「それよりも早く湯を浴びてきなさい。女神がお前のために開いてくださった祝賀会に遅刻する。主役がその姿では格好がつかないだろう」
「えっ、うそ、もうそんな時間なのか」
 慌てて星矢が泥の足跡を残しながら双児宮の浴室へと走っていく。
 その背へ向けて、サガは『HAPPY BIRTHDAY SEIYA』と呟いた。
(−2007/12/1−)